イベントレポート
BYD、軽EV「ラッコ」やPHEV「シーライオン6」の販売戦略についてモビショー出展中の東福寺厚樹社長に聞いてみた
2025年11月4日 13:49
- 2025年10月30日~11月9日 開催
BYD Japan Groupは、東京ビッグサイトで11月9日まで開催されている「ジャパンモビリティショー2025」にて、2026年夏に導入予定の軽EV(電気自動車)「RACCO(ラッコ)」と、PHEV(プラグインハイブリッド)「シーライオン6」を公開している。両モデルの販売戦略について、BYDの乗用車部門を担当するBYD Auto Japan 代表取締役社長の東福寺厚樹氏がインタビューに答えた。
東福寺社長は、今回発表した軽EVラッコとPHEVシーライオン6の販売戦略について語り、なかでもラッコは、BEVからの乗り換えではなく「日本の軽自動車マーケットの中心に投入して市場を切り開いていく」、販売台数は「販売拠点数からくる限界をどう超えていくか?」、そして「BYDが軽自動車にどのくらいの期待を持っているか」などを明らかにし、一方でPHEVを“スーパーハイブリッド”として訴求していくことも語った。
価格はジャパンモビリティショーでの反応などから決めるが健全に戦う
──軽EV「ラッコ」の値段やターゲットについて教えてください。
東福寺社長:実はジャパンモビリティショーの会場で説明員にタブレットを持たせていて、ブースを訪れてくれた方に「このクルマいくらだったら買いますか?」というアンケートを実施しています。これから本格的に本社と価格交渉をするので、「日本のユーザーが求めている価格帯はこれです」というのを示しておきたいのです。
できるだけ売りやすい価格帯を目指していますが、製造側からすれば軽自動車規格に合わせた新規開発であり、どのくらいの価格に設定できるかは、これからという状況です。
──最近は300万円近い軽自動車も売れていますが、それは有利に働きますか?
東福寺社長:高価格帯が売れている事例を、今回のショーで来日している本社の開発チームにいろいろな形でフィードバックしながら、「日本で軽自動車は、こうやって売った方がよりマーケットを取れるんだ」という話をしているところです。
──スズキの鈴木俊宏社長が軽自動車の価格競争を懸念する発言をしていましたが、どうお考えでしょうか?
東福寺社長:軽EVをコスト度外視で売るということ自体は極めて難しいです。ほかのモデルと違ってラッコは日本専用です。ほかのモデルはすでに中国で莫大な量を売っていて、ほかでも台数を売ってますので、固定費の回収も進んでいるわけです。
ですので、ほかのモデルは限界利益だけで勝負しようと一時的に安値をつけて試す、ということもできますが、ラッコの場合は日本向けの専用開発なので、値段で勝負してしまうと投資の回収ができないので、あまり無茶なことはできません。健全に戦っていきます。
そこで、製造原価からくる理想的なポジショニング、競合との関係性におけるマーケットドリブン、いくらだったら買うというお客さまの声、その三方を見ながら落としどころとなる価格を見定めます。
ラッコの投入で日本のEV比率は上がり、EVを検討する素地ができてきた
──日本の新車販売のEV比率は少ないが、日本向けに軽EVを出すことで、比率を上げることになりますか?
