インプレッション
トヨタ新ブランド「GRシリーズ(プリウス PHV/ヴォクシー/ヨタハチ)」イッキ乗り(日下部保雄)
2017年9月19日 13:00
トヨタ自動車は9月19日、モータースポーツ活動に主軸を置く「GAZOO Racing」の新ブランド「GR」シリーズを発表した。
これまでもGAZOO Racingは高速道路やワインディング、街乗りで走りを楽しもうというエントリー層をターゲットにした「G SPORTS(G's)」、サーキット走行までカバーすることを念頭に置いた「GRMN」を展開していた。
その2ブランド展開から、エンジンや足まわり、デザイン変更が行なわれる台数限定のコンプリートモデル「GRMN」を頂点とするのはそのままに、これまでのG'sの代わりに「GR」「GRスポーツ」を新たに設定した。「GR」は量産型のスポーツモデルをベースに、ドライブトレーン、シャシー、デザインの変更を行なうとともに、将来的にはスポーツエンジンの搭載も視野に入れたシリーズ。また、「GRスポーツ」は拡販スポーツモデルに位置付けられ、主にシャシーとデザインの変更を行なうシリーズというのが各モデルの基本的な考え方になる。
その「GR」シリーズの試乗会が袖ヶ浦フォレストレースウェイで行なわれた。この試乗会では「ハリアー」「プリウスα」「プリウス PHV」「アクア」「ヴィッツ」「ヴォクシー/ノア」「86」「マークX」、さらにトヨタのスポーツカーの礎になった「トヨタ スポーツ800」という9台が用意された。
本稿では、モータージャーナリストの日下部保雄氏による「プリウス PHV GR SPORT」「ヴォクシー GR SPORT」「スポーツ800 GR」の3台の試乗レポートを紹介する。
従来の「G SPORTS(G's)」に代わるモデルとして、「GR」シリーズが立ち上がった。当初のG'sは硬めの足とローダウンでそれなりに人気があったが、GAZOO Racingがカンパニー制になり、「自動車メーカーが作るスポーティな味付け」という方向が決まってきたようだ。
今回、サーキットに多数用意されたGRモデルの中で、私の担当として「プリウス PHV」と「ヴォクシー」、そして個人的にはハイライトのレストアされた「トヨタ スポーツ800」の3台を試乗した。まずプリウス PHVから。
プリウス PHV GR SPORT
現行プリウスから本格的に始まったTNGA(Toyota New Global Architecture)。クルマの骨格を作るプラットフォームは「軽量」「低重心」「高剛性」を実現して快適な乗り心地をモノにすると同時に、優れたハンドリングをも手にした。
PHVもプリウスをベースにして、さらに重量物の電池を後部に搭載して重量配分の改善と静粛性を向上させるなど、ハイブリッドとは別のクルマに仕上がっているが、快適性だけでなくハンドリングの面でもメリットがある。
で、そのPHVだが、いきなりハイブリッドを飛び越してGRバージョンが登場した。実は楽しいハンドリングにさらに磨きをかけようというわけだ。
GRモデルに共通した大きな開口部を持ったフロントマスクとリアバンパーを持ち、コンベンショナルなPHVとは大きく変わった第一印象だ。全長は40mm長くなって4685mmとなっているが、これは新たに作り直したフロントマスクによるものだ。
設定され直したサスペンション、それに大径タイヤも大きなイメージチェンジになっている。標準タイヤの195/65 R15から225/40 R18のダンロップ「SP SPORT 2050」を履き、エッジの効いたホイールデザインも含めてグンと精悍になっている。
試乗コースはサーキットなので比較的路面もよく、一般公道でのドライブフィールとの直接比較はできないが、およその感覚は掴めそうだ。
コースに乗り出してすぐ、重さを感じないことに気づいた。安定性とコーナリングスピードを優先すると、ガチガチのクルマになりそうだが、GRでは日常性とスポーツドライビングとが上手なバランスポイントを取ることができている。タイヤもフルスポーツタイヤの強烈なグリップではなく、適度に穏やかで腰のある性格なので、スマートなターンインが可能だ。
