インプレッション
メルセデス・ベンツ「E 200 アバンギャルド スポーツ」(西村直人)
2016年9月12日 00:00
安全運転支援システム「ドライブパイロット」とは?
自動車選びの基準に“先進安全技術”の項目が入ってきたのはいつごろからだろうか。バブル期を境にしたハイパワー競争や、エコカーに端を発した燃費競争にしても、これまでは他車よりも1mmでもいいから秀でた性能を持つことが重要視されてきた。しかし、先進安全技術に関してはどうだろう。果たして「安全競争」なる言葉が成立するのかと問われれば、私は明確にNO! と言い切る。なぜならば運転環境における安全は、たとえばセンサーの性能や自律自動ブレーキで停止可能な速度域など、いわゆる技術面だけで値踏みされるのではなく、その搭載技術がドライバーに対してどれだけ歩み寄っているのかというHMIを含めた評価軸も重要であると考えるからだ。安全な運転環境は人とクルマが協力し合うことで見えてくる世界であってほしい。
この“人とクルマが協力する”という表現は、「人と機械の協調運転」という言葉で言い換えることができるが、これを日本国内の乗用車だけで約15.4%にまで普及(国土交通省発表のデータから抜粋した2014年末の数値)した正式名称「衝突被害軽減ブレーキ」を例に考えてみたい。車両に搭載されたセンサーが自車周囲の情報を認識し、自車と接触する可能性が高まったと判断された際に、まずドライバーにその迫りくる危険を報知し、それを受けたドライバーがブレーキ操作やハンドル操作、ときにはアクセル操作も併用しながら危険な状態から遠ざかることが理想だ。しかし、報知段階でドライバーが反応できない場合は最終的なシステム介入として自律自動ブレーキが作動し衝突を回避、もしくは被害の軽減が望める……。この一連の流れは近い将来訪れる自動運転の世界が現実になろうとも、最終的な責任を人が負うべきであるという解釈が残るうちは普遍的なものとして語り継がなければならないロジックだ。
ところで、“自動運転”という言葉にみなさんは何を思うだろうか。ここに秘められた力はあまりにも大きく、それゆえ、抱かれるイメージは人それぞれだ。しかし、だからといってその言葉が持つ「夢」の部分だけを意図的に切り取って紹介するのは、各所に些細なミスリードの連鎖を招き、結果として正しい普及が遠のいてしまう。すなわち、「できること、できないこと」「してはならないこと、積極的に望まなければならないこと」などが商品化のタイミングで語られ、販売店のセールスマンを通じてユーザーのみなさんへと周知されるようになれば、少なくとも自動運転という言葉の解釈に一定の方向性が見えてくるのではないだろうか。
筆者は、人のうっかりミスや加齢による身体的能力の低下をカバーし、移動の自由を確保(≒QOLの向上)しながら、さらに(広義において)ITSとの連携により事故の可能性をできる限り排除した交通社会の実現をサポートする、そんな自動運転技術が開発されることを望んでいる。現在、日本では約8100万台のクルマが走っているわけだが、たとえば20年後にSIPにおけるレベル3~4の技術を搭載した自律自動運転技術を搭載した車両が市販化されたとしても、日本を走る大部分のクルマはそこまでの技術を搭載していないだろう。それこそ普及となれば手が届く車両価格にはじまり、運用面では路側センサーの充実など各種インフラとのバランスも考えなくてはならないからだ。これはトヨタ自動車が中心となって市販車への搭載を進める「ITS Connect」や、本田技研工業が「アコード」に搭載する「信号情報活用運転支援システム」の実用性や普及率を見ても明らかだ。
もっともこの先、衝突被害軽減ブレーキを筆頭にいくつかのADAS(Advanced Driver Assistance Systems)は、すでに義務化が施行されている商用車にならい乗用車でも義務化され、「人と機械の協調運転」なる世界が浸透しているだろうし、20年後ともなればマイカー購入という選択肢とともにカーシェアリングによる移動の自由を確保しようとする動きも今以上に現実味を帯びているはずで、そこに拍車がかかればレベル3以上の技術が加速度的に普及する可能性はある。しかし、日本と並び超高齢社会へと突き進む北欧や、労働人口の早急なる確保に国をあげて取り組んでいる欧州各国の動きを現地で取材した限り、自動運転技術は消費財である乗用車よりも、生産財である商用車での普及が先にくるのではないかと私は考えている。
