インプレッション

ホンダ「シビック TYPE R」(鷹栖プルービンググラウンド)

本格的ハイパフォーマンスカーの雰囲気

 限定750台は、おそらくあっという間に完売してしまうことだろう。すでに買う気満々の人も大勢いることだろうが、これから述べることは、そんな人たちの背中をさらに押すことになりそうだ。

 個人的にはFR派なのだが、これまで乗った中で何台か「これは!」と感じたFF車がある。それは「インテグラ」を含む歴代TYPE Rはもちろん、ルノー「メガーヌ R.S.(ルノー・スポール)」もとても印象深かった。ところが今回、このクルマに乗ってその記憶は上書きされた。

 とにかくFFで、こんなクルマが作れたことに大いに驚きを覚える。かつては「FFで200PS以上など意味がない」ともいわれていて、筆者もそう思っていた。ところがこのクルマは実に300PSを超えている。そのパワーを着実に速さへと結びつけていることを、乗れば実感する。ニュルブルクリンク北コースでのタイムは7分50秒63というのもうなずける。むろんFF市販車最速であり、その座にいたメガーヌ R.S.の7分54秒36を約4秒も下まわった。

 実車と対面すると、まさしく隔世の感を覚える。従来とだいぶサイズ感が違うことがまず印象的で、全体のシルエットでは最新要素を入れていたのであろう、大胆に配された空力パーツも目を引く。いくらTYPE Rとはいえ、市販車でここまで過激に仕上げたことに驚くし、本格的なハイパフォーマンスカーとして開発されたことがうかがえる。タイヤも19インチと大きい。しかもコンチネンタル製の新銘柄だ。

750台限定で日本導入される新型「シビック TYPE R」。「心昂ぶるブッチギリの走り」をコンセプトとし、パワー、トルク、レスポンスを高次元でバランスさせたピュアスポーツモデルとなっている。ボディーサイズは4390×1880×1460mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2600mm。車両重量は1380kg。価格は428万円。撮影車のボディーカラーはチャンピオンシップホワイトで、そのほかにクリスタルブラック・パールも用意される
シビック TYPE R向けに専用開発された軽量19インチアルミホイール。従来の鍛造を上まわる材料強度が確保できたことから鋳造製法を選択したとしており、従来製法の鋳造ホイールに対して約10%の軽量化を実現している。これに独コンチネンタルが開発した新スポーツタイヤ「ContiSportContact 6(コンチ・スポーツ・コンタクト・シックス)」を組み合わせる。タイヤサイズは235/35 ZR19。ブレーキシステムはフロントにブレンボ製アルミ対向4ピストンキャリパー(ローター径:φ350mm)、リアにディスクブレーキ(ローター径:φ296mm)
シビック TYPE Rでは、高速走行時の操縦性や安定性を高めるマイナスリフトを追求した空力パーツを装着。フロントスポイラー、フロントオーバーフェンダー、サイドシルガーニッシュ、リアウイング、リアディフューザーなどがそれにあたり、フロア下面もほとんどがアンダーカバーで覆われている

痛快なVTECターボ

 今回はホンダが北海道に持つ鷹栖プルービンググラウンドの高速周回路、ヨーロッパの郊外をイメージしたEU試験路、ハンドリングコースを走行した。

 TYPE Rといえばまずエンジンが気になるところだが、新開発のVTECターボは本当に驚くべき仕上がりだった。自然吸気のメカチューンでならしたTYPE Rにターボという組み合わせの相性はどんなものかと思っていたのだが、文句なく素晴らしい。過給機付きとは思えないほどレスポンスが俊敏で、下からパンチの効いた加速を示し、その勢いを衰えさせることなく伸びやかにレッドゾーンの7000rpmまで吹け上がっていく。とりわけレスポンスのよさが光るのだが、それを実現できたのはホンダが培ってきたVTEC技術と、小型のターボチャージャーの組み合わせによるところが大きい。しかも、ツインスクロールではなくモノスクロールであり、可変機構を用いることなく電動ウエストゲートを採用するなど、極力シンプルな機構を採用したというから驚く。とにかく痛快極まりない。まさしく“全域パワーバンド”だ。

 やや野太く乾いた感じの4気筒サウンドも心地よい。アクセルOFFにしたときのターボ付きならではの音が聞こえるのも一興だ。欲をいうと、アクセルOFF時のエンジン回転落ちがもう少し速いとなおよいかなと思う。

新開発の直列4気筒2.0リッター直噴ガソリンVTECターボエンジンは、FF車トップ値となる最高出力228kW(310PS)/6500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgm)/2500-4500rpmを発生。使用燃料は無鉛プレミアムガソリンで、タンク容量は50L。JC08モード燃費は13.0km/L

 インテリアでは従来型に対してデザインや質感の面でも車格が上がった。スラントしたフロントスクリーンの手前のダッシュまわりはとても包まれ感があり、赤のアクセントを印象的にあしらっていて、とても特別感がある。

