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JALのCAが年に1度行う非常救難訓練

午前は筆記試験、午後は実物大モックを使った厳しい訓練

2013年9月2日開催

訓練センターを案内していただいたJAL 客室教育・訓練室 安全訓練グループ チーフインストラクターの財津紀子さん(中央)とインストラクター 細田良子さん(右)、同・瀬戸綾子さん

 JAL(日本航空)は9月2日、CA(キャビンアテンダント:客室乗務員)を対象に年に一度実施している非常救難訓練の様子を、羽田にある同社非常救難訓練センターで報道陣向けに公開した。CAは乗客の接客が主な仕事であるとともに、緊急時に乗客の安全を守る「航空保安員」としての一面もある。そうしたCAたちの訓練の様子をリポートする。

 救難訓練は航空機が万が一の事態に陥ったとき、運航乗務員やCAが乗客を安全に誘導するための訓練を行うもの。JALのCAは新人研修時に加え、年に1度、定期救難訓練を受けている。訓練当日は午前中に安全に関する筆記試験が行われ、試験を無事にパスすると午後に実物大モックを使った実技を受けることになる。

 JALは現在、ボーイング787、777、767、737の4種類の機材を保有しているが、CAはそのなかから平均して2~4機種の機材に搭乗する資格を持っており、この訓練施設ではそれらに応じた訓練が可能だ。訓練は毎年、乗務員の誕生月の前後1カ月以内に訓練を受けることになっているという。

 訓練はボーイング747を模したモックなどを使う本格的なもの。このモックだが、外見は747ながらドアを現在同社が保有している機材に合わせており、777・767仕様に変更されている。モックとは別に、保有する4機種のドアをそれぞれ設置した「ドアトレーナーブース」と呼ばれるものもあり、緊急事態におけるドア操作をすべての機種で訓練できる。

非常救難訓練センター内に設置された訓練用モック
訓練用プール
こちらはドアトレーナーブース。さまざまな機種のドアを模したもので、実際に開閉操作ができる
747モックの内部。一般的な客室と変わらない
訓練用のコントロールパネルが設置されている

 まず見せて頂いたのは、飛行中にエンジントラブルが発生して緊急着水後、ゴムボートで脱出するというケースを想定した訓練。非常救難訓練センターでは着水時の訓練用にプールが用意されていて、モックのドアを開けると直接、ボートに乗り込むことができる。

 飛行機のドアはそれぞれに脱出用の「スライドラフト」が取り付けられている。これは緊急時に、地上では滑り台のように使って地上に降りるシューターとなり、海上では救命ボートとして利用するもので、乗客全員を乗せられる。

 飛行機の離陸時に「ドアモードをオートマチックにしてください」というアナウンスを聞いた経験がある人も多いだろうが、これはスライドラフトを自動展開するモードにセットするという意味だそうだ。このモードになると、ドアに格納されたスライドラフトの一部がドアの下部にロックされ、そのままドアが開くと一気にスライドラフトが展開。シューターや救命ボートとして利用できるようになるのだ。着陸後にマニュアルモードに戻すことでロックが解除され、普通にドアが開くようになっている。

 訓練が始まると、CAはこれから緊急着陸を行うことを説明し、耐衝撃姿勢の取り方の説明を始める。普段とは打って変わった表情で口調も命令口調となり、緊急対応をする保安員らしい動作が印象的だ。

 乗客は指示されたとおりに救命胴衣を装着する。このとき、まだ救命胴衣を膨らませてはいけない。膨らませてみると分かるのだが、まずその状態では足下をろくに見ることもできないので非常に危険なのだ。また、機体が浸水し始めた状況では、水中を潜って脱出しなければならない可能性もあるため、膨らませてしまうと潜ることができない。そのため、救命胴衣は機体から脱出してから膨らませる手順になるそうだ。このほか、万年筆やボールペンなどの先が尖ったものは身につけてはいけない。ハイヒールも脱ぐように指示される。さらに手荷物はすべて置いていくことになる。

