尾張正博のホンダF1本「歓喜」の裏話

【最終話】年間表彰式、そして帰国

2021年に初のF1年間チャンピオンを獲得したマックス・フェルスタッペン選手

 最終戦を終え、通常なら帰国の途につくところだが、私は2021年の最終戦アブダビGPが閉幕した後もアブダビにとどまっていた。まだ、私にはもう1つの仕事が残っていたからだ。

 最終戦が始まる前、私の元にFIA(国際自動車連盟)から1通のメールが届いていた。それは、シーズン終了後に開催される年間表彰式への招待状だった。

パリの指定されたホテルへチェックインした後に受け取った年間表彰式の招待状

 当初、私はホンダがチャンピオンを獲得すれば、年間表彰式に参加するが、そうならなかった場合は辞退してもいいということを了承してもらったうえで、年間表彰式のリストに名前を追加してもらっていた。

 メールを受け取った時点でチャンピオンシップ争いはまだ決着がついていなかったが、私はどちらに転んでも年間表彰式に出席する決断を下し、年間表彰式の参加者の宿泊先として指定されたホテルの予約もお願いすることにした。

 この年(2021年)の年間表彰式の舞台はフランス・パリ。開催日は最終戦の5日後の12月16日(木)だった。私は12月14日(火)にアブダビからパリへ移動。到着した火曜日は空港近くのホテルでたまっていた原稿を書き続け、水曜日にFIAに予約をお願いしていたオペラ座近くにある指定ホテルにチェックインした。

 指定されていたホテルということもあり、1階には年間表彰式に参加するための受付があり、そこで年間表彰式に出席するために必要なパスを受け取った。そのホテルにはレース関係者が続々チェックインしており、私は単行本を作るうえで欠かせない2人の人物に出会った。1人は元F1の最高経営責任者のバーニー・エクレストン氏で、もう1人はトロロッソ時代にホンダとともに仕事した経験があるブレンドン・ハートレー選手だ。

トロロッソ時代にホンダとともに仕事した経験があるブレンドン・ハートレー選手

 2人ともホンダへのメッセージを紹介するページになくてはならない存在だった。特にハートレー選手はF1を離れた後は世界耐久選手権(WEC)でトヨタのマシンを走らせていたので、難しいかなと思ったが、快く取材に応じてくれた。

 単行本の取材は、年間表彰式の会場でも続いた。2021年の会場はルーブル美術館の地下に隣接したショッピングモール「カルーゼル・デュ・ルーブル」内にある特設会場。表彰式の前に各カテゴリーの王者が順番に出席しての記者会見が行なわれ、私も出席した。

 参加した記者はみんな顔なじみで、両手で数えるほどしかいなかった。コロナ禍の影響でシーズン終盤はなかなか思うように取材できなかったため、マックス・フェルスタッペン選手とクリスチャン・ホーナー代表に話を聞く絶好のチャンスだった。

コロナ禍だったため記者会見のスタジオも最低限のスタッフしかいなかった
その記者会見は華やかというよりも、まだ緊張感が漂っていた

 最終戦の幕切れで混乱が生じて物議をかもしていたため、4日後に行われたこの記者会見では初戴冠を祝福する一方で、最終戦の幕切れに関する質問が続いており、記者会見は華やかというよりも、まだ緊張感が漂っていた。そんな中、私がホンダについての質問をすると、フェルスタッペン選手もホーナー代表も笑顔になり、饒舌に答えてくれた。ホンダに関して、チャンピオン獲得後にフェルスタッペンとホーナー代表に直接質問し、コメントをもらう機会は、これが最初で最後だったから、パリまでやってきて本当によかった。

 これにて、単行本の取材は終了。あとは、フェルスタッペンとホンダの王座獲得を祝いつつ、パーティを楽しむことにした。

クリスチャン・ホーナー代表(左)と、マックス・フェルスタッペン選手(右)

 記者会見が終わると記念撮影会が行なわれ、その後、表彰式を兼ねたガラ・パーティが開演した。

マックス・フェルスタッペン選手と奥さま
クリスチャン・ホーナー代表と奥さま

 全部で78ものテーブルがあり、事前に場所が指定されており、私はほかのメディアたちと同じ末席にあるテーブルについた。この年間表彰式にはF1以外のカテゴリーの王者たちも集まっており、WEC王者の小林可夢偉選手にも7年ぶりに再会した。

年間表彰式にはWECチャンピオンチームの小林可夢偉選手も参加していた

 18時にスタートしたパーティのとりを務めたのは初のワールドチャンピオンとなったフェルスタッペン選手。その後、全カテゴリーの王者が舞台に勢ぞろいして23時に閉幕した。

さまざまなカテゴリーのチャンピオンが集まり華やかな表彰式となった

 会場を後にする前、私はFIAのメディア担当のトム・ウッド氏とロマン・デ・ロー氏に直接、感謝の言葉を述べた。彼らがいなければ、私の取材は途中で途絶えていたかもしれなかったし、この年間表彰式にも参加できていなかったかもしれなかったからだ。すると、2人はこう返してきた。

「それが私たちの仕事。あなたの取材によって、日本のモータースポーツファンに素晴らしいニュースや情報が届けられていたのなら、それは私たちにとってもとてもうれしいことだよ」。

FIAのメディア担当のトム・ウッド氏(左)とロマン・デ・ロー氏(右)

 海外での取材で私を助けたのが、FIAのメディア担当の2人なら、日本から私の取材を応援してくれていたのが、この単行本を担当していただいた、当時出版事業部におられた高橋隆志さんだった。この単行本のタイトルの「歓喜」も高橋さんのアイデア。とてもいいタイトルをいただいた。

 私の原稿執筆作業をサポートしてくれた河村大志くんにも、この場を借りて感謝したい。

 また、取材活動と単行本制作にご協力いただいたホンダの広報部の方々にも感謝の意を申し上げたい。

 そして、何より単行本「歓喜」とこの「歓喜の裏話」をご購読していただいた皆さまに、お礼を申し上げたい。ご愛読いただき、ありがとうございました。

尾張正博

(おわりまさひろ)1964年、仙台市生まれ。1993年にフリーランスとしてF1の取材を開始。F1速報誌「GPX」の編集長を務めた後、再びフリーランスに。コロナ禍で行われた2021年に日本人記者として唯一人、F1を全戦現場取材し、2022年3月に「歓喜」(インプレス)を上梓した。Number 、東京中日スポーツ、F1速報、auto sports Webなどに寄稿。主な著書に「トヨタF1、最後の一年」(二玄社)がある。