シャシー側もロールはよく抑えられているが、完全に抑え込む設定ではなく、タイヤとのバランスもよく取れていると思う。前後のロールバランスもブレーキング(減速)→ハンドルを切るというタイミングでも荷重移動が自然に行なわれるので、ちょどよいフィーリングでノーズが向きを変える。低重心のオリジナルのハンドリングにさらに磨きをかけたイメージを持ってもらえばよいだろうか。
サスペンションはフロント/リアともバネを強化し(概念的にはフロントでは約1.3倍、リアでは1.5倍)、ショックアブソーバーもそれに合わせて主として伸び側が強化されている。ちなみに全高は1470mmとノーマルのプリウス PHVと変わらないものの、ハンドリング上、フロント側が13mm下がり、最低地上高は5mm低くなった125mmとなっている。
乗り心地面では、サスペンションが上下に振幅を繰り返すバウンシングに関して、もう少しフラット感がほしいが、ピッチングの速い動きではないので、妥協できるポイントに仕上げられている。さすがに突起乗り越しなどではリアからの突き上げは多少大きくなって、若干跳ね上げられる印象だが、極端ではない。もう少し路面のわるい一般道でドライブしたいところだ。
操舵面ではパワーステアリング(EPS)はノーマルと共通部品だが、タイヤのサイズが変わっているので少し重くなり、ステアリングホイールの小径化とともにスポーツグレードとしてちょうどよい操舵力を持つことができている。手を放した時にハンドルが自力で戻ろうとする力もまずまず自然だ。
コーナーのライントレースは俄然優れており、前述の素直な荷重移動に伴って低中速コーナーから高速コーナーまですっきりとした姿勢変化でコーナーをクリアできる。とてもコーナリングスタイルを作りやすいクルマだ。
スタビライザーはリア側の径が細くされており、強くなっているリアのバネレートに合わせて、踏ん張り過ぎないようバランスをとってあり、チューニングの妙と言ってもよいだろう。また、ボディ下部にブレースを入れて剛性をアップしているのもダイレクト感が増した効果が大きい。バケットタイプのシートも適度に体を支えてくれるので好ましい。
ブレーキ関係はスタンダードのプリウス PHVと同じなので、ブレーキングパワーのフィーリングや絶対値も変わらない。その分、好みに応じてブレーキパッドやブレーキホースの交換によるダイレクト感の向上などの個人の好みを反映する部分は残されている。
パワートレーンは変わらず、数値上は変わらない。しかし、もともとプリウス PHVはアクセルを踏んだ時のレスポンスがよく、反応よくグンと加速していく様はなかなか小気味よい。
装備関係が変更になったことで、車両重量は40kg増の1550kgとなっている。この装備を自前で賄うとなるとなかなか大変だが、メーカー製ならではの安心感と納得の価格となっている。
ヴォクシー GR SPORT
G'sとは方向性を変えて、GR車両がちょっと大人の味になったのはGRプリウス PHVでも記した。それが顕著なのがノア/ヴォクシーだ。
試乗したのはヴォクシーGR SPORT。ホワイトパールのエクステリアカラーはスッキリしたイメージで大きく見えるが、それもそのはず、GR専用のモータースポーツからインスパイアされた大型の開口部を持つフロントフェイスで全長は85mmも長い4795mmなので、大きく見えて当然だ。アンダースポイラーもGRに共通するカナード風のもので、高速で流れる空気の整流に役立っている。好き嫌いは分かれるが、GR共通のヘッドライトをつないだようなグリルもノーマルのヴォクシーとは雰囲気が異なって見えるポイントだ。
インテリアはブラックで統一され、「86」用の小径ステアリングホイールをベースとしたGRのロゴ入りのものに変更されており、ステッチを統一して、ファブリック+スエード調の緩いバケット状のフロントシートはこれだけでも雰囲気はかなりスポーティだ。
これに加えてGRロゴ入り専用タコメーター、エンジンスターターボタン、そしてアルミペダルなど普通のミニバンとは大分イメージが変わる。
