インプレッション

メルセデス・ベンツ「S 300 h ロング」

クリーンディーゼルハイブリッドの開拓者

 2013年5月にワールドプレミアされ、日本では8月に発表された現行「Sクラス」(W222型)。本国より比較的短いタイムラグでニューモデルが日本に導入されたのは、メルセデスが日本市場を重要視していることの表われといえる。

 その後には、AMGモデルやプラグインハイブリッド車などバリエーションの拡大を図っており、2015年夏には日本初のクリーンディーゼルハイブリッド車となる「S 300 h」が追加された。

 日本ではハイブリッドに続いてディーゼルがちょっとしたブームになっているが、思えばディーゼルに火をつけたきっかけとなったのは、2006年の「E 320 CDI」の導入だ。それから9年あまり、クリーンディーゼルのハイブリッドという日本にかつてなかったパワーユニットは、またしてもメルセデスが開拓者となったわけだ。

撮影車は「S 300 h ロング」。AMGライン、パノラミックスライディングルーフなどを装備し、ボディサイズは5280×1915×1495mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは3165mm。車重は2290kg。価格は1340万円

 内容的には、メルセデスの他モデルにも搭載されている、最高出力150kW(204PS)、最大トルク500Nmを発生する直列4気筒2.2リッター直噴ディーゼルターボと、すでに「S 400 h」等にも搭載されているものと同じ最高出力20kW(27PS)、最大トルク250Nmを発生する電気モーター&リチウムイオンバッテリーなどで構成されるハイブリッドシステムの組み合わせとなる。

 これにより最新のV8エンジン同等のトルクと、セグメントNO.1の19.5~20.7km/LのJC08モード燃費を実現している。S 400 hとモーターのスペックは同じでも、エンジンの最大トルクはV6 3.0リッターガソリンエンジンを積むS 400 hの370Nmを大きく上回っていることにも注目だ。

S 300 h ロングのエンジンは直列4気筒2.2リッターターボチャージャー付ディーゼルで、最高出力は150kW(204PS)/3800rpm、最大トルクは500Nm(51.0kgm)/1600-1800rpm。組み合わせる電気モーターのスペックは最高出力20kW(27PS)、最大トルク250Nm(25.5kgm)で、JC08モード燃費は19.5km/Lを実現している。トランスミッションは7速ATで後輪を駆動する

加速は力強く、音や振動は小さめ

 発進時はモーターが主体で、アクセルを軽く踏むとエンジンが停止したまま走り始める。ただし、そこからはよほどでないとすぐにエンジンがかかるし、アクセルを強めに踏むと最初からエンジンがかかる。そのエンジンがかかってからの、下から湧き上がるような図太いトルクがガソリンのS 400 hとの大きな違いで、加速の力強さにおいてはだいぶ上回っている。

 気になる音や振動も、Sクラスに相応しく車体側にも手が加えられていて、ディーゼルとしてはかなり抑えられている。車内にいるぶんには、加速時の音と振動が気になるといえば気になるし、気にならないといえばならないという印象。ただし、ガソリンに比べると大きめなことには違いなく、ここは見方の分かれるところだと思う。

 巡航時にアクセルペダルから足を離すとセーリング機能が働き、かなり頻繁にEV走行状態となる。それが高めの速度域でも行なわれることが印象的だ。モーターによるアシスト感はそれほど強力なものではないものの、その気になれば相当に長くEV走行できる。このあたり、ガソリンのS 400 hも同様ながら、モーターの使い方がより上手くなっているのは先代Sクラス(W221型)からの大きな進化だ。半面、ブレーキにはハイブリッド特有のコントロールのしにくさがわずかに見受けられるのは否めない。

 実走燃費の大まかな印象は、渋滞を含む市街地で10km/L超、首都高を含む高速道路では20km/L超と上々だ。このクラスのセダンとしては、かなりのものではないかと思う。優れたハイブリッドシステムはもとより、組み合わされるエンジンがディーゼルでないとこれほどの燃費は出ないはずだ。

 初めて実物を見たときに強烈なインパクトを感じたインテリアも、以降もSクラスに触れるたびにホレボレしていたところ、今回もあらためて惚れ直した。デザインもクオリティ感も素晴らしく、モダンながらクラシカルな、非常に風格と雰囲気を備えた空間に仕上がっている。2つ並べられた大きなディスプレイは、見た目の新しさだけでなく機能面でもひと役買っていて、さまざまな情報が変幻自在に最適な体裁で表示されるところもよい。

