トピック
ポルシェと東大先端研による「ラーン ウィズ ポルシェ 2024」、“トラクターのレストア”と“農業”から学生たちは何を学んだか?【後編】
体験と経験の違いとは。覚悟を持った大人から送る言葉
- 提供:
- ポルシェジャパン株式会社
2024年9月5日 08:00
工業高校の学生たちに加え、農業に興味のある人も参加
東京大学 先端科学技術研究センターのシニアリサーチフェローである中邑賢龍先生が中心となって運営し、一般的な学校教育とは違う学びを体験することのできる「LEARN」。その思いに共感し、ポルシェジャパンが支援を行なっているプログラムが「LEARN with Porsche」だ。
今回行なわれた「LEARN with Porsche」は、さまざまな産業や分野において、ものづくりやその仕組みに興味を持っている子供たちへ向け、専門家と共に修理や整備など、具体的に手を動かして進める「ものづくりが好きな若者向けのプログラム」となっている。
2023年から始まった「ものづくりが好きな若者向けのプログラム」は、第1回目では学生たちがボロボロにさびついたポルシェのトラクターをイチから修理・整備し、見違える姿になったトラクターを自分たちの手で動かすことに成功した。しかし、トラクターは動いたものの、クラッチが滑っていたため坂などは上れず、作業機を装着して土を耕すような農作業を行なうことは難しかった。
そこで今回の第2回目ではクラッチを修理し、トラクターをさらにきれいに整備して、実際に農作業にもチャレンジするというプログラムとなっている。今回のテーマは、「工業や農業に興味のある中高校生あつまれ『ポルシェで耕せ~60年代の空冷ポルシェを整備して小麦畑を耕し、ものづくりの面白さを感じる5日間~』」。前回はトラクターの修理・整備がメインだったため、工業高校の学生たちの参加が多かったが、今回はトラクターやクルマだけではなく、農業に興味があったり、さまざまなことにチャレンジしたりしたいという7名の学生たちが集まった。タイトルからどんなことをするのか想像はできるかもしれないが、学生たちには5日間のプログラムの詳細やスケジュールは知らされず、天候やプログラムの進捗によっては内容がガラリと変わる可能性もある。毎日すること・できることを自分たちで考えながら行動する。それも「教科書のない」このプログラムの醍醐味の1つだ。
今回のプログラムは北海道十勝清水町にある千年の森にほど近い「森の馬小屋」を拠点として行なわれた。「森の馬小屋」を管理するのは田中次郎さん。普段は、一般の人たちを受け入れて、馬を捕まえるところから始める乗馬体験を運営しており、森の馬小屋のまわりには次郎さんが大切に育てた馬たちが自然に近い形で放牧されている。2023年の「LEARN with Porsche」でも、トラクターの原点ともいえる馬がどんな生き物なのか学生たちに感じてもらうため、プログラムの最初に乗馬体験を行なった。次郎さんは馬に関わるプログラムや、修理や整備に対してアドバイスを行なうだけではなく、トラクターのパーツや工具を扱う時にその構造がどうなっているか、構造を理解したらそれをどのように整備するかなど、単純に教えるだけではなく、学生たちが自ら考えるような機会を与えてくれる。
そして、トラクターの修理や整備に関しては、スペシャリストの池田猛さんがいる。池田さんはさまざまなトラクターのディーラーで48年間勤務してきた経歴があり、自身も熱心なトラクターの愛好家だ。池田さんは、整備したことのないトラクターを修理する時にもすぐに構造を理解し、そのトラクターに合う工具がなければ今そこにある工具を組み合わせて作業をしたり、作業をしやすいように木や鉄板などを加工して簡易的な工具を作り出したりしてしまう。もちろん学生たちの疑問にも丁寧に答えてくれるが、池田さんがどうやって作業をしているかを見るだけでも、自分たちで考えながら作業する大切さを感じ取ることができる。
プログラム1日目:周辺の機器類やボンネット、タイヤなどを外す作業からスタート
