トピック
清水理史の新型サイバーナビ「スーパールート探索」の裏側に迫る
クラウドとの連携で、車載ナビの限界を超える
2017年3月7日 00:00
2016年に完全リニューアルして発売されたカロッツェリア(パイオニア)の新型「サイバーナビ」。完全リニューアルとなったことで、従来よりも高速な処理能力を活かした快適な操作性の実現や、さまざまな新機能を搭載しているのが特徴となる。
その多機能性や操作感はレビュー「“爆速”を手に入れた新型『サイバーナビ AVIC-CL900』」をご覧になっていただきたいが、このレビュー掲載後にアップデートで実装された注目の新機能に、通信機能を活かした「スーパールート探索」がある。そのスーパールート探索について、僚誌「Internet Watch」で「イニシャルB」の連載を持つテクニカルライター清水理史氏に体験していただき、パイオニア開発陣にスーパールート探索の裏側にあるテクノロジについて取材していただいた。
清水氏は実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあるほか、ネットワーク関連の著書も多く、ネットワークサーバーが提供するクラウドサービスについての知見も深い。また、本人もかつてカロッツェリアの初代DVD サイバーナビを使っていたほか、現在使っているナビは昨年購入したクルマに搭載した楽ナビとのことだ。
カーナビもクラウドの時代へ
クラウドの高度な演算処理能力と、膨大かつリアルタイムなデータをルート探索に活用する――。カロッツェリアのサイバーナビに新たに搭載された「スーパールート探索」は、今までのナビの形態を大きく変える画期的なナビゲーション機能だ。
このスーパールート探索は新型サイバーナビ発売当初は提供されておらず、2017年1月下旬から提供が開始されたプログラムアップデートを新型サイバーナビに適用することによって利用可能となる。
従来の一般的な車載カーナビは、本体に搭載されたCPUやメモリを使って、ローカルで目的地へのルートを探索(演算)するが、「スーパールート探索」では、これをインターネット上に構築されたカロッツェリア独自のサーバー上で、より複雑なルート計算を実行する。言わば、「クラウド化」したナビというわけだ。
そう言われても、今ひとつイメージが掴みにくいかもしれないが、実際にドライブしてみると、その完成度の高さにちょっと驚かされる。タッチパネルまたは音声で目的地を検索し、ルートを探索。すると、バックグラウンドで自動的にクラウドとの通信が開始され、しばらくすると候補となるルートが6本提示される。
初回のルート探索は、通信を伴わないローカル探索と比べると、いかにも通信している時間をわずかに感じるが(理由は後述)、さほど待たされることなく結果が表示される。
ナビ画面上に表示される「SUPER」という文字がクラウドでルート探索されたことを示し、探索されたルートをよく見ると、今までとはちょっと違うことにすぐ気が付く。試しにパイオニア本社(東京都文京区駒込)から千葉県の土気近辺までルート探索してみたが、出発後の首都高の入り口が違うのだ。
従来のルート探索結果(ローカル探索)
通常のルート探索では護国寺から首都高に乗るルートしか表示されないが(設定画面でOFFにして探索)、スーパールート探索で6本提示された1番目のルートは、神田橋から首都高に乗るルートとなっている。明らかに2016年4月から実施された首都高の距離別料金が考慮されている。
神田橋からのルートは護国寺からのルートに比べると所要時間が4分増えるが、料金は190円ほど安い。4分削るためだけに190円払うのはもったいないと、ナビが判断してくれたわけだ。
通信の弱点を探ろうと、ちょっと意地わるく、実走しながらルートを意図的に外れてみる。しかし、待ち時間などを一切感じさせずに瞬時にリルートが実行される。「さすがにこれはローカル探索だね」というのが、同乗したカメラマンやCar Watchスタッフ全員の意見。しかし、試乗後に開発者に聞いてみると「いえ、通信してますよ」と驚きの回答が……。
リルートの場合、ルートを外れてから、次の交差点に向かうまでのわずかな間にルートを計算しなければならない。それをまったく意識させることなく、クラウドで計算しているというのだから、これには驚かされた。
トラックドライバーやタクシードライバーなど、プロのドライバーがいわゆる経験や勘で最適なルートを選び出すように、早さ(旅行時間)や距離だけでなく、リアルタイムの渋滞情報や天気、料金などの要素をさらに盛り込み、従来に比べてはるかに複雑で膨大な計算から、トータルでコストパフォーマンスに優れたルートを導き出していることになる。正直、今までのナビとは次元が違うというのが実際に体験した感想だ。
なぜスーパールート探索はクラウドなのか? クラウドは何がよいのか?
