西村直人のインテリア見聞録

【連載】西村直人のインテリア見聞録

第2回:ホンダ「ヴェゼル」

“クーペとSUVの融合”というデザインコンセプトの狙いとは?

 連載第2弾として本田技研工業「ヴェゼル」を採り上げる。デザインコンセプトは“クーペとSUVの融合”であるというが、狙いはどこにあるのだろうか。インテリアデザインの開発にあたった山本洋幸氏(本田技術研究所 四輪R&Dセンターデザイン室1スタジオ)にお話をうかがった。

山本氏:「これまでインテリアデザインというと、とかく見た目の印象だけで語られることが多かったように思いますが、これからは機能性という解釈が追加されてくると考えています。つまり、ドライバーとクルマとをつなぐインターフェイスとしてのデザインがどれほど織り込まれているか、ということです」。

 「フィット」のすぐ後に発売されたヴェゼルだが、フィットとはベクトルの違うユーザー層も視野に入れ開発が進められた。

山本氏:「ヴェゼルでは上級クラスからのダウンサイザーを新しいユーザー層として受け入れる必要がありました。そうしたユーザーの方々は得てしてクルマ好きが多く、同時にあらゆるクルマの性能に対する要求値が高いと我々は分析しています。ヴェゼルはそうした方々にも振り返っていただけるデザインを心掛けました」。

 とはいえ奇抜なデザインを用いたからといって、すべてのクルマ好きが納得するわけではない。どこに注力したのか?

本田技術研究所 四輪R&Dセンターデザイン室1スタジオ 山本洋幸氏

山本氏:「ヴェゼルではデザインのインターフェイス性能を徹底的に高めています。運転する際に大切なインターフェイスとは、カーナビゲーション機能やエンターテイメント性を含めて多岐に渡りますが、走る・曲がる・止まるという基本に則っていること、これに尽きると考えています。そうしたことから、いわゆる造形に凝るよりもシンプルなデザインを目指しました」。

 言われてみればヴェゼルが属するコンパクトクラスのインテリアデザインは、各所に色々なキャラクターラインや造形を用いて、それを“充実感”や“クラスを越えた質感”などといった言葉で表現しているものが多いが、ヴェゼルではそうした手法を極力抑えている。誤解を恐れずにいえば、自動車としてまっとうなインテリアデザインを突き詰めたわけだ。

山本氏:「インテリアデザインの本質に立ち戻りました。インテリアは極力シンプルに、走りの基本をちゃんと理解されていらっしゃる方々にもご納得いただけるクルマ造りが開発テーマです。ただし、シンプルだからといって過度な割り切り感やチープな印象を与えてはいけません。シンプルなデザインであっても、上品で上質な質感を持ち合わせることができると強い信念をもって開発に従事しました」。

フラットでシンプルな造形としたインパネ上面

「インテリアは極力シンプルに、走りの基本をちゃんと理解されていらっしゃる方々にもご納得いただけるクルマ造りが開発テーマ」と語る山本氏に、インテリアのスケッチを描いてもらいながら説明いただいた

 一口にシンプルといっても、それは概念的なものだけに正解は1つではない。また、その解釈は人によって大きく違う部分だ。しかしながら、直接機能とは関係性がない、いわば“デザインのためのデザイン”を施すだけではシンプルとはいえないことは明らかだ。形は機能を、そして機能は形を現す必要性があるだけに、ヴェゼルにはどんな手法を採り入れたのだろうか?