東福寺社長:軽EVの日産「サクラ」がよい例だと思いますが、それまでなかったジャンルを作って、一気に年間で5万台、累計で10万台近く売っています。なので、軽自動車以外のお客さまを取り込んで、しかもEVを欲しいという方以外の、今まで軽自動車を買っていた方にEVを選んでいただきたい。
既存のEVやPHEVのプレイヤーは限られていて、お客さまから見たら選択肢が限られてしまっていました。今は国産ブランドでも、トヨタの「bZ4X」がマイナーチェンジで性能を上げて価格を下げていますし、日産「リーフ」もフルモデルチェンジしてものすごくいいクルマになっています。スズキは「eビターラ」で390万円台でスタートするSUVという選択肢を出してきました。
今までみんなEVって高くて大きくて走らないみたいなイメージだったものが、手の届くところにあって、航続距離もあるし、何よりもいろいろなメーカーという選択肢があるという風に変わりつつあります。どちらかというと輸入車オンリーだったような市場に、国産車がようやくいろいろな形でプレゼンスを高めてきてくれました。
ですので、今まではハイブリッドにしようか普通のガソリン車にしようかと考えていたお客さまに、「EVという選択肢がある」とか「PHEVもBYDがスーパーハイブリッドっていうのを出したな」とか、今までEVに目を向けていなかった方にも十分検討していただけるような素地が少しずつできていると思います。
PHEVについても、今ある年間400万台の需要自体から、半分以上がハイブリッド志向になってきてますから、ハイブリッドでも「スーパーハイブリッドと言って、限りなくEVに近いハイブリッドです」ということをアピールしていくことで、EV志向の方にも、ハイブリッド志向の方にもシーライオン6をおすすめしたいと思ってます。
──BYDは2023年に日本進出してラインアップを増やしてきましたが、軽EVは日本市場を開拓する上で足りなかったクルマなのでしょうか?
東福寺社長:日本市場の需要400万台のうちの150万台が軽自動車です。これまでは150万台を引いた250万台しかマーケットとしていなかった。そのなかでも、9割ぐらいが国産車で、輸入車は毎年25万台ぐらい。そのうちの20万台がドイツ車という、ものすごく狭い範囲で、さらにEVとなれば、ほとんど誰もいないところです。
でも、選択肢が少なくてEVはお金持ちが買うものという存在を、より検討してもらえる価格帯で提供し始めたのがBYDであったり、ヒョンデさんだったり、そういうところだと思うんです。
そこに今、国産メーカーが投入してきていますから、おのずとガソリンからハイブリッド、ハイブリッドのなかでもPHEV、EVへというユーザーは、今後も徐々に増えてくると思います。
競合はEVではなく軽自動車
──ヒョンデのコンパクトBEV「インスター」がライバルという声もありますが、どう考えていますか?
東福寺社長:ラッコの開発が始まったときには、インスターはまだ視野に入ってなかったのですが、おっしゃるように着々と売れてきているので、無視はできない存在です。
ただ、われわれの軽EVは「軽自動車のお客さま」といういちばん大きなボリュームゾーン。ガソリンモデルの軽自動車を選んでいる方に、いかに軽EVを選んでもらえるか? ラッコは姿かたちはスーパーハイトにして、スライドドアをつけていますから、普段乗っている軽自動車となんら変わらない。
そのなかで、普段使っている軽よりも価格が大幅に高かったら選んでもらえないでしょうから、許容範囲がどのくらいかは、これから決めていきます。
インスターは、確かにEVからEVの乗り換えの選択肢ではあると思うのですが、ガソリン車を使っている方がEVへという場合には、競合とは限らないと思います。
台数はいくらでも作れる、販売店数からくる限界を超える仕組みを検討
──ラッコの供給可能台数は? 販売目標台数は?
東福寺社長:劉さん(BYD JAPAN 代表取締役社長 劉学亮氏)に「何台もらえる?」と聞いたら「何台でもやるよ」と言っていました。BYDは年間400万台作るメーカーなので、50万台用意してと言ったら、きっちり50万台作ってしまいます。ただし、あまりにも少なくないと作ってもらえないので、初期オーダーのボリュームを何台にするか、今まさに議論しているところです。
──目標台数を公表していませんが、どのくらいになりそうでしょうか?
