試乗レポート

フォルクスワーゲンの新型バッテリEV「ID.Buzz(バズ)」初試乗 「ブリー」「タイプ2」の現代版、その第一印象は?

フォルクスワーゲンの新型バッテリEV「ID.Buzz(バズ)」

内燃機関を搭載するという選択肢はなかった

 フォルクスワーゲンファンが首を長くして再来を待ち望んでいたモデルといえば、欧州では「Bulli(ブリー)」、北米では「Type 2」「バス」という愛称で親しまれてきたモデルだろう。2022年、遂に現代的な解釈で登場したそのモデルの名は「ID.Buzz(アイディー バズ)」。ビートルは内燃機関を搭載したモデルとしてリバイバルされていたが、ID.Buzzはフォルクスワーゲンの電気自動車シリーズの一員となる「ID.」の名を冠したモデルとして登場した。

「ID.」はフォルクスワーゲンが電動駆動システムを搭載するプラットフォーム(MEB:モジュラー エレクトリック ドライブ マトリックス)をベースに作り上げた電気自動車(BEV)で、欧州ではすでにID.3、ID.4、ID.5といったモデルが街のあちこちを走っている。当然、その流れを汲んだID.Buzzも電気自動車専用モデルであり、ブリーのイメージを継承しながらも、現代の衝突安全性や運転支援技術を確保し、デジタル化を採り入れてこれからの時代を牽引するフォルクスワーゲンのアイコンに生まれ変わった。

欧州では「Bulli(ブリー)」、北米では「Type 2」「バス」という愛称で親しまれてきた

 充電器などのインフラ整備に課題がある現段階では、クルマが魅力的だとしても誰もが簡単に電気自動車に手を出しにくい状況ではある。会場にいた開発者に「電動化するにしても、プラグインハイブリッドにするなど、エンジンと組み合わせることは考えなかったのか?」という質問をしてみたところ、「欧州では近い将来、エンジン車の販売が禁止されます。フォルクスワーゲングループとしては2035年までにほぼ全ての市販車をBEVにするため、私たちには内燃機関を搭載するという選択肢はありませんでした」といった回答が返ってきた。過去を辿れば、世界のあちこちのモーターショーでこのクルマのコンセプトがお披露目されてきたが、カーボンニュートラルに向けた取り組みが加速したことで、結果的にBEVとして登場することは彼らにとっては必然だったようだ。

「ID. Buzz」と「ID. Buzz Cargo」のボディサイズは、全長が4712mm、ミラーを除く全幅が1985mm、全高は仕様に応じて1927~1951mmに設定、ホイールベースは2989mm。写真は2列シートの5人乗りの乗用車(MPV)仕様

 ID.Buzzは2列シートの5人乗りの乗用車(MPV)仕様と1列3人乗り+広大なカーゴルームを備えた「ID.Buzz Cargo」の2種類が存在する。ちなみに、日本に導入される具体的な仕様や時期については現段階では未定だ。

第一印象は結構大きいサイズのクルマ

 欧州でこのクルマの発表が報じられてから、早く対面してみたいと願っていたが、そんな矢先に幸運にもひと足先に発売を開始する欧州で公道を試乗させていただく機会を得た。国際試乗会が行なわれたのはデンマークの首都・コペンハーゲン。北欧諸国の1つであるデンマークは南側がドイツ国境に接し、北側にはノルウェー、東側はスウェーデンという位置関係で半島と400以上の島々で構成される海に面している。国土の大半は平地で夏は涼しく、冬は温暖であることを考えると電気自動車に適した環境といえる。

 北欧諸国は自然エネルギーによる発電をうまく活用しており、環境車の補助金も手厚いことから、新車販売においてBEVの普及率が高いことで知られている。街を走っているとその状況が視覚的にも伝わってくるもので、IDシリーズのほかにテスラやヒョンデ、KIA、ポルシェのタイカン、日産 リーフなど、BEVとすれ違う頻度が高い。ここにいる人たちの表情は穏やかで、自然と共存しながら自分たちの時間を豊かに過ごしている様子が伝わってくる。