山本氏:「たとえばヴェゼルのインパネ上面はフラットで非常にシンプルな造形としています。開発当初、このインパネ上面があまりにもシンプルであったため、『もっとデザインすべきだ!』と上層部からNGを出されたことがありました。しかし、シンプルな上面は、アップライトなドライビングポジションに起因する外光の反射を抑えることに有効であるため、ここをじっくりと説明し、最終的には当初の案のまま承認されました。シンプルな造形ですが、これも立派なインターフェイスの一部であり、機能に裏付けされています。加えて、シボの具合や触感にもこだわることで、長く所有されても飽きのこないように配慮しています」。

 運転する際に視界の妨げになるものを“ノイズ”と表現するが、ヴェゼルは運転席からの視界が非常にすっきりとしているため、そうしたノイズが非常に少ない。またEPB(電子制御パーキングブレーキ)を全車に採用したことで、センターコンソールからの大胆な造形が成立した。このように、機能との関係性が薄いデザイン、言い換えれば機能を犠牲にしてしまうデザインを一切排除することで生まれたのがヴェゼルのインテリアなのだが、こうした設計思想はホンダの伝統でもあるという。

ヴェゼルでは全車にEPB(電子制御パーキングブレーキ)を採用

 「ホンダは従来から人の操作にふさわしいデザインを取り入れてきました。それが、技術の発達や素材の進化により見た目のデザインばかりを突き詰めてしまう、そんなスパイラルに陥りかけてしまいました。ヴェゼルではその流れを断ち切り、今一度エンジニアリングと一体化したデザインを構築しています」と語るのは、山内俊道氏(本田技術研究所 四輪R&Dセンター技術広報室)だ。

 また、聞けばフィットとヴェゼルの開発は並行して行われていたという。2012年ごろからホンダ社内では組織改革が行われ、それと同時にデザインの方向性にも大きな変更が加えられた。その後、2013年9月に発表された「エキサイティング H デザイン!!!」という新しいコンセプトのもと開発されたのがこの2モデルであり、フィット、ヴェゼルにはそれぞれのキャラクターに応じたエッセンスが加えられている。

センターコンソールの“ハイヒール”デザインとは?

 こうした背景を持つヴェゼルだが、グローバルで伸びているコンパクトSUV市場において、あえて“クーペとSUVの融合”と謳うにはどんな理由があるのだろうか。そのことについて、山本氏は「社内での開発指示は小さなSUVを造れ、というものでしたが、私たちデザインチームにSUVをデザインする気持ちは少しもありませんでした。次の時代のスタンダードとはどういったものなのかを捉えてみようという意志を貫いてきたわけです」と述べる。ただ、そうはいっても、現実的にクルマのキャラクターを決める重要な要素であるドライバーズシートのヒップポイント高は、まさしくコンパクトSUVクラス(≒セダン+約100mmの660mm前後)のそれだ。この数値からはクーペという言葉の響きが持つパーソナル感は感じられないが……。

山本氏:「ヒップポイントが高いため、独創的なパーソナル感の演出が求められました。そこでヴェゼルでは、ハイデッキセンターコンソールを採り入れています。これは運転席と助手席の間になだらかな弧を描くコンソールを配置することにより、アップライトなドライビングポジションながら適度なセパレート感を演出するものです」。

ヴェゼル HYBRID Zに設定されるジャズブラウンカラーのシート(本革とファブリックのコンビネーション)。後席はチップアップ機構を備え、座面を跳ね上げることで高さのある荷物の積載などが可能になる

 アップライトな特徴を活かすのであれば、サイドウォークスルーを手法として採ることもできたはずだが、この手法をあえて採用していないのはなぜか?

山本氏:「ヴェゼルが導入される日本、そしてアメリカ&アジア市場からは、もっと空間を活かしたデザインを! という意見も聞かれましたが、ホンダのラインアップにはそのようなモデルがすでに存在しています。もっといえば、そうした既存のカテゴリーにはないモデルに仕立てたかったことから、ヴェゼルはハイヒールを目指しました」。

 突如飛び出したハイヒールとはなにか?

