日産 追浜工場で「リーフ」の生産ラインを見学 ガソリン車と同じラインをリーフが流れる |
ちょうど人間の顔のあたりにホイールがあるほどの高さにボディーを吊るされて、何台ものクルマが約5m/分の速度で進んでいる。今、目の前にやってきたのは、サファイアブラックのジュークのボディーだ。
グレーのズボンに赤いシャツ、白い帽子という追浜工場のユニフォームに身を包んだ2人の作業員が、ラインに用意されているエンジンをリフトで持ち上げ、ジュークのエンジンルームに下から入れ、ボルトを締める。一丁あがり。
次にやってきたのは、アクアブルーのリーフだ。ラインに用意されているのはエンジンではなく、インバーターを上に載せたモーターだ。
ジュークにエンジンを取り付け終えた2人が、ラインに用意されたインバーター&モーターのユニットをリフトで持ち上げ、リーフのエンジンルーム(?)に下から入れ、ボルトを締める。一丁あがり。
その2人は、ジュークでもリーフでも、素人目にはまったく同じ作業をしているように見えた。
黒いジュークの下から、2人の作業員がエンジンを挿入する。ジュークの後ろ(画面左)には青いリーフが見える | 同じ2人がやってきたリーフにモーターを挿入する | リーフの次はまたガソリン車だった |
リーフ |
■ガソリン車とEVを混流生産
電気自動車(EV)の生産ともなれば、専用の生産設備で、感電を防ぐ対策を幾重にも施されて、EV生産専用に訓練された作業員が働く……もしかしたらその設備は半導体を生産するクリーンルームのような白い部屋かもしれないし、作業員は宇宙服みたいな特別な作業着を着ているかもしれない。
そんな妄想は180度裏切られた。現在、リーフを生産する唯一の工場は日産 追浜工場(神奈川県横須賀市)だが、そのラインでは、リーフのほかにジューク、キューブ、ノートが“一緒に”生産されている。
ジュークが100台流れたら次にリーフが100台流れる、というわけでもなく、4車種がランダムにやってくる。作業員が車種ごとに交代するわけでもなく、同じ作業員が4車種すべてを組み立てる。
吊るされてラインを流れるキューブ(左の白いクルマ)とリーフ(右の青いクルマ)。ここでは、キューブにはガソリンタンクを、リーフにはバッテリーを取り付ける |
1つのラインで複数の車種を生産することを、「混流生産」という。顧客の要望に応えて多品種を生産するためには、1本のラインでいくつもの車種を、必要なときに必要な台数だけ生産できるフレキシビリティが必要だ。
追浜工場を紹介するパンフレットには1970年に「混流ラインをいち早く採用し」とある。その混流ラインは21世紀を迎え、ガソリン車とEVを同時に生産するようになった。
酒井寿治 生産担当常務執行役員 |
■追浜が開発したリーフの生産工程を世界へ
日産自動車は1月25日、報道関係者に追浜工場でのリーフの組み立ての様子を公開した。
リーフの生産について説明した酒井寿治 生産担当常務執行役員によれば、日産の国内国内3地区の工場は世界中の日産の工場のリーダーとして、それぞれ異なった役割を負っている。インフィニティブランドの製品を生産する栃木・いわき地区の工場はクオリティ、セレナ、エクストレイル、ティアナ、ムラーノなどを生産する九州地区はトータルコスト競争力のリーダーだ。
そして追浜工場は新技術や新工法の立ち上げ、グローバル展開する車両やパワートレーンの生産準備を行う、いわば生産技術のリーダーだ。
同社は2012年から米国スマーナ工場で年間15万台、2013年からは英国サンダーランド工場で年間5万台の規模でEVの生産を予定しているが、それらの生産ラインや手法を開発する、まさにマザーとなるのが追浜工場の生産ラインなのだ。
追浜工場には、座間からバッテリーモジュールとコンバーター、横浜工場からモーター、埼玉のカルソニックカンセイからインバーターがやってくる。複数のバッテリーモジュールをバッテリーパックにまとめ、その他のモジュールを追浜でプレス・組み立て・塗装されたボディに組み付ける。
国内3工場の役割 | 英国、米国でもEVを生産する |
座間、横浜、埼玉からバッテリーやモーターが追浜に来る。追浜に近いところで部品を作るのも、コストやリードタイムの圧縮と品質向上につながる |
日産のライン設計は「太く短く」。必要な箇所にはサブラインを設ける |
リーフが流れるラインの場合、ボディの組み立てに4時間、塗装に8時間を要する。次に、これに内装や補機、エンジンなどを取り付ける660mのラインを4時間で通過する。これで車両として完成し、検査ラインを経て出荷される。
日産の生産方式には、「NIMS」(Nissan Integrated Manufacturing System)というコンセプトがある。その基本は「太く短いラインでモノづくりをする」ことで、具体的にはラインはできるだけ短くし、作業はできるだけモジュール化、平準化し、作業員は付加価値の高い作業に集中する、ということになる。
