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豊田章男会長、トヨタ生産方式によるレーシングカーの手作り量産が進む現場をカイゼン指導

フィンランド ユバスキュラのGRヤリス ラリー2開発現場で生産状況を確認するトヨタ自動車株式会社 代表取締役 会長 豊田章男氏(右)

フィンランド ユバスキュラでトヨタ生産方式によるレーシングカーの手作り量産

 8月3日~6日(現地時間)の4日間にわたって開催された、WRC(世界ラリー選手権)第9戦ラリーフィンランド。フィンランド ユバスキュラを中心に行なわれた高速グラベルラリーで、トヨタ自動車のTGR-WRT(TOYOTA GAZOO Racing World Rally Team)は エルフィン・エバンス/スコット・マーティン組が優勝、勝田貴元/アーロン・ジョンストン組が3位と、1-3フィニッシュという素晴らしい結果を記録した。

 このラリーフィンランドでは、フィンランド出身でもあり、フィンランドに本拠地を置くTGR-WRT代表 ヤリ-マティ・ラトバラ氏が選手として復帰することもあり(結果は5位という見事な成績)、トヨタ自動車会長でもありTGR-WRTの会長でもある豊田章男氏が、ラリーにおけるチーム代表を務めたことも大きな話題となっていた。

 トヨタは、このフィンランド ユバスキュラの地にレーシング車両の開発センターを設けることを発表したが、実はすでに進んでいるのがGRヤリス ラリー1 ハイブリッド車両を手作りで生産しているTGR-WRTの本拠地でのGRヤリス ラリー2車両生産。

 2023年の東京オートサロンでモリゾウ選手がデモランを行なったラリー2車両は、日本ではなくラリーチームの本拠地で手作り生産が始まっている。

 8月3日、豊田章男氏はチーム代表ではなく、おそらくトヨタ自動車 会長としてTGR-WRTの本拠地である本社を訪問。このレーシングカー生産に採り入れられているトヨタ生産方式を見学するとともに、さらなるカイゼンを指導。現場の技術者や手作り量産を行なっているスタッフとコミュニケーションを図った。

 トヨタが生産を行なおうとしているGRヤリス ラリー2は、WRCのラリー2に適合する車両。現在トヨタがワークスとして参戦しているラリー1より改造範囲が狭く、それでありながらWRCという世界戦に参戦できるなど魅力的な車両になる。そのため、自動車メーカーではないものの、資金力などがある多くのジェントルマンドライバーが参戦している。ロードカーで言えば、多くの世界戦が行なわれているGT3車両にあたるものとなるのだろうか。GT3車両と同様、カスタマーレーシング向けと言われるクルマだ。

 ラリーの場合は、ラリー2の下にラリー3やラリー4などさらに改造範囲の厳しいものがあり、市販車に近くなればなるほど車両のコストや参戦コストが低くなることから、競技人口が増えている。

 トヨタは、ラリー1で世界チャンピオンを何度も獲っており、2023年もラリーフィンランドの勝利で世界チャンピオンの有力候補になっている。その世界ラリーチャンピオンというバックグラウンドで、ラリー2というカスタマーレーシングという新しいビジネスへの挑戦を始めているのだ。

カスタマーレーシングの生産工場となるTGR-WRT

GRヤリス ラリー2開発スタッフと楽しそうに話す豊田章男会長。会長の左は友山茂樹Executive Fellow

 そのカスタマーレーシングの生産車両基地となるのが、フィンランド ユバスキュラにあるTGR-WRTの本拠地。この本拠地にはTGR-WRT本社機能もあるが、ラリー1の生産をほかチームと同様に完全手作り(ただし、ハイブリッドやエンジンなどのパワーユニットはTGR-Eから送られてくる)で行なっており、その一角にラリー2の手作り生産ラインが立ち上げられつつあった。

 一般的にカスタマーレーシング車両は、市販車などの量産車とは桁違いに生産数が少ないため、あまりラインなどの考え方は採り入れられていない。市販車をベースに改造するためのピットがあり、そこで手仕事で作られていく。

 トヨタも手仕事なのは同様だが、その生産にはトヨタ生産方式を採り入れ、効率化を図ろうとしている。トヨタ生産方式はTPS(Toyota Production System)や国外ではTPSを研究・体系化したリーン生産方式(LPS:Lean Manufacturing、Lean Product System)として知られている生産方式で、トヨタの生産力の根源ともなっている。ムダの排除を図り、原価を低減、その効果から、多くの世界的企業に採り入れられている方式になる。

 実際、工場内には生産工程を分解し再効率化を図った表や、部品の流れのフローなどが貼られ、カイゼンするための情報にしようとしているのが分かる。工程分解するということは、作業者の1単位の作業量を見積もっており、それをムダ、ムリ、ムラのないように再構成しようとしているように見える。

 TPSを進める検討を行なう場所というものも用意されており、そこには手作りに作業に似合わない「T/T=」という数字も掲載されていた。T/Tについて確認してみると、タクトタイムとのこと。つまり、1工程にかかる生産時間も割り出されていることになる。