乗り心地はリアからの入力が減少されており、セカンドシートのパッセンジャーからも大きな不満は出そうもない。もちろん大きな突起などを乗り越える時などはショックはあるものの、ダンパーで強引に抑こむような設定ではないので、ガツガツとしたフィーリングではない。
そのサスペンションはフロントで20mm、リアで25mmローダウンされ、全高では15mm下がっている。硬さで言えばザクっと言って20%程度高められている。ただ2/3列目シートにパッセンジャーを乗せる比率が高いユーザーは、ノーマルサスペンションに比べるとやはり硬く感じられるので、1度乗ってみた方がよいだろう。また、最低地上高も145mmとノーマルから15mm下がっており、フロントのオーバーハングも長い。
その代わり、ハンドリングはスムーズ。少し重くなった操舵力はちょうどよく、自然でかつ保舵感があるのでコーナリング中も気持ちがいい。これにはミニバンの宿命的な大きなドアなど、開口部の広さによるコーナリング時の剛性が不足するようなハンドル応答遅れなどを小さくして、カチリとしたハンドリングを得るためにアンダーフロアに補強ブレースを入れているのが大きい。
補強ブレースについて、ヴォクシーの場合はフロア片側に寄せられた燃料タンクを除いた3方向にブレースを入れている。燃料タンク側は取りつけの関係でもともと剛性が高くなっているので、左右のバランスがよくなった効果もあるという。
また、ウィンドウの接着剤もフロントとサイドウィンドウに接着剛性の高いものを採用しており、こちらも車体のねじれ剛性などを向上させる一助になっている。ウィンドウの接着剤の変更は欧州車でよく使われており、私も接着剤だけ変更したものを試したことがあったが、シャッキリしたのに驚いたことがある。
装着タイヤはブリヂストンの「POTENZA RE050A」で、サイズは215/45 R18。GR専用のシャープなアルミホイールを履き、これらアイテムでヴォクシーのドライブフィールは俄然スポーティになっている。
ハンドルの切り返しでも反応が速く、シュッと向きを変える。もちろん全高の高いミニバンなので、スポーツセダンのようなべたりと地面に張りつくようなグリップ感ではないが、かなりカチッとしたハンドリングでロールも抑えられていることはすぐに分かるだろう。ドライビングの楽しみ方にはいろいろあるが、ヴォクシーのGRバージョンは確かにミニバン以上の“何か”を手にしたいドライバーにとっては選択肢の1つだ。
空力にも触れておかなくてはならない。これだけ四角いボディで高い空力特性は望むべくもないが、アンダーフロアを極力フラットにして空気の乱れを防いでいる。
こちらも全長の変更などがあるので、プリウス PHV同様に持ち込み車検となる。価格はベース車両から比べると約40万円ほど高くなるが、装備を考えるとリーズナブルな価格設定だと思う。
スポーツ800 GR
登場から半世紀以上経過してもまったく色褪せないトヨタ スポーツ800(通称ヨタハチ)。航空機からインスパイアされた空力ボディと軽量化技術、そしてシンプルなコックピット。どこを見ても21世紀の現在でも最先端を走るデザインだ。
そのヨタハチ、しかもレーシングバージョンが完全レストアされて試乗できるという、夢のような企画が今回の試乗会で待っていた。GR車両に息づく走る楽しさを半世紀前のヨタハチに求めることもでき、トヨタの走りの原点を体験するのも楽しそうだ。
試乗車は、1965年の鈴鹿500kmで田村三夫選手が無給油で総合2位に入った10号車をレストアしたもの。当時の技術を忠実に再現し、25%はオリジナルから再生された。これにはヨタハチを愛するオーナーズクラブの協力も大きかったという。
低燃費エンジン、軽量ボディ、洗練された空力で燃費を稼ぐという手法は現在のエコカーにも受け継がれており、当時のトヨタチームはこの武器を活用して高出力のライバルを凌駕していった。
