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新型「アウトランダーPHEV」の開発にもつながっている、三菱自動車のラリーチャレンジについて増岡浩氏に聞く

現在三菱自動車本社ショールームでは「アウトランダーPHEVラリーチャレンジ展」を開催中。バハ・ポルタレグレ500参戦車両やさまざまなパネルを展示している

過酷なラリーにチャレンジすることでPHEVシステムを鍛えてきた

 三菱自動車工業は現在、本社ショールーム(東京都港区)にて「アウトランダーPHEVラリーチャレンジ展」を開催している。会場にはPHEVの量産技術の信頼性の実証や、先行技術の可能性を追求するために2015年に参戦した「バハ・ポルタレグレ500」(ポルトガルで開催されている総距離約500kmのクロスカントリーラリー)の参戦車両の展示、他のクロスカントリーラリーでの参戦の模様をパネルや動画で展示中だ。

 今回は、展示された参戦車両のドライバーであり同社の広報部エキスパート、そして第一車両技術開発本部 機能実験部担当部長として広報、車両開発に携わる増岡浩氏に話をうかがう機会を得た。また、会場では12月16日発売の新型アウトランダーPHEVも先行展示されており、そちらとの繋がりもうかがうことができたので合わせてお届けしたい。

 まずは展示されたアウトランダーPHEVの概要だが、目につくのはベースとなった2015年型のボディを200mm拡幅し、100mm高くした迫力あるスタイリングだ。これは社内のデザインチームによるもので、中でもこのオーバーフェンダーは当時一般のアウトランダーユーザーから「購入したい」との問い合わせも多かったとのことだ。

アウトランダーPHEVバハ・ポルタレグレ500参戦車両(2015年)。全長4695mm(±0)×全幅2000mm(+200)×全高1810mmm(+100)※カッコ内はノーマル比
ほぼノーマルの運転席まわり
ナビ画面部分には走行中の車両情報が表示されていたとのこと
2名乗車に変更され、後部席の場所にはスペアタイヤが2本収められている
シフトノブまわりもほぼノーマルで、制御に関するスイッチ類が多少追加されている程度だ
ドアの内張などもノーマルのまま。ドア自体も鉄板のまま
燃料タンクはリアのトランク部に設置
充電口はトランク内に移設されている
タイヤは235/85R16(ノーマルは225/55R18)
ボンネット&フロントグリル
写真左側にオイルクーラを設置しているものの、いたってノーマル然としたエンジンルーム
後部席のスペアタイヤの後ろには、制御系の機器が水対策として高い位置に設置されている

 2014年まではベースモデルのままのボディで参戦してテストを重ねてきたアウトランダーPHEVだが、もっと速く、もっと激しくラリーフィールドを走りPHEVシステムやS-AWCに今まで以上に高い負荷をかけるべく、タイヤサイズの大径化やストロークアップが必要となりデザインの変更にふみきったというわけだ。ちなみに現在三菱車のデザインアイデンティティとなっているダイナミックシールドを初めて採用したのがこのアウトランダーだが、拡幅されたボディにもよく似合っている。

 PHEVユニットに関しては、バッテリは量産と同じものを使用しながら数を増やし容量と電圧を上げ、モーターやエンジンも量産と同じものを使用しながら制御で出力を上げている。そういう点を見ても、競技車両ながら順位よりもあくまで量産品にさらなる高負荷をかけるテストという方向で参戦していることが分かる。

 ちなみに、三菱自動車がアウトランダーPHEVでクロスカントリーラリーへの挑戦を始めたのは2013年。ツーアンドフォーモータースポーツのプライベーター活動への技術支援という形でスタートした。最初の挑戦となった2013年のアジアクロスカントリーラリーは、タイ~ラオスの6日間で約2000kmのルート。中でもラオスのステージは地元の生活道路ですら一雨降れば通り抜けが困難になるほどのドロドロ、ヌタヌタな環境。車高が高く大径タイヤを履くピックアップトラックやクロスカントリー4WDならいざ知らず、クロスオーバーSUVのアウトランダーPHEVには極めて厳しい戦いとなったものの総合17位で完走。

2013年のアジアクロスカントリーラリー。岡崎の技術スタッフが帯同している

 続いて2014年はタイ~カンボジア。こちらは少し順位をあげて総合14位で完走。比較的フラットながら固く引き締まった路面もあるカンボジアの超高速セクションでは総合で2番手タイムをたたき出すなど、高速での高い戦闘力を見せるシーンもあった。

