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橋本洋平の富士24時間レース参戦記 カーボンニュートラル燃料の挑戦で見えたものとは?
2024年6月1日 11:40
ホンダワークスという重責
ホンダワークスのTeam HRCが走らせている「Honda CIVIC TYPE R CNF-R」の271号車にドライバーとして参加してきた。舞台は「ENEOS スーパー耐久シリーズ2024 Empowered by BRIDGESTONE 第2戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」だ。
事前にお伝えしたとおり、このクルマはカーボンニュートラル燃料で走るもので、国内5つの自動車メーカー各社が実験的な車両を走らせるST-Qクラスとなる。水素や次世代バイオディーゼル燃料を利用し、モータースポーツの現場から未来を模索していくことが狙いだ。
その活動とは一体どんなものなのか? レースの話に入る前に、まずはこの取り組みを統括するホンダ・レーシング 四輪レース部 レース運営室 室長 シニアチーフエンジニアの桒田哲宏氏にレースに参戦する意義をうかがう。「ホンダは創業者である故・本田宗一郎氏の時代から、レースは走る実験室と言っています。スーパー耐久というフィールドを使わせていただき、これからもレースが持続可能になるよう検証しています。HRCは2輪だけでなく4輪も統括して活動していくようになりましたが、4輪は世界選手権などで勝つことに執念を燃やしてきました。けれども裾野を広げることは2輪のようにはできていないのが現状です。参加型モータースポーツの現場でもカスタマーファーストをと考えています。そこで、2023年はモータースポーツの持続性を考えてカーボンニュートラル燃料を使って参戦。プロドライバーによってある程度の速さもみせることができるようになりました。そして2024年は昨年と同じことをやるのではなく、参加型モータースポーツの形を探りつつ、あらゆるドライバーに乗ってもらおうとなったわけです」。
このようなコンセプトがあり、2024年の24時間レースにはプロフェッショナルレーシングドライバーの大津弘樹選手&武藤英紀選手。KYOJO CUPの初代チャンピオンでありF4やTCR CIVICの経験もある辻本始温選手。そして同業でレース経験も豊富な桂伸一選手と石井昌道選手、そしてワタクシ橋本洋平が乗ることになった。ホンダワークスTeam HRC、なかなかの重責である。
けれども事前テストでシビックを走らせてみると、なにもかもが寛容だからリラックスしてやれそうだ。シャシーセッティングを担当した大津弘樹選手は誰もが乗れるようにと扱いやすさを重視して仕立てていたようで、ピーキーな動きが一切ない。タイヤの状況が良くても悪くても、あくまでドライバーの手の内に収めやすいから安心だ。
また、ブレーキについてもきちんとサーボが効き、ドライバーに無理な踏力を求めず、ABSがわずかに介入する絶妙なアシストもうれしい。ST-Zクラスに乗る仲間のジェントルマンドライバーは、走行が終わるたびに「もっと力強く踏め!」と要求され疲弊していた。それと比べればシビックはたしかにカスタマーファースト。まるで市販車に乗るかのようにサーキットを連続周回できるのだ。
このクルマの本題となるカーボンニュートラル燃料については、ドライバーとしての違和感はほとんどない。というか分からないのが正直なところだ。人生初のカーボンニュートラル燃料だっただけに、どれだけ我慢が必要なのかと身構えていたのだが、レスポンスもピークパワーも市販車とそれほど変わらないか、むしろコチラのほうが力強い? なんて思えるほどなのだ。もちろん、車両重量も履いているタイヤも違うから、エンジンのオイシイ回転数を使えているということもあるのだろうが、いずれにしてもネガは乗る限りには感じない。
桒田氏いわく「カーボンニュートラル燃料はオクタン価が100くらい。レース用は102くらいなので劣りますが、市販用よりは高く点火を進角できる分、出力は出る方向にあります。エネルギー量はハイオクガソリンに対して少ないんですが、燃料マッピングによってかなり良いところまできている状況です。現状ではエンジン保護も考えて多めに燃料を吹いていることや、ドライバーにもリフト&コーストなどの燃費運転は求めていないために、ST-2クラスを戦うガソリン車のシビックに対して1割ほど燃費はわるいですが、それはカーボンニュートラル燃料だからそうなっているわけではないと考えています。つまり、燃料の違いは出力的にはそれほど変わらないところまできていると思います。F1も2026年から、MOTO GPも2027年から100%カーボンニュートラル燃料になりますからね」とのこと。
