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JAL、空港スタッフ「おもてなし」の裏側

空港カウンターモックアップでロールプレイ訓練を実施

訓練に参加した受講生と教官

 空港を利用するときに誰もがお世話になるのが空港スタッフ。チェックインカウンターや手荷物預かりなど、直接、乗客と向かい合ってやりとりし、空港の利用をサポートする大切な役割を負っている人たちだ。空港スタッフはどの航空会社でも同じような業務をこなしているようだが、実際には各航空会社でそれぞれのポリシーに違いがある。今回、JAL(日本航空)がそんな空港スタッフの訓練の一部を公開したのでリポートしたい。

 現在、JALの空港スタッフは約4000人。同社では空港スタッフのサービス向上のため、昨年2月に空港カウンターを模した「空港サービスモックアップ」を製作し、それを使って訓練を開始している。

 これまでJALの空港スタッフが接遇スキルを学ぶときは一般的な会議室で実施していたため、どうしても実践的な訓練にはならなかったという。そこで同社は空港サービスモックアップを導入し、実践的な訓練に力を入れ始めたということだ。JALでは国際線と国内線を同一方針でサービスを提供するため、10月からは400人の外国人スタッフもこの訓練を受けてもらうそうだ。

 JALではこのモックアップを使うことで、接遇力やコミュニケーション能力の強化を目指し、年に1回、2日間のカリキュラムで全空港スタッフを教育していくという。

当日の案内をしていただいた空港企画部教育サポート室の黒崎雅美教官

 訓練の対象となる空港スタッフには全部で5レベルまでのランクがある。レベルは経験年数ごとに振り分けられ、レベル1が入社1~3年の新人。レベル2は3~5年でチェックインカウンターなどの現場で最初に利用者からの意見に接するポジション。クレームなどに対して速やかな初動対応が求められる。

 レベル3は5~8年で、後輩指導などの要素が求められる世代。後輩の叱りかた、褒めかたなども訓練に加えられるといい、これは、スタッフ同士がよい人間関係を築くことで、利用者にもよりよいサービスを提供できるという考えかたによるもの。

 レベル4は8~12年の経験者で現場責任者となる。レベル3よりもさらに踏み込んだ状況や、イレギュラーな事態への対応能力が求められる。レベル5は12年以上の経験者で、マネージャー、アシスタントマネージャークラスが対象。自分より上の責任者がいない立場で、どのように問題を解決するかという面も含めて訓練をする。

空港カウンターのモックアップ。必要なものはひととおり再現してある

 1回の訓練では、およそ15人から25人ほどの受講者を全国の空港から集めて実施する。まず初日は、これまで受講者が日常的に行っているサービスをモックアップを使ってぶっつけ本番でロールプレイし、その模様を録画する。ロールプレイが終了したあとに撮影した動画を見ながら全員でディスカッションし、具体的にどのような点を改善したらよいかというアドバイスを加えていく。

 例えば「自分では笑っているつもりだったけれど、動画を確認するとそうは見えなかった」「身だしなみもまだまだよくできるところがある」など、お互いに指摘し合うことで“気づき”が得られるそうだ。女性の場合、特にメイクアップの仕方やおくれ毛の処理方法などを指摘し、より利用者に明るい印象を持ってもらえるようアドバイスするという。

 2日目は、前日に受けた指摘を元にさらに踏み込んだ訓練を行ってその様子を録画。その後、最後のディスカッションを実施して終了となる。ロールプレイをしながら訓練することで、それぞれの空港に戻ってもすぐに実践できるようになるという。

 訓練の内容はあらかじめ設定された「お題」に沿って進行。欠航が発生した場合や、手荷物預かり時の重量オーバーといったトラブル、車イスの利用に関するものなど、実際に起こりえるケースを想定している。これらを実施していくなかで、今まで自分に足りなかった部分を確認していくのだ。