2014年のアジアクロスカントリーラリー

 なお、この年にはミツビシ・ラリーアート・オーストラリアが、オーストラレーシアン・サファリに参戦して総合19位で完走している。

 ここまでの挑戦でPHEVシステムにトラブルが出なかったため、三菱自動車の挑戦はさらなる過酷なステージへ移る。それが、ある意味「アウトランダーPHEVエボリューション」とも呼びたくなるような2015年のマシンだ。

 2台製作されたうちの1台は、タイの北部チェンマイを起点とする厳しい山岳ルートが設定されたアジアクロスカントリーラリーへの参戦。このラリーは3度目の挑戦だ。PHEVにとって最悪のコンディションとも言える深い川と厳しいアップダウンに苦戦するも3度目の完走を果たし、3年間に渡る東南アジアのステージでは一度もリタイアすることなくツーアンドフォーモータースポーツの挑戦は一旦幕を閉じる。

2015年のアジアクロスカントリーラリー

従来モデルから2段階くらい一気にステップアップした新型アウトランダーPHEV

 一方で、今回ショールームに展示されたもう1台のエボリューションモデルはお話をうかがった増岡浩氏のドライブにより、同年10月下旬にバハ・ポルタレグレ500に参戦する。こちらはスプリントレース並みのスピードが求められるコースだで、三菱ワークスとして初めて参戦したこのラリーでも見事完走を果たす。

バハ・ポルタレグレ500で走行するアウトランダーPHEV(写真提供:三菱自動車)
監督/ドライバーの増岡浩氏と、コ・ドライバーを務めたパスカル・メモン氏(写真提供:三菱自動車)
バハ・ポルタレグレ500で走行するアウトランダーPHEV(写真提供:三菱自動車)

 このように三菱自動車の電動技術は日本のテストコースはもとより、東南アジアのタイ、ラオス、カンボジア、そしてオーストラリア、ヨーロッパの西端ポルトガルで、実戦の中で鍛え上げられていたのだ。今回発表されショールームに先行展示されている最新型アウトランダーPHEVもそのような開発の結晶でもある。

先行展示中の新型アウトランダーPHEVと。その仕上がりに並々ならぬ自信を見せる増岡氏

 ホワイトダイヤモンドと名付けられたボディカラーとブラックマイカのルーフが美しい展示車について、増岡氏は「今までのステージから2段階くらい一気にステップアップした新生三菱のフラグシップにふさわしい仕上がり」と自信をのぞかせる。

 もちろんその言葉を疑うつもりはないが、現在三菱自動車の広報部にも籍を置く増岡氏ではなく、今回は世界の頂点に立ったオフロードドライバーとしての視点でのコメントをお願いすると、真っ先に説明してくれたのがS-AWCによる走行モードについてだ。

 新型アウトランダーが備える走行モードは7種。「ノーマル」「エコ」「パワー」とよく耳にする3種に加え、「スノー」「ターマック」「グラベル」「マッド」の4種を設定。「スノー」も比較的よく見るモードとも言えるが、他の3種はちょっと珍しい。そして、どことなく三菱自動車らしくもある。

 増岡氏は「実は基本的な3種で全ての走行はカバーできます。でもね、さらに深い領域に踏み込んだ他のモードは実は私のこだわりなんです。全ての乗員の安全というのはもちろん何よりも大事なことですが、このモードはハンドルを握るドライバーのためのものであり、社内でもその搭載には賛否はあったものの運転を愛するユーザーへの私からのプレゼントという気持ちで作りました」と語る。

7種のドライブモードは増岡氏から運転を愛するユーザーへのプレゼントとのこと

 続けて増岡氏は「うち(三菱自動車)の4WDって伝統的に後輪の駆動を積極的に使う制御なんです。ただ、それって一般のユーザー向けの量産車にとっては制御がすごく難しいんです」と、その制御を達成する難しさに触れながら各モードの説明をしてくれた。「ターマック」モードはサーキットやワインディングにマッチするようAYCの効果を旋回方向に強くしたモード。一方で「スノー」モードは前輪の駆動力配分を増しリアの振れを減らす方向で制御されるとのこと。と、ここまではなんとなくイメージ通りではある。

 さらに説明は続く。「グラベル」モードは滑りやすい路面で操舵と駆動を前輪に受け持たせ、負担が大きくならないよう駆動を後輪寄りにしながら前輪の操舵をしやすくするというモードだそうだ。上級者ならこのモードで後輪を滑らしながら積極的に旋回しても限界までは制御が入らずにコントロールできるそうだ。