では、このようなスーパールート探索がどのように開発されたのだろうか? パイオニアでサイバーナビの開発やクラウド側のシステム開発を担当した開発陣に話をうかがった。
そもそも、なぜクラウドなのだろうか? まずは、サイバーナビの企画を担当するパイオニア 市販企画部 マルチメディア企画1課の堀之内光氏に開発経緯を聞いた。
「サイバーナビは毎年改良を重ねるためにアンケートを実施していますが、その中で地図や(自車位置)精度が高い評価をいただけているのに比べて、ルート探索についての満足度があまり上がっていませんでした。ルート探索は使う方によって好みなどもあるので、満足度を上げることは難しいのですが、まだできることはあるのではないかと考え、改善に着手しました」(堀之内氏)。
とはいえ、ルート探索ならナビ本体でも改善できそうだが、クラウドに至った経緯はどこにあるのだろうか?
堀之内氏は続ける。「ナビは自車位置を捕捉したり、地図を表示したり、さらには音楽を再生したりと、非常にたくさんのタスクが実行されています。ルート探索を改善するには、料金や渋滞などのより多くのパラメータを考慮し、複雑な計算をさせる必要がありますが、そのためには本体側のCPUやストレージといった部分が制約になってしまいます。何分もかければ複雑なルート計算もできますが、それでは使いにくくなってしまいますので、その計算をより柔軟なリソースが使えるクラウドで実現することにしました」とのことだ。
高性能になったとはいえ、ナビのハードウェアではたしかに複雑な計算を実行するのには限界がある。しかし、そもそもルートの計算とはそれほどまでに複雑なものだろうか?
今回、ルート探索を担当した同社 技術開発部 ソフト開発部 7課 天野啓氏は、ナビのルート探索の仕組みを次のように簡単に説明してくれた。
「ナビでは計算用に階層化されたデータを利用します。たとえば、生活道路のような細かい道路まで含んだ詳細なデータがあり、その上に主要な道路だけのデータ、さらにその上に国道や高速道路などのデータといった具合です。探索する際に詳細なデータだけで探索しようとすると、膨大な組み合わせを計算しなければならなくなるため、さまざまなデータを階層的に探索範囲を切り替えて使用しています」という。
なるほど。確かにすべてのルートに詳細なデータを使っていては計算が膨大になる。それを階層的なデータで回避しているというわけだ。
このような制約の中、新たな指標を追加し、さらに複雑な計算によって今までにないルート探索を実現しようというのは、確かにナビ本体だけでは厳しいことは容易に想像できる。
ちなみに、今回のスーパールート探索のサーバー側のプラットフォームには、Red Hat Open Shift Container PlatformとIBM Bluemix Infrastructureを組み合わせたクラウド環境が採用されており、非常に多くのCPUコアを搭載したサーバーで運用されている。
クラウド側の仕組みを担当した同社 商品統括部 情報サービスプラットフォームセンター 開発部 開発1課 データサイエンティストの鎌田喬浩氏によると「ルート計算では、実はあまりメモリは必要ありません。例えば地図データは、ナビ本体でもSDカードに収まる程度なので数十GBほどで済みます。最近のサーバー機器はメモリを豊富に搭載できるので、これはオンメモリで処理できる容量です。むしろ必要なのはCPUパワーです。ただでさえ膨大なルートに対して渋滞や料金などの情報を組み合わせて、しかも6本のルート候補をすべて計算させようとすると、その計算は極めて複雑になります」という。
鎌田氏によると「今後5年くらいは快適に使えるくらいのリソースを用意している」とのことで、当然、クラウドなので複数のユーザーで利用するためのリソースとなるが、同じような性能をナビ本体に求めるのは技術的にもコスト的にも難しい。
そう考えると、これからの時代に合った複雑な条件を使ったルート探索というのは、クラウドなしでは考えられないと言っても過言ではなさそうだ。
スーパールート探索の実力は、「知っている人だけが得をする」ルートで発揮される
このように、クラウドの活用で高度な計算が可能になったスーパールート探索だが、実際にその効果を発揮するのは、どのような状況なのだろうか? 天野氏によると「最も大きいのは料金を考慮したルート計算ができる点です」と語る。
