インタビュー

エアレースパイロット室屋義秀選手、飛行テクニックの違いや飛行機と自動車の関連性、2022年度シーズンの抱負を語る

2022年5月3日 実施

富士スピードウェイの上空でエアレースデモンストレーションフライトを行なう「LEXUS PATHFINDER AIR RACING」の室屋義秀選手

 LEXUS PATHFINDER AIR RACINGとして「エアレース ワールドチャンピオンシップ(TARWC :The Air Race World Championship)」に参戦するエアレースパイロットの室屋義秀選手は、5月3日にSUPER GT第2戦富士が開催されている富士スピードウェイの会場にて、エアレースデモンストレーションフライト「Yoshi MUROYA × LEXUS Special Flight」を行なった。5月4日も12時20分からデモフライトが予定されている。

 同日報道関係者を対象にしたラウンドテーブルが開催されたので、今回のSUPER GTで行なわれたエアレースデモンストレーションフライトと、アクロバットフライトとの違いや、今シーズンのエアレースに向けた意気込みなどについてうかがってきた。

 なお、2022年のエアレースは、7月9日~7月10日にイギリスのグッドウッドで行なわれる開幕戦を皮切りに全4戦が予定され、室屋選手は2017年以来2度目の世界王座獲得に向けてシーズンに望む。

Yoshi MUROYA × LEXUS Special Flight@ FUJI SPEEDWAY 5.3
Yoshi MUROYA × LEXUS Special Flight@ FUJI SPEEDWAY 5.4

アクロバット飛行は「フィギュアスケート」、エアレースは「スピードスケート」、それぐらい競技の種類が違う

ラウンドテーブルを開催した室屋義秀選手

──例年富士スピードウェイではアクロバットフライトを行なっていましたが、今回はエアレースを模したレーシングフライトでした。アクロバットフライトとレーシングフライトの難しさの違いを教えてほしい。

室屋氏:操縦経験がない方にも分かりやすいように例えると、フィギュアスケートとスピードスケートのような違いだと考えていただきたい。どっちも同じスケートだが、それぞれ競技の内容が違う。フィギュアというのは技があってそれに採点があり、難度によって点がついてそれを競っている。アクロバットフライトは、それと同じように技を審判に見てもらってジャッジしてもらうそういう競技です。

 それに対してエアレースは、タイムレースなので、基本的には速く飛んでいけばいいのだが、ただ飛べばいいのではなく、正確に操作して、その精密さも重要になる。そのためパッと見では差が分からないのだが、60秒ぐらいのレースで、ほんの小さな差が勝負をわけるレースになっている。レース自体は、今日のSUPER GTの予選のような感じでノックアウト方式になっていて、3ラウンドを勝ち抜けば優勝という形だ。

背面飛行

──それぞれのフライトに使うテクニックは違うのか?

室屋氏:アクロバット飛行では、飛行機を使う範囲(エンベロープ)がとても広いのと、速度域も幅が広い。例えば今日のフライトでもやったが、それこそ空中でバックするときは、速度域は0~400km/hぐらいを変化しながら飛んでいる。背面で旋回するなどエンベロープの中で飛行していくことがとても難しい中で、G(重力)のかかり方も最大で10Gと、速度とGの範囲が大きな中で飛行機の性能を最大限活用して動かしていくことがとても難しい。

 それに対してレースフライトでは、とても精密な操作をしなければいけない。1つのコーナーでもズレてはいけないし、タイミングを合わせていく。そうした中で引き上げたりが速すぎたりすれば、2秒のペナルティなどをもらってしまうことになる。飛行機は毎秒100m飛んでいるので0.1秒反応が遅れると10m先に進んでしまう、その中で1~2mを調整しながら飛んでいかないといけないのは難しい。人間が見て考えてから反応するスピード、それをやっていると0.2秒ぐらいかかるので20mぐらい先にいってしまうから全然追い付かなくて、そのあたりのズレも補正しつつ、筋肉が反応するとかイメージの準備とかやっていかないとタイムが出せない。アクロバットとは違う難易度がある。

──今日のデモフライトに利用した飛行機の去年との違いは? 今シーズンのエアレースに利用している機体との違いは?

