インプレッション
スズキ「ハスラー」
Text by Photo:堤晋一(2014/1/23 00:00)
「ジムニー」の開発部隊も携わったハスラー
SUVテイスト溢れる「ハスラー」のエクステリアは、長らくスペース効率第一主義とされてきた軽自動車に風穴を開けた。個人的にはその昔の“CDジャケ買い”じゃないが、もうこのスタイルだけでグラッと大きく心が揺らいでしまうほどツボにハマってしまった……。
「ジムニーの4ドアを造ったらどうか! という意見もあったくらいです」と満面の笑みで語るのは、蒲原充氏(スズキ 四輪デザイン部 先行デザイン課)。ハスラーの開発当初、社内では本格的な軽クロカンである「ジムニー」の開発部隊にも声を掛け、そこからも開発者が集められたという。
「車両開発だけでなく、オプション装備にも我々が大きく関わり、実車における試行錯誤を繰り返しました」(同)というだけあって、たとえば車両カタログが33ページであるところ、オプション装備を扱うアクセサリーカタログは39ページにも及ぶ。「本当はサイドタープも出したかったんですが……」(同)と意気込むが、リアゲートに装着する専用のカーテン&タープキットがあるだけでも拍手ものだ。
Aピラーを直立させ、フロントのホイールアーチを大きくえぐるなど空力特性的にはかなり不利になるものの、そこは新たなアイデアで社内基準値レベルの空力性能を確保しながら、SUVとしての力強さをデザインから目一杯表現した。また、単なる見かけ倒しではなく「ワゴンR」との比較でアプローチアングル(前輪側の乗り越え角度)を3°、ディパーチャーアングル(後輪側の乗り越え角度)では5°増やしてきた。数値上はわずかに思えるが、前後ともオーバーハングが短い軽自動車だけに、これだけでも走破性は大きく向上する。
インテリアではボディーカラーとコーディネイトされたインパネカラーパネルでポップな印象を強めた。ハスラーのイメージカラーである“パッションオレンジ×ホワイト2トーンルーフ”を選択すると、このインパネカラーパネルもパッションオレンジとなるのだが、同時にシートのパイピング部分やドアノブなども同色で統一される。写真で見ると派手なイメージがあるが実車はグッと落ち着いていて、そして何よりこのエクステリアデザインとの相性が抜群によい。また、不思議なことに黄色ナンバーが目立ちにくいのだが、これは大きな面積のボディーカラーに意識が引っ張られるからだろう。
ターボ×4WDがおすすめ
走行性能は期待以上! 今回は試乗コースの関係でオフロードでの走破性を知ることはできなかったが、なかなかどうして、オンロードでのいなし方も非常に長けていた。これなら登録車からのダウンサイザーも十分納得するはずだ。具体的には、フロントサスペンションをややソフトに設定しつつ、スタビライザー(全車標準装備)で過大なロールを抑えながら、リアサスペンションではしっかりと踏ん張りを強めて車両の安定性を高めている。165/60 R15とワゴンRから2ランク大きなタイヤを装着しているが、路面からの大きな入力に対してしなやかなに足が動くため不安定な挙動を見せることがない。
ソフトと言ったが、フニャッと腰砕けになるわけでもSUVにありがちな一気にロールが始まるタイプではない。前荷重を掛けながらジワッとステアリングを切っていくと、最初こそ車体の反応は機敏だが、切れ角が深くなると一定のところからガッチリと座りがよくなり、そのままの姿勢を保ったままコーナーをきれいにクリアする。こうした特性はUターンをする場合でも同じで、一部ハイトワゴン系に見られる不安定さはみじんもなかった。
ターボと自然吸気エンジンの選択は軽自動車を選択する上で悩ましい部分だが、ハスラーではぜひともターボエンジンをオススメしたい。駆動方式は4WDだ。これは自然吸気エンジンとのマッチングがダメということでもなければ、FFが頼りないということでもなく、ターボエンジンの余力たっぷりな運動性能と4WDがもたらす走破性を持ってして初めてハスラーのキャラクターが輝いてくると感じたから。
カタログ記載の燃費数値はターボエンジンが自然吸気エンジンに11%ほど劣る(ともに4WD)が、今回都市部で試乗した限りでいえばそこまでの差はつかなかったし、今回の試乗シーンのように大人3人+荷物(大)といった軽自動車の使われ方としてはMAXに近い荷重が掛かった状態での試乗だったことも、ターボ×4WDを推す理由だ。よくよく考えてみれば高い走破性能や豊富なアクセサリーなど、ロングドライブに出掛けたくなる要素が満載の「ハスラー」だからこそ、グレード選びもちょっと贅沢にいってほしい。
後席の乗り心地は課題?
