試乗記

フォルクスワーゲンの新型「ID.Buzz」試乗 日本で唯一無二のBEVミニバンの実力をたしかめた

6月20日に注文受付を開始したばかりの新型EV(電気自動車)ミニバン「ID.Buzz」に試乗

スタンダードホイールベース仕様に試乗

 誰からも愛されていたワーゲンバス。秀逸なデザインは時代を超えて人々の心に訴える。そのワーゲンバスがスペース効率の優れたBEV(バッテリ電気自動車)で復活した。フォルクスワーゲンのBEVを示すIDとBUSにひっかけた「ID.Buzz」というネーミングもかわいらしい。

 スタンダードホイールベースとロングホイールベースの2種類のボディを持ち、いずれも3列シートとなる。スタンダードホイールベースは6名、ロングホイールベースは2列目をベンチシートとした7名乗り。前車のホイールベースは2990mm、後者は3240mmの超ロングホイールベースで車室の広さが伺える。ホイールベースの延長分は2列目シートのレッグルームに充てられており、ラゲッジルームは両車とも変わりがない。

 ボディサイズはほぼアルファードに匹敵する。幅は欧州車らしく1980mmあるが(アルファード1850mm)、全長と全高はアルファードよりわずかに小さい。スタンダードホイールベースで4715×1985×1925mm、ロングホイールベースで4965×1985×1925mmだが、幅が広い分大きく見える。

今回試乗したのは2-2-2のレイアウトを採用した6人乗りのノーマルホイールベース仕様「Pro」(888万9000円)。ミニバンタイプのBEVとしては日産自動車が「e-NV200」を2014年に発売(日本では2019年に販売終了)しているが、現在では日本唯一のミニバンEV。“ワーゲンバス”ことフォルクスワーゲン“Type 2”のヘリテージを継承した個性的なデザインが大きな特徴
「Pro」のボディサイズは4715×1985×1925mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2990mm。モーターの最高出力は210kW(286PS)/0-3581rpm、最大トルクは560Nm(57.1kgm)/2100-5500rpmを発生

 バッテリ容量は前車で84kWh、後者は91kWhと大容量のリチウムイオン電池を搭載し、WLTCモードの走行距離はそれぞれ524km/554kmと長い。それに合わせて重量も重く、2550kg~2720kgと重量級だ。

 ハノーバーにあるフォルクスワーゲンの商用車部門で作られたID.Buzzはすでに日本でも受注が開始されており、順調に伸びているようだ。ロングホイールべースが多いとのことだが、今回の試乗車はスタンダードホイールベース。

 装着タイヤはピレリ「SCORPION」で電動車専用に開発されたもの。フロント235/55R19、リア255/50R19で、あたりは少し強めだが大きな重量を支えるがっちりした安心感がある。ロードノイズは多少大きいが、荒れた路面でもよく衝撃を吸収してくれる。

足下は19インチホイールにピレリ「SCORPION」の組み合わせ

ドライブしているとおおらかな気持ちになる

街中、高速道路で乗ってみた

 BEV専用のプラットフォーム「MEB(モジュラー・エレクトリックドライブ・マトリクス)はBEVの定番でフロアにバッテリを引き詰めるためにシート位置が高い。床は2段で、アクセスに配慮しているが乗り込みには「よいしょ」と足を持ち上げる必要があり、そこからさら一段高くなったシートに座る。

フロア高はこんな感じ

 見晴らしはよく、ヘッドクリアランスも余裕だ。着座してシートポジションを合わせ、ベルトを締めるとシステムがスタンバイ状態になる。ステアリンコラム右側にから生えるシフトレバーをひねるとDレンジに入る。

 ドライバー正面のメーターは運転に必要なものが効率よく配置され、大型のセンターディスプレイは車両設定や多彩なアプリが備わる。フォルクスワーゲンはアナログスイッチを排する方向にあり、ディスプレイから操作するので慣れないうちは戸惑いもある。

 アクセルをジワリと開けるとちょっと間をおいて力強く動き出す。BEVの良いところはスタート時の振動やノイズがないことで、内燃機では気付かないウチにストレスとなっている負担から解放されることだ。加速は緩やかだがアクセル強く踏むとそれなりに速い。日本の短いランプウェイでも余裕の加速力を持つ。