昨年のSUPER GT最終戦でデビューした勝色カラーの飛行機、今回の第2戦でも利用された

室屋氏:基本的には同じで、昨年のSUPER GTの最終戦で勝色(紺よりも濃い藍色)に変更したのを今年も踏襲している。エアレースに利用しているレース機のカラーにほぼ同じで兄弟機ではあるが別の飛行機になる。

 レース機は現在福島のベースで今シーズンのレースに向けた改造とテスト作業中だ。その改造にはレクサスが協力してくれていて、われわれのチームとパートナーで一緒に作っている。特にコロナ禍ではわれわれのチームのエンジニアが入国できなかったので、遠隔地からビデオ会議を利用しながら、レクサスのエンジニアが協力して作り上げている。現在最終段階になりつつあり、5月初旬頃から2週間程度の最終テストに取りかかる予定。基本的なレースパッケージはすでにできているが、もう1つぐらい導入できるのではないかということで最終テストに臨んでいくつもりだ。

技術的に見れば飛行機と自動車はつながっている、レクサスのエンジニアがエアレース飛行機の開発に全面協力

レクサスのエンジニアとの協力関係を説明する室屋義秀選手

──レクサスのエンジニアはどのようなところに協力しているのか?

室屋氏:多くを説明することはできないが、今回協力していただいた中で大きかったのはエンジンカバーの新設計だ。レクサスのエンジニアが、空力の解析、設計、製造を手がけ、軽量化を実現しただけでなくCd値(空気抵抗値:抵抗値が低いほど速く飛ぶことができる)も下がっている。素材はカーボンファイバーで、より高性能な窯で製造したドライカーボンを使ってもらい、非常に薄く軽量になっているのに強度は上がっている。われわれのプライベートチームではできないことに、技術的に協力いただいている。

──飛行機と自動車というと別モノという印象だが、技術的にはかなり近いということか?

室屋氏:技術的な観点で見れば、自動車と飛行機はつながっている。基本的な技術は一緒で、最終的なリミットラインのすりあわせで対応できるという印象だ。レクサスもモータースポーツというレースに取り組んでいて、さまざまな技術革新を行なっていると思うので、その部分をエアレースの飛行機にフィードバックしていただくことで、一緒に技術革新に取り組んでいきたいと考えている。

5月3日に行なわれた富士スピードウェイでのデモフライト

──レクサスからは航空機に着想を得たというLCのリアウィングのような車両が登場してきている。室屋氏としてはどんな自動車が欲しいか?

室屋氏:レクサスとパートナーを組んでから、自動車にたくさん試乗させていただくようになり、自動車をこう評価したらよいなど、評価のやり方を教えていただいたりして、これまで全く知らないで乗っていたなと反省することしきりでした。そうした自動車の専門家で、レベルの高いエンジニアがエアレースに集まってきていただいているのは本当にうれしい。

 個人的には飛行機乗りなので、自動車にももっと飛行機要素があればいいなとか、しょうもないことを考えている。例えばウィングが出てきて飛んじゃう自動車とか、垂直尾翼があってそれで曲がれる自動車とか(笑)。そういう冗談はともかく、LCのウィングは、飛行機のウィングレット(筆者注:ウィングの左右についている翼端板のこと)がヒントになってレクサスのエンジニアが開発したものだ。飛行機のウィングレットは、ウィングに発生する渦を調整する役割になる。そのウィングレットで渦をほんのちょっとだけ発生させたらパラシュートみたいに安定するという逆転の発想で作ったものだ。自動車もそうだが、飛行機は空気に対する発想で大きく変わる。実際に動いている最中の動作を検証するには膨大なコンピューティングパワーが必要になる。実際世界選手権を戦っているときに、シミュレーションを行なう本社のスーパーコンピュータを1週間貸し切らせていただいて、定説と違うことが発見され、それがチャンピオン獲得につながった。そうした飛行機側での開発の知見や発想が、自動車造りにも役立てるようになるのではないかと考えている。

レクサス、「LC」特別仕様車“AVIATION” 室屋義秀選手との技術交流で誕生したリアウィングなど採用

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1285748.html

──アクロバット飛行でくるくる回ったりしているが。そのときは何を考えているか?

室屋氏:回っているなーと考えているぐらいだ(笑)。集中しているぐらいで、ウィングに空気が張り付いているのを感じたりしながら、3次元で自分の位置を把握しながら飛んでいる。自動車のドライバーが、タイヤが滑り出す直前に分かるようなイメージで、高度、速度、ポジション、エネルギー量などを把握しながら、3秒先をイメージしながら飛んでいる。

──今シーズンの「ジ・エアレース ワールドチャンピオンシップ」への準備や抱負を教えてほしい

室屋氏:準備は順調だ。今は最終テストの段階で、それがなくてももうほぼでき上がっているので、勝てる体制だろうとわれわれは考えている。今年のシリーズは全4戦で、2019年は4戦中3勝したのに1戦をノーポイントで終わってしまったため、チャンピオンを取れなかった苦い経験があるので、今季は全戦勝つ必要はなく、2戦ぐらいは勝って常に表彰台を争えるようにコンスタントに戦っていけば、再びチャンピオンを獲得することが可能になると思っている。