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ランボルギーニ、スペインで開催されているウラカンの世界一決定戦「ブランパン・スーパー・トロフェオ・ワールドファイナル」記者会見

2017年のスーパートロフェオ・ワールドファイナルはイモラサーキットで開催

2016年12月2日~4日(現地時間)開催

ウラカン LP620-2 スーパー・トロフェオ

 イタリアの自動車メーカー「Automobili Lamborghini S.p.A(ランボルギーニ)」は、12月2日~4日(現地時間)の3日間にわたってスペイン・バレンシアにあるバレンシアサーキットにおいて、同社が販売しているスーパーカー「ウラカン」を利用したワンメイクレース「ランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオ」の世界一決定戦となるワールドファイナルを開催した。

 ランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオは、ランボルギーニが販売している市販車のウラカンをベースにレース車両として製造される「ウラカン LP620-2 スーパー・トロフェオ」を利用して行なわれるワンメイクレースで、日本を含むアジア地域、北米、欧州の3地域でそれぞれシリーズ戦が行なわれている。毎年年末にはその3地域のシリーズ上位のチームが参加して、世界一決定戦となるワールド・ファイナルが行なわれる仕組みとなっている。

 そのランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオ・ワールドファイナルが行なわれているバレンシアサーキットにおいて、ランボルギーニは記者会見を開催し、2017年のスーパー・トロフェオの概要や、ワールドファイナルが行なわれるサーキットなどについて明らかにした。

顧客の、顧客による、顧客のためのワンメイクレース、スーパー・トロフェオ

 ランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオは、ランボルギーニが販売している2つのスーパーカー(アヴェンタドールとウラカン)のうち、V10エンジンを搭載するウラカンをベースにした車両で争われるワンメイクレースのシリーズだ。レースに利用されている車両はウラカン LP620-2 スーパートロフェオで、5.2リッター直噴V10エンジン(620HP)とXトラック製シーケンシャルギヤボックスをミッドシップに搭載しており、シャシーはアルミニウムとカーボンのハイブリッドで製造。重量は1270kgとなっている。

ウラカン LP620-2 スーパートロフェオ

 ランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオは、ランボルギーニの本拠地であるイタリアを含む欧州、ランボルギーニの主要な市場の1つである米国を含む北米、さらに富裕層が多い日本や中国を含むアジアという3つの地域で開催されている。アジアシリーズに関しては、日本でもレースが行なわれており、2016年は6月11日~12日に鈴鹿サーキットで、9月17日~18日に富士スピードウェイでレースが行なわれた。今年のアジアシリーズのチャンピオンは、日本の落合俊之選手とアフィック・ヤジッド選手で、記者会見と同時に行なわれた表彰式でも表彰されていた。

 ランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオの特徴は、ファンが見るレースというより、オーナーが参加して楽しむレースという点にある。例えば、SUPER GTやスーパーフォーミュラなどは、プロのドライバーがプロの走りを披露して、そのエキサイティングなレースをファンがサーキットで、はたまたTV放送で楽しむために行なわれている。そうしたマスのファンにアピールできるという利点があるため、自動車メーカーやスポンサーはその費用を負担して産業として成り立っている。

 これに対してランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオは、ランボルギーニの顧客である富裕層が、せっかくスーパーカーを買うならそれでレースしたいというニーズに応えるために開催されているのだ。実際にはプロクラス、プロ+アマクラス、アマクラスとクラス分けがされており、プロのレーシングドライバーも参加はしているが、あくまで主役は“ジェントルマン・ドライバー”と呼ばれるオーナードライバーであり、ランボルギーニが同社の顧客であるそうしたジェントルマン・ドライバーをもてなすために開催されているレースだと考えると分かりやすいだろう。

 今回バレンシアサーキットで開催されたワールドファイナルは、そうしたランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオの各シリーズ(欧州、北米、アジア)の上位ランカーが集合し、世界一を決める、そうしたコンセプトで開催されたレースということになる。

2009年のスタート時には11台だったのに現在はグローバルで90台が参加。新しく中東シリーズも

 そうしたランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオ・ワールドファイナルが行なわれたバレンシアサーキットで、12月3日(現地時間)にランボルギーニの記者会見が行なわれ、2017年以降のスーパー・トロフェオのスケジュールやワールドファイナルの場所などについて発表された。

