高橋学のみんなで「ラリージャパン」を応援しよう!
第4回:「ヤリスWRC」誕生前夜、トヨタが歩んできたラリー活動の歴史
2020年7月2日 00:00
2020年、10年ぶりに復活を遂げたWRC(世界ラリー選手権)の日本ラウンド「ラリージャパン」の開催まであと4か月半。2020年のWRCはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響ですでに5戦の開催中止が決まっていて、波乱に満ちたシーズンとなっているのはご存知の通り。ラリージャパンの開催3週間前に開催予定だったウェールズラリーGBが早々に中止を決めるなど不安要素もありますが、現状ではスケジュール通りの開催が予定されています。
このラリージャパン応援企画も3回に分けて北海道時代を振り返ってきましたが、今回は現在WRCに参戦中のトヨタ(TOYOTA GAZOO Racing World Rally Team)の話を中心にお伝えしようと思います。
トヨタが歩んできたラリー活動の歴史
現在さまざまなカテゴリーのモータースポーツに参戦しているトヨタですが、その原点は1957年にオーストラリアで行なわれたラリーへの出場が原点だそうです。WRCへは1973年にはプライベーターを支援する形でスタートし、後にワークスでの参戦へと体制が強化されます。中でも、TA64型 セリカ ツインカムターボのワークスマシンで臨んだサファリラリーでは1984年から3年連続優勝という偉業を成し遂げ、セリカは日本メーカーのグループB(当時のトップカテゴリー)の中で成功を収めた数少ない1台となります。
1987年からWRCのマシンは、より量産車に近いグループAという規定に変更されます。今までTA64型というFRマシンで戦ってきたトヨタも、次々に4WDマシンを投入するライバルに対抗すべく開発コード222Dという新しいマシンの開発を進めてきましたが、この規定変更に翻弄され断念します。結局グループAに向けた新しいマシンは選手権開始から1年遅れの1988年にデビュー。この新型マシンがST165型 セリカ GT-FOURです。ST165型はいわゆる“流面形セリカ”と呼ばれたモデルで、映画「私をスキーに連れてって」に登場したこともあり、ラリー以外でも非常に人気の高かったモデルです。いや、むしろラリーよりもスクリーンの中で雪道を爆走するセリカの姿の方が多くの人の心を掴んだかもしれません。
このラリーカーの登場は、小学生のころスーパーカーブームの洗礼を受けた筆者にとっても、ランチアストラトスに匹敵するほどの魅力を感じたものです。グループ4という規定の中でラリーを戦うためだけに生まれてきたストラトスと違い、多くの人が手にできる乗用車でありながら、“流面形”という語感通りのとてもスタイリッシュなフォルムのセリカ GT-FOURは今でも憧れの1台です。以降、トヨタのラリーカーはST185型、ST205型と進化します。ベースモデルからの改造範囲が限られるグループA時代のセリカは、ラリーカーに必要な要素を量産車に盛り込んだWRCのホモロゲーション取得のためのグレードを設定するなど、まさにラリーイメージの強いモデルでした。なにか本末転倒な感じもしますが、当時のラリーへの情熱が垣間見えるような話でもあります。
その後、少々大型化したセリカからコンパクトなカローラにスイッチしてWRCに参戦し続けたトヨタですが、1999年にその活動を終了します。
WRC再挑戦への起点となった新城ラリー
2017年、「ヤリスWRC」でトヨタは再びWRCの舞台に登場します。当時日本では「ヤリス」という車名はなく、ちょっとピンときませんでしたが、要は「ヴィッツ」のラリーカーです。現在GAZOO Racing Companyのプレジデントを務める友山茂樹氏によると、その原点は2012年の全日本ラリー選手権 新城ラリーまで遡るそうです。この年、全日本ラリーと併催されていたTRDラリーチャレンジにMORIZO選手がエントリーします。ご存知の通りMORIZO選手とはトヨタ自動車の社長 豊田章男氏がモータースポーツ活動をする際に使う名前です。社長自身がラリードライバーとして参戦したこの時が現在の活動の起点だそうです。今年、中部地区にてラリージャパンが開催される原点とも言えるでしょう。
当時は大企業の社長がラリーに出場することに対しては、決して肯定的な意見ばかりではありませんでした。当時、社長自身の口からもそのような話が出ていたと記憶しています。でも新城の空気はちょっと違いました。MORIZO選手が特別扱いされることなくほかの選手と同じようにテントで受付を済ませ、同じようにコースを走る姿は、ほかのエントラントや来場者にとても歓迎されていたように感じたものです。あの日、新城ラリーの会場にいた多くの人がMORIZO選手を身近に感じ、これからのトヨタのモータースポーツ活動への期待感は高まったように思います。
