試乗記

スズキ初の量産バッテリEV「eビターラ」まずはサーキットで初試乗!

スズキ「eビターラ」

海外で公開されていたeビターラが日本上陸

 スズキ初のバッテリEV量産モデルとなる「eビターラ」。先だってイタリアで初公開されたそのプロトタイプを、袖ヶ浦フォレストレースウェイで試乗することができた。

「スズキ初のEV」ではなく、「初のEV量産モデル」という遠回しな言い方をしたのは、公式発表にならったものだ。

スズキ初のEV量産モデル「eビターラ」プロトタイプに試乗した

 スズキがこうした言い方をしたのは、これまで社内で数多くの実証実験でEVを製作しているからだという。またコンセプトモデルでいえば、1970年の大阪万博にはEVのキャリーを走らせたし、「ツイン」のコンセプトモデルである「Pu3コミュータ」には、ガソリンとハイブリッドのほかにEVも提案されていた。そしてバイクでは、実にたくさんのEVコンセプトが発表されている。

 ちなみにスズキは2030年までに6種類のバッテリEVを国内に投入すると発表しており、2023年のジャパンモビリティショーで発表された「eVX」の市販モデルが、今回試乗したeビターラだ。そして「e EVERY CONCEPT」と軽ワゴンの「eWX」も、近々発売の予定となっている。

 話をeビターラに戻すと、これはBセグメントのコンパクトe-SUVだ。名前はグローバル展開される「ビターラ」と同じだが、そのプラットフォームにはEV専用の「HEARTECT-e」(ハーテクト・イー)が新規設定され、外観にも専用のデザインが与えられた。

新型eビターラ。ボディサイズは4275×1800×1640mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2700mm。最低地上高は185mmを確保。総電力量は2WDが49kWhと61kWh、4WDが61kWhの設定。eAxleの最大出力は2WDの49kWhで106kW、61kWhで128kW、4WDはフロント128kW、リア48kWとなる

 駆動方式は、小型EVながらもFWDと4WDの2段構え。さらにモーターも、2WDには106kWと128kWの2種類が用意された。そして4WDのフロントには高出力仕様の128kWモーターを設定し、リアに48kWモーターを組み合わせている。

 バッテリはBYD傘下となるフィンドリーム製のリン酸鉄リチウムイオンバッテリで、その容量は2WDモデルが49kWhと61kWh、4WDモデルは61kWhとなっている。気になる航続距離は2WDモデルの106kW仕様が400km以上、同128kW仕様が500km以上、4WDモデルが450km以上だ(いずれもWLTC値)。

 急速充電は90kWまで対応しており、全てのモデルが50kWで約55分、90kWだと約45分で、SOC10%から80%までの電力をチャージできる。

まずは2WDから試乗

 最初に試乗したのは、2WDモデルだった。

 運転席に座ってまず、インテリアのデザインが若々しいと感じた。試乗車の室内はブラック×ブラウンの2トーンカラーが基本で(モノトーンもあり)、決して派手な感じではない。エアコン吹き出し口のグロス処理や、フローティングセンターコンソールが全面ピアノブラックとなっているのも、ちょっとセンスが古く感じる(指紋がたくさん残りそうだ)。

 しかしながらスカットル部分とインパネを2段構えとしたダッシュボードの造形は立体的で力強く、余計な装飾もないからとてもシンプル。その上で中央にメーターとインフォテインメント画面を一体化した「インテグレーテッドディスプレイ」がドーン! と置かれているのが、とても現代的なのだ。

 また整然と並べられたエアコンの物理スイッチも、見た目がきれいで使いやすさが即イメージできた。アームレストやシート以外はほぼハードプラ内装だが、見た目がいいからチープに見えない。

 さらに興味深いのは、大型のDシェイプステアリングだ。通常この形状は、ステアリングのギア比が高いスポーティなクルマに使われる。しかしeビターラはメーターの視認性を向上させるために径を大きく採っており、乗降性を高めるために下半分を平らにしたのだという。

 2WDモデルを走らせてまず感じたのは、ふっかりと優しい乗り心地だ。路面がフラットなサーキットで乗り心地を決定付けるのは早計だが、足まわりやタイヤだけでなくシートに至るまで、テイストに統一感がある。

eビターラ(2WD/オピュレントレッドパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

 今回試乗したのは128kW仕様で、加速力にも大きな不満はなかった。ストレートでは100km/h、それ以外では80km/hまでと速度が制限されていたのは、バッテリ容量を確保するためと、いわゆる高速道路やバイパスにおける走りをイメージするためだろう。

 ちなみに0-100km/h加速は8.7秒で、高速道路で多用するであろう80-120km/h加速は6.0秒というデータになっている。

 加速よりむしろ気になったのは、コンバーターの“キーン”という作動音だ。特別大きいわけではないが、ほかが静かなぶんだけ作動音が目立った。次に乗った4WDモデルでは聞こえなかったから、もしかしたら個体差かもしれない。

eビターラ(2WD/オピュレントレッドパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

 ハンドリングレスポンスは、とても穏やか。それでもカーブで確実にクルマが曲がるのは、EVならではの低重心さや、前後重量配分のおかげだろうか。むしろ既存のスズキユーザーのことを考えて、アジリティを抑えているのかもしれない。

 コース中盤のスラロームでも、舵角は大きめだが上手にロールを抑えて、切り込めばきちんと曲がる。クランクでは大径ステアリングの取り回しも気にならず、操舵力もちょうどいい。

 優秀なのはリアスタビリティの高さで、下りながらの旋回ブレーキングでも挙動が乱れなかった。聞けばeビターラのリアサスはマルチリンクだが、3リンク式とすることでコストと走安性を両立させているのだという。

eビターラ(2WD/オピュレントレッドパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

2WDと4WDで違いは?