いま使っているエンジンの中身は、カーボンニュートラル燃料を想定したものにはなっていない。すなわち、燃焼室をはじめあらゆるところが市販と変わらない。だが、エンジンもまた燃料マッピングの変更のみで寛容に対応できるところまで来ている。ホンダ・レーシング 四輪レース部 レース運営室 運営ブロック マネージャーの青木武治氏はこう語る。「実は2023年後半、カーボンニュートラル燃料のサプライヤーを変更しました。ドライバーから排気ガスの匂いが気になるから変えて欲しいというリクエストがあったからです。燃料変更でそれは解決しました。その際、燃料マップの変更を強いられず、多少の補正で乗り切ることができました」とのこと。
つまり、どのメーカーの燃料を入れてもきちんと動くようにもなってきているし、カーボンニュートラル燃料を前提としたエンジン設計でなくても十分に動く世界ができつつあるのだ。もちろん、匂いなどの問題もあるのだろうが、自動車メーカーだけでなく燃料サプライヤーまで含めて問題の改善に挑めば、それもクリアすることが可能となるだろう。これなら新しいクルマだけじゃなく、旧車に乗る方々にも朗報となるに違いない。いまはまだリッター1000円くらいの価格らしいが、それも量産体制が整えば次第に下がっていくことだろう。
難しいポイントとしては以前の記事でも書いたが、クランクケース・ダイリューション(希釈)である。ブローバイガス(未燃焼ガス)がオイルに混入してオイルを薄め、潤滑性能が落ちてしまうという現象だ。走り出したころはピットインのたびにオイル交換を強いられていたが、いまでは燃料の変更やオイルの粘度を60にして硬くすることで対応。計画では12時間での交換を予定している。
実はこの現象、サーキットでは楽な環境にあるという。それは油温が高ければ高いほどブローバイガスを揮発させやすいらしい。そこで、あえて油温を必要以上には下げないようにしているそうだ。逆に言えば一般道を走る時、カーボンニュートラル燃料は厳しい環境になるのかもしれない。まだまださまざまな検討が必要であることは間違いないようだ。
事前テストでは実は水温が高いことも問題視されていた。これは燃料由来のものだけではなく、夜間走行用のライトをグリル内に追加していたこともその要因だったようで、レースウイーク金曜日の夜、ライトの位置が変更され、より多くの空気を取り入れられるように改められた。
24時間耐久ならではのトラブルの連続
レースウイーク土曜日、まずは予選である。基本的にドライバー全員出走義務があるが、タイム勝負となるのはA&Bドライバーのみだから安心!? そこで「Team HRC Honda CIVIC TYPE R CNF-R」は大津選手によって1分51秒827を記録した。ハイオクガソリンを使うST-2クラスのシビックで最速だったのは1分52秒086だったから、カーボンニュートラル燃料でも速さは十分かそれ以上であることがこのタイムからもうかがえる。
順位はST-Qクラス3番手(8台中)。ちなみにST-Qクラスの上は排気量が大きいフェアレディZとスープラ。総合21番手(57台中)と大健闘。以前のタイムと比較してもこの結果は進化を物語っている。以前の富士における予選タイムを記すと、2023年の富士24時間が1分55秒696、2023年の富士4時間が1分53秒619だった。着実に性能アップしてることは間違いなさそうだ。
決勝は武藤選手がスタートドライバーで淡々と周回数を重ねていく。なんのトラブルもなく安定したタイムを刻んでいた。筆者が担当することになったのは暗くなってから。走り慣れたいつもの富士スピードウェイとはまるで異なる環境のはじまりだ。だが、意外にも走りやすい。照明環境は6年前に24時間を走った時よりもよくなったのか、眩しかったり見えにくかったりすることが少なくなったのか!? はたまた、今回導入されているル・マン24時間にも使われていたという追加ライトがよかったのか、視界はなかなか安定している。さらに、室内にはサイドやリアがしっかりと見えるモニターが常時映し出されており、ミラーだけに頼らないドライブが行なえるから安心だ。