訓練が始まると、CAは緊張した面持ちで声を張り上げながら乗客に状況説明を行う
耐衝撃姿勢の説明。このまま頭を前席に押しつける
救命胴衣の取り扱い説明
少ない時間で機長と連携しながら対応する
いよいよ着水という段階。着水するまで「頭をさげてー!」と日本語と英語で連呼し続ける

 今回のケースでは海上で救命ボートを使うため、CAは各ドア毎に3人の一般乗客から援助者を選定した。このうち2人は先にボートに乗り込んでほかの一般客を誘導し、残る1人はドアの入り口で救命ボートに降りる乗客をサポートする。

 全員がボートに乗り込むと救命ボートが切り離される。次に救命ボートを覆う屋根にするため、布製のキャノピーを展開。これは風雨などから乗客を守るのはもちろん、蛍光色となっているため救助隊などが発見しやすいという効果もある。その後、無事に救助隊に発見されて岸に引き寄せられたところで訓練は終了した。

着水すると「シートベルトを外して! 大丈夫、落ち着いて!」と乗客に声をかけながら火災などが発生していないか外の状況をチェックする
安全を確認できたらドアを開ける
救命ボートに乗客を誘導
救命ボートは中央のスロープの部分と左右に乗り込める。1つのボートで最大78人を収容可能だそうだ
機体からボートを切り離すと、屋根代わりとなるキャノピーを展開する
救助隊がきたらワイヤーを投げて引き寄せてもらう
無事に訓練が終了
写真右が救命胴衣を膨らませたところ。ほとんど首の自由が利かなくなる。赤いつまみを引っ張ると膨らむ仕組み
お互いがバラバラにならないようフックで繋ぐこともできる
子供用の救命胴衣
救命ボートに搭載されているサバイバルキット。応急手当用の薬品類や発煙筒など、さまざまな物がセットされている
サバイバルマニュアルも
ボートに穴が空いた場合に使うリペアキット

 次の訓練は、離陸滑走中にエンジントラブルが発生して離陸を中断。何の予告もない状態で緊急着陸して緊急脱出するという想定。このケースではあらかじめ説明をする余裕もなく、あっという間に状況が進展する。今回使用したドアは先ほどとは反対側に設置されているもの。プールはなく、ドアを開けるとシューターが展開されている。

 シューターの高さは約4.4m。これは航空機に車輪が付いている状態の高さとほぼ同じだそうだ。シューターを利用するときは姿勢が重要で、両腕と両脚を前に突き出した状態で、なるべく上体を反らさないように滑り降りる。筆者も実際に滑ってみたが、これが意外なほどスピードが出て、着地時には転びそうになった。怖がって上体を後方に反らしてしまうとよけいにスピードが出てしまうのだそうだ。

エンジントラブルで不時着し、右側のドアから脱出するという想定
スライダーを使って地面に降りる。高さは約4.4m
スライダーを降りるときの姿勢。あまり仰け反ると速度が出てしまい危険
状況にもよるが、意外とスピードが出るのできちんと姿勢を保持して滑るのがポイント
このほか、消火訓練なども実施している

 この施設はJALが創設されて以来使用され続けているもので、歴代のCAは全員ここで訓練を受けているそうだ。CAにとって、この定期救難訓練は1年で一番大きなイベントと認識しているそうで、そのために2カ月前から筆記の勉強や緊急事態の手順などを再確認しながら準備しているという。それだけ安全に対して真剣に取り組んでいる姿勢の現れなのだろう。

 取材当日はとても暑い日だったが、訓練センター内は冷房もない状態。そのなかで実際の訓練を行っていたCAは多数いたが、どこにいてもかけ声が聞こえてきた。普段の姿からは想像もできない気合いの入った訓練で、「自分たちが頑張らなければ乗客を助けられない」という思いが伝わってくるようだった。

本筋とは異なるが、日本初のジェット旅客機「DC-8」1号機の機首部分が同訓練センター内に保存されていた
DC-8のコクピット
現代の航空機では廃止されて久しい航空機関士席
同じく航法士席
ファーストクラスシート
こちらはファーストクラス用のラウンジ。この絵は文化勲章を受章した日本画家の前田青邨によるものだそうだ
当時は機内でタバコが吸えた時代だ

(清宮信志)