インプレッション
フォルクスワーゲン「ザ・ビートル・デューン」
2016年6月23日 00:00
専用装備盛りだくさん。車高は15mmアップ
筆者は小学校低学年のころからバギーが好きだった。自転車のBMX競技をしていたことに加えて、1980年代に放送されていた洋物スポーツを紹介するTV番組の影響が強かったと思う。また、ちょうどそのころRCカーブームとあって毎月の貯金(確か300~500円)と、4~5年分のクリスマスと誕生日(1月11日)の「抱き合わせプレゼント」を条件に、田宮模型(1982年当時)の「ファイティングバギー」を購入した想い出がある。当時はすぐにすり減ってしまうブロックタイヤや高額なバッテリー代の捻出に困ったものだが、イチから車体を組み立て、時にイモネジをなくしながらサスペンションの大まかな構造や、トーイン/トーアウトの意味を学んだ。あれから34年が経った今、ホームページで発見した復刻版を手に入れたのは言うまでもない。
今回試乗したフォルクスワーゲン「ザ・ビートル・Dune(デューン)」は、そうしたバギーシーンを思わせる1台として登場した。砂丘を意味するDuneが示すとおり、ボディカラーには専用のサンドストームイエローメタリックを配し、外観は15mmアップされた専用サスペンションにはじまり、前後輪の大ぶりなホイールアーチエクステンション、前後バンパー(専用形状でグリルもDune専用)のアンダーガード、サイドスカート、そしてDuneのスタイルを決定づける専用デザインのリアスポイラーなど、数々のアイテムで差別化が図られた。上半分がシルバー塗装されたドアミラーや、18インチアルミホイール(ロックナット付き)なども雰囲気を盛り上げている。
インテリアにもDune専用品が数多い。ボディカラーと同色のインストルメントパネルやドアトリムに加えて、エンブレムプレート付きのレザーステアリング(イエローのステッチ入り)や専用ファブリックスポーツシート(イエローのパイピング付き)など、コーディネートもとことん突き詰められた。
パワートレーンでは、1.4リッターTSIエンジンと7速DSG(デュアルクラッチトランスミッション)がザ・ビートルでは初めてのコンビネーションとして搭載された。これにアイドリングストップ機構とブレーキエネルギー回生機構が組み合わされ、カタログ燃費値は18.3km/Lと、1.2リッターTSI+7速DSGを搭載するベースモデルよりも0.7km/L、2.0リッターTSI+6速DSGを搭載する「ザ・ビートル Turbo」との比較では4.9km/Lそれぞれ上回る数値を記録する。
Dune専用の1.4リッターTSI+7速DSGの恩恵
Dune専用の1.4リッターTSI+7速DSGの組み合わせは、ザ・ビートルの走りを大きく変えた。これこそDune最大のトピックだ。1.2リッターTSIとの排気量の違いはわずか197ccだが、なにより日常で多用する2500rpmあたりまでの力強さがふた回りほど大きく、そして頼もしくなっている。
具体的には停止状態から発進する際、1.2リッターではやや深めの、開度にして30%程度まで踏み込んでからDSGのラグと高まりを見せるターボチャージャーの過給圧を探りながらゆっくりとアクセルを戻すことで求める加速度を生み出していた。それがDuneの1.4リッターTSIでは、欲しい加速度を生み出すためのアクセルの踏み込みがイメージどおりで、しかも1発で決まるのだ。踏み足したり、踏み戻したりすることがないから、運転がすごく楽になる。
最大トルクの発生回転数はどちらのエンジンも1500rpmからだが、1.2リッターが4100rpmまで17.8kgmを保つのに対して1.4リッターは3500rpmまでと、幅は狭まるものの25.5kgmを発揮する。これは1.2リッター比で143%以上の太いトルク値だ。加えて、カタログ上での最大トルクは過給圧が規定値まで高まった状態、つまりフルブースト状態で発揮される値であるため、たとえば日常で多用するアクセル開度の浅い領域では、ターボチャージャーの相性がよいとされる直噴エンジンであっても、十分に過給圧が高まるまでにタイムラグが生じる場合がある。厳密には、そこにエンジンのボア×ストローク比やトランスミッションのギヤ比などが絡んでくるのだが、低速トルクという観点だけに絞ってみれば少しでも排気量が大きいほうが有利になる。また、カタログ燃費値が2.0リッターはもとより1.2リッターよりも若干ながらよいことは、前述した低速域でのドライバビリティによるところが大きいようだ。
一方、高回転域はやや不得意といった印象。4500rpmあたりからは回っているだけの印象も強く、6000rpmの手前からパワーもドロップし始める。とはいえ、車両重量1340kgのDuneには不足なく、80~100km/hまでの全開加速では瞬く間に7速→3速へのキックダウンが行なわれ、周囲の交通をリードする力強い加速を見せるなど、ダウンサイジングターボエンジンのけん引役ともいえるフォルクスワーゲンがDuneで見せた排気量の適正(大型)化は正解と見るべきだ。
ハンドリングや乗り味は見た目どおりの印象で、劇的な変化が訪れたパワートレーンと違い基本的な特性はベースモデルから大きく変わっていない。ステアリング操作に対してクイックな動きというよりも半テンポ意図的に遅らせることで、ゆったりとした印象を強めるザ・ビートル本来の味がDuneでも楽しめる。しかし、バネ下重量のかさむ大径タイヤ(235/45 R18のコンチネタル「スポーツコンタクト3」)と車体のリフトアップを目的とした15mmアップの専用サスペンションの影響で、一般道での乗り味はもう少し滑らかさがほしいと感じられた。試乗ルートの舗装路が荒れており、取材車の走行距離は2500km程度と、ドイツ車にとっては未だ“慣らし運転”領域であると考えれば納得がいくが……。
専用のファブリックスポーツシートは「Turbo」のそれと大きな形状変更はないとのこと。見た目はルーズだが、上半身のサポート力が強くコーナリング中でも視点の横移動が少なく優秀だ。ザ・ビートルはどのグレードでもヒップポイントが高め(シートリフター機構付き)だが、アクセル&ブレーキペダルへのアクセスも決して上から踏みつけるようにはならず、しっかり踵を付けた適正なポジションがとれ、繊細な操作を受け付けてくれる。
残念だったのは、ザ・ビートル全体に言えることながら衝突被害軽減ブレーキやACCなどADAS(先進運転支援システム)の類いが装着できないことにある。旧世代のプラットフォームを引き継ぐザ・ビートルでは致し方ないところ。デザインを重視したと思われるルームミラーも、今となっては鏡面積が小さく後方の死角がやや大きい。Cピラーの太いザ・ビートルならではの課題だが、たとえばディーラーオプションの用品扱いとしてひと回り大きなサイズのルームミラーに交換できればかなり改善されるはずだ。
視界という意味では、主にドアミラーが対象になる新しい基軸が先ごろ国土交通省から通達された。これにより、従来から鏡を使って外界を映し出す「間接視界」の規定に、鏡に代わってCMS(Camera Monitor Systems)を採用することが可能になったのだ。すでにルームミラーでは日産自動車「エルグランド」「セレナ」「エクストレイル」の各車に鏡式のルームミラーの代わりに車体後部に取り付けたカメラの映像を映し出す液晶画面を用いた「スマート・ルームミラー」をディーラーオプションとして販売中だ。
今後はこうしたカメラを使ったADASの搭載が増えると予想できるが、そうなればザ・ビートルのようなオリジナリティ溢れるデザインと安全性の両立も容易になる。また、各種ADASとの連携が促進されるため、早期の普及を臨みたい。