フィアットの2気筒エンジン「ツインエア」の組立工場を訪問



 気筒数と排気量は、その数字が大きいほどに上等で高級なエンジン――自動車の誕生以来連綿と語り継がれ、これまで誰もが無条件で受け入れて来たはずのそんな常識が、今、まさに崩れ去ろうとしている。そう、それはもちろん「ダウンサイズ・コンセプト」に則ったエンジンの出現による影響だ。

 ひと昔前までは「その拡大に勝るエンジン・チューニングの効果は無し」とまでは言われたのが排気量で、「数を増やして回転数を上げれば出力アップに繋がるし、爆発間隔が小さくなってスムーズさも増す」とされたのがシリンダー数だったもの。しかし、注目ポイントが燃費へシフトをすると、エンジン設計の狙いどころも「大きな気筒当たり排気量を確保して効率を上げ、摺動抵抗を減らすこと」へと急速に移ってきた。

 結果、1気筒当たりの排気量を大きくすると同時に、シリンダー数は減らす方向にあるのが、多くの最新設計のエンジンに見られる共通の傾向。そして、まさにそうした設計の“究極の姿”を見ることができるのが、フィアット500に新たに搭載された「ツインエア」を謳うエンジンだ。

「ツインエア」エンジン(左)と、ツインエアを搭載する「500」

 この心臓で最大のトピックはもちろん、前出ネーミングの由来ともなった2気筒という気筒数。軽自動車の世界からも姿を消して久しいそうしたスペックの復活には、きっと世界の多くの自動車エンジニアたちも驚いたに違いない。加えて、そうした極端な“レス・シリンダー”を実現させたこのエンジンには、もうひとつ驚きのネタがある。それは、車両重量が1tを上回るモデルへの搭載にも関わらず、その排気量がわずか900ccにも満たないという事実だ。

 そんなこの「ツインエア」は、だからこそ前述のように“究極の姿”とも言いたくなるエンジンということ。そんなこのユニットに関する内情をさらに探るべく、まず訪れたのはイタリアにあるFPTの本社だ。

2030年までは内燃機関が主流
 FPT――フィアット・パワートレイン・テクノロジーズは、フィアットと共にその本拠をトリノに置く、フィアット・グループに供給するエンジン&トランスミッションの研究・開発&製造を行う企業。ディーゼル・モデルの導入が無いため、日本市場での知名度は高くはないものの、1987年にはフィアット・クロマ用に「乗用車用ディーゼル初の直噴ユニット」を提供しているし、1997年のアルファロメオ156JTDに積まれた「世界初のコモンレール・ディーゼルエンジン」も同社の作品だ。

 日本でも知られたところでは、やはりアルファロメオ156に採用された“セレスピード”が、1999年に「世界初の量産型2ペダルMT」というタイトルを獲得している。いずれにしても、実は世界的にも珍しい「パワーパックに特化した技術者集団」が、このFPTという会社ということだ。

 そんなFPTの本社で行われたセミナーでは、このタイミングでツインエアをリリースした主な理由が、やはりまずはCO2排出量の削減にフォーカスした結果であることが明らかにされた。

 実はフィアットは、数あるメーカーの中でも「企業平均燃費」が最も優れているブランド。最新データでは、燃費とリンクをするCO2の排出量は123.1g/km。フェラーリやマセラティといった“大食らい”なブランドを加えたグループとしての平均値でもそれは125.9g/kmに過ぎず、周辺メーカーに対する優位性は変わらないという。

 そんな自らの得意分野をさらに磐石なものとすべく、様々な技術的手法でアプローチを続けて行くというのが、今のFPTの基本姿勢。「水素燃料はその貯蔵性や安全性。バッテリーはエネルギー密度やコスト。ハイブリッド・システムはその費用対効果などに、依然それぞれ大きな課題を残している」という観点から、「少なくとも2030年頃までは内燃機関(ガソリン/ディーゼル・エンジン)が主流を成すと考える」というのが、開発担当副社長の口からその場で直接聞けたコメントだ。

