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「水素で世界を動かせ」、トヨタの液体水素カローラが富士24時間レースを完走 世界初の挑戦は成功
2023年5月29日 07:13
5月26日~28日、富士スピードウェイで「スーパー耐久第2戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」が開催された。この富士24時間で、ST-Qクラスに世界初のレースカーとしてデビューするのが、マイナス253℃の液体水素燃料を内燃機関で燃やして走る32号車 ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept(佐々木雅弘/MORIZO/石浦宏明/小倉康宏/Jari-Matti Latvala)、液体水素GRカローラ(以下、液水カローラ)になる。
液水カローラは、2年前にこの富士24時間レースでデビューした水素カローラの進化版になる。水素カローラが新型「ミライ」で実用化されている70MPaの圧縮水素を利用して走るのに対して、液水カローラは新開発の液体水素用タンクを搭載し、マイナス253℃の液体水素を用いて走行した。
マイナス253℃の液体水素を用いたのは、航続距離向上のため。水素を液化することにより、気体水素の1/800の体積まで容積を圧縮することができ、燃料搭載性を向上できる。ただ、70MPaの圧縮水素も相当容積を圧縮しているので、物理的には約1.7倍の搭載量となる。また、圧縮水素では燃料残量がわずかになったときに圧力降下が起きており、カイゼンしつつもすべてを使い切ることができていなかった。
体積エネルギー密度
圧縮気体水素(35MPa):767Wh/L
圧縮気体水素(70MPa):1290Wh/L
液体水素(LH2):2330Wh/L
石油系(ガソリンなど):約9600Wh/L
リチウムイオンバッテリ系:約700~600Wh/L
質量エネルギー密度
圧縮気体水素(35MPa):39,400Wh/kg
圧縮気体水素(70MPa):39,400Wh/kg
液体水素(LH2):39,400Wh/kg(気体にして使用するため、圧縮気体と同じ)
石油系(ガソリンなど):約12,800Wh/kg
リチウムイオンバッテリ系:約250Wh/kg
(参考文献:GSユアサ 再生可能エネルギーの大規模導入に対応するためのエネルギー貯蔵・輸送技術[PDF])
一方、液水カローラでは新開発の燃料ポンプを搭載しており、このポンプをうまく使うことで、搭載燃料を圧縮水素よりうまく使うことができる可能性がある。これにより、同じ容積なら約2倍の航続距離になるという。
実際の富士24時間レースでは、マイナス253℃という過酷な状況で動くポンプの寿命問題もあり、ポンプ交換を実施。ポンプ交換は、残った液体水素を爆発力のない(つまり、燃料にはならない)液体窒素に置換してから行なう必要があるとのこと。スタートドライバーを務めるモリゾウ選手こと豊田章男会長は、このポンプ交換を「計画停止」と呼び、24時間レース中に長時間走ることのできない時間があることを事前に伝えていた。
レース終盤に行なわれたトヨタ自動車によるラウンドテーブルでは、GAZOO Racing Company プレジデント 高橋智也、GR パワトレ開発部 副部長 小川輝氏、GR車両開発部 先行開発室長 横田義則氏が出席。横田氏によると、「最初の宣言どおり、計画停止ということでポンプの交換を(24時間レース中に)2回行ないました。最初は4時間かかりましたが、2回目は3時間くらい」と、1度目は当初話をしていた3時間半よりかかったものの、2度目は人が鍛えられたこともあって1時間短縮できたとのこと。
液体水素の給水素に関しても、給水素を担当する岩谷産業のスタッフの働きもあって、ノートラブルで実施。給水素そのものは4分ほどでできているようだ。細かな問題は出ているものの、次へ向けてのカイゼン策は見えているとのこと。
高橋プレジデントは、「(液体水素)タンク本体の信頼性は確保できているという確証を今回持てた」とし、動かない部分については設計どおり、想定どおりであったとし、今後はポンプなど動く部分の信頼性やマイレージ(製品寿命)を上げていきたいと語る。
小川氏によるとHICE(水素内燃機関)である水素エンジンについては、マイナス253℃の液体水素を気化した気体水素を燃料として用いているため、燃料の温度が気体水素エンジンのときより低くなっており、プレイグニッション(異常爆発)の問題に悩まされることもないという。液体水素経由の燃料は、いわば大型のインタークーラーを用いたような効果を発揮していることになる。
想定以上の航続距離となった液水カローラ
計画停止時間も長いため、富士24時間レースにおける液水カローラの周回数は327周。Aドライバー モリゾウ選手が59周(ベストタイム 2分6秒462)、Bドライバー 佐々木雅弘選手が55周(同 2分2秒917)、Cドライバー 石浦宏明選手 94周(同 2分2秒760)、Dドライバー 小倉康宏選手 60周(同 2分5秒234)、Eドライバー ラトバラ選手 90周(同 2分5秒162)という成績で24時間レースを完走した。
まず、この液水カローラの結果ですごいところは、HICEでありながらレーシングスピードで走り続けたことだ。
開発目的でもある航続距離については、富士スピードウェイを無給水素で、スティントによっては16周できたとのこと。17周できると理論どおりの約1.7倍の走行距離になるとのことだが、今回は世界初の挑戦でもあり、目標は24時間の完走であるため15周を想定。16周走るスティントがあったということは、想定以上にうまく水素が使えていたことになる。
「水素で世界を動かせ。」
トヨタ自動車の世界初の挑戦は、24時間レースを大きなトラブルなく完走したことで成功に終わった。ただ、本当に水素燃焼自動車の時代が来るためには、これから実用化に向けての戦いが必要となる。液体水素を供給する岩谷産業のスタッフの背中には「水素で世界を動かせ。」のタグラインが描かれており、32号車のゴール時にはスタッフ全員がよろこんで手を振っていた。
5月27日には、ル・マン24時間のトップカテゴリーに、燃料電池車に加えて水素燃焼自動車(つまり、FCEVとHICE)の参加が可能になるなど、水素自動車開発へ向けての戦いは世界へ広がりを見せている。
スーパー耐久第1戦鈴鹿でモリゾウ選手と出会ったときに「水素自動車の時代は本当に来ますか?」と質問したら、「みんなの意思ある行動と情熱があれば、来るんじゃないですか」と答えてくれた。広島G7サミットでのG7広島コミュニケ、ル・マン24時間の水素カテゴリ発表、富士24時間レースにおける液水カローラの完走など、水素で走る自動車が現実的な選択肢になるときは少しずつ近づいているのかもしれない。