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【SUPER GT 第6戦鈴鹿】ナカジマレーシングに10年ぶりの優勝をもたらした64号車「Epson Modulo NSX-GT」の勝利の理由

2017年8月27日 開催

決勝終了後、優勝した喜びを松浦孝亮選手とベルトラン・バゲット選手

 8月26日~27日に、“SUZUKA 1000km”としてはファイナルレースとなるSUPER GT 第6戦 第46回インターナショナルSUZUKA 1000km "SUZUKA 1000km THE FINAL"が、三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットにおいて開催された。

 このレースで優勝(別記事参照)したのは、ナカジマレーシング(NAKAJIMA RACING)の64号車 Epson Modulo NSX-GT(ベルトラン・バゲット/松浦孝亮組、DL)。実は同チームが優勝したのは、今から約10年近く昔、2007年の最終戦(2007年11月4日)だった富士GT300kmレースで、ロイック・デュバル/ファビオ・カルボーンの組み合わせで優勝した、というところまでさかのぼらないといけない。

 10年近く優勝がなかったものの、ダンロップとナカジマレーシングは勝利を目指して挑戦を続けてきた。鈴鹿サーキットで同車を取材したことなどからその勝利の理由を考えていきたい。

10年近く優勝がなかった64号車 Epson Modulo NSX-GTが鈴鹿1000kmを制覇

64号車 Epson Modulo NSX-GTは、4番グリッドから決勝スタート

 では、なぜそれだけの時間勝てなかったのか? という疑問がわいてくるだろう。実は、その背景にはSUPER GT独特のレギュレーションでもある、タイヤメーカーが競争を許されているという"タイヤ戦争"がある。現在のレースシーンでは、コントロールタイヤと呼ばれる、あるメーカーがワンメイクで供給して、それ以外の部分で競争するというのが一般的だ。しかし、SUPER GTではタイヤメーカー側の"競争したい"という意向を受け入れて、タイヤ戦争を許容しており、各チームはタイヤメーカーと契約してタイヤを供給してもらう仕組みになっている。

 64号車 Epson Modulo NSX-GTは、GT500にタイヤ供給している4社(ダンロップ、ブリヂストン、ミシュラン、横浜ゴム)のうち、ダンロップからタイヤ供給を受けている。他の3社が2台以上(ブリヂストン9台、ミシュラン2台、横浜ゴム3台)に供給しているのに対して、ダンロップは64号車1台に供給しているという体制になっている。

GT500にはダンロップ、ブリヂストン、ミシュラン、横浜ゴムの4社がタイヤ供給している

 このことは、特定の1台に集中できるというメリットはあるものの、テストで取れるデータが1台分しかないという開発面では足かせになる面もある。9台に供給しているブリヂストンでは同じテストをしたとしても、9倍のデータを取ることができることになる。

 また、同じメーカーの車両でもメーカー側も開発をするときに、台数が多いタイヤに合わせることが増える。例えば、日産であれば、4台のうち2台はミシュランなので、どうしてもミシュランに最適化が進むことになる。同じことはトヨタにもホンダにも言えて、全車は6台中5台、後者は5台中3台がブリヂストンなので、どうしてもブリヂストンへの最適化が進むことになる。

GT500クラスで唯一ダンロップタイヤを装着する64号車「Epson Modulo NSX-GT」

 こういう厳しい環境の中でダンロップと64号車 Epson Modulo NSX-GTは戦っている。SUPER GTが"世界で最も厳しいタイヤ戦争が行なわれているレース"と表現される所以でもある。

レース後の公式会見で、あの明るい松浦選手が涙を見せた……。それだけの重圧がドライバーにかかっている

レース後の公式会見で涙を見せた松浦選手

 そうした状況の中でも、ダンロップとナカジマレーシングは勝利を目指して参戦を続けてきた。そうした時に鍵になってくるのは、公式テストなどを利用したタイヤ開発になる。特にダンロップの場合は、64号車 Epson Modulo NSX-GTの1台だけになるので、その重責は2人のドライバーにかかってくる。そのプレッシャーは、並みのものではないだろう。

 今回、決勝レース後の優勝会見で、松浦孝亮選手は「去年の10月に、ホンダさんからARTAを離れてナカジマレーシングに行ってダンロップを立て直してくれと言われて、移籍を決めた。それまで19年鈴木亜久里さんのところで走ってきて、亜久里さんには申し訳ないけど結果が出せなくて、こうして中嶋さんのところに移ってきて勝つことができて、自分の力を証明できたし……」と言ったあと、涙を見せた。SUPER GTを見ていたり、GAORAのインディカー・シリーズの中継を見ている読者であれば、松浦選手がいつでも冗談を言っている明るいキャラクターであることはよくご存じだろう。その松浦選手をして公式の場で、報道関係者がみな見ているなかで、嗚咽を漏らすというのは、それだけドライバーに対して大きなプレッシャーがかかっていた、その裏返しだろう。

決勝後のインタビューに応えたベルトラン・バゲット選手

 タイヤを開発するドライバーという役割はとても名誉なことだと思うが、その半面、勝てなければ批判の矢面に立たされることになる。そのプレッシャーはおそらく我々が想像する以上だろう。そしてその役割を、4年間にわたり同チームに在籍してきたベルトラン・バゲット選手は「2015年にはクルマの問題、エンジンのトラブル、自分たちのミスなどが重なって辛いシーズンになってしまった。だけど、4年間ナカジマレーシングと一緒にやってきて、もうここは日本の家族のようなものだ」と、結果がでない辛いシーズンもあったが、それをチームと一緒に乗り越えてきたと表現した。