山本氏:「女性がハイヒールに足を通すシチュエーションにヴェゼルの価値を生み出すヒントがあるかもしれない……、そう考えたのです。その背景にはヴェゼルがクーペとSUVの融合、つまりハイブリッドであることに起因しています。女性に人気の商品の1つに、ハイヒールとスニーカーが融合した『Y-3』(アパレルメーカーのアディダスとファッションブランドであるヨウジヤマモトのコラボレーションブランド)のハイヒールがあります。この商品にはランニングできるハイヒールというコンセプトがあり、我々はそこに共感したのです」。

センターコンソールの造形はハイヒールからヒントを得た
センターコンソール下部は収納スペースとして利用できるとともに、HDMIやUSBなどのコネクタを用意する

 とはいえ、クルマがハイヒールとはその真意が理解できないのだが……。

山本氏:「ヴェゼルがこの『Y-3』の世界観が持つハイヒール寄りである、ということを表現したかったのです。日本のユーザーはミニバンやSUVといったカテゴリーでたくさんのハイブリッド(≒クロスオーバー)を経験しています。ですので、そうした方々にも新しいカテゴリーとして認めてもらう必然性がありました。かつて、日本ではクーペが販売台数を伸ばした時代がありましたが、それは個性の主張とともに、パーソナルスペースを大切にできるという、そこに価値が見出されていたからだと考えています。ヴェゼルもパーソナル感を大切にしていますが、とはいえ往年のクーペのようにキャビンが狭く実用性が乏しくては一過性の産物という評価しかいただけないと思っています。そうしたことからスタイルだけでない、ちゃんと使えるクルマにしたい。そんな想いがヴェゼルには込められています。さらに欲張りですが、時代に輝くクルマとして後世にも残していきたいですね。ホンダにはかつて、『プレリュード』や『インスパイア』といった色気のあるクルマが存在しました。ヴェゼルが目指すべきポジションは、まさにそこにあるのです」。

 そのハイヒールだが、じつはインテリアのモチーフにもなっている。

山本氏:「EPBの採用によりセンターコンソールの設計自由度が高くなったことで、このラインを手に入れることができました。さらにヴェゼルではシフト下にユーティリティスペースを設けています。これにより、ハイヒールのヒールとソールの間のある“抜け感”に通ずるようなデザインが完成したのです。電磁式シフトによるユーティリティスペースの確保と、デザインの色気を組み合わせることで、ヴェゼルの世界観が演出できました」。

センターコンソールに用意されるドリンクホルダーは、ボタンを押すことで仕切りが出るほか底面の高さを調整でき、500mlのペットボトルをすっぽり収めることができる

インパネ全面を覆うパッドの角度にこだわる

助手席前のエアコン吹き出し口は、視覚的にスッキリさせることを目的に、前面パネル内に長方形として配置するとともに、縦の仕切りを設けないことでワイド感を強調するデザインとした

 ところで、コクピットの印象を決める要素の1つにエアコン吹き出し口がある。たとえばスポーツモデルでは吹き出し口を丸くデザインすることでクロノグラフ感を演出している。ヴェゼルではそうしたセオリーには従わず、視覚的にスッキリさせることを選択した。エアコン吹き出し口の存在を消すために、助手席の前面パネル内に長方形として配置するとともに、縦の仕切りを設けないことでワイド感を強調している。

 また、既存のセンターコンソールとは一線を画した世界観を築き上げるため、「エキスパンダブルコックピット」と呼ばれる新しい手法も採用した。ここでのポイントは、インパネ全面を覆うパッドの角度にある。

 ドライバー側からフラットな面構成が始まるが、ナビゲーション画面の左側を境にパネルの扇角を反転させ、さらに助手席側のエアコン吹き出し口が配置されたパッドそのものの幅を左ドアミラー側に向けて高さ方向を狭くした。それだけでなく、吹き出し口の縁取りもパッドの縮小に合わせて狭くなっている。こうした数々の手法により、ドライバーが左側方に目を向けた際、車内に適度なパースがついたような拡がりがあるように感じられるのだ。「竜安寺の石庭みたい」と山本氏は説明するが、確かにこれは斬新だ。

 2トーンインテリアも配色がかなり大胆だ。ジャズブラウンと名付けられたインテリアカラーでは、センターコンソールや助手席前面パネルへの配色が功を奏していて、ヴェゼルが狙うパーソナル感の演出が一層強く打ち出されている。ヴェゼルの購入を考えているならば、この2トーンインテリアはぜひとも検討してほしい。また山本氏は「開発当初、ジャズブラウンはもう少し薄い色合いだったのですが、個性の演出につながると考えこの色に落ち着きました。ブラックの内装色も単色の黒色ではなく、部分ごとにシボを変えています」とも解説する。