プログラム1日目は本来なら次郎さんと一緒に乗馬を体験する予定だったが、天気はあいにくの雨。「LEARN with Porsche」は、確実なスケジュールが決まっているプログラムではない。天候や学生の様子、プログラムの進捗によってはその日その時に合わせた内容に臨機応変に変更されていく。この日はさっそくポルシェトラクターのレストア作業に入ることとなった。
このポルシェのトラクターは、2023年の「LEARN with Porsche」で学生たちが修理し、塗装なども塗り替えたものを引き継いでいる。これは、1960年代初期に生産されたポルシェトラクター standard star 219というモデルで、エンジンは川崎航空機工業(現川崎重工)製の1750cc4サイクル2気筒エンジンを搭載している。
まずはクラッチを取り出すために、周辺の機器類やボンネット、タイヤなどを外す作業からスタートした。工具を使ったことがない学生たちが多い中、倉品龍一くんは普段から父親のバイクなどを一緒に整備していることもあって工具の扱いにも慣れており、積極的に作業していた。さらに他の学生にも工具の使い方を教えたり、次はどこを進めたらいいか指示したりと、レストア作業を引っ張る役目として頼もしい存在となっていた。
トラクターのタイヤは人の背丈ほどの大きさがあるので、外して移動するだけでもひと苦労。タイヤの進行方向には簡単に転がるものの、平行に移動させようとすると重量と大きさでなかなか動かない。タイヤを前後にうまく動かしながら、ジリジリと移動させるだけでも学生たちは息切れするほどだった。
トラクターのブレーキは後輪のブレーキを左右別々にかけることができ、片側のブレーキだけを踏んでロックさせることで、コンパクトに方向転換できるようになっている。池田さんが試走したところ、左のブレーキが利きづらくなっていたため、ブレーキを開けて修理をすることとなった。
ブレーキの整備を担当したのは今泉遥さんと田丸南菜さん。遥さんは、学業においてもスポーツや課外授業などにおいてもさまざまな分野に興味を持っていて、今後学校では太陽電池を使ったレースカーのプロジェクトにも参加するという。南菜さんは、今回の参加者の中でも特に農業への関心が高く、本人としては工業や機械に関する知識は他の人よりも少ないと感じていたようで、その分熱心に他の学生の作業を観察しながら自分でもできる仕事に一生懸命に取り組んでいた。
次郎さんは、ドラムブレーキを開ける時にも「どうやってブレーキを開けるか?」ということから学生たちに考えさせる。まずはブレーキ周辺をよく観察してみると、小さな穴が2つ空いていることに気づく。この穴を使ってブレーキを開けるのだが、学生たちは「引っ張って開ける」「回して開ける」などいろいろと考えてみるものの、どれも不正解。正解は「ボルトをねじ込んで開ける」。2つの穴にボルトを回し入れていくと、ドラムブレーキのカバーが持ち上がる仕組みになっているのだ。こういった1つひとつのパーツや仕組みを理解するだけでも、ものの見方が変わってくる。次の作業に取り組む時にはこの部品はどういう役割があるのか、どう脱着するのか、どう修理すればいいのか、自分で考えようとする学生が多かった。
プログラム2日目:クラッチ修理班とボンネット塗装班に分かれて作業
2日目はいよいよトラクターの胴体を半分に切り離し、クラッチを修理する作業に取り掛かる。ポルシェトラクターはダブルクラッチとなっているが、ダブルクラッチとは言っても、クラシックカーなどのMT車を運転する時にギヤをスムーズに繋げるための“あの”ダブルクラッチではない。ポルシェトラクターには、クラッチプレートが2枚装着されており、走行用と農作業などをさせるために動力を取り出すPTO(パワーテイクオフ)用に分かれている。文字通り、これがダブルクラッチという訳だ。
必要な部品を外し、それぞれの前輪を手で押してゆっくりと前方へと動かしていく。「せーの!」の声でトラクターが完全に前後に切り分けられると、肝心のクラッチもあらわになった。学生たちからは、「おおー!」という感嘆の声が漏れる。無事にトラクターを切り離せたことへの安堵と、そのクラッチ自体の大きさや機械らしい迫力に驚いたようだ。