東福寺社長:今の販売ネットワークの状況からすると、ラッコを販売開始する2026年の夏の時点で、販売店は全国80か所ぐらいだと思います。セールススタッフの平均の月販台数は業界平均でも大体3台か、よく売ってる人でも4台ぐらいで、年間50台ぐらい売るセールスタッフが多いです。今は1店舗あたり2名ぐらいセールススタッフがいて、2人で年間100台。
1店舗あたり100台で、80店となるとマックス8000台ぐらいです。ただ、PHEVもたくさん売っていただきたいし、利益が取れるEVの車種もしっかり売ってもらいたい。そうなると、軽EVの売れる台数自体は、今の販売ネットワークからはそこまで大きく持っていけないだろうというのは想像しています。
いかにお店の数を増やせるか? お店を増やせないとすると、人をたくさん雇ってもらって人数で販売台数を伸ばせるかになります。あとは、もっと簡単に売れるように商談時間を短くしたり、車庫証明の不要な地域であれば早くデリバリーして回転を上げたり、プロセスを見直すことで生産性を上げていくことも一緒にやる必要があります。
車種を多く出したから買ってもらえるか? ということは絶対ないと思いますし、「シーライオン7」を売るのと同じスピードで軽EVを売っていたら店舗も儲かりません。
だから、軽EVはサクサク売れるような仕組みをいかにわれわれの方から提供できるかということも大きなチャレンジです。準備が整ったときに大体の販売ボリュームが見えてくると思いますが、今の時点ではわれわれには非常に少ないキャパシティしかないのが現実です。
使いやすさと便利さとメンテナンスフリーが軽EVラッコの強み
──軽EVラッコが導入されることになって、どう売っていこうとお考えですか?
東福寺社長:正直に言うと、最初は日本だけの車種を背負うことがものすごい重責で、中国本社に「そこまでしていただなくても……」という思いはありました。でも、出すと決めてからは、販売店さんもとても楽しみにしてますし、何よりもいろいろな形で注目度がものすごく高い。
ラッコは日本の道路や駐車場に合うサイズなのは間違いないので、使いやすさと、便利さとメンテナンスフリーも強調したいです。
メンテナンスフリーというと、バッテリの件ですが、劣化がほとんどないリン酸鉄バッテリを使っています。すでに「ATTO 3」で10万kmを超えて乗っているお客さまがいますが、クルマのバッテリを測ると、ほとんど劣化しておらずSOH(State of Health=バッテリの健全度)が98%だったんです。
10万km走っても2%しか劣化していない。リン酸鉄バッテリはそういう優れたバッテリなんです。
社内試験でもSOHが80%まで劣化するのは充電回数が4500回と出ていますが、4500回というのは毎日1回フル充電しても12年と3か月かかります。週に1回の充電で使うとすると90年。もう車体の方が先にダメになってしまうぐらいにバッテリが劣化しない。本当にずっと使えるものになっています。
──都市部と地方ではどちらが売れる?
東福寺社長:販売比率では、地方は新車販売数に占める軽自動車の割合が多いです。ところが、販売台数で見ると、実は首都圏の埼玉県や神奈川県、あと愛知県や兵庫県、いわゆる都市部でもかなり台数は出ています。
なので、どちらかに傾注したモデルというよりも、その商圏を担当している販売会社さんに得意な売り方をしてもらおうと思っています。
軽自動車の比率が高い地方では、お客さまの希望に合わせて、どう売っていくか? 売り方を工夫しなければいけないですし、ブランドを大切にすることも重要です。
都市部では、すでに大きなクルマを持っていて、普段はその大きなクルマを使ってスーパーマーケットへ買い物にいくのは面倒だなという方に、ちょっと隅に置けるサイズで、小さくて安い軽EVがハマるんじゃないかと思っています。
セカンドカーとしてのニーズはほかにも、一家に1台ならロングレンジのBEVをおすすめして、1台で乗用車のエンジン車と同じような使い方ができて、自宅で充電できる。しかもエントリーの価格自体がすごく安く、普通のクルマを買うよりもお得ですよという、都市部なりの売り方もあるのかなと思っています。
王総裁が日本で軽自動車を見たことで、軽進出に進んだ
──今回の軽自動車ですが、誰が作ろうと言い出したんですか?