また、車種によって工数の違う作業はラインの脇にサブラインを作り、そこで吸収する。このラインの脇にはエンジンを用意するサブライン、モーターとインバーターを組み合わせるサブラインがある。
追浜のラインと、見学箇所 |
■作業員には教育と安全対策
見学できたのは、ボディーに内装などを取り付ける「トリム」工程と、エンジンなどを取り付ける「ユニットマウント」、そして検査ライン「ファイナルテスト」だ。
興味深いのは、ジュークなどのガソリン車がエンジンを取り付ける工程で、リーフにはインバーター&モーターが取り付けられていること。同様に、ガソリンタンクを取り付ける工程ではバッテリーが取り付けられている。そして、傍目には作業員はエンジンもモーターも同じように取り扱っているように見える。
しかし、高電圧が流れる部品を取り扱うEVの生産には、やはり専用のスキルが必要で、作業者にとっては全く違う作業なのだと言う。リーフの生産にあたっては、ラインや工程の設計といったハード面だけでなくソフト面、つまり人材育成にも注意が払われた。
トリムのライン。画面中央の黒いキューブの次に、シルバーのリーフが流れてくる | ||
ライン脇に用意された、リーフに搭載する普通充電器 | 補助器具を使って普通充電器を持ち上げ、リーフの取り付け位置(後部)に入れる | |
リーフの電装のスキルを持つ「電装キーマン」が「ファイナル電装リーダー」をマンツーマンで育成、リーダーが多数の「ファイナル作業者」を育成するといったように、いわばネズミ算式にリーフ組み立てのスキルを持つ要因を増やしていった。こうした育成は、「立ち上げ前に、効率的かつ計画的に」行われたそうだ。
また当然、組み立てられる部品やラインの設備にも、多数のハードウェア的な安全対策が施されている。バッテリーは充電された状態で組み付けられるが、その電気はライン上では遮断されたままだ。ライン上で高電圧部品に電気が流れることもない。「ラインオフの最後の最後に、眠っている高電圧を起こすスイッチを入れる。ここで初めてEVになる」。つまり「ライン上では今までのガソリン車と同じ」なのだ。
EV生産ラインの人材育成 | EV生産のスキルをランク付けし、人材を育成する |
トリムのラインのバッテリー組み付け工程。ガソリン車にはガソリンタンクを取り付ける。ガソリンタンクもバッテリーも車体下面に取り付けるので、クルマは高い位置を流れてくる | リーフの手前、ラインの脇に、ガソリンタンクを積んだ搬送車がやってきた | ラインに用意されたリーフのバッテリー |
バッテリーの上にリーフが近づくと、バッテリーがリフトで持ち上げられ、取り付けられる |
検査ラインのローラー上で130km/h程度で走行し、最終チェックするリーフ。ここもガソリン車と同じテストが行われる |
■ガソリン車との混流生産を前提としているリーフ
ガソリン車との混流生産で苦労したところは?と聞かれた同工場の関係者は「苦労と言うほどのことは……」と答えた。それは「リーフにはガソリンタンクの代わりにバッテリーが、エンジンの代わりにモーターとインバーターがあるので、できれば同じ工程で作業できればいいなと考えた。作業する人も余計なことをしなくていいし、部品のピックアップも同じ工程でできるから、設備も使える」と考えた結果だ。リーフは最初からガソリン車との混流生産を前提に作られたのだ。
「NPW」で開発から生産、納車までのリードタイムを短縮する |
日産は「モノづくり」の考え方を「NPW」(Nissan Production Way:日産生産方式)という体系にまとめている。NPWが目指すのは「同期生産」、つまり顧客が欲しいと思ったときすぐに、欲しいものを作って届ける、ということだ。
それには受注から生産、納車までの期間を短縮するだけでなく、「開発から量産までのリードタイムをミニマムにして、新しい商品、新しい技術を提供する」(酒井常務執行役員)ということも含まれる。そのため、「生産だけでなく、購買、設計、物流支援といったトータルでのモノづくりで付加価値を上げる」ことになる。リーフの開発には生産のスタッフも2年間参加したと言う。
筆者はリーフの発表会で、リーフのボンネットを開けたときに見えるインバーターが、ガソリンエンジンのシリンダーヘッドのように見えたのをよく覚えている。リーフのパワーユニットは、モーターの上にインバーターを載せた姿がガソリンエンジンのようだ。その時はこれが一種のジョークに見え「なにもこんなところを似せなくても」と思った。
生産ラインを見て、リーフがEVとしては保守的な、モーターとバッテリーをエンジンと燃料タンクに置き換えられそうな姿形をしていることの意味が見えてきたように思える。
(編集部:田中真一郎)
2011年 1月 26日