 もちろんそのタクトタイムは、量産工場であるトヨタのほかの工場とは次元の違う長さではあるが、手作り生産を行なうカスタマーレーシングカーで見ることはできない概念で、工程分解をしっかり行なわないと設定することすらできない。トヨタがTPSを真剣にラリー2生産に持ち込んでいる証でもあるだろう。

 豊田章男会長のTGR-WRT本拠地視察の日には、日本から友山茂樹Executive Fellowも来ており、TGR-WRTのTPSの取り組みについて語る姿も見受けられた。友山茂樹氏は、TPS本部本部長を務めたほか、現在は国内販売事業本部本部長を兼任しつつディーラーのTPS改革にも取り組んでいる。

 もともとは、豊田章男氏が業務改善支援室の課長時代に、生産調査室の部下であった友山茂樹係長を呼び寄せるという関係でもあり、トヨタのカイゼンに一緒に取り組んで来た関係でもある。

 友山氏が副社長を務めたあと、国内販売事業本部本部長に就いたことから「お友達人事」と書いた記事を見かけたこともあったが、一般的に難しい仕事ほど信頼できる部下に任せるもの。それはグローバルビジネスという世界でも同じであり、信頼できない人を引き入れた企業がどうなったか、信頼できる人と仕事をできることがどれだけ大切で仕事の速度が上がるのか、ビジネスの基本でもある。

 個人的には、豊田章男社長時代にビジョンの実現を支えてきた友山Executive Fellowが、豊田章男会長とレーシングカー生産の現場であれこれ話をしている姿には感慨深いものがあった。もちろん、何を話していたかは不明だが、いつかトヨタイムズなどで公開されるとうれしい場面でもある。

TPSの極意は?

TGR-WRTにおけるTPSの説明を受ける豊田会長。会長越しに見えるのが工程分解されたKOMA Board。その後、会長からTPSについてのカイゼン策が語られた

 豊田章男会長は、部品の搬入、溶接、取り付け、組み立てなど各工程を丁寧に見ながら、必要な部分では質問を行ない、TPSについての考え方を説明。現場からは、それに対して問いかけが出るなど、何かが新しく回り始めているように見えた。

 豊田会長が、総評で触れていたのが「お客さまにミニマムな時間で完成品を届ける」ということ。そのために、TPSによって工程分解した「KOMA Board」などを用いて会話をすること。「みんなで協力し合うための道具を作りましょう」「こういうツールで共通の言語を作りましょう」と、方向性を語っていた。

 これまでのトヨタワークス向けのラリー1では数台作ればよかったし、カスタマーはトヨタのラリーチームのメンバーだ。何か品質面で問題があっても、すぐに話をできる近さにいる。というよりもライバルに勝ち抜くには、相当攻めた開発を行なっている部分もある。

 ところがラリー2では、一般市販車と同じく世界中にお客さまがいることになる。さらにそのお客さまはレースをしており、性能と信頼性の両立を図る必要がある。そのような多くのお客さまに、性能と信頼性が両立したいいクルマを届けるためには、TPSの導入が必要であると豊田会長は語りかける。

 さらに豊田会長が強調していたのが、「何が正常で、何が異常かを決めるプロセスを、今みなさんがやってくれていると思います」「異常なものをはっきりさせることによって、それをみんなで助け合えることができると思います」ということ。

 正常な状態を本当に理解しておくことで、異常な状態が分かるようになるというとともに、見つけた異常をみんなで解決していくことの大切さを伝えた。

 生産作業を行なった人であったら肌で理解していると思うが、異常なものを生産すると、手戻りが発生し、再生産に時間がかかり、ましてやそれを出荷してしまうと、信頼を失う、クレーム対応など膨大な作業が発生してしまう。

 正常な状態を知っておくことで、異常な状態が分かり、異常を防げるという。さらに助け合ってくれる仲間がいるとはっきり示すことで、異常なことを隠すという気持ちもなくなるだろう。一緒に解決してくれる仲間がいるから、カイゼンも進み、よりよい生産が行なえるようになる。

 ある意味、TPSに囲まれて生きてきた豊田会長ならではの深い言葉に思えた。

 TPSでは生産効率だけが着目されることが多いが、トヨタがTPSによって得たのは不良を出荷しないことによる「故障の少ないクルマ」という定評であり、その結果「命や人生を預けられるクルマ」という信頼でもある。それが世界中で愛されている「カローラ」であり、極限状態で使われることの多い「ランドクルーザー」という製品につながっている。

 トヨタはそれをカスタマーレーシング車両という、お客さまの要求も厳しい製品に採り入れ、これまでトヨタが行なってこなかった新しいグローバルビジネスに乗り出そうとしている。まずは、ラリー2車両からかもしれないが、その先には同じく東京オートサロンで発表済みのレクサスGT3もあるように思えた。TPSはカスタマーレーシングの世界を、確実に変えていくだろう。

豊田章男会長と、ラリー2の開発者であるGAZOO Racing Company GR車両開発部 GRZ ZR1 行木宏氏(右)