インプレッション

ポルシェ「パナメーラ スポーツツーリスモ」(カナダ試乗)

スポーツツーリスモがデビュー

 相当なポルシェファンでも、「942」というコードネームを耳にして、その姿がすぐに思い浮かぶ人は少ないはず。それもそのはずで、何を隠そうこのモデル、開発作業は行なわれたものの実際には市販化に至らなかった、このブランドでは実はさほど珍しくはない、いわゆる“幻のモデル”なのだ。

 一方で、そんな貴重なモデルを実際に手にした唯一の存在が、父フェルディナント・ポルシェとともにブランド創設に携わり、911の前身である356の設計を行なったフェリー・ポルシェその人。928をベースに後部を延長し、後席居住性を高めつつラゲッジスペースの拡大を図ったいわゆる“シューティングブレーク”として製作されたこのモデルは、1984年のフェリー・ポルシェ75歳の誕生日に、何とプレゼントとして贈呈されたのである。

 その後、942はさらに進化を遂げる。928よりもBピラーを直立させ、後席への乗降性に配慮してはいたものの依然2ドア構成だった942に対して、マツダ「RX-8」のように観音式のリア・アクセスドアを加えた「928 H50」というコンセプトモデルを1987年に発表しているのだ。

 ポルシェではシューティングブレークや4ドアというアイデアは、かくも古くから検討されてきた。それが今、「パナメーラ」の新たなバリエーションとして陽の目を見ることになった「スポーツツーリスモ」というわけだ。

 今春に開催されたジュネーブ・モーターショーで、ついにその全貌が明らかになったパナメーラ スポーツツーリスモ。そんな市販バージョンの見た目は、2012年のパリ・モーターショーに出展された同名のショーモデルからほとんど変わりナシと言ってもよい雰囲気だ。

 新たにデザインされたBピラー以降は、水平に近いルーフがサルーンより後方まで伸びるものの、クーペ流儀のサイドウィンドウ・グラフィックと急傾斜のテールゲートの組み合わせで、ポルシェが“フライライン”と呼ぶ911に端を発する後ろ下がりのルーフラインを巧みに連想させる。

 テールレンズや、その間に置かれる“ばら文字”のPORSCHEロゴなどは、ベースのサルーンはもとより、現行911のそれともイメージが近い。かくして、さまざまな手法でポルシェの一員であることを主張するのが、このモデルの新造形部分でもある。

3月にジュネーブ・モーターショーで世界初公開された「パナメーラ スポーツツーリスモ」(写真は4 S E-ハイブリッド)。ボディサイズは5049×1937×1428mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2950mm。日本でも予約受注を開始しており、4 S E-ハイブリッドの価格は1521万3000円
4 S E-ハイブリッドは最高出力243kW(330PS)/5250-6500rpm、最大トルク450Nm/1750-5000rpmのV型6気筒2.9リッターツインターボエンジンに、100kW(136PS)/400Nmのモーターを組み合わせ、システム全体で340kW(462PS)/700Nmを発生

 インテリア・デザインは、サルーンのそれが反復されたもの。少なくとも、フロントシートに腰を下ろしている限りは、「完全に同一」と言うしかないのがその光景ということになる。

 一方、スポーツツーリスモならではのトピックとして紹介できるのが、5シーター・パッケージの新設。実は、4シーター仕様のみだったこれまでのサルーンでは、それを理由として商機を逃してしまう場面が少なからずあったというのだ。

 実際問題としては、後席に大人3人掛けは何とも窮屈なのは事実。とはいえ、前述のような事情からすれば、これは早晩「サルーンにも設定される」と考える方が自然かも知れない。

 ちなみに、そんなスポーツツーリスモのボディは、1980年代に提案された前出プロトタイプの場合とは異なって、ベースモデルに対してホイールベースや全長は延長されていない。もちろんその理由は、2+2のスポーツカーである928がベースだったかつてのプロトタイプに対し、スポーツツーリスモはそもそもキャビン空間やラゲッジスペースに十分な余裕があるサルーンがベースであるからだ。

