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【インタビュー】カンパニー制導入でトヨタはどう変わった? CVカンパニー Executive Vice President 中嶋裕樹氏に聞く

インタビュー後、新型「ハイラックス」と並んで立つトヨタ自動車株式会社 常務役員 CV Company Executive Vice President 中嶋裕樹氏(左)と松田秀士氏(右)

 トヨタ自動車は、従来の「機能軸」ではなく、「製品軸で仕事を進める新体制として2016年4月から「カンパニー制」を導入し、その後も「EV事業企画室」といった社内ベンチャーを立ち上げるなど、以前から進めてきた「もっといいクルマづくり」と「人材育成」を加速させる「仕事の進め方変革」に取り組んでいる。

 そのカンパニー制の中で、SUVやミニバン、商用車などの開発・生産を担当するのがCVカンパニー。先だってCVカンパニーのニューモデルを含むラインアップ車を集めた試乗会が実施され、試乗内容は松田秀士氏によるインプレッションとして誌面掲載を予定しているが、本稿では会場で試乗に合わせて行なわれた、トヨタ自動車 常務役員 CV Company Executive Vice President 中嶋裕樹氏とのグループインタビューの内容を掲載する。松田秀士氏がインタビュアーを務め、中嶋氏からCVカンパニーの狙いやカンパニー制が導入されてからの変化などについて話を伺った。


――CVカンパニーですが、売り上げの比率ではトヨタの中でどれぐらいになりますか?

中嶋裕樹氏:台数で250万台強ですから、販売台数としては約4分の1。収益はいろいろな計算の仕方があるので難しいところですが、ざっくりと半分というところ。元々はトラックやハイエースのようなバン(商用車)がコマーシャルビークルの定義なので、そこから派生したミニバンや、フレームを持つSUVをCVと呼んでカテゴリー化しています。

ただ、お客さま目線で言うと、SUVに乗っている人が、そのクルマがモノコックなのかフレームなのか、それはどうでもいいことですよね。我々はそこにあえてこだわっているわけですが、それは「お客さま目線でフレームを開発しよう」ということです。そうすると、例えば「ランドクルーザー」はフレームを持つSUVですが、日本を含めてほとんどの95%が「オンロードしか走ったことがない」というお客さまで、まずオフロードに足を運ぶことがありません。なので、フレームが付いていてオフロードを走れて、かつ壊れないからといって「乗り心地がわるくてもいいでしょ」とは絶対に言えませんよね。大半のお客さまは「オフロードも走れる信頼性」というものに安心感を持って、例えば奥様が乗るクルマとして旦那さんが買われるということなんだと僕は思います。

CVカンパニーではフレームを持っていることにこだわりながら「SUV」と表記しているのは、僕らは「モノコックのSUVに勝とう」と思っているからです。これはものすごく難しいことで、タイヤを支えるバネがあって、フレームがあって、もう1つそこにバネが乗っかってボディがあるわけですから、とくに音や振動のレベルではハードルが高いです。もともと堅牢性を主体としたクルマ造りをしているので、しなやかさというよりは壊れないことが重視されます。そこでややもすると乗り心地などは無骨になりがちです。

――でも、ランドクルーザープラドはフレームだからこそ、あの静粛性といったものが生み出せると思うのですが……。

中嶋氏:はい。一方でフレームのよさとして、“バネが2個ついている”ということがあって、ロードノイズのない世界が実現できます。このロードノイズのない世界というのはフレームにしかできません。なので、フレームのあるランドクルーザーは、「The King of 4WD」をテーマにしていますが、僕としては「The King of SUV」にしたいと思っています。ただ、コンペティターも数あるSUVでいいクルマを出していて、オンロードではまだまだ勝てていないという認識です。それでも、そういったクルマ造りを進める上で、今回のカンパニー制というのはものすごく大きなオポチュニティ(好機)だととらえています。

従来のトヨタですと、全部のラインアップに優先順位をつけると、どうしてもCVカンパニーで扱うようなクルマは下の方にならざるを得ない。やはり競争領域はモノコック車の領域に多いので、そちらではコンペティターがいろいろな手を出してきたときに、モデルチェンジの時期を早めたとしても戦っていかなければなりません。CVカンパニーのクルマは、幸いにも新興国が販売の主体です。まだ道路環境がわるかったりするので、そんなに大きく変えなくてもお客さまに満足して乗っていただける状況で、優先順位が下がっていました。