当時はレーシングカーにボディ補強の概念があまりなかったので、今回のレストアでもサイドバーなど最小限のボディ補強がされたのみになる。サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン、リアがリーフリジットの当時の定番で、バネレートも鈴鹿参加時のままに硬められている。ダンパーはカヤバ製になる。装着タイヤはバイアスレーシングタイヤに代わって、現在手に入る165/60 R13の横浜ゴム「ADVAN NEOVA」に換装され、キャンバーはマイナス1度に設定されているが、シムで簡単に変えられるようになっている。
抵抗を減らすためにニードルも排したチューニングキャブ、限界まで削られたフライホイール。それだけ聞くとかなりピーキーなクラッチミートを想像させるが、ミート幅は広く、神経質なところはほとんどない。ただ、注意しなければならないのは現在の電子制御燃料噴射と違って、アクセルを大きく開けると簡単にプラグがカブってしまうためにアクセルワークにはちょっと気を使わなければならない。つまり冷間時ではエンジンを一発で始動させないと、2本のプラグを交換する羽目になるということだ。
いざ走り始めてみると、再生されたレーシングカーはそれなりの出力を持っているかと思っていたが、そもそも空冷2気筒の800ccだから、わずか590kgの超軽量ボディといっても現代のスポーツカーが普通に持っているパワー・ウェイトレシオには到底及ばない。しかし、クルマの楽しさはパワーだけではないことをヨタハチは教えてくれる。
パワーアップされたエンジンは(それでも70PSに過ぎないが)、チューニングがそれほど過激ではないので低速でも問題なく粘って走れる。圧縮比を9:1から10:1に上げたエンジンのパワーバンドは4000-6000rpm。まったくピーキーなところはなく、拍子抜けするほど普通だった。調子よくアクセルを踏んでいると、指示された6000rpmのリミットを簡単に超えようとする。
このようにエンジンは軽やかな空冷2気筒のエキゾーストノートを出し、軽快に回って快調だ。サージングは6500rpmぐらいで出ると言われる。
ステアリングはボール&ナットで、キックバックは小さいもののラック&ピニオンに比べると鈍いのは仕方がない。さらに当時のシャシーにはタイヤグリップが勝ちすぎており、いわゆる遊びがないのでアンマッチング感が出ているのも仕方がないところだ。
ハンドル操作ではいわゆるゲインが高く、前後のロールバランスが前よりで、ちょっと昔のクルマを思い出して懐かしい。
ブレーキは4輪ドラム。マスタ―バックはない。つまり踏力はそれなりにいるが、遊びをまず確認してからジワリと踏むようなブレーキングが必要とされる。ストロークもあるがコントロール性ではドラム特有の癖があり、微妙に難しい。しかし軽い車体はすべてをカバーし、制動力の不足を感じることもなく、コツさえつかめば狙ったとおりの距離感でブレーキングできる。
トランスミッションは4速でレシオはノーマルのまま。ファイナルドライブは変わっており、それだけ相対的にクロスになっている。しかし本当のクロスレシオになっているわけでないので、各ギヤの繋がりはちょっと歯がゆい。そしてシフトレバーは中立のスプリングがなかったので、シフトミスしないように、意思をもって行なう必要があった。そういえばこんなシフト感覚もあったなぁ。
繰り返すが、600kgを切る軽い重量は素晴らしい恩恵をもたらしている。軽い空冷フラット2をボンネット下に入れ、ドライバーを後に座らせて、前後重量配分を50:50にしたハンドリング性能はヨタハチの強力な武器だ。
耐久レース仕様では補助タンクは74L分あったというから、少なくともスタート時はテールヘビーになっていたと思われるが、ストレートは空力のよさを活かしてジワジワと速度を上げていき、回頭性のよさと優れた重量配分で高いコーナリング速度を維持し、“カメさん作戦”が功を奏する時にはライバルを後目に総合でもトップ争いをする、ヨタハチの真骨頂だ。しかも鈴鹿500kmではレーシングカーではありえない燃費12.0㎞/Lを達成して無給油で走り切り、綜合優勝をチームメイトの細谷四方洋選手が飾るという信じられない結果を残している。
精密なエンジンとパワーで、その後の本田技研工業の精神を形成した「ホンダ S800」と柔軟な思考で造られたヨタハチは正反対の性格を持ったスポーツカーだが、それは今まさに必要とされる精神ではないだろうか。