インプレッション

ホンダ「シビック TYPE R」(車両型式:DBA-FK8)

カタログモデルとして登場した新型「シビック TYPE R」

 その瞬間、フワッと身体が軽くなる……。ワインディングコース名物のジャンピングスポットを4速/5000rpm、速度にして130km/h付近で通過した直後に新型「シビック TYPE R」(車両型式:DBA-FK8)は宙を舞った。いや、正確には前後のタイヤが地面を離れたのは極わずかな時間に過ぎない。先代シビック TYPE R(車両型式:DBA-FK2)からダンパー減衰力の制御幅を伸び側と縮み側の両方で約4倍にまで増やしたアダプティブ・ダンパー・システム(電子制御ダンパー)の採用と、専用セッティングが施された前後サスペンションにより、浮き上がろうとするボディに対して足だけが最後までしなやかに地面を捉え続けようとする。

 そして迎えた着地。今度は車両重量1390kgのボディがその何倍にも感じられるほど強く地面に押し付けられる。が、車内にいる筆者は“ストン”というわずかな衝撃を感じるのみだ。その後、車体はリバウンドすることなくすぐさまヒタッと安定した状況を取り戻す。これこそ高剛性を誇るボディ&サスペンションに加え、ボディ各部の整流形状や、ボルテックスジェネレーターと大型のリアスポイラーの連携により高められた空力特性との相乗効果だ。だからこそ、次に迫る下り右コーナーに向けたブレーキングも自信を持って行なえる……。

鷹栖プルービンググラウンドで発売前の新型シビック TYPE Rを全開走行

 2017年9月、北海道上川郡鷹栖町にある本田技術研究所の「鷹栖プルービンググラウンド」で新型シビック TYPE Rを全開で走行できるチャンスに恵まれた。舞台となったのはニュルブルクリンク北コースをモチーフに設計されたワインディングコースだ。全長6.2kmの同コースは160R~9Rまでの大小さまざまなコーナーで構成され、コース内における高低差は57.5m。冒頭のジャンピングスポットはこのコースの名物だ。

 この日の午前中は1周6.8kmの高速周回路や欧州の郊外路を模した2種類のEU路などを走行しながら新型の素性をじっくりと探ってきた。午前中の走行テストも終盤を迎えるころからは雨が降り出し、ものの15分で排水性能に優れる高速周回路であってもいたる所でハイドロプレーニング現象が起こるほど雨足が強まったが、クールダウンを兼ねた昼食を終えるころには雨はほとんど上がり、雨雲の間からは青空がのぞくようになるまで好転する。しかし、肝心のワインディングコースは依然としてフルウエット状態のままだ。

ウェット路面を走行する新型TYPE R

「ドライ路面で試したかったなぁ」と思ったが、よくよく考えてみればFF最速としてニュルブルクリンク北コースでの金字塔を打ち立てた新型TYPE Rだ。路面の摩擦係数が低く滑りやすい路面での限界性能を体験すれば、同じく荒れた路面で滑りやすいとされるニュル北コースで記録したラップタイム“7分43秒80”の秘密に少しでも近づけるかもしれない……。こうなると、先ほどの雨が恵みの雨に思えてきた。

 言うまでもないが、TYPE Rといえばホンダを代表するスポーツモデルの称号だ。今回、シビック TYPE R生誕20周年として誕生した新型は、先代と同じく2.0リッター ターボエンジンと6速MTの組み合わせである。欧州スポーツモデルがこぞってDCT(デュアルクラッチトランスミッション)を採用するなか、頑なまでにアクセル/ブレーキ/クラッチの3ペダル方式を採用する。

 また、新型TYPE Rはベースとなる10代目シビック(セダン&ハッチバック)と同じタイミングで登場した。つまり、ベースモデルの開発終了後にTYPE Rの開発が追っかけでスタートするこれまでとは異なり、セダン&ハッチバックとTYPE Rの3タイプは同じタイミングで開発が行なわれたわけだ。さらに、その同時開発は1つのチームによって行なわれている。これはシビック史上初の試みだ。よって乗り味の観点からみれば、セダン&ハッチバックはTYPE Rの高い運動性能を手に入れ、反対にTYPE Rはセダン&ハッチバックの柔軟な走りを得ることができたといえる。

新型シビック TYPE Rには、試乗したチャンピオンシップホワイトのほか、フレームレッド、ブリリアントスポーティブルー・メタリック、クリスタルブラック・パールの4色のボディカラーが用意されている
ブリリアントスポーティブルー・メタリック
フレームレッド