24時間耐久でネックとなるのがトランスミッションだ。それを保護するためにシフト回数をできるだけ少なくしようと、かなり変則的なシフトを行なう必要がある。具体的に言うと1コーナーは6速から3速までシフトダウン。Aコーナーは5速のまま進入してヘアピンで4速。Bコーナーは3速でセクター3はそのままホールドといった走りである。レブリミットは6000rpmあたりだ。よって、低回転を使うことが多くなり、そこからのピックアップはややダルいところがあったが、それでもエンジンはトルクフルだから問題はなさそうだ。
ニュータイヤを装着した直後は54秒台を記録。タイヤが落ち着いていくとその後は次第にタイムが落ちていくが、概ね56秒台では周回できていたようだ。その後、ドライバーチェンジを繰り返し、計画していたオイル交換は少し早めの248ラップ時。抜いたオイルを見せてもらったが、たしかにサラリとしていたことが伺えた。このあたりの問題をどうクリアして行くかがやはり今後の課題だろう。今回は念のために前回から258ラップ走った時にもさらにオイル交換。1回目に抜いたオイル状況を見て、問題があったわけではないが、完走を優先しての予防交換だった。
もう一度乗ったレース終了5時間前からの走行でもクルマのフィーリングには変化がなかった。前後ニュータイヤでピットアウトすると、たまたまクリアラップが取れてしまい、決勝チーム内ベストとなる1分53秒494を記録。その後も順調にラップを重ねてバトンを渡すことができた。何もやらかさず、ちょっとした爪痕も残せたか!? とりあえず重責をクリアできたことにはホッとするばかりだ。
問題が起きたのはレース後半の残り3時間を切ったあたりだ。辻本選手が乗っていた時間で悲鳴のような声が無線機から入ってきた。何かに衝突したのか? はたまた動物でも飛び込んできたのか? いずれにしてもストレートエンドで前がほとんど見えなくなったというのだ。実はそのまえに、ロードスターのハードトップがストレートエンドで風圧によって飛んでしまうというアクシデントがあり、辻本選手はそれと同じようなものが飛んできたとはじめは思ったらしい。だが、冷静になってくるにつれて事態が把握できてきた。なんとボンネットが開いてしまったということらしい。
辻本選手はその後、冷静にスロー走行を続けてピットまで戻ってきた。ボンネットとエンジンルームの間にあるわずかな隙間からのドライブはどれほど難しかっただろうか? 首を傾げるようにして前を見て、なんとかピットに入ってきたのは凄い!
ボンネットが開いた要因は、ボンネットピンが折れてしまったから。本番直前で空気をより取り込むために、追加ライトを移設したのも誤算だったのかもしれない。結果としてエンジンルームに多くの空気を取り込んだが、ボンネットからの空気の抜けが追いつかず、押し上げてしまったようだ。なんとかそれもスペアのボンネットに付け替えてコース復帰。ガラスにはヒビが入ったままだったが、そこは百戦錬磨の武藤選手が任せとけとばかりに残りを走り切ると宣言してくれた。
だが、トラブルはそれだけで終わらず、レース終盤に武藤選手からの悲しい無線が入ってきた。「ギヤが4速に入ったままでどこにも動かせなくなった!」とのこと。なんとか走れるが一気に失速。けれども、なんとかそのままチェッカーを受けてくれた。さすがである。4速で走り切るなんて、なかなか難しいのだから。Bコーナーの立ち上がりなんて、ヘタしたらそのままエンジンが止まってもおかしくはない。燃費運転で無理をさせすぎたか? しかもクラッチも切れていなかったというのだ。結果として24時間名物の最後のピットロード走りはできず、コース上に止まってゆるゆると押されていた。満身創痍でのチェッカーだったことは言うまでもない。武藤選手、最後までありがとう!
結果、ST-Qクラス6番手。だが、このクラスに正式順位というものはない。ともに未来に向かって挑戦していったST-Qクラスの仲間たちは、ほかのクラスの上位入賞者と同様に表彰台に立つことを許される。そこから見える景色はやはり感動的だ。走り切ったことに対しての拍手する観客の中には、小さな子どもたちも含まれていた。彼らが走り出すその時まで、やはりこの世界をつないでいかなければと身が引き締まる。
わずかではあるが、この場にいられたことをいまは感謝するばかり。HRCの皆さま、そして共に戦ったドライバーの方々、この度は本当にありがとうございました。モータースポーツや内燃機関が未来永劫残るための活動に加われて本当に嬉しく思っています。これからもモータースポーツが続けられるよう、改良に改良を重ねて頑張ってください!