ニュース
JALの運航を支える「オペレーションコントロールセンター(OCC)」
1日約720便の航空機運航をサポート
(2013/11/14 00:00)
旅客機の安全運航を支える仕事とはどんなものが思い浮かぶだろうか。パイロットや客室乗務員、整備士、航空管制官など、飛行機の運航に関わる仕事は多種多様だ。JAL(日本航空)の「オペレーションコントロールセンター(OCC)」もそんな仕事の中の1つである。
OCCとはあまり聞き慣れない言葉だが、一体なんなのか。一言で表すとJALの「指令塔」とも言うべき機能で、飛行機の運航を支える専門集団だ。コントロールセンターと聞くと何となく航空管制的なイメージを抱いてしまうが、航空管制とは役割が根本的に異なり、実際に飛行場へ離着陸する際の指示をするわけではない。むしろもっと大きな視点で航空機の安全運航を見守る仕事といえる。JALのOCCを取材する機会を得たので、Car Watchでリポートしていこう。なお、本記事では秘密保持の関係もあり、すべての写真は拡大不可としている。ご了承いただきたい。
JALの運航管理を1個所に集約
JALはOCCの目的として「オペレーション機能を1カ所に集約することによって安全で高品質な運航の実施」「社内外に対する正確で適切な運航情報の提供」「イレギュラーに対する迅速な対応」の3点を挙げている。社内の円滑な航空機運用や外部への情報伝達全般などを行っているコントロールセンターだ。
JALでは1日約1000便を運航しているが、OCCではそのうち国内線約590便、国際線約130便の合計約720便を管理している。残りの約280便についてはJTA(日本トランスオーシャン航空)/RAC(琉球エアーコミューター)が那覇、JAC(日本エアコミューター)は鹿児島でスケジュール統制や運航管理を実施しているという。もちろん交代制で24時間運用されており、JALの管理下で発生したトラブルなどは15分以内に必ずOCCに報告が来るようにされている。
OCCではその責任者である「ミッション・ディレクター」の指揮の下、6つの部署が互いに連携をしながら運航管理業務を行っている。
ミッション・ディレクターとはJALで発生するあらゆるトラブルにその場で迅速に判断をくだすため、運航管理業務全般に関する社長権限が委譲されているOCCの責任者だ。JALの「商品販売」に直接関わる重要なポジションといえる。ミッション・ディレクターが「ノー」と言えばJALの飛行機は飛ばせないし、飛行機が予定どおり飛ばなければ当然売上げが立たないのである。現在8名体制で、その経歴はさまざま。元福岡空港支店長から現役の767の機長、一等航空機整備士や元人事部の人もいるという。これは運航管理業務において偏りのない最適な判断をくだせるようその経歴を活かしてくれることを期待されているためだ。
ミッション・ディレクターの元には「スケジュール統制」「運航管理」「機材運用」「クルーワーク」「乗員スケジュール」「顧客サポート」の6つの部署がある。一つ一つを紹介していこう。
まずは「スケジュール統制」。これはその名のとおり運航スケジュールを調整する仕事で、不測の事態が発生した際に乗客への影響を最小限にしながら飛行機の遅延や欠航、機材変更などを実施する部署だ。空港の運航乗務員(パイロット)や客室乗務員(キャビンアテンダント)とも連携し、機体整備の状況なども考えながらスケジュールを調整していく。関連部署が多いため、何かトラブルが発生した際にはそのたびにネット上に連絡用掲示板を立て、そこに関連部署が書き込むことで情報共有をしているという。
「運航管理」は飛行場の気象状況や滑走路の状況、航路上の気象や飛行禁止区域の状況などフライトに関する情報を収集し、飛行計画(フライトプラン)を作成、承認する部署だ。旅客機は離陸後に機長が勝手に進路を決めるのではなく、この飛行計画にそって飛行をしている。飛行計画は国際線の場合は航路上の各国にも送られ、情報が共有されており、もし飛行計画と全く違う航路、高度などを取っていると最悪の場合「国籍不明機」として扱われる危険性もある。そのため、航路上に存在する既知の危険性は可能な限り把握し、飛行計画に盛り込んでおく必要があるのだ。機長は運航管理から提出された飛行計画をべースに実際のルートや高度、搭載燃料などを決定する。
また、運航管理は飛行機の離陸後もその航路上に危険がないか常にモニタリングし、必要に応じて情報提供などの支援を行っている。たとえば航路上で荒天が予想される場合はそれをうまく回避するためのルートを提案したり、着陸予定の空港の天候が悪化し、別の空港に着陸しなければならない場合など、機長の判断の助けとなる情報を着陸するまで提供し続けるそうだ。
「機材運用」は、飛行機の運用に欠かせない整備を滞りなく実施するための部署。飛行機にもクルマの1年点検や車検のように飛行時間に応じた整備レベルがある。飛行機のフライトをスケジュール通りこなすため、整備スケジュールもしっかりと計画して実行していかなければならない。このため機体整備の現場と密接に連携しながら業務を行っているという。