「今までのナビ本体での探索では、料金そのものの数値をルート計算で評価することはありませんでした。たとえば、外環道(東京外かく環状道路)が代表的です。2017年2月26日から距離別料金になりますが、それ以前は距離にかかわらず510円(普通車)となっています。このような道路を長距離使う場合はコストパフォーマンスが高いといえますが、一部分だけ使う場合はコストパフォーマンスがあまり高いとはいえません。このようなコストパフォーマンスをスーパールート探索では評価して、最適なルートを提案できます」という。
2016年4月からの料金改定で首都高が距離別の新料金になったことは記憶に新しいが、交通を取り巻く状況はここ数年で大きく変化している。夜間や休日など一定条件を満たすことで割引が受けられたり、新しい道路が開通したりと、刻刻と変化している。
同社 商品統括部 技術開発部 ソフト開発部 7課 曽根崇氏によると、「料金という点では、時間帯も考慮するようになっています。今までのナビ本体でのルート探索では時間帯を考慮してませんでしたが、スーパールート探索では出発の時刻、到着の時刻、途中の料金所の通過時刻など、時間帯に応じた高速道路の割引料金なども考慮してルートを提示します」とのことだ。
これにより、時間帯や状況によってはすぐに高速道路に乗るのではなく、1つ先の料金所まで一般道で移動し、夜間割引を受けられるタイミングで高速道路を使うルートを提示してくる場合もあるとのことだ。
このようにさまざまな状況を考慮して、単に目的地までの到着時間が早いだけでなく、いろいろな意味でドライバーの負担が少ないルートを探すことは、プロのドライバーでもない限り難しい。それをナビが自動的にやってくれるのだからありがたいところだ。
なお、道路状況という点では、2月26日の圏央道茨城区間全通、3月18日の首都高 横浜北線と新路線の開通も相次ぐが、これらの対応については地図データが更新され次第、スーパールート探索でも考慮される予定とのことだ。
スーパールート探索では、交通情報もより細かに参照される
今回VICS系の処理を担当した同社 商品統括部 技術開発部 ソフト開発部 7課 鈴木友宏氏によると、「スーパールート探索では、渋滞情報もより多く考慮するようになりました。具体的には、天気別の渋滞情報が考慮されます。ナビ本体の探索では晴天時の渋滞情報が統計情報として参照されるだけでしたが、スーパールート探索ではそれ以外の天気情報も考慮されるため、雪による渋滞を避けたり、雨の時の渋滞を考慮して到着予想時刻を正確に計算することなどができます」という。
考慮される範囲も広い。「一般的なFM VICSの情報は県単位で、スマートループ(注:サイバーナビや楽ナビの通信機能を使って取得できる渋滞情報)は自車を中心とした一辺30kmの矩形の範囲ですが、スーパールート探索ではクラウド側で全国の交通情報を把握しているので、それを考慮したルート探索ができるようになっています」(鈴木氏)とのことだ。
そういえば、2月11日に雪で東名高速の御殿場JCT付近が通行止めになったが、当日、静岡県にいた筆者が帰京するためにナビでルートを探索した際、東名高速を使ったルートがそのまま表示されたことがあった。通行止などの情報は、考慮される距離が限られると長距離でのドライブで意味をなさない可能性があるが、スーパールート探索であればそんな心配もないわけだ。
このように、従来のローカルのルート探索に比べて非常に賢いスーパールート探索だが、天野氏によると新しいアルゴリズムによって今まででは考えられないような、ある意味、想定外なルートを提示することもあるという。
すでに将棋の世界では、AI(人工知能)によって打たれた人間では到底考えつかない手が注目されているが、スーパールート探索でも、「高速道路をいったん一般道に降りてその先で復帰しても料金が変わらないルートなどを活用したルートが表示されたり、すぐに高速道路に乗らず思った以上に一般道を使うルートが表示されたりする」(天野氏)など、開発者であっても「そうきたか……」と感じるルートを表示することがあるという。
鎌田氏によると、「スーパールート探索では、ルートの探索と同時にさまざまな情報を収集しています。まだそれをすべて活用するところまでは至っていませんが、『ルートの形(注:ルート探索時のルート図の形)』など、今までになかったデータも収集しています。これらを分析し、学習させることで、より高度な探索も将来的に可能になると考えています」とのことだ。
現状のスーパールート探索でも、すでにAI的な機能を用いていると言っても過言ではないが、ある一定の計算モデルに基づいたものと言った方がしっくりくる。しかし、こういった話を聞く限り、将来的に、そのルート計算モデルそのものを、より複雑な学習から導き出すようなことは十分にありそうだ。
