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西村直人の“自律自動運転”を考える(トヨタ&日産編)

2015年の東京モーターショーで大きな話題となった自動運転。トヨタ自動車と日産自動車の自動運転についてお届けする

「OK Google」「Hey Siri!」。このように、普段から何気なくスマートフォンに語りかけている人は多いのではないかと思う。このやりとりはメカニズムこそ非常にシンプルで、人が発した言語をスマホに内蔵されたプログラムがコマンドの一部として認識し、その要望をインターネットへ送り込み、コマンドに即した結果をインターネットから拾い上げディスプレイに表示しているだけだ。

 しかし、その裏では言葉を発した時刻や場所に加えて、それまでに検索した場所やサイト情報など、利用者のおおまかなライフスタイルのトラッキングが当たり前のようになされており、その情報はすべてが紐付けされ、インターネット上のどこかに蓄積されていく。もちろん、それらトラッキングされた情報には何重ものガードがかけられ、個人の特定は容易ではないものの、技術的に不可能ではないとも言われるため情報漏洩の不安は残る。

 こうした情報の蓄積には明るい話題もある。たとえば「クルマ」×「有益活用」の観点から捉えてみるとどうなるか? 今や高度道路交通システムであるITS(Intelligent Transport Systems)の普及とともに人間がクルマをどのように利用しているか(または利用したいか)という行動心理は、クラウド上でリアルタイムに把握できるようになり、交通事故の抑制や燃費数値の改善を通じた環境改善効果を生み出しつつある。また、そうした情報はITSの普及拡大とともに今後も増え続け、しかも無数にアップロードされ続けるわけだが、こうしたサイクルこそ、自律自動運転での活用が期待されているAI(Artificial Intelligence、人工知能)の糧となり、やがて血となり肉となっていくのではないかと筆者は考えている。

 ところで、この自律自動運転車両にはざっくり分類すると2つのタイプがある。1つが自動運転技術を既存の車両に搭載した「現実味のある車両」。政府がSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)として行っている実証実験車両がそれにあたる。そしてもう1つが、自動運転技術は将来こうあるべきであると自動車メーカーが唱えた「理想を描いた車両」。後者はコンセプトカーとも呼ばれ、各国各地域で開催されるモーターショーで披露されている。

 2015年11月8日、大盛況のうちに閉幕した東京モーターショーでは、各社から「自律自動運転」技術に対する出展が相次いだ。それに呼応するように報道も過熱気味で、もう5年もすると、ボタン1つで目的地へと運んでくれる自律自動運転車両が縦横無尽に走っているかのような表現も見られたが、技術は5年で完成しても普及となると話は別であることを今一度、我々は認識すべきだ。

 この東京モーターショーに先駆けて、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業は、2020年頃の実用化を目指した自律自動運転技術を発表し、それを「現実味のある車両」に搭載して報道陣に披露した。今回はこのうち、同乗試乗がかなったトヨタと日産の自律自動運転車両について紹介したい。

ケース1 トヨタの考える自動運転車両

トヨタの自動運転車「Highway Teammate」

「自律自動運転技術の導入基準は“難しさ×時間”」(トヨタ自動車 BR高度知能化運転支援開発室 室長 鯉渕健氏)というように、トヨタはこれまで自律自動運転技術をどういったシチュエーションに採用すべきかを最初に考え、それに則った技術開発を行ってきた。それを今回からトヨタ独自の自律自動運転に対する考え方である「Mobility Teammate Concept」として初めて発表し、レクサス GSをベースに改造した「Highway Teammate」とネーミングした車両に搭載したのだ。

 Highway Teammateは、すでにCar Watchでも触れられているように複数のセンサーを融合させた「フュージョン方式」を採用するなど開発の着眼点は技術寄りだ。したがって今回は、運転難易度が高く、それが数秒間続く高速道路での本線に対する合流支援として自律自動運転技術を導入し、その中核にAIを据えている。

 ちなみに筆者は2013年に当時のトヨタが開発した自律自動運転車両であり、今回のHighway Teammateの前身である「AHDA」技術を搭載した車両にも同乗試乗している。AHDAとは、ステアリング・アクセル・ブレーキを協調制御しながら車線中央を保持するドライビングアシスト機能である「LTC」と、ACCで使っているミリ波レーダー(77GHz)に加えて760MHzのITS専用周波数帯を利用する車車間通信システムを用いて前車と通信しながら車間距離をさらにきめ細かく制御する「CACC」(2015年10月クラウンに世界初搭載)との連携システムの総称だ。今回のHighway Teammateでは2年前とまったく同じルートを走らせたのだが、飛躍的に滑らかになったステアリング・アクセル・ブレーキの操作技術に舌を巻いた。

 しかし、現段階ではやはり技術先行型の自律自動運転車両であることに不安を覚えたのも事実だ。同乗取材ではAIだけで対応できない事象に遭遇したからだ。本線への合流時に“人とAIの譲り合い”からタイミングを逸し、結果ドライバーが運転操作を引き継がなければならない強制的な権限移譲が行われたのだ。同時に、だからこそ、人とクルマが助け合うMobility Teammate Conceptなのだと実感したが、今回の同乗試乗では人、つまりドライバーに対する「自車が認識している外界情報の伝達」と、「この先どんな自律自動操作が行われるかというアナウンス」がいずれも煩雑過ぎることも分かった。「すでに全力でその分野の開発を行っています」(開発者談)との言葉を信じれば、今回はMobility Teammate Conceptのうち「自律自動運転技術」を切り取った紹介がなされ、つぎのタイミングできめ細やかな「人とクルマの協調運転」に対する紹介がなされるものと考えられる。