東福寺社長:軽自動車を作ろうと決定にいたった経緯は、BYDの王総裁(BYDグループ総裁 王伝福氏)が2年前のジャパンモビリティショー2023のときに幹部と一緒に来日しました。
そのとき、成田空港から埼玉県の越谷に向かって郊外の道を走っていたところ、見るクルマが軽自動車ばっかり。日本は軽自動車がブレッド&バターのモデルで、みんなが使っているということを実感されたと思います。
一方で、ディーラーに今、どんなクルマが欲しいのって聞くと、数を目指すなら軽自動車は欲しいという話が出ます。
そして、日本の総需要が400万台だとして、そのうちの150~170万台が軽自動車です。また、軽自動車から軽自動車へ乗り換えるお客さんが多いですから、軽自動車のラインアップがないとその市場には入れません。
先ほども言ったように、軽自動車以外では国産車が9割も占め、少ししかない25万台の輸入車市場で20万台はドイツ車が占めている。その残りだけでは、将来的に事業を伸ばすことがいかに難しいかということが分かります。軽自動車の150万台市場は、お隣の韓国並みの市場規模ですし、ほかの国と比べても随分大きな市場です。
そこにBYDが持ってる技術で、使っているときはCO2の排出がない、地球温暖化対策にもなる、こういった商品を広めたいというのは、王総裁が持つエンジニアとしてのプライドだったり、夢だったり、新規開拓するという事業戦略が、軽自動車の開発を決めることに合致したんじゃないでしょうか。
PHEVは「スーパーハイブリッド」と呼び、極めてEVに近いハイブリッド
──シーライオン6はPHEVと言わずに「スーパーハイブリッド」と呼ぶのはなぜですか?
東福寺社長:今回発表したPHEVの正式名称は「シーライオン6 DM-i」です。でも、“DM-i”と聞いても誰も知らない。“デュアルモードインテリジェント”と言っても「何それ?」ってことになります。DM-iはPHEVで“プラグインハイブリッドEV”と言っても、それもよく分からない方が大半です。
ところが「ハイブリッド」と聞くと、ほとんどの方が「燃費のいいクルマ」と認知していると思います。われわれのアプローチとしては、ハイブリッドなんだけど、極めてEVに近いハイブリッドで、EVを一歩超え、EVよりも広がりがあるという意味での「スーパーハイブリッド」という名前にしています。
「ハイブリッドだけど、もうちょっとイイんですよ。」というのを訴求していこうと、プラグインハイブリッドとも言わず、DM-iとも言わず「スーパーハイブリッド」でいこうと決めました。
──スーパーハイブリッドは日本だけの名称ですか?
東福寺社長:実はBYDの世界のいろいろなマーケットで「スーパーハイブリッド」という名前で売っていて、プロモーションも「スーパーハイブリッド」としている市場が多いんです。それが受け入れられていますから、日本は世界でも最後に導入するので、ほかでうまくいった事例はできるだけ採用しようということです。
──PHEVを売ると、エンジン車と同じレベルの整備が必要となり、今よりも拠点数が問題になりそうですが、そこはどう解決しますか?
東福寺社長:PHEVが入ることによって、バッテリEVにプラスしてパワートレーンが2種類になって、実質エンジン車とほぼ同じメンテナンスは必要になってきます。
油脂類や排ガスをサービス工場でちゃんと対応してもらうようにネットワークを整えると同時に、軽EVも扱うようになると、本当にお客さまが増えていったときのサービスの供給能力も足りなくなるという問題が出てくると思います。それに対応できるだけの店数を増やさないといけません。
ただ、2026年に一気に拡充するかというと、お客さまがいないところに販売店網を広げてしまうと、待っているだけになってしまいます。販売会社からすると、お客さまが増えてから店を増やしたいので、販売会社の皆さんとお話しながら、100店を超えてどのぐらいまで広げられるかをディスカッションしているところです。
軽EVはいいなって思ってもらえるのかが楽しみ
──最後にまとめをお願いします
東福寺社長:ジャパンモビリティショーのプレスデーでここまで注目度が高いとは予想を超えていましたし、一般のお客さまも注目していただいています。
単にこの軽EV「ラッコ」というだけではなくて、軽自動車の業界とか日本対中国とか、BYDが入ってきたっていうところが、いろいろな視点で注目されていると思うのですが、クルマを見に来ていただいたお客さまに、いかに“軽EVはいいな”って思ってもらえるのかどうか、そこが楽しみですね。見に来られたお客さまに意見を聞いてみたいです。
──ありがとうございました。