 ただ、ここで重要なのは、訓練内容はあくまで「接遇訓練」であるということ。つまり、それぞれのトラブルシューティングを達成することが目的ではなく、いかに相手の話を聞いて気持ちをくみ取り、気持ちのこもった対応ができるかどうかがポイントになる。接客の5原則である「身だしなみ」「挨拶」「立ち居振る舞い」「言葉遣い」「表情」をベースに、小さな子供から高齢者まですべての人に分かりやすく優しく対応できるように指導しているという。

実際の訓練にあたった教官の1人である空港企画部教育サポート室の赤坂絵梨教官

 取材では、2日目に行われた午後の訓練を拝見させていただいた。すでにロールプレイ訓練も佳境に入って仕上げの段階だ。参加していたのは日本全国から集まった17人のレベル3の受講者で全員が女性。5~8年の実務経験を持つベテランばかりだ。

 素人目線で見ると文句の付けようがない対応をしているように感じるのだが、彼女たちの指導を担当する空港企画部教育サポート室の赤坂絵梨教官によると、初日のチェックでは現場責任者クラスの立場に近くなってきていることもあり、どうしても機械の取り扱いやハンドリングの指示といったスキル面を意識しがちで、利用者との対話がおざなりになっているように感じたという。そのため、初心の気持ちと顧客視点をもっと持つよう指導し、2日目になってその成果が出ているという。

 この訓練では、集まった記者も乗客役で参加することになった。筆者は「車イスを使いたい」というマイルドなオーダーだったが、車イスを使って飛行機に乗れるのかどうかも知識がなかった筆者に、担当していただいた石橋恵さんは、機内に乗り込むときに搭乗用の小さな車イスに乗り換える必要があるとていねいに説明してくれた。

 最後に乗客役を担当した人は、搭乗予定の便が欠航になるというヘビーな役まわりを熱演。対応した名古屋空港の本多亜也子さんは、相手がヒートアップしてくると、すっとカウンターから出てていねいに状況を説明していた。赤坂教官によれば、こうしたヘビーな状況ではカウンターを出て対話することが非常に重要になるという。カウンターごしではお互いに話しづらく、コミュニケーションを取りにくいことがその理由。トラブルやクレームなどの対応時だけでなく、利用者が不安そうに話しているときなどもカウンターから出て、身近な位置に立って話すことでより理解を深めるようにしているという。

訓練の様子。取材当日は17人の受講生に対して2人の教官が付き、適宜アドバイスしていた
取材に訪れた記者も乗客役で参加。この記者の方は「搭乗予定の便が欠航になる」というヘビーな役まわりを熱演。ヒートアップした相手に対し、本多さんはすっとカウンターから出てていねいに状況を説明していた
ひととおりの訓練が終わると、最後に順番に動画を撮影していた
最後の総括とあって全員が真剣なまなざし
参加した感想を話してくれた3人の受講者。右から本多亜矢子さん(名古屋空港)、糸数綾子さん(那覇空港)、石橋恵さん(福岡空港)

 訓練後に受講者からお話を伺ったが、共通した感想は、やはりロールプレイを交えながらの訓練は効果を実感しやすいということだ。実際に自分がしている接客風景を動画で観るという機会はあまりなく、自分の声を聞きながらアドバイスしてもらえるので、自分が思っている以上に早口だったことや身振り手振りなどの反省点も確認できたという。また、レベル3になって上位職に就き始めたことのジレンマも感じているそうだ。アドバイスをする機会はあっても受ける機会が少なくなっているため、こうした訓練は貴重な体験の場になるという。

 航空会社によって接遇の重要ポイントはそれぞれ異なる。利用料金が安いLCCなどではどうしてもスピード重視の傾向になる。だが、それが必ずしもわるいということではない。利用料金とサービスは比例関係にあるからだ。だからこそ、敢えてJALを選ぶ利用者はおそらくLCCよりも高い料金につりあう対応を期待するだろう。それに対して、最大限の「おもてなし」で気持ちよく飛行機を利用してもらうため、空港スタッフたちは日々、サービス向上のために努力を積み重ねているのだ。

(清宮信志)