新型TYPE Rのパワーユニットは、先代比10PS増の320PS

エンジンは最高出力235kW(320PS)/6500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgm)/2500-4500rpmを発生

 新型TYPE Rのパワーユニットは直列4気筒 2.0リッター直噴VTECターボ「K20C」型を名乗る。最高出力320PS/6500rpm、最大トルク40.8kgm/2500~4500rpmをそれぞれ発生し、トランスミッションは5速と6速がオーバードライブ設定の6速MTのみが組み合わされた。“FF量産車最速”を目標に2015年10月にデビューした先代TYPE Rも同型のエンジンを搭載していたが、10PS低い310PS(最大トルク値は40.8kgmで発生回転数域まで同じ)に留まっている。

 対する新型は先代のK20C型をベースに、排気温度を約100℃低減し燃焼効率を向上させる「2ピース構造ウォータージャケット」、ピストン温度低下と耐ノッキング性能を向上させた「クーリングチャンネル付ピストン」、高い放熱性とノッキング抑制を狙った「ナトリウム封入エキゾーストバルブ」などを採用。さらにマフラーは先代の左右各2本の合計4本出しを改め、3本出しマフラーを新たに開発した。左右の2本をメインパイプとして効率を高めながら、中央の1本は低回転域での音圧をコントロールしながら高回転域でのこもり音を低減させる狙いを持たせた。結果、先代比10PS増の320PSを手に入れている。

 また、カタログ数値には表われていないが、ターボチャージャーの過給特性変更(応答性の向上)やこうした数々の変更によって2000rpm以下の低回転域での回転フィールが向上したほか、高回転域においても6500rpm(レッドゾーンは7000rpm)までしっかりパワーがついてくる実用的でパワフルなエンジンに生まれ変わっている。これについて、新型TYPE Rの開発主査である柿沼秀樹氏(本田技術研究所 四輪R&Dセンター主任研究員)は「2001年に登場した2代目TYPE Rの開発にも参画していましたが、そこではサーキットだけでなく日常走行も走りが楽しめるようなセッティングを心がけました。今回の新型TYPE Rでは、極限にまで高めた先代の運動性能をさらに高めつつ、過去2代で培った手法を採り入れるなど日常走行での快適性も大切にしています」と語る。

 確かに午前中の走行テストでは新型TYPE Rの柔軟な一面を確認することができた。高速周回路では6速/2400rpmで達する100km/hからシフトダウンせずにアクセルを踏み込んでみたのだが、それから2秒以内には加速度の向上がみられ、息つくことなくグングンと速度を伸ばし速度リミッターの働く180km/h超の付近まで簡単に上りつめた。また、EU路では2速~4速を行き来させながら走行したのだが、わずか3速/1500rpmの低回転域からグズることなく一定の躍度を伴って再加速させることができる。これはラウンドアバウトや欧州の郊外に多い狭くて速度を大きく落とさなければならないカーブなどで重宝する特性だ。

 こうした場面でひときわ光っていたのが新型に搭載された「ドライビングモード」のうち快適性を高めた「コンフォートモード」だ。ドライビングモードは、中間に位置する「スポーツモード」を基準に、コンフォートモードと運動性能を積極的に引き出す「+Rモード」で構成されている。制御される機能も数多く、アダプティブ・ダンパー・システム、ドライブ・バイ・ワイヤ、電動パワーステアリング、アジャイルハンドリングアシスト、レブマチックシステム、VSA(車両挙動安定装置)、TCS(駆動力制御装置)などの特性を変化させるもので、ドライバーの気分や走行するシーンによって任意で選べる。最近では各国のスポーツモデルがこれに準じた技術を搭載しているが、新型TYPE Rの場合は単に電動パワステのアシスト量だけが強くなり操舵特性だけが軽くなったり、ダンパーの減衰特性が弱くなったりするような部分的な変更ではなく、車両制御のすべてにおいてしなやかな走行特性へと生まれ変わるよう設計された。よって、存在意義はとても大きい。

ドライビングモード変更スイッチは、シフトレバー横に配置されている
ドライビングモードの各パラメータ
スポーツ
+R
コンフォート

「これまでのTYPE Rは足がガチガチ、操作系もバリバリでしたが、カタログモデルとして販売し将来のスポーツモデルの1つの姿を現すためには、ロングドライブもこなせて、後席での快適性も高める必要があるのではないかという想いからコンフォートモードを設定しています」と開発責任者の柿沼氏は語る。