 そんな街で開催された試乗会場にズラリと並んだID.Buzzは、カラフルな2トーンカラーがじつに華やかに映る。日本車にはミニバンサイズのクルマを有彩色で彩った2トーンカラーのモデルは存在していないし、おまけにID.Buzzのちょっとスネた感じに見える表情がなんとも憎めない感じがする。愛着をもって向き合えそうなキャラクターなので、子供はもちろん、かつてのブリーの存在を見てきたお年寄りまで、幅広い世代に人気を呼びそうだ。私が幼稚園児のころは登園するバスの車窓からすれ違うカラフルなビートルを眺めて喜んでいたことを懐かしく思ったものだが、このクルマが日本の道を走り、人々を笑顔にする姿を想像すると、早く日本にやってきてほしいと思う。

 さて、肝心のクルマそのものについて言うと、第一印象は結構大きいサイズのクルマなのだなと思った。欧州仕様のスリーサイズをみると、5人乗りのID.Buzzと商用のID.Buzz Cargoはどちらも全長は4212mmでホンダ フリードよりも短い。しかし、その一方でドアミラーを除いた全幅は1985mmでかなりワイドだ。働くクルマであるカーゴは欧州サイズのパレットが2枚積めるように荷室幅を確保していることも影響していそうだが、積載高は632mmと低く、重たい荷物の積み降ろしがしやすそうだ。カーゴは片側スライドドアだったが、2列シートで5人乗りの乗用車の場合は両側スライドドアを備えていた。地面から後席のフロアまでの高さは日本のミニバンよりも高めの設定になっている印象で、乗り込む時はBピラーに備え付けられたループ状のベルトに手を掛けて乗り上げる形だ。地面からルーフアンテナまで全高は仕様に応じて異なり、1937mm~1938mmで設定されているという。

 電気自動車としてのスペックを確認すると、ID.Buzzに搭載されるMEBをベースとした電動駆動システムは電気モーター、パワー エレクトロニクス ユニット、オートマチック シングルスピード ギアボックス、欧州仕様は12個のモジュールに分割された77kWhのリチウムイオンバッテリ(総エネルギーは82kWh)がフロア下に効率良く敷き詰められている。ちなみに、充電時間は11kWの公共の普通充電で7時間30分で満充電になる計算。急速充電器の場合、最大で170kWの出力が受け止められて、約30分で5%から80%まで充電が可能なのだそうだ。

 気になるパッケージ面への影響をみると、前後のタイヤの間隔(ホイールベース)は2989mmとかなり広くとられているため、全長は短めでもキャビンの空間は広く、後席の膝まわりに余裕が得られている。後席は3人掛けのベンチシートで、左右の座席が40:60で分割してアレンジできるもので、前後方向に150mmのスライド機構を備えている。駆動用モーターはリヤアクスルに一体化したリヤモーター・リヤ駆動のレイアウトになるため、フロアに動力を伝達するためにシャフトを通すトンネルを作る必要がない。フラットなフロアは足下がスッキリしているし、室内幅の広さもあいまってリラックスできる空間を提供してくれる。

 ID.Buzzのインテリアはライトグレーの明るい内装色。そこにボディカラーと同系色のアクセントカラーをインパネやドアトリム、ID.のロゴ入りのファブリックシートに組み合わせている。木目パネルが温かみを与えながらもインパネ中央に配置されたインフォテインメントシステムはゴルフ8などにも搭載され始めたものに似て先進的なイメージだ。欧州仕様にはスマホアプリと連携して音楽のストリーミング再生などができるのはもちろん、最新のソフトウエアが搭載され、電気自動車と向き合う上で必要な充電スポット情報、ルート計画なども提案するという。また、ソフトウエアやオペレーティングシステムは無線通信によるアップデートで最新の状態に保たれる。運転席にはドライブに必要な情報を表示するデジタルメーターがハンドルの隙間に配置されていて、先進的な乗り物を自然な感覚で親しめる雰囲気を大切にしている様子が伝わってくる。