居住性も良好だ。前席のヒップポイントは人間工学上もっとも乗り降りしやすいとされる660~670mmに近い671mm、後席は前方視界を確保するためやや高い723mmだ。ちなみにハスラーの全高は車体の前から後までほぼ同じ高さを確保しているため、後席に座り、シートを最後端にまで下げると見晴らしが非常によくコンパクトミニバン並みに開放感が高い。ちなみにワゴンRは、後席乗員の頭上が最大車内高となる配置で後席のヒップポイントも23mm低い。
このように完全無欠に思えるハスラーだが、ウイークポイントがないわけでもない。1つはドライビングポジションだ。身長170cmの筆者が適正なドラポジをとると、左膝がセンターコンソールの右端(シフトノブが配置される角)に当たってしまい痛みを感じることがある。これにはシート座面/バックレストを1ノッチだけ下げ、さらに倒す対症療法があるものの、今度はステアリング位置が遠くなり、いわゆるストレートアームを誘発する。言うまでもなく適正なステアリング位置の確保は運転操作の基本だ。筆者のドラポジの癖(アップライト気味で前寄り)も大きく関係する部分ではあるものの、“手アンダーステア”といってステアリングの適正操作を損なう可能性すら出てきてしまう事象だけに、叶うのであればステアリングに前後調整機能であるテレスコピック機能を組み込んでいただきたい。
後席の乗り心地も、あと少しよくしていただきたい。ハスラーの場合、前2人+荷物を想定して乗り味を造り込んできているというが、後席ではショックがきつく感じられ乗員が大きく上下に揺さぶられるシーンもあった。ただ難しいのは、前述したリアサスペンションの踏ん張りがあるからこそ、ハスラーのおおらかな乗り味と悪路を踏まえた走破性能が両立しているのであって、そもそも長くなったとはいえ2425mmのホイールベースに1290mmの前後トレッドでは、ここが1つの限界点なのかもしれない。「ターボエンジンを搭載したFFモデルを中心に足まわりを開発しました」と大沼保氏(スズキ 四輪シャシー設計部 サスペション・ステアリング設計課)は語るが、次なる施策にも期待したいところだ。
ワゴンRが世に出た時に近い、センセーショナルなモデル
今や軽自動車の販売台数は日本における総数の約40%近い約211万台(2013年)。そのうち、約80%にあたる約169万台がハスラーなどが属する乗用自家用となることから、新車販売のほぼ3台に1台は乗用自家用の軽自動車ということになる。しかもこの傾向は継続的なもので、この5年で見ると32%近く販売台数を伸ばしているのだ。
軽自動車が現行の規格になったのは16年前の1998年だったが、当時からこれまで幾度となく買い替え需要が高まっては落ち着くという状況が繰り返され今に至る。軽自動車がこれほど長く、そして多くのユーザーから支持される理由は数多くあるが、やはり日本にジャストフィットするボディーサイズと、そのサイズに起因するところの運転しやすさ、それと経済性。この3つが大きな要因であることは明確だ。
地方都市では公共交通機関が充足していない場所が多く、軽自動車の需要が高い。これは軽自動車保有台数の人口規模別構成比を見ても明白で、人口10万人未満の市町村で軽自動車のほぼ半数にあたる約46%(全国軽自動車協会連合会調べ)が保有されているのだ。今後も日本の人口構成比率、そして居住地域の特性からも、こうした地方都市に公共交通機関が急激に増加するとも考えにくい。
一方、都市部ではどうだろう。統計によると、軽自動車普及率(100世帯当たり台数)が全国1位の佐賀県(100.2台)に対し、東京都は全国最下位の11.3台、以下、神奈川県(21.0台)や大阪府(26.6台)が続く。つまり都市部では登録車が多いわけだが、御存知のとおり、都市部においても超高齢社会が進んでいることから、クルマの買い替え時にダウンサイジングすることが当たり前になってきた。また、これまで軽自動車に対して安全性が登録車よりも劣るという理由から敬遠してきたドライバーも、昨今の「衝突被害軽減ブレーキ」にはじまる各種安全装備の充実に目を向け始めているのは確かだ。こうしたことからも、地方都市、都市部の分け隔てなく、軽自動車市場はその規模を保ちながら日本での存在意義をますます強固にしていくだろう。
こうした状況の中、対応を迫られるのは自動車メーカーだ。魅力的な新型モデルが求められる一方で、安価な車両価格の設定や、高い燃費数値を両立させなければならないからだ。ならばといって趣味性だけを取り上げたとしても、毎日の足としての実用性に乏しければ薄利多売を根幹とする軽自動車の商いは成立しない。ここは非常に悩ましいところだろう。
ハスラーは非常にいいところを突いてきた新型モデルだ。赤外線レーザーを使った「衝突被害軽減ブレーキ」やESPをボトムグレード以外に標準装備としながら、下り坂でブレーキを自動で介入させ7km/h以下を保つ「ヒルディセントコントロール」、悪路での発進性能を高めるトラクションコントロールから派生させた「グリップコントロール」など、ユーザーの誰しもが恩恵を受けられる装備をボトムグレード以外の4WDモデルに標準で装備してきた。まさしく、ユーザー心理を巧みに捉えた抜群のセンスだ。ワゴンRが世に出た時に近い、それほどセンセーショナルなモデルと言い切れる。
ハイブリッドを除いた車両で燃費数値がトップの「アルト エコ」(35.0km/L)をラインアップに持つスズキだからこそ、こうしたハスラーのような遊び心と実用性を融合させたクロスオーバーモデルを生み出せたのだ。そう考えてみれば「弱い者いじめだ!」と声を大にされた鈴木修会長兼社長の言葉の裏には、「今に見てなさいな!」というメッセージが込められていたのではないかと好意的に解釈できるのではないだろうか。