でも、我々もSUVを造っているのであれば、フレームだから音震がわるくてもいいとはならないのです。トヨタでは「TNGA(Toyota New Global Architecture)」という施策で「プリウス」や「カムリ」を新しく出していますが、フレーム系の車種もTNGAにする計画に入っています。まだ年次は申し上げられませんが、進めています。

現在はそれぞれに違うフレームを使っていますが、フレームの構造を1つで全部やるというのがTNGA的な発想です。これまではクルマごとに、改良しながらパッチワーク的にフレームを造ってきましたが、今回のTNGAによるフレーム第1弾というのを機に、一気に変えようというのが我々の作戦です。

そのためにもあるのがカンパニー制で、限られたリソーセスに自分たちで優先順位を決められますからね。これからは「リソーセスがまわってこなかった」と言い訳することもできなくなって、自分たちでやらなきゃならない。その点で技術者は大変ですけど、(豊田)章雄社長に言わせると「オポチュニティを与えたんだから」ということで、最初は分からなかったですが、今は本当にオポチュニティだなと思えています。自分たちが頑張りさえすれば、本当にいいクルマ、「The King of SUV」をお客さまに提供できると思います。

中嶋裕樹氏は1962年4月10日生まれ。京都大学 大学院 工学研究科を修了して1987年にトヨタ自動車に入社し、チーフエンジニア、グループ長などを経て2014年4月に常務理事、2015年4月に常務役員に就任している

――それはいつ頃に?

中嶋氏:乞うご期待としか(笑)。日夜頑張っていますということで。

――画期的な性能を目指しているわけですね。

中嶋氏:おっしゃるとおり。最終的には皆さんに評価いただくのですが、分かりやすく言うと「モノコックとフレームを分けて考える発想は止めよう」ということで、ましてやランクルには(兄弟車の)「LX」がいますから。あれは最上級のSUVだと我々は思いたいんです。でも、コンペティターさんのモデルに乗ると素晴らしいんですよね。まっすぐに走るという単純な行為だけみても、我々は足下にもおよんでいないと反省しています。

でも、お客さまにはご愛顧いただいていて、それはランクルというバックグラウンドのイメージとか、この堅牢さといった我々の先輩が築き上げてきたヘリテージのおかげもあって買っていただいている部分もある。ただ、正直に評価すると負けていて、どうすれば勝てるか探っていくと、あれもこれもといううちにフレームに行き着くんです。フレームの構造から直さないといけないのですが、フレームというのはすごくデカいので、投資も大変になるんです。

――フレームは構造が単純だから、なんとなく変えやすいんじゃないかとイメージしがちなんですが、そんなことはないのですか?

中嶋氏:フレームがあるからといってボディがないわけじゃないですからね。簡単に言うと上にモノコックが付いているわけじゃないですか。で、ボディラインにはフレーム専用のラインがある。それがバラバラに進化してきていっぱいあるんです。工場は世界中にあってそれぞれに異なる仕入れ先様とお付き合いしています。なので、開発で「新しい、いいフレームができたよ」と言っても、グローバルで切り替えていくのはいろいろ考える必要があって、会社の屋台骨を揺るがしかねないような大きな投資をしなきゃいけないとも判断できます。

あと、CVカンパニーのクルマは新興国や南半球で多く販売しています。トヨタではかなり減っちゃいましたが、グローバルで戦えるディーゼルエンジンが必要です。環境規制は厳しくなっていて、ヨーロッパ主体の「ユーロ6」という規制は南半球でも使われはじめています。そのような地域では農場や鉱山でCVカンパニーのクルマを使っていただいていますが、そこでは軽油で動く重機や建機を運用していて、自前で大きな軽油の燃料タンクをお持ちです。そこにガソリンのハイラックスを売るわけにはいきません。なので、新興国なども担当している我々からすると、そう簡単にディーゼルからガソリンに置き換わるとは思えません。でも、規制は来ますのでディーゼルを進化させないと。ものすごく厳しいですが、技術屋としてまだまだ諦めません。