 対して4WDモデルは、基本的にはFWDモデルと同じおっとり系だが、一段リニアな操縦性が得られていた。まずハンドルを切ったときの手応えが確かで、旋回時のボトムスピードも少し高い。かつスロットルを入れていくと、グーッと安定した姿勢を保ち曲がっていく。ちなみに4WDモデルには、リアスタビライザーも装着されている。

 少し気になったのは、高速旋回時のステア特性だ。直線路で大きくスラロームをしてみると、フロントサスの沈み方が一定しなかった。ダンパーが底突きしている感じや、ブッシュが突っ張る様子もないから原因は分からないが、エンジニアいわく18インチタイヤの横剛性不足かもしれないと言っていた。前述の通りリアはしごく安定しているからいいが、緊急回避時の操舵特性を考えると、最後の部分にもう少しだけ粘りがほしいと感じた。

eビターラ(4WD/スプレンディッドシルバーパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

 その加速力は0-100km/h加速7.4秒の数字が示す通り、2WDモデルよりわずかに高い。コンパクトカーの4WDというと降雪地域専用車のように思われがちで、実際そのバッテリには寒冷地での使用も視野に捉えてヒートポンプも装着しているが、非降雪地域のユーザーでも、よりキビキビ走りたいから4WDを選ぶのはありだろう。

eビターラ(4WD/スプレンディッドシルバーパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

 4WDの制御は、その乗り味と同じく、いい意味でコンサバだ。一定車速時におけるトルク配分はフロント54:46となっており、加速時になると50:50、減速時だと70:30という具合に、状況に応じて可変する。また高速巡航時にはフロントモーターのみで走って、電費を稼ぐこともある。

 センターデフや多板クラッチでトルクを配分しているわけではないから、もちろんこれは意図的な制御だ。あたかもFWDベースの4輪駆動のように走らせたのは、これまでにスズキが培った知見をベースとしたからだろう。

eビターラ(4WD/スプレンディッドシルバーパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

 2WDでフォルクスワーゲンやボルボのように後輪駆動を選ばなかったのも、同様の理由だ。坂道や高速道路で電費を少しでも稼ぐなら後輪駆動という考え方もあるが、前輪駆動なら既存のユーザーが乗り換えても違和感が少なく、既存のパーツを上手に流用することができる。

 両モデルともに、ACCのマナーも非常によかった。ADAS(先進運転支援システム)はスイフトから投入されたものと同じだが、カーブに差し掛かると、安全な速度までスムーズに減速してこれをクリアした。またスラロームやクランクセクションでも、連続するパイロンもきちんと認識して、不用意に速度を上げなかった。

eビターラ(4WD/スプレンディッドシルバーパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

eビターラに期待すること

 総じてeビターラは、これがとても初めての量産EVとは思えないほど乗りやすかった。バッテリを敷き詰めた分だけ床が高くなり、リアシートへのアクセスはちょっとだけ足を余計に上げなくてはならない。かつサンルーフを設けた分だけ天井にも余裕はなかったが、Bセグメントのパーソナルムーバーとして考えれば納得の範囲内といえるだろう。公道を走るのが非常に楽しみな1台だ。

 となるとあとは、価格だろう。すでに英国ではその価格が約585万円(記事執筆時点)と発表されてしまったが、補助金があるとはいえ少々高い。グジャラート工場からの出荷でどれほど輸送費に差が出せるのかは不明だが、日本仕様はもう少し安くなってほしいというのが本音だ。

 それほどeビターラの第一印象はよかった。そしてこれが既存のスズキユーザーにとって、関係ない話になってしまうのはもったいないと感じた。さらに言えば他社からの乗り換え組を迎えるなら、もっともっとその魅力を伝える努力が必要だろう。

eビターラ(4WD/スプレンディッドシルバーパールメタリック ブラック2トーンルーフ)

 スズキは2030年度までに日本の乗用車販売台数の20%を電動化すると発表している。スズキの2024年度の軽自動車と登録車の総販売台数は71万7720台(2024年4月~2025年3月、日本国内)だから、単純計算だがあと5年で14万台以上をEVにするということになる。

 ドメスティックブランドであるスズキがEVを推進する背景には、環境性能への対応はもちろんながら、4輪の販売で10%のシェアを占める欧州、特に電動化率が極端に高い北欧への対応がある。そして日本でも一昨年あたりから、各ディーラーに向けた充電設備などのインフラの整備に奔走している。つまりスズキは、電動化に本気だ。

 おそらく日本での主力は、この後発売される軽ワゴンEVの方なのかもしれない。とはいえeビターラの価格がどうなるのかは興味深いし、これからのスズキの電動化にも注目していきたいと感じた試乗だった。

eビターラ(4WD/スプレンディッドシルバーパールメタリック ブラック2トーンルーフ)
山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身。A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。日本カーオブザイヤー選考委員。自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートやイベント活動も行なう。

Photo:安田 剛