そうしたなか、過去に“部分自動運転”というキャッチフレーズのもとADASの集大成である「レーダーセーフティパッケージ」を普及させてきたメルセデス・ベンツが新型「Eクラス」を導入した。レーダーセーフティパッケージは今回「ドライブパイロット」というサブネームを携え、同時にADASの各種機能にも新しい基軸を加えつつ、既存のADASに対しても、たとえばセンサーの認識エリア拡大に伴う機能強化を織り込んできた。
なお、今回の試乗はデビュー直後の限られたものであったため、ドライブパイロットのすべてを体感することはできなかったが、動画でも紹介しているように「アクティブレーンチェンジングアシスト」の片鱗を理解することができた。また短時間であったことから本稿では、新型Eクラスのエクステリアやインテリア、さらにはロードインプレッションについて深くは言及せず、まずは進化したレーダーセーフティパッケージであるドライブパイロットの代表的な技術紹介に徹したい。
ディスタンスパイロット・ディストロニック&ステアリングパイロット
ディスタンスパイロット・ディストロニックは、従来からのACCである「ディストロニック・プラス」の進化版。ACCでの完全停止状態から自動的に再スタートを行なうストップ&ゴーシステムが機能する時間が、これまでの約3秒から約30秒へと延長された。30秒以上経過した際の再発進はこれまで同様、クルーズコントロール用レバー操作かアクセルを軽く踏み込むワンアクションでよい。ステアリングパイロットは、「ステレオマルチパーパスカメラ/SMPC」と25/77GHzの「ミリ波レーダー」などを使い、車線と前走車を認識することで、前走車に追従するようステアリング操作をアシストする。また、車線が消えかかっているなど分かりづらい場合は、道路脇のガードレールなどを認識して自車が進むべきラインを確定しながら、前走車への追従走行を行なう。故にこの機能は日本においては高速道路や自動車専用道路での使用が前提となる。
アクティブレーンチェンジングアシスト
高速道路や自動車専用道路を走行中に使用できる(作動可能速度域は約80~180km/h)新機能で、メルセデス・ベンツでは初の搭載。走行中にドライバーがウィンカーを操作し2秒以上点滅させると、自車後方の安全を25GHzミリ波レーダー(車両両側の後側方と後方に内蔵)で判断しながら、自車前方の安全をSMPCと25/77GHzのミリ波レーダーで確認しつつSMPCでは車線を認識し、すべての条件がクリアであると判断された場合に限り車線変更を行なう。これはステアリングパイロットを起動させている際に働くものであり、また自動での車線変更後には自分でウインカーを戻す操作が残されている。なお、作動内容は動画でも紹介しているので本稿と併せてご覧いただきたい。
アクティブエマージェンシーストップアシスト
メルセデス・ベンツが世界に先駆けて採用した人に寄り添うADASの1つ。ステアリングパイロットを起動させている際に、一定時間(筆者の予測では約10秒以上)ステアリングから手が離れているなど操作していない状況が続くと、警告ブザーとディスプレイ表示によってステアリング操作を促し、それでもドライバーが反応しない場合(ここで約15~20秒以上経過)は、ハザードランプを点滅させながらゆっくりと減速する機能で、停止後は電動パーキングブレーキを作動させ、2次災害を防ぐ。これは運転中のドライバーに起こった体調急変に対応する新しいADASであり、ガイドラインができたことを追い風に搭載車が増えてくることが予想される。
じつは、日本でもこれと同様の機能を実用化する動きがある。現在、国土交通省 自動車局の先進安全自動車推進検討会において、商用車を主体に乗用車も視野に入れた「ドライバー異常時対応システム(減速停止型)」として、「ドライバーが安全に運転できない状態に陥った場合に、ドライバーの異常を自動検知し、または乗員や乗客が非常停止ボタンを押すことにより、車両を自動的に停止させる「ドライバー異常時対応システム」の研究・開発」(原文ママ)が進められている。
異常の検知方法としては、A/運転者本人か、乗客がボタンを押す「押しボタン方式」か、B/「自動検知方式」としてシステムがドライバーの運転姿勢や視線、さらにはハンドル操作などを監視することで異常を検知する、いずれかの手法で検討が進んでいる。システムが自動で制御する範疇は以下の3つを想定。
①「単純停止方式」として、徐々に停止するのみ(アクティブエマージェンシーストップアシストはこの段階)。
