【インプレッション・リポート】
テスラモーターズ「モデルS 量産仕様」

Text by 川端由美


 ようやく、この日が来たか! モデルSのローンチイベントに集まった関係者の誰もが、そう思ったに違いない。EV(電気自動車)のベンチャー企業として2003年に創業して以来、数年間は構想があったのみだった。2007年にロードスターが発売されたものの、5年間で約2500台が生産されたに過ぎない。だからこそ、今回、発売された「モデルS」はテスラモーターズ初の「量産車」として多大な期待が寄せられてきた。

 正直なところ、2008年のデトロイトショーでモデルSのプロトタイプが発表されたとき、本当に“こんなクルマ”を量産するのかと疑問視する声も少なくなかった。7人乗りのEVサルーンというコンセプトに誰もが驚いたし、当時は米国パロアルトの本社に併設された小さな工場があるのみで、量産体制も整っていなかったからだ。

あれから4年。とうとう量産に漕ぎ着けたモデルSは、想像をはるかに上回る出来だった。サンフランシスコ郊外にあるフリーモント工場ではモデルSの納車式が開催され、その顧客リストには地元シリコンバレーのビリオネアであるラリー・ペイジをはじめ、名だたる人物が並んでいた。そのイベントに先立って、初めて公道での試乗が許されたので報告したい。

 シグニチャー・モデル専用のワインレッドをはじめ、10色のカラーバリエーションが並ぶ。レディ・ファーストを促され、マルーン色の1台を選んでドアノブに手を……かけようとしたが、表面が平らで手を掛けるところが見あたらない。戸惑いながらも銀色に輝くノブ上のものに手を触れると、すーっとせり出してきた。重厚感のあるドアを開けて運転席に乗り込んでスタートボタンを押すと、エギゾーストノートが響き渡る代わりに、センターにある17インチの巨大モニターが視界に飛び込む。3D画像処理能力の高いNVIDIA製プロセッサを搭載し、カーナビや車両情報の表示はもちろん、グーグル検索など最新の車載ITを盛り込んでいる。

マルーン色のモデルSドアを開くには、ここに手を触れる

 Dレンジを選んで、おそるおそるアクセラレーターに載せた右足に力を入れる。すーっと音もなく走りだすのは、EVの定石だ。ただし、「リーフ」や「i-MiEV」では、加速し始めるとプーンと高周波の音がするが、モデルSでは遮音がしっかりしているためかレギュレータの作動音は室内に入り込んでこない。

 工場から一般道へ続くストレートでスロットルをフルに開けると、次の瞬間、600Nmもの巨大なトラクションが後輪にダイレクトに伝わる。あっと言う間に、スピードメーターの針が90mph近くまでふれていく。その直後、フルブレーキを踏んでタイトなコーナーに進入する。加速性能は0−60mphが4.4秒、最高速が208km/hと、ロードスターよりも数値上はややおとなしいが、実際に走らせた印象は決して見劣りしない。一方で、ブレーキ性能は圧倒的に向上している。しかも、モデルSでは重量物であるリチウムイオン電池をシャシーの中央に広く低く敷き詰めた設計を採用しているため、センターグラビティが低く、コーナリング時の回頭性が高く、ロードスターよりスポーティな印象すら受ける。

インテリア。中央には17インチの液晶モニターが備わる

 コーナーをクリアしたあとは、お待ちかねの公道試乗だ。アメリカの荒れた路面でも、これほど乗り心地がよいとは想定外である。試乗車は、スポーツサスペンションを含むパフォーマンスキットを装着しているにもかかわらず、だ。前・ダブルウィッシュボーン/後・マルチリンクの足まわりはよく動き、路面からのインフォメーションをドライバーに適度に伝えてくれる。それでいて、入力を上手にいなす技も心得ている。リアにエアサスペンションを備えることにより、スポーティな乗り味と乗り心地のよさの双方を獲得したとエンジニアは解説するが、ボディーやシート、ステアリングまわりの取り付け剛性も含め、全体のバランスがよくなければ、これほど安定した乗り心ちのよさは得られない。