また、パワートレーンを変えると、懸架系といった足まわりも変えなきゃいけなくなる。TNGAでは重心を下げるなどいろいろと進化させたので、新旧の互換性はあまりないんですね。なので、次に思い切って新しいプラットフォームをTNGAで起こすとなれば、内燃機関も変えていかなければなりませんし、電動化も視野に入れて考えないと戦っていけない。やらないと置いてけぼりになります。

CVカンパニーではTNGAによるまったく新しいフレームの開発に取り組んでいて、ディーゼルエンジンも進化させていくと語る中嶋氏

――今日用意されているプラドなどに試乗させてもらうと、ラダーフレームのよさ、味わいを感じます。とくにオフロードで。

中嶋氏:ああいった(湖畔にあるような)荒れた道を走った乗り心地は褒めていただけるんですが、これがアスファルトのちょっと荒れた路面になると……(笑)。なので、いつも僕は文句を言っているんです。例えばお客さまが販売店に来て試乗されるときに、いきなりそんなオフロードがあればいいですが、当然そこに行くまでに、駐車場から出て、工事で路面が補修されているところなどを越えていくことになるんです。なので、「オフロードに行けばすごいですよ」はダメなんです。まずはオンロードでちゃんと評価してもらって「ライバルよりもいいじゃない」と言っていただけてから、その上でオフロードをしっかり走れるクルマにしないと意味がない。

――先ほど、95%はオンロードしか走っていないと言われましたが、一方で残る5%のうちの1%ぐらいはものすごい悪路で使うと思います。ランクルのブランドヘリテージというのは、その1%ぐらいのシーンでも絶対に壊れないという評価が大きいかと思います。

中嶋氏:そうです、おっしゃるとおり! 実際に僕がハイラックスのSUVモデルになる「フォーチュナー」の開発を担当したときに、フォーチュナーはランクル以上にオフロードには行きませんが、それでもオフロード性能やアンジュレーションの対応をどこまで上げるかの基準を大幅に高めました。でも、オンロードしか走らないから誰も分かりません。そこでオフロードをあえて用意して乗ってもらうと楽しんでもらえて、「固定式のアシストグリップがこんな場所に付いている意味が分かりました」と、自然にアシストグリップに手が伸びたお客さまに言っていただけるんです。そんな体験を1回でもすると凄さが分かって、その安心感だからこそ、家族を乗せて走れる、奥様に運転を任せられるとなる。これがブランドなんだと思います。

グループインタビューは試乗時間の合間となった昼食のタイミングを利用して行なわれた。CVカンパニーのクルマが広く活躍している新興国をイメージして、タイ風カレーがふるまわれた

(食事を交えた雑談時間に、上司と部下の関係などが中嶋氏から語られていたシーンで)

中嶋氏:豊田社長からのありがたい言葉で、「チーフエンジニアは(担当する)“そのクルマ”会社の社長だ」と言っていただいています。これはありがたいですが責任重大で、技術屋だから技術のことだけをやっていればいいわけじゃなくて、売るためにとか、収益を出すために用品で儲けているクルマは、いかに用品をたくさん出して売ってもらえるかといったところも大事な話です。そんな風に我々の目線を変えてくれるようなことを(豊田社長は)言ってくれる。サラリーマンではありますが、社長だという気持ちになって考えてみよう思ったり、実際に違う企業の社長さんが出る講演会を聞きに行くといった形で表に出る機会にもなります。このあたりもいいマネージメントなんだと思っています。

――CVカンパニーは全体で何人ぐらいが働いているんですか?

中嶋氏:ん~、ちょっと定義が難しいですが、工場まで含めれば6000人というところです。あと、例えばモノコックのプラットフォームはカンパニーを越えて使っていて、CVカンパニーのミニバンで「ヴォクシー/ノア/エスクァイア」と、「プリウス」や「カローラ」も同じになります。そのプラットフォームを担当している人がどこかのカンパニーに所属している。その点ではフレームはCVカンパニー以外は使っていないですし、パワートレーンにしてもシャシーまわりにしても部品がほかのカンパニーで使われない専用になるところが多いので、細かいところでは共通している部品を使っていても、CVカンパニーはわりと線引きしやすいかもしれません。