ここからはクラッチ修理班とボンネット塗装班に分かれて作業することとなった。ボンネットを担当するのは北畠大地くん、モーゼル ノエル 殿偉くん、北村玄くんだ。北畠くんは、普段はロボットなどの電子工作や3DCGなどを製作しており、クルマやトラクターなど、大きな機械を整備したり修理したりするのは初めてだという。ノエルくんは、工業と農業どちらにも興味があり、将来は技術で農業を助けるような仕事をしてみたいと考えている。北村くんは、元々クルマ好きでいつか自分の憧れるスポーツカーに乗りたいという夢があり、この「LEARN with Porsche」にもどうしても参加したいということで、2023年から応募してようやくその思いがかなったという。
タイプの違う3人が一緒に作業に取り掛かると、最初はそれぞれの考えが合わず、うまくいかない場面もあったが、そのうちにお互いの意図をくみながら自然と連携が生まれてくる。前回のプログラムでは、ボンネットが大きくへこんでしまっていたところを板金や溶接でなんとか元の形に近づけて塗装し直したが、塗装をする際に雨が降っていたためつやが出ず、塗装がぼやけてしまっていた。また、急いでパテを塗ったため形が崩れていたところも多い。
今回はこれらを全て直すことになり、まずは紙やすりでひたすら塗装を剥がし、面をならすところからスタートした。全員がボンネットの塗装で真っ赤になりながら、一心にやすりをかけ続ける。これだけでも重労働だが、塗装が剥がれたら今度はゆがんでいる部分をトンカチでうまくたたきながら形を整えていく。これがまた大変で、中邑先生が「何も考えずに叩いたらだめだろう」と叱るシーンもあった。トンカチで鉄板をたたき、その後に自分の手で触り、その部分がどのくらい変化したかを確認する。ひたすらその繰り返しだ。その後にパテを盛る作業も行なったが、池田さんですら「自分でもうまくできる気がしない」と言うほど難しい。出来上がりの造形を想像しながら、盛りたい部分に印をつけ、パテを盛ったら他の誰かが正面から形を確認して、さらに指示を出す。学生たちは地道にその作業を続けながら、徐々にボンネットの形を整えていった。
クラッチ関連は倉品くんと南菜さん、そして五月女舜介くんが一緒に作業をすることになり、まずはクラッチの取り外しを行なった。五月女くんはこれまで自分で自転車を分解して修理し、組み立てまで行なったことがあり、機械を修理することが好きだという。本人は「倉品くんほど詳しくない」と言っていたが、倉品くんに工具の扱い方などを聞きながら、どんどん作業もうまくなっていった。工具に不慣れな南菜さんにも「これやってみる?」と一緒にトライするように促したり、チームの間に入り潤滑油のような役割も果たしたりしていた。
クラッチを開けてみると、全体にオイルがべっとりと付着している。どうやらこのオイルがクラッチを滑らせてしまっているらしい。クラッチ自体は重くて頑丈に見えるが、すぐなくしてしまいそうな細かい部品もあるし、パーツが何層にも分かれているので、分解はできても組み立てが難しい。学生たちはクラッチを囲み、池田さんと次郎さんの話を聞いて、エンジンの動力を伝える仕組みやその重要性を確認しながら作業をしていた。ポルシェトラクターには、スムーズに変速させるための流体クラッチもついており、今回はこの流体クラッチも取り外して分解した。クラッチの中には無数のフィンが放射状に並んでおり、これらがエンジン回転に合わせてオイルを撹拌し、トルクを伝達する。池田さんですら「初めて中身を見た」というレアなパーツに、学生たちも前のめりに見入っていた。
遥さんは他の学生がボンネットの修理をしたり、クラッチの分解組み立てをしたりと、華やかな作業をしている間に、クラッチを取り外した部分の清掃を1人で黙々と行なっていた。他の学生も自分の作業に熱中しているため、その努力にはなかなか気づかない。それにも関わらず、手袋や作業着を真っ黒に汚しながら、ひたすらに清掃を続ける。池田さんもその様子を見ながら「一番嫌な仕事を一生懸命にやってくれている」と目を細めていた。
プログラム3日目:トラクター、無事に動くか?