スーパールート探索が進化していくと、まったく予想もできなかったが効率的で理にかなったルートが、普段のナビの画面に登場する日もそう遠くはないかもしれない。
つながる便利とつながる不安
このように、ナビがより賢く便利になることは大いに歓迎したいところではあるが、その一方で心配な点もある。
通信できなくなった場合でも使えるのか? レスポンスは問題ないのか? そして何より個人情報がどこまで使われるのか?という点だ。
まず、通信についてだが、サイバーナビの多くのモデルには従来から3年分の通信が可能なUSB通信モジュール(4年目以降は別料金)が付属しており、それを利用するか、スマートフォンでテザリングして利用する。万が一、これらの通信環境が確保できなかったり、電波状況の問題や障害などで通信できなかったとしても通常のルート探索はローカル側で可能になっている。
フリーワード検索など、スーパールート探索以外で通信が必要な機能もあるが、通信できなくても一般的なナビ機能はそのまま利用できるわけだ。
「ナビのクラウド化」と表現してしまうと、すべてがクラウドで動くようなイメージがあるかもしれないが、実際にはスーパールート探索のルート計算など一部機能のみがクラウドで稼働しているだけなので、一時的に通信ができなくても大きな支障はないと言える。
続いてレスポンスだが、これは冒頭でも触れたように、ほとんど違和感を覚えることがない。天野氏によると、「通信での遅延をなくすために(サーバーとナビで)やりとりするデータは圧縮して、なるべく容量を小さくしている」そうだが、やり取りするデータ量も工夫しているという。「出発前のルート探索時は、6本分のルートを計算してダウンロードするため、若干、通信に時間がかかりますが、リルートは1本分で済むようにするなど、遅延が発生しないように工夫しています(天野氏)」とのことだ。
ただ、詳しく話を聞いてみると、クルマ側から投げている情報には目的地だけでなく、ナビの型番や地図のバージョンに加え、ナビ本体が学習した好み(よく通る道路)などもルート探索の度にアップロードしているという。
詳細なルート探索には、それに必要な情報の提供も欠かせないが、これらを通信で遅延なくやり取りできているというのは、かなりの工夫がなされていると言えそうだ。
最後のプライバシーの問題についてだが、前述したように、より詳細なルート探索や将来的な学習のために、さまざまな情報がアップロードされるようになっているが、その中に個人情報が含まれるようなことはない。出発地や目的地などの情報などは提供されるが、そういった情報は、同社のサーバーで厳重に管理され、開発者と言えども許可がないと参照できないという。プライバシーについてはあまり敏感になる必要はないだろう。
唯一無二のナビ、新型サイバーナビ
このように、カロッツェリアのサイバーナビに搭載されたスーパールート探索は、クラウド化によってナビとしてワンランク上のステージに進化したと言える。
実際に体験してもそのスムーズさに驚いたが、その技術的な側面に触れると、今までのローカルで完結するナビとまるで異なり、その知識量と賢さのレベルは別次元と言っても過言ではない。
同社は「プロドライバー」が経験的に積み上げた知識をナビで実現することを目指しているようだが、それを十分に実現できていると言えそうだ。ドライブ中に、「どちらのルートがお得か? どちらが空いてるか?」という判断をとっさに迫られても、普通の人ではそれを判断する知識も乏しければ、運転中に冷静に判断することは難しい。しかし、サイバーナビのスーパールート探索なら、それをすべて代わりにやってくれることになる。
もともと同社は、スマートループによってナビのデータを大規模に活用することに積極的なメーカーだったが、今回のスーパールート探索によってその方向性がさらに推し進められた印象だ。話を聞く限りまだまだ進化の余地があり、次の手、さらにその次の手を考えているように思える点も今後に期待が持てる。
もしかすると、「最近のナビは、画面サイズやデザイン以外はどれも同じようなもの」と考えている人も少なくないもしれない。しかし、サイバーナビのスーパールート探索を体験してしまうと、それは明確に違うと言い切ることができる。もちろん、画面サイズやフィッティング、値段も大事だが、「カシコサ」については、別次元と呼んでよいほどの違いが機種によって現われ始めている。そう考えると、今後、ナビをどう選ぶべきかという方向性も自然に見えてくるはずだ。
協力:パイオニア株式会社