ただ、新しい技術というのはやはりモノコック側で進んでいて、我々は自分たちの狭い範囲で周辺とお付き合いしていると、多分進化しなくなる。抱え込みをすると最初は意思決定が早くなって、PDCサイクルがまわっていると言いやすいんでしょうけど、時間が経つとムラが出てくると思うんですね。往々にしてあることなんで、そこは気をつけなきゃいけない。だから、仕入れ先様が会社に来ていただいたときや、大きな展示会があったときには、CVカンパニーには関係ないところでも全部に行って「CVカンパニーはこんなことをやりたい、あんなことをやりたい」「今は直接関係なくても考えておいてください」と言っています。

あと、今はカンパニー制になって商品軸になっていますが、それだけじゃなくて、昔の機能軸の横串も残っていますから、そこで横側の情報もきちんとやり取りしているんです。どちらの階層が上かということですが、これは時代に合わせて変わっているものです。機能軸を優先すると機能が強くなって車両が弱くなる、次に車両を優先すると機能が弱くなる、これを繰り返しています。昔もトヨタは「センター制」という括りで似たようなことをしていましたから。あのときにはクルマ造りは得意で効率よくできたのですが、技術が停滞したんですね。で、技術をしっかりと担保していくとみんなの飯の種にすることができなくなって、と。今回の商品軸で進めるカンパニー制は、コンペティターとの競争が厳しくなってきたことからです。意思決定を早くして戦いやすくするという方向に変わってきています。

CVカンパニーでの取り組みの具体例として、中嶋氏はハイラックスのリアバンパーの構造を紹介。ハイラックスのリアバンパーは両サイドの末端までしっかり強度のある鉄板を内蔵しているという。海外市場などではリアハッチを閉めたまま荷台に乗り込むため、リアバンパーをステップ代わりにして飛び乗ったりもするので、強度がないとユーザーが怪我をしてしまう可能性がある。このほかにも世界中で車両を販売するCVカンパニーでは、日本人には想像もつかないような海外での使われ方に対応するため、情報収集と改善に勤しんでいると中嶋氏は語った

――トヨタは以前から生産が強いと言われていて、競争力の源泉になっていると思います。CVカンパニーは世界中にたくさんの工場を持っていて、コントロールするのが難しいのではないですか?

中嶋氏:カンパニー制になって一番いいのは、開発から工場まで一緒なので、工場長もいつも僕の横でしゃべったりしているんです。そこを生かすために、現場の担当者には「生煮えでもいいから持ってこい」と言っています。現場の人間は“きちんと固まってから出す”と発想しがちなのですが、悩んでいるところがあるなら工場側の担当者に“匠の技”でまず作ってもらうんです。例えばフレームでは、最終的にはロボットで生産するのですが、「良品条件」を見つけるため、現場担当者に音や光で判断してもらったりするんです。そこから数値化し、形式化していく流れになっています。なので、実は開発の初期段階に現場の“匠の技”が近いところにあるといいということが、カンパニー制の導入で勉強させてもらったことです。

CVカンパニーは確かにいろいろな場所に工場を持っていて難しいところも多いです。しかし、カンパニー制で、例えば工場の担当者が“工場の理論”ではなく、CVカンパニーで一緒に儲けを出すために何をしたらいいかを考えるようになった。持っている力をどう合わせていくかのベクトルが見えてきたというか、まだ答えは出ていませんが、集まる場ができたりしています。これが一番の変化になるかもしれませんね。

――例えば開発から生産という流れのなかで、以前よりも話が通りやすくなったようなこともあるのでしょうか。

中嶋氏:これは早くなりました。新しいクルマを造る流れで、それぞれに「お客さまのため」「社会のため」と大義名分を持って取り組むのですが、それ以前の段階で、自分たちの領域にある利害関係も出てくるんですね。例えば生産側は、難しい設計を提示されると、例えそれが「作りにくいけど性能がいい」というものでも、自分たちにとって作りにくいということで以前はリジェクトしていました。

現在はそうではなく、「どうやったら“作りやすく性能もよく”できるのか」ということを、生産側にも入ってきてもらって考えていけるようになった。以前は「こういった理由でできません」と返ってきたのが、逆に「もしかしたら、こうやったらできるかも」となった。考え方が違うだけですが、できない理由が分かるのですから、克服する方法も出てくるという発想の変化なんですかね。お恥ずかしいことですけど、それまで持っている能力をしっかりとマネージメントで引き出せなかったところを、カンパニー制にすることで突き崩していける。それがオポチュニティということで、豊田社長に言われていることなんだと思います。