また、会場ではかつてサファリラリーで活躍したTA64型セリカ(優勝車ではなかったと思います)がデモランを披露するなど、かつてトヨタがWRCで活躍した日々の記憶と繋がるようなイベントも行なわれました。ドライバーはあの3連勝のうちの2勝を挙げたビョルン・ワルデガルド氏。往年のファンにとっては感動もののデモランだったのです。
その後、トヨタは元世界王者トミ・マキネンにチームを委ね、ヤリスWRCで再び世界に挑みます。そしてかつてのTA64型セリカと同じように、ヤリスWRCも新城ラリーでデモランをファンの前で披露します。
ヤリスWRCの活躍
2017年、WRCにトヨタは帰ってきます。開幕戦のモンテカルロラリーではいきなり2位と好調な滑り出し。かつて北海道で開催されていたラリージャパンにも出場し、フォードで2度の表彰台を獲得したヤリ=マティ・ラトバラ選手が今度はヤリスWRCでトヨタに表彰台をもたらします。そんな驚きもつかの間、第2戦のスウェーデンでは早くも表彰台の頂点に立ってしまいます。ル・マン24時間耐久レースにおけるかつてのマツダ「787B」のような「苦節○○年」的情緒皆無の快進撃です。
2018年には早くもマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得。翌年にはヤリスWRCでオィット・タナック選手がドライバーズチャンピオンとなります。残すはWタイトル獲得のみ。
2020年は3戦終了時点でトヨタのセバスチャン・オジェ選手がポイントリーダー、マニュファクチャラーズポイントでも1位と前半戦はWタイトルへまっしぐら。祖国開催のラリージャパンで凱旋……という出来過ぎなシナリオ通りに突っ走っていましたが、その快進撃に待ったをかけたのはライバルのヒュンダイやMスポーツフォードではなく、まさかの新型コロナウイルス感染症でした。現在全13戦中5戦がすでにキャンセルという前代未聞の事態。加えて今秋の発売を控えた「GRヤリス」をベースとした新型WRカーの2021年参戦の見送りの知らせ。
GRヤリスには、かつてWRCのために量産型を作ってしまったセリカのような熱意を感じます。かつてセリカと戦ったランチア デルタや、後のスバル インプレッサ、三菱 ランサーエボリューションのように、年を追うごとに勝つためのモデイファイを加えながら進化していくはずだったWRカーの開発が一時的とはいえ足止めされ、来季に間に合わなかったのはとても残念です。
2020年の第2戦、ラリースウェーデンではGRヤリスが0カーとしてWRCのコースに登場しました。スウェーデンのSSで走る姿を見て大きな期待感をもってしまった筆者としては、今はその流れにストップをかけたウイルス憎しといったところです。
それでもやっぱり見たい祖国を走るヤリスWRCの勇姿
日本メーカーのワークスカーを駆り、祖国開催のWRCで世界のトップドライバーと競ったのは2006年にインプレッサWRCで出場した新井敏弘選手ただ1人です。あれから13年。勝田貴元選手がヤリスWRCで参戦することがすでに表明されているラリージャパンはぜひ実現してほしいものです。
WRCはTVなどを通じて見る機会すらなかなかないのが実情だと思います。一方で今回ご紹介したトヨタをはじめスバル、三菱、マツダ、スズキ、日産、ダイハツなど、多くの日本のメーカーが活躍してきたモータースポーツでもあります。実は日本車にとってとてもなじみ深い競技でありながら、日本人にとってあまり身近とはいえないという不思議な世界選手権なのです。
しかし筆者のわずかな経験では、海外のWRCでは現地で日本メーカーのファンを見かけることは決して少なくありません。現在参戦していないスバルや三菱、スズキのウェアを着たラリーファンは今でもいます。現在参戦中のトヨタのファンもGAZOO Racingのウェアに身を包みフラッグを片手に応援しています。
そんな風景を見かけると日本人としてちょっぴり誇らしい気分になってしまいます。その姿はアニメがきっかけで日本を好きになってくれる人が世界中にいるのとちょっと似ていて、日本車の戦う姿を見て日本を身近に感じてくれる人が世界中にいるとしたら、それはとても嬉しいものです。そんな競技が日本で開催していないことには不自然さすら感じてしまうのが正直なところです。
もちろんヨーロッパで始まった伝統のイベントを日本で開催しても同じような魅力を放てるかと言われれば、それはまだ難しいのかもしれません。アチラは半世紀以上熟成を重ねたイベントが山ほどあるのですから。それでもわが国が自動車大国であり、世界中で多くの人が日本車を評価してくれる限り、そのホームタウンでの開催はぜひ実現してほしいと願っています。
なにはともあれ、世界のトップドライバーが日本の道で最高峰の走りを披露してくれる日はもうすぐです。パスポートなしでも気軽に観戦できるWRCをみんなで楽しみましょう。