3日目は、それぞれが修理したパーツをトラクターに装着し、いよいよトラクターを動かすこととなった。ボンネットは、まず下地となるサーフェイサーを吹き、乾いたら赤の塗装を施していく。前回と同じように塗装するタイミングで雨が降ってきてしまったので、池田さんと学生たちは塗装がぼけないように祈りながら作業を進めていた。
そして肝心のクラッチは、組み付け終わってオイルを注いでみると、下から徐々にオイルがにじみ出てしまっていた。どうやら中のゴムパッキンが劣化して、そこから漏れ出してしまっているらしい。クラッチが滑っていたのもこれが原因だったようで、この新しいゴムパッキンが手に入らなかったら、結局またクラッチは滑り始め、振り出しに戻ってしまう。池田さんも次郎さんも「『こんな1つのゴムのパーツが』と思うかもしれないけれど、これが重要なんだよ」と苦笑い。約80年前のトラクターのパーツが果たして手に入るのだろうか? 誰もが少し諦めかけていたが、池田さんが知りうる限りのショップに電話を入れてくれて、なんと朝一でショップに出向いて代替のパーツを取ってきてくれたのだ。漏れ出したオイルをきれいにするために、もう一度クラッチを外して同じ作業をすることになったが、学生たちは誰1人嫌な顔をせず、率先して作業に取り掛かった。パーツが手に入ったことに対する池田さんへの感謝と、トラクターを動かせる喜びが学生たちにあふれているのを感じた。
そして、いよいよ試運転。池田さんがトラクターの鍵を回すと「クククッ、クククッ」とセルモーターが回る大きな音がするものの、なかなかエンジンはかからない。前回から1年ぶりに動かすので、次郎さんがエンジンをかけやすくするエンジン始動剤をエアクリーナーに何度か吹きかける。すると「ドドドドッ」と大きな音がして、マフラーから黒煙が吹き出し、回転数はやや不安定ながらもエンジンが息を吹き返した。これを見た学生たちも目を輝かせている。
しかし肝心なのはここからだ。クラッチが機能しているかどうかは、トラクターを動かして初めて分かる。池田さんがクラッチペダルを切り、ギヤを入れ、またクラッチをつなぐと、トラクターはしっかりと一歩目を踏み出した。ちゃんと動く! 池田さんはそのままトラクターを広場へと走らせ、それぞれのブレーキを交互に踏んで右と左に小回りを始めた。ブレーキも直っている! そして坂道の方へとトラクターを向けると、勢いよくその坂を駆け上がった。クラッチも滑っていない! その瞬間、学生たちや次郎さんから大きな拍手が湧き起こった。自分たちが修理したトラクターが、目の前でしっかり動いている。それを見て、学生たちは誰もが感激していた。
プログラム4日目:白菜を手で植え、トラクターのありがたみを知る
4日目はいよいよプログラムの集大成。全員で直したポルシェのトラクターを実際に農地に持っていくことになっている。その前に、昨日までボンネット班が懸命に塗装を落とし、パテを盛り、さらにきれいに面をならし、塗装をしたボンネットを取り付ける。形は前回よりも確実に本物のポルシェトラクターの流線的なフォルムに近づいた。塗装したタイミングで雨になってしまったこともあって、色が少しぼやけてしまったものの、最後にみんなで固形ワックスを使って磨いたところ、つやが出てさらに美しくなった。ボンネットを装着するのも、最初に取り外した学生たちともう一度情報交換をしながらきちんと取り付ける。ボンネットが装着され、全てが整ったトラクターを改めて見ると、とても精悍に見えた。
今回、実際に農地を耕す作業に協力してくれたのは、北海道で農業を営む近藤裕樹さんご家族と、そのご友人だ。まずは収穫後の小麦畑で池田さんにサポートしてもらいながら、学生たちそれぞれがトラクターを走らせてみることに。刈り終わった小麦畑は、遠目から見ると陽の光を受けて黄金に輝いているようだった。その金色のじゅうたんの上で、真っ赤なポルシェがゆっくりと動き出す。遠くにはまだ夏模様の真っ青な空と白く沸き立つ雲が一面に広がっていた。トトトト……。優しいエンジン音が響き、決して速くはないがポルシェトラクターがしっかりと地面を踏みしめて力強く走っている。トラクターの上では学生たちが満面の笑みを浮かべていた。
小麦畑から隣の畑へと場所を移し、実際にポルシェトラクターに作業機を装着してみると、トラクターが進むにつれてしっかりと土が耕されているのが見て取れた。トラクターの後方に装着された作業機や土の様子を確認しながら、ゆっくりゆっくりポルシェトラクターは進んでいく。「世界中にポルシェトラクターはあっても、こうやって現場で使われているトラクターはほとんどないだろうな」と、池田さんはにっこり笑っていた。
