インプレッション
TRD「86 TRD 14R-60」
Text by Photo:堤晋一(2014/10/17 20:24)
車両価格630万円、限定100台というバケモノみたいなコンプリートカー「86 TRD 14R-60(イチヨン・アール・ロクマル)」がTRD(トヨタテクノクラフト)から発売された。主な概要については関連記事をご覧いただくとして、ここではそのクルマに触れた印象をお伝えしたい。
●TRD、創立60周年を記念した100台限定のコンプリートカー「86 TRD 14R-60」、630万円
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20141007_670246.html
軽量化、ボディー補強など多数の改良を実施
14R-60は、高性能実験車両として製作された「86 TRD Griffon Concept」で得られた技術をフィードバックすることをコンセプトとしている。「86 TRD Griffon Concept」は、エンジンはノーマルのまま車両重量を1t以下にまで軽量化した上で、ボディーや空力をとことんまで煮詰め、筑波サーキットで58秒407を記録したあのクルマである。つまり、14R-60もエンジンはノーマル。ボディーや空力をチューニングすることで成立させている。
ベース車両として選択されたのは、「86」の中でも軽量なGやRacingに近いものだという。すなわちオートエアコンは付かず、HIDヘッドライトも装着されず、さらにはプッシュ式のエンジンスターターも装備されておらず……。630万円もする車両ながら、ベースモデルと変わらないキーを回してエンジンスタートするあたり、かなり割り切った感が伝わってくる。欲をいえばチタン製のスペシャルキーくらい欲しいところ。また、フロアに配されるはずのメルシートも廃され、音振を気にしていないあたりも面白い。これはポルシェでいうところのRSかGT3か? ちなみにアンダーコートは装備されているそうなので、雨の日でも走れるようにはなっている。
室内を見れば2名乗車と改められているところも興味深い。ノーマルではあるはずのトランクスルーが排除され、その上からカーボンパネルが張り付けられているところも走りの雰囲気はムンムン。フロントシートが2脚ともバケットシートというあたりも、期待通りといった感覚である。ただ、軽量を目指したためか、ロールケージが装着されていなかったことは意外。ストリートからサーキットまでをターゲットにしているとはいえ、レーシングカーのようにバリバリにしていないあたりは好感が持てる。あくまでもロードゴーイングマシンなのだ。
軽量化対策はそれだけでは終わらない。エクステリアではルーフをカーボン化し、さらに装着されているホイールはマグネシウム鍛造だという。このホイールは18インチながらも、純正17インチに比べて3kg/本も軽いという。物々しいエアロパーツばかりに目がいきそうなエクステリアではあるが、ルーフやホイールまでこだわるあたりが興味深いポイントの1つである。
細部へのこだわりとして注目しておきたいのは、タイヤ銘柄を専用品としたことだ。装着されるのはブリヂストン「ポテンザRE-11A 3.3T」と呼ばれるもの。トレッドパターンは市販されるものとあまり変わりはないようだが、コンパウンドや内部構造はこのクルマに合わせてセットアップが行われたのだとか。サイズについては無闇に太くすることなく、235/40 R18サイズとしている。
もう1つのこだわりであるボディー剛性アップについては、まさに妥協なく行われたことが伝わってくる。純正アームにプレートを溶接して剛性アップしたことや、メンバーの強化、強化ブッシュの採用、さらにボディー剛性アップパーツの追加などがスペック表に連ねられている。だが、それだけに終わらず、フロントウインドーガラスを一度外した上で、高剛性の接着剤を使いクルマに再びセットするということも行っているというから驚愕だ。
剛性へのこだわりはこれだけで終わらない。走りのキモである足まわりにも独自のこだわりがある。それは車高調整式サスペンションを採用してはいるが、フロントサスペンションをわざわざ倒立式としているのだ。これにより入力があった際に高い剛性を確保できるというわけ。ちなみにスプリングレートはフロント34.7N/mm、リア57.3N/mm。減衰力調整は40段。この数値だけを見ても、バリバリサーキット仕様というわけではなさそうである。
ドライバーの思い通りに動く!
さて、ここまで妥協なく仕上げられた14R-60はどう走ってくれるのか? 早速ジムカーナコースでノーマル車両との比較を行ってみる。走り初めてまず感じることは、このクルマが圧倒的に軽く感じることだった。クルマがひと回り小さくなったとでもいえばよいだろうか。走り出しはファイナル変更とクロスミッションのおかげでスッと蹴り出し、ステアリングを切り始めれば軽やかに旋回を始めていく。ブレーキ変更やエアロの追加といった重量増がありながら、重くなった感覚は一切なく、スイスイ曲がっていく感覚に溢れている。
そして何より動きの1つ1つが読みやすい。パーキングスピードではステアリングが軽く、インフォメーションが得られるのかが心配なところだったが、速度を上げていけば実にリニアにタイヤと路面の状況が伝わってくるのだ。これはパワーステアリングの制御にもチューニングが及んだ証なのだとか。剛性だけでなく制御にまで手を付け、仕上げとしてひと回り小さいステアリングに変更したこのテイストは、どの86でも味わったことのないスッキリとしたフィーリング。けれどもステアリングインフォメーションはとにかく濃密なのだ。
さらに、サスペンションの動きも実に読みやすい。どうストロークしてどう収まるのか? 1つ先の状況が読み切れるところが魅力的で、筆者が求める通りにクルマは姿勢を変えていく。グリップ走行でもドリフト走行でもOK。スピンすれば「オマエがわるい」という仕上がりだ。だが、決してピーキー過ぎるわけでもなく、コントロール性に優れているところが魅力である。
これまで数々のチューニングカーに試乗した経験があるが、湯水のようにお金をかけたクルマは、速さはあるがドッシリと安定しきっていてつまらないことが多かった。14R-60がサーキット由来と聞けば、今回もそのパターンかと危惧していたが、結果は嬉しい方向に裏切られた。まるで有機栽培をされたかのようなドライバーに優しく、自然なテイストがどこまでも得られる仕上がり、これぞ14R-60の魅力なのだと感じたのだ。