 シフトフィールは開発者が「ホンダ最高」と胸を張るとおり、小気味よくカチッと決まる。シフトノブがステアリンググリップから近い位置に配されていて、非常に操作しやすいところもよい。

 シートの仕上がりもなかなかのものだ。バケットタイプながら、あまりきつく締めすぎていない印象だが、強い横Gがかかっても横方向はしっかりサポートされるので身体がぶれることはないし、座面の角度がついているおかげでハードなブレーキングでも身体が前に持っていかれにくい。

 もう少しヒップポイントが低いとなおよいし、座面の角度調整もできるとよいのだが、センタータンクゆえ天地方向の制約もあるので、これがギリギリというところだろう。

ブラックを基調にTYPE Rを象徴するレッドを効果的に配したインテリア。シートやステアリング、メーターユニットは専用設計で、レーシーな仕上がりをみせている
ステアリング表皮は滑らかな触り心地が特徴的なスーパースムースレザー(本革)。Dカット形状にすることでフロントシートの低ヒップポイント化を可能にしている
チタン調のアルミシフトノブを装備
TYPE Rのロゴがあしらわれる新開発の「Honda TYPE R シート」。今回の新型シビック TYPE Rはセンタータンクレイアウトを採用しているため、フロントシート下に燃料タンクが配置されている。そのため座面クッション部のウレタンの発泡密度や硬度などが見直され、シビック TYPE R EUROと同等のクッション性能を維持しながら20%のウレタン薄型化に成功。これによりベースの欧州シビックから20mm低いヒップポイントを実現させている
メーター横には加速性能をはじめ、アダプティブ・ダンパー・システムの制御パラメーターを高減衰域にシフトできる「+Rモード」ボタンを配置。メーター内は通常の「BASEモード」(写真中央)では白色に、「+Rモード」(写真右)では赤色に発光する
マルチインフォメーションディスプレイでは燃費や時計表示に加え、ターボ過給圧、水温、油圧、油温、旋回時などのG変化、ブレーキ踏力、アクセル開度という7つの車両情報を表示できる。さらにラップタイム、0-400m、0-100km/hの計測結果を表示させることも可能にしている

FFを極めたフットワーク

 エンジンも素晴らしいが、シャシーも素晴らしい。FFでもここまでできることに感心しきりである。

 まず、フロントのグリップが極めて高い。宿命のライバルであるメガーヌ R.S.に乗ったときも感じたのだが、それを上まわるグリップ感だ。フロントサスペンションは複雑な機構とし、EPSにダブルピニオンの凝ったものを与えているわけだが、その効果は確実にある。むろん、クルマ自体に極めて高い運動性能が与えられていることが基本にあってのことだが、ステアリングを操作したとおりに応答遅れもなくノーズが向きを変えてくれる。

 コーナー立ち上がりでは、これほどのパワーとトルクを持ちながら、強めにアクセルを開けてもしっかりトラクションがかかり、グイグイと行きたい方向に曲がっていく。一般的なFF車では、高いGがかかり速度が出ているとアンダーステアが出るであろう状況でも、このクルマはニュートラルに狙ったラインをオン・ザ・レール感覚でトレースしていける。それだけタイヤを巧く使えているということにほかならない。ステアリングフィールそのものもしっかり感があり、スムーズでフリクション感が小さく、FF車としてこれ以上は心当たりがないといっても過言ではないほどよい。

今回のTYPE Rでは「BASEモード/+Rモード」という走行モードを切り替えることが可能になっている。その「+R」モードを試すと、エンジンはより瞬発力が増してフットワークもレーシーになる。具体的には、+RモードではBASEモードに対しエンジン特性、ダンパーセッティング、EPS、VSAの設定が変わる。エンジンはよりハイレスポンスな加速性能となり、ダンパーは減衰力の変化域が高い側に移行する。さらに、EPSはしっかり感が増し、VSAは非介入領域が拡大する。元気になりすぎて公道にはあまり適さないほどだが、サーキットを攻めるなら、このモードの方がより刺激的な走りを楽しむことができること請け合いだ。

 高速周回路では姿勢がフラットで、スタビリティが驚くほど高いことに感心。自立直進性が高く、やはりフロントタイヤにしっかり感がある。速度を高めるほどにタイヤが路面に吸い付いていくような感覚が増し、リアも落ち着いているのは空力性能の向上によるものだろう。

 乗り心地も足まわりがかなり締め上げられているのにわるくない。路面の荒れたEU路では+RモードよりもBASEモードの方が適していて、しなやかに路面に追従し、前席ではフラット感が高く、ピッチングの中心軸がドライバーのあたりにある感じで、ドライバー自身の身体はあまりぶれることはない。後席にも乗ってみたところ、さすがに硬さを感じなくはないが、3代目シビック TYPE R(FD2)のときのような突き上げの強さはない。十分に実用に耐えうる乗り心地が確保されている。

 とにかくFFでここまでできたことは驚きの連続であり、高性能スポーツカーとして極めてエキサイティングな走りを楽しませてくれる1台であった。限定販売台数はわずか750台。興味のある人は早めに手を打つべき!

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