近藤さんには最新のトラクターも見せてもらった。横にポルシェトラクターを置くと、最新のトラクターは4倍はあるのではないかという巨大さで、後ろにつけた作業機は土を耕すだけでなく均等に種などを植えることもできるという。さらに驚いたのは操縦席だ。360度見やすいように全面のグラスエリアは広大で、エアコンも効くので夏の作業でも楽ちんだ。さらにGPSによって自律走行も可能で、方向転換さえ人間が行なえば、直線方向はトラクターが自動で作業してくれるようになっている。トラクターの大幅な進化に驚きながらも、人の手から馬や牛、そしてトラクターへと進化してきたおかげで、私たちの食が守られていることをまざまざと実感させられた。
トラクターのありがたみを知ったところで、次郎さんが「今はこうやってトラクターできることも増えたけど、昔はみんな手作業でやっていたのは知ってるよね。それをみんなにやってもらおうと思う!」と学生に声をかけた。すると、近藤さんが軽トラに満載している苗を持って来た。そこにあったのは、なんと2400株もの白菜の苗。これを7人で手作業で植えようというのだ。「1人あたり340株くらい!?」と、学生たちも驚いた様子。
まずは近藤さんが先生となって、丁寧に白菜の植え方を教えてくれた。専用の棒を使って苗の適正な距離を測り、その中心を窪ませて苗を入れ、土をかぶせる。複雑な作業ではないように思えるが、端が見えないほど長く続く畝を見るだけでも、これからの作業の過酷さが想像できた。学生たちは仲間たちと協力しながら、一心不乱に白菜の苗を植え始めた。最初は近藤さんに言われた通り、1つひとつ作業を確認しながら取り組んでいたが、時間がたつにつれてそれぞれが考えながら作業効率を上げている様子。
特に早かったのは遥さんと南菜さんのペア。1人が棒を持って、それを土に置く時にそのままポンポンと穴を開けていき、次の人が苗をその上から落とし、あとは戻って土をかぶせる。時間内に最適な効率化ができていることには驚いた。最終的にはペアを組んでいたことも関係なくなり、全員がそれぞれの作業を手伝い合い、汗だくで土まみれになりながら何とか白菜の苗を全て植えることができた。近藤さんの目から見れば、きっとやり直さなければいけないような苗もあったはずだが、大きな拍手と笑顔で学生たちをねぎらってくれた。
プログラム5日目:「経験」の積み重ねが日常を輝かせていく
十勝は日本の大切な食糧庫のような場所で、ここで農業をする人がいなければ日本の食は大変なことになってしまう。近藤さんは、季節ごとに9種類ほどの野菜を育てており、大きなトラクターなら4台稼働させて作業をまわしているそうだ。作物を植えたり収穫したりするには、とにかく時間がかかる。その時間を縮め、より効率的に農作業するためにトラクターはとても大事なパートナーとなる。それでも、もちろん人の手でしかできないこともたくさんあるし、池田さんが「近藤さんはいつ寝てるか分からない」というほど繁忙期は忙しいようだ。
近藤さんの話で印象に残っているのは、「天気には勝てないですからね、諦めることも必要かな」という言葉だ。学生たちは白菜の苗のケースを20枚分植えたが、近藤さんの仲間は雨が降らない水不足のせいで、今回の6倍の量の白菜をつぶさなければならなくなったという。
北海道で自然と共に生きることの大変さは、次郎さんもよく知っている。冬にも「森の馬小屋」を運営しようとしたものの、いくら雪かきをしても翌日には道が埋まるほど雪が降り積もってしまう。当時は「頑張れば何でもできる」と思っていたが、次郎さんもそれを体験して「諦める」ことを覚えたそうだ。自分でどれだけ頑張ってやろうとも、できることとできないことがある。それを身をもって知っているのが池田さんであり、近藤さんであり、次郎さんなのだろう。
次郎さんは、「今回君たちにやってもらったのは『体験』。5日間でトラクターを整備して、運転して、農業して、馬に乗って。ほんの少しの時間、それぞれどんなものかやってみてもらったけど、体験ならやりたくなければやらなくていい。でも、僕らにとっては農業や馬やトラクターは日常で、ずーっと続いていくものなんだよね。覚悟を持って『これをする』と決めている。今回のプログラムで、池田さんや近藤さんが見せてくれたものは『経験』。こういう経験を重ねることで美しい日常になっていくということを知ってほしい」と語ってくれた。
学生たちも5日間のプログラムを通してみて、単にトラクターを直しただけ、単に農業に触れただけではなく、物事を根本から捉える力や自分たちがさらに成長していくための糸口をつかんだに違いない。プログラムに参加して終了ではなく、実生活に戻ってからが彼らの本番だ。これから日々を歩んでいく大切な「経験」の積み重ねが、きっと一人一人の日常を輝かせていくことだろう。
Photo:堤晋一