ケース2 日産の考える自動運転車両

日産の自動運転車。EV「リーフ」をベースに自動運転ユニットが組み込まれている

 日産の自律自動運転に対するアプローチは、現段階においてトヨタとは正反対だ。日産は自動運転のコンセプトを「ニッサン インテリジェント ドライビング」と命名し、2016年末までに混雑した高速道路上で安全な自律自動運転を可能にする技術「パイロットドライブ 1.0」を日本市場に導入すると宣言しているが、その要素技術を搭載した実験車両(センサーなどの車両概要は関連記事を参照)への同乗試乗では、より人(ドライバー)に対する自律自動運転中の情報提供が的確になされていることが分かった。

 しかもこの同乗試乗が、自律自動運転の難易度が高速道路の100倍以上とも言われる一般道路(下道)で行われたことも筆者にとって衝撃が大きかった。前述したトヨタ「Highway Teammate」では高速道路のみ、2015年3月に同じく同乗試乗したメルセデス・ベンツの自律自動運転リサーチカーである「F015」では閉鎖された空港の滑走路であったことを考えると、日産は世界一の技術を手中に収めた、もしくはその糸をたぐり寄せた、との自信があってこそなのだろう。

 ちなみに、これまでの自律自動運転における情報提供では、「次、曲がります」「一旦停止します」など、システムが音声を使ってアナウンスし、その直後に予告された動作が行われることが多かった。対して、パイロットドライブ 1.0では、運転環境で大切な要素の1つである、人と機械の接点・HMI(Human Machine Interface)が重要視されており、次に行われる動作がシステムの音声ではなく、直感的に誰もがその状況を理解することができるディスプレイ表示を中心に形成されている。

 たとえば、横断歩道のある交差点を左折する際、「3Dフラッシュライダー(レーザースキャナー)」や、自車周囲360度の認識が可能な「8カメラシステム」などにより、世界初搭載となるセンサーを使って外界を仔細に渡って把握しようと試みる。この時、歩行者が横断歩道にいることを認識すると、ドライバー前にあるメーターフード内のディスプレイ表示に「赤く光る人マーク」が現れ、なぜ、左折を一時停止しているのかという意思表示を行うのだが、平常時にディスプレイで使われている白/緑/青といった色とは違い、ドライバーが一瞬で色の違いを判断できる赤色で表示する。ともすると、自律自動運転車両では無駄に思えるこうした表示色の違いだが、ドライバーにも歩行者に対する注意喚起を促す考え方としては非常に有効であり、これこそまさに「人とクルマ協調運転」の領域であるともいえよう。

 一方で、「クルマが迷う」シーンにも出くわした。路面の白線が消えかかっていて、搭載しているセンサー(光学式カメラ)ではコントラストの限界に近づいて認識能力が著しく低下するという状況だ。この時、実験車両はステアリングを小刻みに揺らすという行動に出た。筆者には、数少ない外界情報をもとに状況にふさわしいと判断される進路を常に探し出そうと必死にもがいているようにも見えたのだが、もっとも、だからこそ自律自動運転車両には高精度の電子地図とのマッチングが必須である、という主張に100%同意する。日産が現時点で披露した「ガチでの自律自動運転」(日産自動車 電子技術・システム技術開発本部 部長 飯島徹也氏、自動運転研究開発を指揮する最高責任者)という世界にも賛同したい。

 日産は、運転操作の基本である「認知/判断/操作」をどこまでクルマに任せられるのかという挑戦と同時に、実験車両ではいつでも自律自動運転に対する人のオーバーライド(介入)を受け付ける(ブレーキペダルを踏むと一発で自律自動運転モードを解除する)ため、たとえばこうした車両の“もがき”に対して人が介入するタイミングも、AIを形成する上での重要な項目として位置づけている。日産では自律自動運転で実現したいビジョンを“Together We Ride”と定義付けし、ドライバーが手動で運転する際のパターンを学習しそれを自律自動運転に採り入れるという人に歩み寄る研究を行っているが、同様に自律自動運転中にどんな相対速度で前走車に近づくとドライバーが介入するのか、さらには前述した“もがき”に対してドライバーはどんな行動を行うのかといった情報も蓄積していくという。

一般道を走行する日産の自動運転車。東京モーターショーに合わせて試乗会が行われた

「車両に搭載しているセンサーは人間よりも遙かに高い潜在的能力がありますが、あいまいな状況での判断力は現時点では3歳児程度」(飯島氏)という。この発言は、期せずしてトヨタが進めているAI研究の協力者でありスタンフォード人工知能研究所(SAIL)所長であるフェイフェイ・リ(Fei-Fei Li)教授の「AIの映像解析能力は3歳児程度」という発言とも一致する。

 今回、トヨタと日産の自律自動運転車両2台を立て続けに試乗し改めて思ったことは、「人とAIが分かち合う共通言語の開発が必須」であることだった。また、それと同時に、人とAIが歩み寄る方法論は自動車メーカー各社の違いが見い出せる競争領域であることも分かった。

 2020年までの技術的な課題は大筋で見えてきた。センサーには限界があり、時として迷い、そして自律自動運転では運転を継続できない状況に陥るという事実も含めて……。だからこそ、トヨタは「Mobility Teammate Concept」であり、日産は「人とクルマ協調運転」の領域を最初に我々に示したのであろう。自律自動運転車両に乗り込む人(ドライバー)の自律自動運転技術に対する寛大な心を持つことの大切さが、少し分かってきたような気がする。さて、これまで独創技術で貫いてきたホンダはどう出るのか?

(Photo:安田 剛/西村直人:NAC)