64号車 Epson Modulo NSX-GTが勝てたのは、夕方の路面にダンロップのソフトタイヤがベストマッチしたから

表彰台のトップに上がったベルトラン・バゲット選手と松浦孝亮選手

 多くの読者にとって疑問なのは、64号車 Epson Modulo NSX-GTがなぜ優勝できたのかにあるのではないだろうか。

 理由は3つあると思う。1つにはここ数戦、ダンロップタイヤのパフォーマンスが明らかに上向いていたことが挙げられる。スポーツランドSUGOでの第4戦は予選10位/決勝8位、そして富士スピードウェイでの第5戦は予選13位/決勝12位という結果で、序盤戦で他のタイヤメーカーのNSX-GTにおいていかれていた状況は明らかに改善されていた。

 そしてもう1つは、NSX-GTのミッドシップハンデが削減され、NSX-GT全体のパフォーマンスが上がっていることにもあるだろう。ミッドシップハンデは、14年規定はFRが前提なのに、市販車のイメージを大事にしたホンダが他の2メーカー了承の下で特例としてミッドシップに改良することとのトレードオフで受け入れたものだが、この2014年からの3年間の結果を見れば、やはり大きすぎたというのが誰もが感じているところだろう。それが軽減されたことで、NSX-GT全体の戦闘力が上がったということは、ミッドシップハンデが減らされた第3戦のオートポリス以降3戦で2戦ポール、2戦で優勝という結果を見れば明らかだろう。

 そして3つ目は、このレースが第6戦で、SUPER GT独特のルールによりこれまで上位入賞をしてきたランキング上位勢がウェイトハンデを最も積んだ状態であることも冷徹な事実として指摘しなければならない。上位勢が下位に沈んでいるからこそ、前半戦苦労したチームが、上位に来れる状況が整った。

決勝後のインタビューに応えた松浦孝亮選手

 そうした背景があるとはいえ、レースはレース。戦う武器が揃っていても勝てないのが、SUZUKA 1000kmのような耐久レースであることは言うまでもない。松浦選手によれば、今回の勝負の鍵は、タイヤが適応できる温度だったという。松浦選手によれば、実は今回同チームが持ってきたタイヤは富士スピードウェイでの第5戦に投入されたものと同じで、「これまでの課題として、サーキットによってピックアップしてしまったりがあった。ちょっとしたコンディションの変化でいきなり厳しくなったり、いきなり速くなったりということがあった。プライベートテストの時もいきなりいいタイムがでるのに、でない時もあった。予選で4位になったのも、正直わからないぐらいいいタイムがでた。決勝でも持つと思ったのだが、今回持ってきた中で柔らかい方を使っていたので、暑い時間帯は正直楽ではなかった。最後5時過ぎてから、ベルトランの第5スティントからタイムがよくなって、逆に周りが落ちていった。そのベルトランの走りが勝負のポイントだった」と説明している。

 ピックアップ(タイヤのカスを拾ってしまってタイヤが機能しなくなること)の問題も今回は発生せず、タイヤはパフォーマンスを発揮し続けたというバゲット選手も説明しており、ちょうど夕方の時間の気温が下がってきた時の路面温度にダンロップが持ち込んだソフトめのタイヤがドンピシャでマッチした、そしてそれをバゲット選手が使いこなして、タイヤ交換後でタイヤが暖まっていない17号車 KEIHIN NSX-GT(塚越広大/小暮卓史組、BS)をオーバーテイクしてトップに躍り出た、それが64号車 Epson Modulo NSX-GTが勝てた最大の要因と言えるだろう。

17号車 KEIHIN NSX-GT(塚越広大/小暮卓史組、BS)の前を走行する64号車

ドライバーも、チームも、タイヤも完璧に機能したから、最後の鈴鹿1000kmでの勝利を掴んだ

決勝後のインタビューに応えた中嶋悟監督

 64号車 Epson Modulo NSX-GTの中嶋悟監督は、「今回は何なによりも2人のドライバーが頑張ってくれた。かつ、チームもピット作業で1つのミスもなくこなすことができたこと、それが勝因」と2人のドライバーとチームを称える。

 実際、今回第5スティントでバゲット選手がピットに入って松浦選手に交代するとき、ナカジマレーシングのピットが無駄なく終えられているのを見て、プレスルームでモニターを見ていた報道関係者からは「速い」という声が上がっていた。これまで64号車 Epson Modulo NSX-GTはあまり上位を走っていなかったため、チームのピット作業が中継されることは希だったためあまり理解されていなかったが、チームのピット作業の速さには実は定評があるのだ。中継では撮っていなかったが、前出の17号車 KEIHIN NSX-GTを抜いた第5スティントの前のピットストップ(第4スティントの終わり)に関しても、チームが非常に速いピット作業を行なったため、17号車との差が大きく縮まり、それが17号車をオーバテイクできた大きな理由の1つになったのは間違いない。

 このように、今回はドライバーも、チームも、そしてタイヤも完璧に機能した。それこそが64号車 Epson Modulo NSX-GTが誰も予想していなかった勝利を勝ち得た理由だろう。

表彰台のトップでシャンパンファイトをするベルトラン・バゲット選手と松浦孝亮選手
2位は23号車 MOTUL AUTECH GT-R(松田 次生/ロニー・クインタレッリ組、MI)、3位は100号車 RAYBRIG NSX-GT(山本尚貴/伊沢拓也、BS)
シャンパンファイトがスタート

 そうしてゴールを迎えた64号車 Epson Modulo NSX-GTだが、表彰台で松浦選手は、後輩となる100号車 RAYBRIG NSX-GT(山本尚貴/伊沢拓也、BS)の2人に、少々手荒い祝福を受けた。2人からのシャンパンによる祝福は、お酒があまり得意ではない松浦選手にとって、生涯忘れられないおいしい勝利の美酒になったのではないだろうか。