900ccのエンジンを4気筒、3気筒、2気筒にしたときの熱効率(縦軸)を比較したグラフ。2気筒が最も効率がよい

3気筒よりも振動も有利
 排気量がわずかに660ccに制限されている日本の軽自動車メーカーでさえまだ二の足を踏む2気筒エンジンに、大胆にも誰よりも早くチャレンジした理由――それについても、FPTからは今回明確なコメントを聞くことができた。

 「気筒当たりの排気量を増やすことによる効率の向上と、シリンダー数を減らすことによる抵抗力の削減」と、これらについてはまずは“模範回答”。「エンジン・サイズの削減が可能になるのでコンパクトカーへの搭載有利だし、空いたスペースにモーターを加える事でハイブリッド化が容易に行える」と、このあたりも想定内の回答だ。

 意外だったのは「3気筒デザインと比較した結果、バランスシャフトを用いれば振動レベルもむしろ有利と分かった」という、興味深いフレーズ。なるほど、思い返せば確かにツインエア搭載のフィアット500の振動レベルは、3気筒のライバルに比べて特に不利という印象を抱いた記憶はない。アイドリング・ストップのメカが標準化され、事実上「アイドリングが無くなってしまう」というのも、こうした“少気筒エンジン”には追い風として働いているはずだ。

 この他にも、「2プラグ式のためメインテナンスが低コストで済む」。「エンジンそのものの生産コストも小さく抑えられる」といった事柄もそのメリットとの事。そうした話題を踏まえて次に向かったのは、実際にツインエアを製造しているポーランドの工場だ。

ツインエアエンジンの概要
4気筒エンジンよりもコンパクトで、効率がよい
モーターを内蔵したデュアルクラッチATをツインエアと組み合わせ、500に搭載したプロトタイプ

モダンな組み立て工場
 起源を遡れば、そもそも140年ほど前にウォーター・ポンプ製造のためにオープンしたというその工場は、その後のエンジン・ライセンス生産の時期を経て、1992年からはフィアットのポーランド工場として操業中。そこにFPTも“同居”を始めたのは2008年で、「世界で最もエコロジカルなガソリン・エンジン」としてツインエアの生産が開始されたのは、2010年の5月からという。

 工場見学の前に耳にしたそんな予備知識ゆえに、勝手に「歴史ある旧い工場」の姿を思い浮かべていた自分にとって、ツインエアの生産エリアの光景は驚きだった。

 案内されたその区画は、何とも明るくモダーンでクリーンそのもの。自動化が進んでいて「働く人が少ない」のも印象に残った事柄だ。実はツインエア用の生産ラインは、最新設備を導入してデザインされた時代の最先端を行く近代的なラインだったのだ。

 建屋内の随所に見られる「WCM」という文字は一体何なのかと尋ねてみれば、それは「World Class Manufacturingの頭文字」との事。その意味するところは廃棄物や欠陥品の発生、ライン停止などをいずれもゼロとする事を目標とし、世界でもトップクラスのクオリティを持つ生産拠点にしようというもの。そのために、環境マネジメントシステムの国際規格ISO14001を取得するなど、エンジン単体のみではなくその生産工程に至るまで、積極的な環境に対する取り組みが行われているというわけだ。

エコカーでも楽しく
 こうして生まれたツインエアのエンジンを搭載するフィアット500に乗ってみると、わずかに875ccという排気量を連想させない低回転域からの“太いトルク”が何とも頼もしく、シリンダー内で起きる1発1発の爆発をイメージできるアクセル操作に対する“加速のつき”も、なかなかの好印象に繋がっている。

 排気音は特に低回転域で独特で、やはりそうした領域では確かにそれなりの振動も感じられるのだが、そうした“音・振”の印象が何とも車両キャラクターにお似合いで、全く不快感に繋がっていないのは、フィアット500というモデルの“人徳”と受け取るべきか。FPT本社でのセミナーで、「色々と狙いどころはあったものの、まずキーエレメントとして重きを置いたのは、それが“Fun to drive”であること」と耳にしたのを思い出す。

 ヨーロッパではいかに“エコカー”であっても、それが「乗って楽しいもの」でなければ市場で受け入れられることなど有り得ない。ツインエアが、2気筒エンジンでありつつもかくも色濃く、味わい深いパワーフィールを提供してくれるのは、まさにそうしたものづくりの発想があってこそということなのだ。

(河村康彦)
2011年 7月 15日