上質な仕上がりを見せるジャズブラウンのインテリアカラーは、HYBRID Zのみの設定
HYBRID、HYBRID X、G、Xに設定されるブラックのインテリア(ファブリックシート)。このほか、インテリアカラーはグレードによってパッションブラック(コンビネーションシート)やブラックレザー(本革シート)を用意

 このように新しい手法を随所に採り入れることで生まれたヴェゼルのインテリアだが、成功の秘訣はどこにあるのか聞いたところ、「ヴェゼルで実現した新手法は、いずれも設計/デザイン/パッケージレイアウトの3部門が相互に連携したことで成立しています。冒頭の機能に裏付けされたデザインという意味では、運転視界が一番大切であるという理由から、いかにしてドライバーが視界情報を多く取得できるかを考えました」と述べている。ドライバーにとって必要な運転情報のうち90%以上が視覚から入ってくるだけに、ここは譲れない部分だ。

 また、「デザイン性を優先すると、この運転情報の取得に弊害が出てしまいます。ヴェゼルはドライバーのアイポイントが高めに設定されていますが、FRセダンと同等の視界情報が得られています。BMWの3シリーズは参考にした車両の1つですが、いずれにしろ3部門連携の賜物ですから、非常に満足度は高いですし、個人的にはやりきった感があります」と山本氏は笑みをこぼす。

車内での新たなインターフェイスとして注目が集まる静電タッチパネル

車内での新たなインターフェイスとして静電タッチパネルに注目が集まっているが、ハザードスイッチは既存の物理的なボタンとして残すべきと山本氏はいう

 一方で、新たなインテリア技術の導入には課題もあるという。

山本氏:「デザイナーとして車内でのインターフェイスをどう考えていくのか、これが課題だと考えています。電装開発チームの中にインターフェイスを担当する『インターフェースグループ』があり、静電タッチパネルなどもここで開発が進められています。専門グル―プとしての成り立ちですが、このグループは設立からまだ10年も経っていないため、これからどんどん知見を蓄積する必要があると考えています。デザイナーとしてもこうした分野を門外漢といわず、積極的に関わっていくべきだと思っています」。

 ちなみに「インターフェースグループ」とは別に「アドバンスドインタフェースグループ」も設置されており、ここではACCなどの操作系の開発や検証が行われている。

山本氏:「車内での新たなインターフェイスとして注目が集まっている静電タッチパネルですが、この普及にはアップルの『iOS』の影響がとても大きいと考えています。直観的、そして感覚的に操作できることはブラインドタッチを求める運転環境ではある種の理想であるからです。ただ、やはりハザードスイッチは、既存の物理的なボタンとして残すべきであると考えています」。

 話題のApple「Carplay」にホンダも参画しているが、“掌に収まるApple”が車内に持ち込まれただけではないことは明らかだ。スマホ画面がナビモニターで大型化されることは、既存の利便性に加えて車内でのエンターテイメント性が一気に盛り上がるはずだ。

 とはいえ、ナビモニターの注視や静電タッチパネル操作の繰り返しに対しドライバーとして注意すべき点は数多い。運転中にApp Storeで取得した価格や口コミ情報に一喜一憂したり、彼女からの別れ話がLINEで飛んできて気もそぞろになるなど、脳内メモリの一部がそちら側へ持っていかれることに対し、運転操作の安全性をどう絡ませていくのか興味は尽きない。また、日本特有の超高齢社会に際し、こうしたデバイスの導入は加齢時の身体的/心理的特性と運転操作にどんな影響を及ぼすのか……。引き続き取材を継続したい。

ヴェゼルのラゲッジルームに愛用している鞄を入れてみたところ。鞄のサイズは縦35cm×横40cm×マチ11.5cm

Photo:安田 剛

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員