②「車線内停止方式」として、車線を維持しながら徐々に減速し車線内に留まる。
③「路肩停止方式」として、車線を維持しながら徐々に減速し、可能な場合は路肩に寄せて停止する。
このうち③が実現すれば、2次被害の抑制力としての信頼性が高まるが、現時点では継続審議の段階だという。こうしたADASとともに、たとえば「HELPNET」(日本緊急通報サービス)のような緊急通報サービスが連携すれば、救える命の数も増えていくのではないか。
新型Eクラスではこのほかにも、フロントバンパー内蔵のセンサーによって側面衝突が避けられないと判断された場合に衝突側フロントシートのバックレストを膨らませ、ドアから遠ざけることで保護する「PRE-SAFEインパルスサイド」や、衝突が避けられないと各センサーが判断した場合にスピーカーから「ジャー」という低い音域の音を発し、耳に届く衝撃音を軽減させる「PRE-SAFEサウンド」を世界初の装備として実用化した。
ところで筆者は、これまで2回の追突事故を経験している。いずれも赤信号での停止時にノーブレーキの車両に突っ込まれており、残念ながらこちらの車両は廃車となったのだが、その際の衝撃音たるやかなり大きく耳鳴りを伴うため、なにが自分に起きて、どんな行動を次にとるべきなのかと判断するのに時間を要した覚えがある。
ちなみにそのうち1回は当時の愛車であるCクラス(W202)であったのだが、国産の大型SUVから約60km/hの速度で追突されたものの、後部座席でシートベルトを装着していた筆者は幸いにも鎖骨の骨折のみで済んだ。また、トランクルームは潰れていたものの後部ドアは内側から開けられたことから、世界7つの地域で行なわれているNCAPの成績にかかわらず、改めてメルセデス・ベンツの高い安全性に感銘を受けた。このほか、新型Eクラスでは「トラフィックサインアシスト」「緊急回避補助システム」をメルセデス・ベンツ初の装備として実用化している。
スペック以上の速さを体感
今回はアクティブレーンチェンジングアシストを体感することを目的とした試乗であったが、その際に触れた「E 200 アバンギャルド スポーツ」(レザーエクスクルーシブパッケージ付き)の印象を最後に述べたい。驚いたのは何気なく腰を下ろした瞬間から、ドライバーズシートがしっくりと身体に馴染んだことだ。オドメーターが1500kmを少し超えただけのまっさらの新車であることから、レザーの張りに硬さが目立って当たり前なのだが、まるでSクラスのシートのように身体をギュッと抱きしめてくれるのだ。
ドイツから来日したインテリア担当者によれば、レザーの鞣に対するこだわりはもちろんのこと、身体の上半身に沿うように複数のレザーを縫合した結果、形状ではなくその素材がもっている張りを有効活用しながら身体をサポートできるようになったという。この手法を実用化したいと生産部門に掛け合ったところ、当初は反対を受けたそうだが、担当者も頑として譲らなかったことで日の目を見ることができたようだ。
試乗したE 200のパワートレーンは直列4気筒2.0リッター直噴ターボエンジンに9速ATの組み合わせだ。184PS/300Nmとスペックの上では今や平凡だが、先代よりも全域で軽やかに回り、さらに高回転域では高音域のエンジン音を意図的にキャビンへと透過させている。また、運転スタイルに応じてパラメーターを変化させることが可能な「ダイナミックセレクト」を、「スポーツ」か「スポーツ+」にセットすればDレンジのままでもレッドゾーン手前の6000rpm近くまで引っ張ることができるし、5000rpm過ぎまではしっかりとパワーも出ており、スペック以上の速さを体感できる。ただ、どうしたことだろう。カタログ上で確認する限り、先代E 250が搭載するM274型は成層燃焼リーンバーンとターボを組み合わせた世界初の燃焼技術を採用していたのだが、新型では通常燃焼モードのみのエンジンへと変更がなされた可能性が高い。ここはいずれしっかりと取材したい。
このほか、右ハンドルの4MTIC(4輪駆動)が選べたり、クリーンディーゼルが新開発の2.0リッターエンジンへと換装されたりと、走行性能からの選択肢も増えた。また、インテリアでは前述したシート以外にも、Sクラス並の12.3インチ液晶と新しいステアリングスイッチによるHMIの環境が築かれている。次回はぜひ、ドライブパイロットの各機能を確認しながら、究極のデジタル設計が生み出したアナログ風味たっぷりの新型Eクラスを堪能してみたい。