「乗員スケジュール」はパイロットや客室乗務員のスケジュールを把握し、遅延や欠航、機材変更、臨時便などが発生した場合の人員の調整を迅速に行う部署。特にパイロットが操縦できるのは1人1機種に限られている。たとえば787の操縦資格を持つパイロットはその機種しか操縦ができない。緊急時の操作などに確実性を高めるための制限だ。このためフライト予定の機体にトラブルが発生し、急遽、機材変更が実施され、まったく別の機種がフライトすることになった場合、操縦できるパイロットを呼び出さなければならない。客室乗務員については複数の機種を担当できるが、それでも全ての機種を担当できる人は少なく、やはり調整が必要になる。これをなるべく人員に疲労が溜まらないようにスケジューリングするのが主な仕事だ。
「クルーワーク」は国内線のパイロットや客室乗務員がフライト先で宿泊する場合、その宿や配車を手配する部署だ。一見して単純そうな業務だが、乗員スケジュールで述べたように機材変更に伴う人員変更などで宿泊先や人数などが突如変更される場合もあり、そうした対応を速やかに行って、乗務員達を滞りなく休養させるのが仕事だ。なお、羽田と成田は基本的に乗務員の自宅があるので、この2つの空港に関しては宿泊手配は必要ないのだそうだ。
「顧客サポート」は運航関連の情報を一般の利用客に公開するのが主な仕事だ。主にホームページにおける運航情報の掲載や、空港カウンターのフライト情報大型ディスプレイへの情報表示(大雪・台風情報など)、ユーザーの携帯端末への情報配信(遅延・運休等)などのほか、社内サービスフロントに対してイレギュラー情報共有を目的とした情報配信も行っている。空港旅客・予約部門から予約状況などを収集してスケジュール統制へ知らせる役割ももつ。
OCCが実際にどのように業務を行ったか、過去に起こった一例をご紹介いただいた。
成田発ホノルル行きの深夜便で20時30分に機材の故障が判明し、機材変更の必要が発生。飛行機は747で搭乗予定の乗客は449名。だが代替機材がなかった。そこで急遽、20時21分にすでに離陸して中国の厦門へフェリー(回送)中の同型機を呼び戻し、ホノルル行きの便とすることに決定した。
20時51分に厦門行きの747が成田へ引き返し、駐機場に到着したのが21時45分。成田空港は23時が門限でそれ以降のフライトはできないため、フライト予定時刻を22時30分に設定。通常、着陸機は離陸の準備のため最低でも1時間30分は必要だがすでに時間は1時間15分しかなく、回送中のため客室準備も整っていなかった。これを整備チームと調整し、到着と同時に全力で離陸準備を開始し、必要な整備・点検、クリーニングやケータリングの積み込みなどを行った。短時間にもかかわらず無事に全ての準備が完了し、22時36分には乗客が搭乗開始。22時51分に無事離陸したそうだ。OCCという1つの部署内に情報を集約し、迅速な連携が可能だったからこそフライトを実現できた一例だという。
経営破綻後のJAL社員の意識
最後にOCCのセンター長を務める桑野洋一郎氏からお話をうかがった。桑野氏はまず経営破綻後のJALについて触れ、「社員みんなが信頼を損ねてしまったことを自覚し、安全が大前提という意識が強くなった。事故があれば一瞬でそれは失われる」と述べたあと、現在は破綻前に比べて部署間のコミュニケーションがよくなったと語った。以前は部署間にどうしても壁があったが今はそんなことを言っていられない、という意識が強いそうだ。また、コストに対する意識も変わり、一人一人がいかにコストを下げていくか考えているという。離陸の際にも気象状況を見ながら最適な量の燃料を詰むことでそれだけコストを抑えられる。そうした細かいところから意識をして実行しているそうだ。
また、もっとも重要なのが乗客のためになにができるか、ということ。航空会社は飛行機を飛ばさなければ儲けにならない商売だが、何が何でも飛ばせばいいのか。そうではないと言う。たとえば10月に発生した台風26号では、前日の早い段階で欠航を決定し、乗客への周知につとめた。そうすることで乗客は飛行場に来ることなくスケジュールを変更できる。これを当日まで判断をひっぱるとすると、乗客はわざわざ飛行場まで来て、飛ぶかどうか分からない飛行機を待たなければならない。
台風26号が上陸した当時は上陸前日に翌日午前中の151便を欠航する判断をした。他社ではそれより遙かに少ない便が欠航することを前日に発表していたが、結局、最終的に欠航した便数は大差なかったという。他社では乗客はその分飛行場に無駄足を運んでしまったことになる。利益優先の判断をするならばこのケースは「当日のギリギリまで判断を保留して、飛べそうな飛行機がでるかどうか待つ」のが正しいそうだ。破綻後はそうした判断は止めたという。もちろん、毎回うまく行くわけではない。予防線を張りすぎてしまうこともあるが、これまでそうした判断の結果に関して経営陣からクレームが来たことは一度もないという。
10年ほど前まではOCCの役割はFOC(フライトオペレーションセンター)と呼ばれる部署が担当していたが、今のように各部署が1カ所に集約されてはおらず、電話などでやりとりをしていたという。しかし、ここでは他の部署がすぐそばにいる。実際にお互いの顔をみながら情報伝達ができる。この強みは大きいという。「スピード感が出て、格段にやりやすくなった。相手の顔が分かるのはよい」と語る桑野氏。これからも安全かつ顧客重視の運航管理を心がけてくれることを期待したい。