 先のEU路は凸凹やうねりのある路面だったが、このコンフォートモードでは上級セダン並みとはいえないものの、それでも国産・欧州含めたこの手のハイパワースポーツモデルと比較すれば快適性は群を抜き、路面から受ける入力を身体に伝える絶対量がとにかく少ない。歴代TYPE Rを知るドライバーであれば快適性の高さに驚くはず。

 では、パワーウェイトレシオ値で4.34kg/PSが織り成す圧倒的な加速力と、電子デバイスを駆使した乗り味の追求だけが新世代TYPE Rとして誕生した新型TYPE Rのすべてなのか……。いや、そんなことはなかった。やはり真紅のエンブレムを付けたTYPE Rの本領はワインディングロードでいかんなく発揮されたからだ。

 冒頭のワインディングロードは6.2kmを3周、つまり18.6kmを一気に走行するプログラムが組まれ、それを3セットこなすことが許された。ニュル北コースが1周20.8kmだから、ざっくりニュルを3周弱したことになる。ドライビングモードはエンジン始動時に自動選択されるスポーツモードを選び慣熟走行に入る。コースイン直後に対峙するのは右に大きく回り込み180度向きを変えるコーナーだ。途中でRが変化するもののラインを決めれば一定舵角のまま出口付近に向けて積極的にアクセルが開けられるが、アンダーステアの強いクルマは一発でそのありさまを露呈してしまう。そうしたなか、午前中の雨により路面は完全なるウエットで、走行時も雨滴検知のオートワイパーが時折連続作動している状況だったが、新型TYPE RはFFながらアンダーステアの傾向をほとんど感じさせず理想的なコーナリングラインをトレースできた。この状態から意図的にアクセルを踏み込み前輪の摩擦円が破たんをきたしそうになると、その手前からTCSが介入しながら前輪コーナー内側のブレーキ制御をアジャイルハンドリングアシストが行ないコーナー外側の駆動力を保持しながら(LSD効果)、可能な限りドライバーが思い描いたコーナリングラインをトレースしていく。

 長いストレートの先に今度は大きく左へと向かうコーナーが見えてくるが、その手前、ちょうどブレーキングポイントからコーナーアプローチに至るまで路面には大き目のギャップが複数設定されている。分かりやすく状況を説明すれば、フルブレーキングで前のめりの車体姿勢になりながら、ギャップによる外乱をダンパーで抑制しつつ、旋回を同時に行なわなければならないというクルマにとってかなり過酷な場面だ。新型TYPE Rは前輪にデュアルアクシス・ストラット式、後輪にマルチリンク式を採用。先代にも採用されていたデュアルアクシス・ストラット式は、ストラット部分とナックル部分が独立しているため路面からの入力をしっかりとストラット部分が受け止められることが特徴だ。新型ではさらに、ホイールのセンターオフセット量を短縮(先代比7%減)しトルクステアも低減させた。

 このギャップでの衝撃吸収性は見事。20インチの大径タイヤに加えバンプラバーを含めたダンパーの減衰力は標準設定でもかなり高められているため、こうしてギャップが連続する場面では正直、身体への衝撃は弱くない。いわゆる突き上げは出るのだが、それでも車体は最後のギャップを踏み越えるまでビシッと安定しアウト側へはらむことなど一切なく、コーナーの頂点に向かってラインをビタッとトレースしていくのだ。先の突き上げにしても一発で収束するためステアリングを握るドライバーの姿勢が乱れることがないし視線もぶれにくい。これもライントレース性を高める理由だ。

 起伏の激しいコースのなかには140km/h以上で下りながら右に旋回するコーナーがある。ステアリングを切り遅れてしまいアプローチに失敗してしまうとコーナー外側へとはらんでいきそうな領域だ。しかし、新型TYPE Rはこうした状況でも車体が路面に押し付けられるダウンフォースによって安定しているから、ドライバーとしても前もって次の運転操作への準備が行なえ、ステアリング操作にしても切り遅れが発生しにくい。また、鼻先の動きに対して後輪がそれに遅れることなく追従してくれるから、雨で滑りやすくドキドキしてしまいそうな状況でも冷静な運転操作が行なえる。これには雨にも強い専用開発のコンチネンタル「スポーツ・コンタクト6」の効果も大きい。