インテリアはライトグレーの明るい内装色

 荷室の積載性はどうだろう。大きなバックドアを開くと幅も奥行きも広い様子が窺える。2列シートで5人乗りのID.Buzzの荷室は骨組みを組んだ高床式の構造になっている。今回の試乗車は高床の下にVWのロゴが入った引きだし式の大型ボックスが2つ並べられていて、普通充電用のケーブルを収納していた。リヤシートは背もたれを前に倒すと水平の位置でロックし、高床式の荷室フロアと繋がって、広い床面積のフラットフロアが出現する。荷物を水平に積み込めるほか、車中泊をしたい人にとって、もってこいのスペースだ。DIYなどでアイディアを凝らせば、レジャーに出掛けた先で様々に活用する楽しみを与えてくれそうだ。

「ID. Buzz」「ID. Buzz Cargo」の積載高は632mmと低めに設計され、荷物の積み下ろしが容易になっている。写真は2列シートで5人乗りのID.Buzzの荷室
ベースとなる荷室はご覧の通り
2段式の床に加工されていた仕様では広大なフラットフロアが出現する

 デザインはもちろん、広い室内スペースが夢を膨らませてくれるID.Buzz。排気ガスを出さない電気自動車ということも含めると、ロハスな生活に似合うキャラクターといえるが、その走りはどうなのだろうか。

 電動モーターは後輪を駆動して走るとあって、安定した姿勢とともにスムーズで滑らかに車体を押し出していく。足下は20インチホイールを装着。タイヤサイズはフロントに235/50R20、リヤは265/45R20のコンチネンタル「Eco Contact 6」を履かせていた。タイヤが路面を捉える感触は優しい。前後のホイールベースが長く、左右のタイヤが広いスタンスで構え、重量物であるバッテリを低い位置に配置しているため、全高が高いわりに低重心でフラツキが少ない。ダッシュボードの位置が高く、着座位置も高めの設定で見晴らしがいいID.Buzzは少し小さめのバスを運転しているような感覚が得られて、非日常感が味わえるのが楽しい。コペンハーゲンの街から東へ向かうと、国境を跨いで気軽にスウェーデンに上陸することが可能だ。海を渡る橋の上では、車窓から遠くの景色を眺めながら爽快な気分でドライブを楽しめた。

 最高出力150kW(204PS)、最大トルク310Nmを発生するモーターは3名乗車で走るには十分な力強さが備わっている。車速を高めていくと、車体をかすめる風切り音が少し高まっていくあたりは、日本のミニバンのほうが対策しているなと思うところもあるが、100%モーターで走る車内は内燃機関のクルマのようなエンジンやトランスミッションから伝わる振動から解放され、シームレスな加速フィールとともに、快適に移動できる印象だ。その上で、カーブを曲がる時はステアリングの切り込み量に応じて車体が驚くほどスムーズに向きを変えていく。バッテリを搭載する上での重量増を補う強固な骨格構造、最適化されたシャシーがバランスしていることで、優れた操縦安定性を見せつけてくれた。同乗した人にハンドルを握ってもらって助手席や後席にも座ってみたが、レジャーでロングドライブに出掛けるときも快適に過ごせてストレスが少なそうだなと思った。

 しばらく走るとクルーザーが停泊している海沿いのリゾート地に到着。クルマを停めて撮影をしていると、周りの人たちがこのクルマに熱い視線を注いでいる様子が伝わってきた。周囲の景色にパッと彩りを添え、親しみを持たれるID.Buzz。乗り手のプライベートな時間に寄り添う相棒となり、自然と調和して過ごすロハスなライフスタイルにもしっくりくる。アナログな時代のブリーが電気自動車のID.Buzzとして生まれ変わり、環境との共存を目指す先進的な電気自動車に生まれ変わっても、人とクルマが向き合う温かい関係性は変わっていないと感じた。

藤島知子

幼いころからクルマが好きで、24才で免許を取得後にRX-7を5年ローンで購入。以後、2002年より市販車のレーシングカーやミドルフォーミュラなど、さまざまなカテゴリーのワンメイクレースにシリーズ参戦した経験を持つ。走り好きの目線に女性視点を織り込んだレポートをWebメディア、自動車専門誌、女性誌を通じて執筆活動を行なう傍ら、テレビ神奈川の新車情報番組「クルマでいこう!」は出演12年目を迎える。日本自動車ジャーナリスト協会理事、2019-2020 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。