S 300 h ロングのインテリア。インパネ中央の液晶ディスプレイではエネルギーフローを表示させることができる

 このS 300 hの価格はSクラスで唯一、1000万円を切る998万円からの設定となっており、位置づけとしてはSクラスのエントリーモデルとなる。それでいて、ビジネスユースを含む幅広いユーザーに対応するため、充実装備の「エクスクルーシブ」やガソリンのエントリーモデルであるS 400 hにも設定のないロングボディがラインアップされているのが特徴だ。

 今回試乗したのはそのロング仕様で、オプションのショーファーパッケージやAMGラインが装着されていて、高級感あるインテリアと精悍なエクステリアを見せつけていた。ディーゼルでもこうした仕様が選べることも、同モデルの位置づけを象徴している。

W221型のハイブリッド車はバッテリーをエンジンルーム内に詰め込んだことで、トランクスペースはガソリン車とまったく同じ状態になっていたところ、W222型ではバッテリーがリアシート後方に搭載される。そのためトランク容量は小さくなっていると思いきや、カタログ記載の容量ではS 300 h ロングが510L、S 550 ロングが500Lと同じロングボディでもハイブリッドの方が少し大きくなる

W222のその他のモデルについて

 別の機会に試乗した、Sクラスのその他のモデルについてもお伝えすると、V型8気筒4.7リッター直噴ツインターボエンジンを搭載する「S 550 ロング」は、低回転域からトルクフルで、極めてスムーズな回転フィールを持ち合わせており、とても乗りやすい。

 V型6気筒3.5リッター直噴エンジンにモーターを組み合わせる「S 400 h」は、S 550に乗ったあとではやや物足りなさを感じるものの、普通に乗るぶんには不満はない。S 300 hに対してはお伝えしたとおり。一方で、フラグシップのV型12気筒6.0リッターツインターボを搭載する「S 600 ロング」は、ウルトラスムーズな至高の世界を味わうことができる。

 乗り心地の総評としては、ランフラットタイヤによるタイヤ自体の硬さは感じるものの、全体としてはいたって快適だ。先々代のW220型がSクラスとしては不似合なほど軽快な走り味だったのに対し、先代のW221型ではやや軌道修正してかつてのような重厚感が蘇り、そして現行のW222型はその延長上ながら、重厚感の中に軽快さを感じさせる。

 高速巡行時のフラットライド感もかなりのものだ。W221型も高速巡航時のフラット感は高かったが、より快適性を重視してか、エアサス車はカーブの連なる道では姿勢変化が大きく出がちに感じる部分はあったところ、W222型ではいくぶんそれが抑えられている。

 また、S 550 ロングやS 600 ロングに設定されている「マジックボディコントロール」装着車にはさらに感銘を受けた。ステレオマルチパーパスカメラが前方の路面状況をスキャンし、状況に応じてダンパーの減衰力をあらかじめ最適に調整しておくというロジックだが、まさしく凹凸をなめるようにいなしてしまう。この未知なるフラット感はさすがというほかない。

 このカメラは車線を認識していて、状況に応じて車線逸脱を防ぎ、適正なラインをトレースするようステアリング操作をアシストする。いろいろ試してみると、けっこうな角度まで自動的に操舵される。その感覚も新鮮で、ACCによる追従走行と併せて「半自動運転」を実現しているわけだ。

 さらには、突然目の前に現れた危険にも反応する、飛び出し検知機能付きの「BASプラス」もある。いざというときに真価を発揮するのはもちろん、危険が迫っていることをいち早く知らせてくれるところにも大きな価値がある。こうした装備が付いていると思うだけでもとても心強い。

 いろいろな技術が日々進化していく中で、W222型は現時点で世にある自動車の中で、その最先端を行くクルマに違いない。W222型に触れると、自動車というものの可能性の大きさをあらためて思い知らされる。W222型は高級車としての価値をさらに高めただけでなく、自動車の未来を先取りしたような存在でもある。革新的な装備の数々がもたらす快適性や安全性は、自動車の将来に大きな利益をもたらすことだろう。

筆者はW124(3世代前のEクラス)からメルセデスとの付き合いが始まり、その後は身の程もわきまえず、「メルセデスはSに限る」との思いから、エスカレートしてW140(3世代前のSクラス)を3台、W220(2世代前のSクラス)を1台と、計4台ものSクラスを乗り継いだ。むろんW222にも大いに関心を持っている(写真後方のW140は筆者の愛車)

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一

Photo:高橋 学