12月2日~4日(現地時間)のランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオ・ワールドファイナルがバレンシアで行なわれた
Automobili Lamborghini S.p.A 研究開発担当取締役 マウリシオ・レッジアーニ氏

 Automobili Lamborghini S.p.A 研究開発担当取締役 マウリシオ・レッジアーニ氏は、「ランボルギーニは2009年にスーパー・トロフェオを欧州で開始した。その時にはわずかに11台の参加車両だった。しかし、2012年にアジアシリーズ、2013年に北米シリーズをスタートさせるなど徐々に成長し、今年は3つのシリーズ合計で98台もの車両が参加するまでに成長している。今回のワールドファイナルでは27チーム、66名のドライバーが58台の車両で参戦している」と述べ、スーパー・トロフェオが依然として成長を続けていると強調した。

 また、レッジアーニ氏は「我々がスーパー・トロフェオを開催している理由は2つある。1つはブランド価値を上げていくためであり、もう1つは技術的なチャレンジによって得た知見を市販車にフィードバックしていくことだ」と、スーパー・トロフェオを開催するランボルギーニにとっての価値について説明した。

レッジアーニ氏のスライド
Automobili Lamborghini S.p.A モータースポーツ責任者 ジョルジョ・サンナ氏

 続いて登壇したのはAutomobili Lamborghini S.p.A モータースポーツ責任者のジョルジョ・サンナ氏。サンナ氏は同社のモータースポーツ戦略について説明した。

 同社は今年からウラカンのFIA-GT3版となる「ウラカン GT3」を販売しており、同社の顧客がそれを利用して各種のGT選手権に参戦している。日本でもJLOC、ディレクションレーシングがウラカン GT3を利用してSUPER GTのGT300クラスに参戦している。そうしたプログラムが成功裏に終わったとアピールした。

 また、2017年のランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオのスケジュールについても触れ、欧州、アジア、北米シリーズのスケジュールを発表。このうちアジアシリーズは6月24日~25日に鈴鹿サーキットで、8月19日~20日に富士スピードウェイで行なうと発表されている。また、2017年のワールドファイナルに関しては「我々の本社近くのイモラサーキットで11月16日~19日に行なう」とした。イモラサーキットは、1980年~1990年代までF1サンマリノGPが行なわれていたサーキットで、1994年にアイルトン・セナが亡くなった事故が起きたサーキットとしても知られている。ランボルギーニの本社があるボロニェーゼに近く、同社にとって地元のサーキットといってもよい。

 また、これまでの3シリーズ(欧州、アジア、北米)に加え、「中東は我々にとって重要な市場。そこで冬の間にアブダビとドバイで3戦を行なう」と、2017年に中東で3戦のミニシリーズを行なうとした。サンナ氏によれば22台の車両が参加予定で、他のシリーズのオフシーズンに当たるので、欧州やアジアシリーズのチームが参加しやすくなるようにスケジュールも配慮したと説明している。

サンナ氏のスライド

イモラで行なわれる2017年のスーパー・トロフェオ・ワールドファイナルは新社屋などのお披露目とセットで開催

Automobili Lamborghini S.p.A会長兼CEOのステファノ・ドメニカリ氏

 最後に、今年Automobili Lamborghini S.p.A会長兼CEO(最高経営責任者)に就任したステファノ・ドメニカリ氏が登壇し、挨拶を行なった。ドメニカリ氏は、2014年までF1フェラーリチームの代表をしており、2014年にその職を辞した後、フォルクスワーゲングループ入り。今年グループの1社であるランボルギーニの会長兼CEOに就任した。

 ドメニカリ氏は「私は今回初めてこのスーパー・トロフェオ・ワールドファイナルに来たのだが、この雰囲気が最高だ。我々にとってモータースポーツはブランド認知度を上げるための柱の1つ。スポンサーやパートナーと一緒になって今後も取り組んでいきたい」と述べ、スポンサーやパートナーを壇上に呼び、謝意を述べた。

 また、イモラで行なわれる2017年のワールドファイナルについても触れ、「来年のワールドファイナルが行なわれる同時期に新社屋と工場が完成する予定。それらのお披露目も行ないたい」と、盛大に行なわれることが予告されている。

ドメニカリ氏のスライド
アジアシリーズのチャンピオンである落合俊之選手とアフィック・ヤジッド選手に記念のトロフィーが渡された
ヨーロッパシリーズのチャンピオン(右)とドメニカリ氏(左)