 同時に、「まずはより個性豊かなスタイリングを売り物にしたい」と開発陣が述べるように、必ずしもより広いラゲッジスペースを狙ったりはしていない点も、全長やホイールベースがサルーンと同様であることの大きな理由であるはずだ。

「パナメーラ ターボ スポーツツーリスモ」の日本での販売価格は2453万3000円
ターボは最高出力404kW(550PS)/5750-6000rpm、最大トルク770Nm/1960-4500rpmを発生するV型8気筒4.0リッターツインターボエンジンを搭載。最高速304km/h、0-100km/h加速3.8秒(スポーツクロノパッケージ装着時は3.6秒)を実現する
ラゲッジスペースをサルーンのパナメーラから20L拡大するとともに、シリーズとして初めて3座シートを搭載した。

ハイブリッドとターボに試乗

 カナダ バンクーバー島で開催された国際試乗会では、「4 S E-ハイブリッド」と「ターボ」の2グレードをメインにテストドライブ。ちなみに、スポーツツーリスモに設定されるパワーパックも、基本的にはサルーンのラインアップと同様だ。

 ただし、やはり今年のジュネーブ・モーターショーでローンチされた、V8エンジンにハイブリッドシステムを加え、680PSというシステム出力を売り物とする「ターボS E-ハイブリッド」は、現状ではサルーンのみの設定。むろん、それがスポーツツーリスモでできない理由はないので、今後追加設定される可能性は十分考えられる。

 カタログ上ではサルーンをやや上まわるものの、「その内訳は装備差がメインで、ホワイトボディ重量はほとんど変わらない」とボディ担当のエンジニアが述べるように、実は走りの印象は「同じパワーパックを搭載したサルーンからほとんど変わっていない」と言える。

 より“重積載”の可能性が考えられることから、サルーン比でブレーキ容量がアップされたというニュースも聞かれるものの、現行パナメーラで新採用の3チャンバー式エアサスペンションがもたらす、基本的にしなやかで上質な乗り味に、大きな差は実感できない。

 システムの搭載で重量が避けられないハイブリッド・バージョンは、一方で8速DCTに組み込まれたモーターが100kW≒136PS相当と大出力であるため、バッテリー残量に余裕のあるうちは街乗りシーンの大半を“ピュアEV”としてこなすことが可能。ラゲッジフロア下に搭載された14kWh容量のリチウムイオンバッテリーがもたらすEV航続距離は、最大で約50km。大型のグランツーリスモであるパナメーラにとっては“微々たる距離”と言えなくもないが、近所使いであれば完全に「エンジン不要」で走り切れてしまう場面も現実味を帯びてくる。

 エンジンが始動すればさすがに静粛性はダウンするものの、上質な走り味はもちろんキープ。さらに、全力加速シーンでは0-100km/h加速が4.6秒という俊足ぶりを発揮。ポルシェの一員としてまさに相応しい走りを披露してくれることになる。

 一方のターボグレードは、550PSの最高出力と770Nmという最大トルクがもたらす「常にゆとりに溢れたパワーフィール」が、やはり前出ハイブリッドとは一線を画す、さらなる上質な走りのテイストをたっぷりと味わわせてくれることになった。

 車両重量は2t超えと、それなりの重量級。けれども、いざ自身でステアリングを握り、アクセルペダルを踏み込んでみると、むしろそんなデータが信じられない“軽快感”の方が印象に残ってくる。率直なところ、今という時代の中にあっては逆風にさらされる8気筒というエンジンも、そんな多気筒がもたらす緻密な爆発力の連続がやはり固有の高級感をもたらしてくれる。

 さらに、アクセルペダルを深く踏み込めば、そこでは怒涛の加速力が瞬時に発生し、アッという間に異次元スピードの空間へと誘われるのだ。そんな刹那に実感させられるのが、このモデルがスーパースポーツカーでもあるという事柄。

 なるほど、これまでのこのブランドの作品とは明らかに異質を感じさせられるのが、スポーツツーリスモというパナメーラ新バージョンのキャラクター。そんなこのモデルは、それゆえに新規顧客の獲得が期待できる、ポルシェの新しいウェポンであるのだと実感させられることになった。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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