 ちなみに3セット目はドライビングモードを+Rモードに設定してみたが、走行条件が厳しくなるほどスポーツモードとの違いを発見することができた。各モードにおける制御設定は画像に詳しいが、+Rモードはアジャイルハンドリングアシストがより高い横Gが発生する領域でも制御を行ない、同時にTCSの制御が弱くなることから、総合的に後輪を若干ながらスライドさせるオーバーステア傾向にまで持ち込むことができる。ここがスポーツモードとの大きな違いだ。なお、ニュルでのタイムアタックはこの+Rモードで行なわれた。

機械との協調運転が図れているとても心地のよい瞬間

 右→左へと流れるS字コーナーでも切り返しはとてもスムーズだ。興味深いのは、ここを+Rモードで走らせると、一瞬だがドライバーの操作によるヨー慣性モーメントの移動とは明らかに違う、車両の電子デバイスによる向き変えを実感する。例えば、S字の切り返しのシーンを想像していただきたい。右、左と車体にかかる横Gが急激に変化する状況だ。ここでアクセル&ブレーキ操作とステアリング操作の連携がとれずに2つ目のコーナーアプローチに失敗したと想像してほしい。普通であれば2つ目のコーナーはアンダーステアに悩まされてしまうシーンだ。しかし新型TYPE Rでは運転操作の連携が取れない状況になるとシステムが判断すると、アジャイルハンドリングアシスト(コーナー内側前輪へのブレーキ制御)とVSAやTCSが連携しドライバーの運転操作に代わって車両の向き変えを支援してくれるのだ。具体的な効果としては、過剰なヨー慣性モーメントがリセット(≒消失)されアンダーステア傾向が一瞬で弱まるといった感覚に近い。もっともこれには物理的な限界点があり、冷静になってG変化を計測すればそれほど大きな変化は見られないのだろうが、機械との協調運転が図れているようで筆者にはとても心地のよい瞬間に感じられた。

 ドライバーを電子デバイスがサポートするという意味では、シフトダウン時にエンジン回転を自動的に同調させる「レブマッチシステム」もありがたい。こうした機能は、例えばフェアレディZ(6速MT)にも搭載されるポピュラーなものだが、ピュアスポーツカーとしてはヒール&トゥを必要としないドライビングスタイルとなることから疑問符をつけたいという意見も分かる。しかし、結果的にステアリング、アクセル、ブレーキに集中できるため安心感が高まるのも事実だ。先代で筆者を含めて指摘のあったエンジン回転の落ちが遅い点も、軽量シングルマスフライホイール(先代比25%減)を採用することで解消し、さらにファイナルレシオもローレシオ化(同7%減)とすることでさらに鋭い加速を実現している。それにこのレブマッチシステムが加わることでいつでも正確なシフトダウンが行なえることから、ドライバーは気持ちよさを何倍にも増幅して体感することができる。

 数々の魅力にあふれる新型TYPE Rだが、残念ながら欧州仕様に設定のある先進安全装備群である「Honda SENSING」は日本仕様にはない。開発担当者の数名から未装着である理由をうかがったが、それでもやはりADASはピュアスポーツカーにも必要であるというのが筆者の持論だ。通常走行における「危険領域」に近づかないことと、スポーツ走行における意図的な「限界領域」を楽しむことはADASによって否定されるものではないし、相容れないものではない。むしろADASによりその両方の安全が担保されてこそ、新世代スポーツカーなのではないか。また、コンフォートモードではエンジン音や排気音をさらに抑えたほうがよいように思う。3モードの中では徹底して快適性が高いが、それでも耳に届く音は騒々しい。40~60km/h程度でゆったりと走らせていると気になる部分だし、確認はできなかったが後席では3本出しマフラーのうち中央パイプからの低音が大きいと感じられるのではないか。

「新型TYPE Rを開発するにあたり、新世代TYPE Rの姿とはなにか、という課題をチームのみんなで考えてきました」と柿沼氏は笑みをこぼすが、その裏には数えきれない葛藤もあったという。しかし、鷹栖でその性能をフルに堪能した筆者からすれば、あらゆる場面でシャシー性能が先行する終始安定した走りと、そこから生まれる気持ちの余裕は、新世代TYPE Rを名乗るに相応しいと感じられた。

 繰り返しになるが、TYPE Rはホンダにとってかけがえのない称号だ。その意味で新型シビック TYPE Rが見せてくれた、革新と過去との決別から生まれた新たなるピュアスポーツカーの一面は、TYPE Rの大きな転換点としてこの先に語り継がれるだろう……。そんな思いを巡らせた記憶に残る試乗となった。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。

Photo:安田 剛