 モーターは210kW/560Nmの出力を出す永久磁石同期型。リアエンドの床下にコンパクトに収まり後輪を駆動する。

加速は緩やかだがアクセル強く踏むとそれなりに速い

 走り出すと転がり抵抗が少なく空走感が強くて滑らかにどこまでも走る。ブレーキタッチは特に神経質ではないのが良いところ。Bレンジを選ぶと適度に回生ブレーキが働き日常的にも使えそうだ。

 明るいキャビンはどのシートも快適。フロアはエンジン振動から解放されてビシッとフラットだ。静かなことと音が静かなことはID.Buzzの大きな強み。ただ非常にユルーイ周期のピッチングのような動きがあったが、ロングホイールベース車はそのような動きはなかったということなので試乗車だけの個体差かもしれない。とにかくでき立てホヤホヤのクルマだ。

 高速道路での安定感はフォルクスワーゲンらしく、ACCも全速度域で使いやすく操作も容易。使いやすく安定感があり、BEVとの相性も良いようだ。サイズといい、ゆったりとした動きといい、ドライブしているとおおらかな気持ちになる。

おおらかな気持ちでドライブできるID.Buzz

室内の印象は?

シンプルでクリーンな印象のインテリア

 大きなスライドドアやテールゲートはイージークローズ機能があり、床下への足入れ操作で開くことができる。2列目のシートはウォークスルーができるセパレートシート。シート幅は適正サイズでフォルクスワーゲンらしい硬めなもの。日本製ミニバンほどソフトではない。ドイツ車らしく長距離もキチンと座るようなシートだ。サイドウィンドウは小さな四角い窓がパワーで開閉できる。ちょっとバンっぽいが開かないより便利と言ったところ。

 3列目のセパレートシートも2列目同様に硬めの設定。レッグルームも余裕があるが、爪先は2列目シートのレールが気になるのでそれを避けるように座る。ロングホイールベース仕様だと2列目のレッグルームが広くなり、スライド次第では3列目も恩恵を受けるに違いない。そしてどのシートもシンプルに、そして美しくデザインされ見ているだけで楽しい。いずれにしてもBEV専用ボディの室内長を活かした広さはID.Buzzの大きな魅力だ。

 3列シートは前倒しさせる以外に取り外すこともできるので、さらに広大なラゲッジスペースを得られる。その後ろにはオプション設定のマルチフレックスボードがある。これは取り外し可能な頑丈な脚の上にできる棚なので、2/3列目を前倒させた時にはフラットな床として活用でき、普段は充電コードを置くスペースとして使える。

上から1/2/3列目シート。試乗車はLEDマトリックスヘッドライト“IQ. LIGHT”、運転席/助手席にリラクゼーション機能を備えたパワーシートなど快適装備をパッケージ化した「アップグレードパッケージ」(70万円)を装着
ステアリング右側にシフトレバーを用意。メーターはコンパクトだがきちんと整理され、必要十分な情報を確認できる
ドライブモードはエコ、コンフォート、スポーツ、カスタムの4種類

 小物入れ関係は日本車にはかなわないが、取り外し可能なセンターコンソールや、3列目シート横のスマホ入れなどドイツ流のお持てなしが用意され使い方は乗ってみてのお楽しみだ。

 乗り心地はアルファードに代表される日本勢とは対局にある。硬めでどっしりとした味付けは低い重心高を活かして高速安定性も確保している。それでもかつてのドイツ車の超高速を重視するより、スピードレンジを下げた現実味のある設定を選んでいるようだ。

2列目と3列目に座ってみたところ

 最小回転半径はスタンダードホイールベースで5.9m。後輪ステアなどの武器がない割には常識的な小回り性だ。ロングホイールベースでは6mを超えるので、内輪差には用心が必要。できれば低速ではサイドカメラが作動するとよいのだが。

 航続距離はWLTCモードで524km/554kmと長く、140~150kWの急速充電も受け入れ可能だ。ロングドライブでは高い安心感がある。価格はバッテリサイズなりに高く、スタンダードホイールベースで888万9000円、ロングホイールベースでは997万9000円となっている。

 日本で唯一無二のBEVミニバン。いろいろ夢が広がる。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学