 最近のクルマは肝心なところで制御が入り運転しにくい、という声をモータースポーツの現場ではよく耳にする。もちろん量産車においてはドライバーの技量を問わず誰もが安全に走行するための制御はもはや必須の装備だ。しかし、今回三菱自動車の制御はそこから一歩踏み込んだようだ。加えて「マッド」はスリップしても出力をあまり絞らずタイヤを回転させ、泥や雪をタイヤの溝から飛ばしてグリップを回復させる制御だそうで、増岡氏いわく「スリップしたからってスリップが回復するまで出力を絞ってしまうなんて、われわれプロドライバーはしませんから」と淡々と語ってくれた。

 アウトランダーPHEVの制御が世界各国のラリーの実戦で鍛えられたことや、開発の現場に世界トップクラスのオフローダーが在籍する意味を、この7つのモードを備えたスイッチ1つで表現しているようでもある。

マッドモードまで備えているダイヤル

 ちなみに、その走行性能は「MT(マッドテレーン)タイヤで遊ぶ人も十分に楽しめる仕上がりになってますよ」と増岡氏。もちろんその裏付けはツインモーターと車両運動統合制御システム(S-AWC)がキモではあるが、相反する走破性とオンロード性能のせめぎ合いの中から決めた車高などを含めた全体のディメンション、バッテリパックの強固なケースも剛性に寄与するという刷新されたボディなど、メカニカルな部分あっての話であることは言うまでもない。そのどれもが「パジェロ」や「デリカ」「ランエボ(ランサーエボリューション)」が描いてきた三菱自動車らしい世界観を感じるものばかりだ。誤解を恐れず言えば、どこか土の匂いがする。

 スイッチ1つひとつのフィーリングや操作音、内装の仕立てなど上質さにもこだわったという新型アウトランダーPHEVに土の匂いとはいささか失礼かもしれないが、今回は展示されたラリー車やラリードライバーとしての増岡氏にスポットをあてつつ話を進めさせていただいた。

 以上、2013年からの3年間にわたるモータースポーツへのチャレンジについて簡単に触れさせていただいたが、三菱自動車の電動車技術においては世界初の量産EV(電気自動車)「アイ・ミーブ」による2012年~2014年まで続いた「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム(アメリカ)」への挑戦も多くの役割を果たしたことを付け加えて置く。

 実は、このプロジェクトで三菱自動車は来るべきEV時代に備え若手メカニックを数多く採用していたという。その若きスタッフこそが現在の電動車の技術を支えているスタッフなのだ。そこにWRCやダカールラリーで経験を積んだベテランスタッフの知見が加わっているのが、今の三菱自動車のクルマづくりの在り方とも言えそうだ。もちろん、今回話をうかがった増岡氏もそんなベテランの1人であることは言うまでもない。同時に増岡氏も社内にしっかりと乗れる人材を育成するために、10数年前から定期的に社内ドライビングレッスンを実施しているという。

 とかく電動車両は環境問題とセットで語られがちだ。もちろんそれも大切なことで、発売間近に迫った新型アウトランダーPHEVについても三菱自動車の加藤隆雄社長はその点について触れている。しかしながら、今回展示されたアウトランダーPHEVのエボリューションモデルとも言えそうな「バハ・ポルタレグレ500」参戦車両と、先行展示されている最新のアウトランダーPHEVを同じスペースで眺めていると、クルマが電動化されても、今までわれわれがガソリンやディーゼルエンジンのクルマで楽しんできたカーライフをわざわざ捨てたり変更したりする必要など全くないのだろうなと思わせられてしまう。三菱自動車が育んできたランエボやパジェロのスピリットも楽しさも、全部思い出させてくれるアウトランダーPHEVの展示は2022年の2月下旬までの予定。

「アウトランダーPHEVラリーチャレンジ展」は2022年の2月下旬まで(予定)

 ショールームではテイクアウト専門カレーショップ「DERICA CURRY」、ショールーム2Fではこだわりの「ティースタンド」を営業しているので散歩がてらに足を運んでみてはいかがだろう。増岡さんは常駐していないのでご注意いただきたいが、この取材の途中にたまたま訪れたファンに気さくに対応してサインなどしていたので、運がよければ会えるかもしれない。

展示車両の後ろに飾ってあるパネルにサインをする増岡氏。このパネルのサインはこの取材のときに書かれたものだ

2002年のダカールラリー優勝車、三菱自動車「パジェロ」について増岡浩氏に聞く

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/interview/1316873.html