 4973×2189×1426mm(全長×全幅×全高、サイドミラー含む)のボディーサイズは、アメリカの道では適度な大きさに感じる。ステアリングやアクセラレーターの応答性が高いので、ボディーサイズから予想するよりも取り回しはしやすい。自動車メーカーとしては若い企業であるだけに、モデルSのクルマとしての完成度の高さには驚きを隠せなかった。

 高速の入口で再び、全開で加速してみる。サルーンらしい外観からは想像できないような鋭い加速で、シートに体が押し付けられる。発進時に最大トルクを発揮できるのはモーター駆動のクルマに共通する美点だが、i-MiEVやリーフと比べて、モデルSが発揮する最大トルクは600Nmと、圧倒的に巨大だ。スピードメーターを注意してみておかないと、あっという間に法定外の速度に達してしまいそうになる。

モデルSの生産工程

 走行性能の点では、エンジン車と比べて見劣りしないどころか、むしろ積極的に選ぶ理由があるように思える。一方で、EVならではの課題である航続距離や充電、バッテリの寿命といった点はどこまでクリアしているのかが気になる。1回の充電で走れる距離は、ベースとなるモデルSが260km、オプションで最大480km(88km/hで走行した際のデータ)までアップすることができる。その際のリチウムイオン電池の容量は、なんと85KWh(!)。ロードスターより車両重量が重いことを鑑みると、ロードスターと比べて消費する電力量が+10%に抑えられているのは、バッテリーの制御技術の向上に加え、Cd値0.24という空力ボディーの貢献も大きい。

 デザインを担当したフランツ・フォン・ホルツハウゼン氏は、「EV専用設計のため、デザインの自由度が高い点が功を奏した。Cピラーを寝かせたクーペ風のデザインだが、大人5人のための十分な空間を確保した上で2人分のシートを追加することができた」と語る。

 北米での価格は、ベーシックなモデルSが4万9900ドルと、BMW5シリーズとほぼ同等で、ロードスターの約半分程度の値付けだ。ベース車のバッテリー容量は40kWh、+1万ドルで60kWh、+2万ドルで85kWhへとアップできる。モデルSの85kWh仕様に1万ドルプラスするパフォーマンスモデルは、高性能インバーターの採用で動力性能が0−60mphで4.4秒(ベース車は6.5秒)に向上するほか、19インチホイール、ナッパレザーシート、カーボン調インテリアが備わる。

 充電は、NEMA14−50(240V、40A)が推奨されており、2基の充電器を使って62マイル/hの充電が可能だ。テスラ独自の45分間のクイックチャージにも対応する。日本で主流のCHAdeMO(チャデモ)には対応しないが、アメリカでは治安上、30分程度も充電に時間がかかる間、安全にクルマを放置する対策を考えることは難しいから、自宅やオフィスでの充電を中心に設計するのは当然の選択だろう。CTOであるJBストローベル氏曰く、「バッテリの性能の保持は使い方次第だが、過酷な使用を想定した劣化試験の結果、3年後に50%の性能を確保している」と言う。

 総じて、モデルSを評価すると、大人5人とリアに2人分のエクストラシートを備え、前後に最大800Lの荷室を備える実用的なサルーンが5万ドル~9万ドルの値付けであれば、性能や使い勝手の点ではエンジン車と比べて見劣りしない。むしろ、加速性能やスポーティなハンドリングという点では、優れた部分もある。自宅や職場に充電環境が整えられるか、長期の視点で見たバッテリ劣化といった課題はあるが、テールパイプからの排気ガスがゼロであり、一足早く先進的な技術を体験できるというEVならではのメリットを享受できるなら、モデルSのウェイティングリストに名を連ねてみるのもわるくはない。


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2012年 8月 28日