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日産、新型「スカイライン」開発期間を20か月短縮する「PCS-T」とは 「開発期間が短くなっても品質は落ちない」と山口一之執行職

2026年7月30日 開催
新型「スカイライン」の開発期間を20か月短縮する「PCS-T」について解説された

 日産自動車は7月30日、神奈川県横浜市にあるグローバル本社で報道関係者向けの「開発期間短縮の取り組みに関するメディアレクチャー」を開催した。

 日産では自動車業界を取り巻く環境が大きく変化するなかで、ユーザーニーズを迅速にとらえ、競争力のある商品をタイムリーに市場投入することが事業の推進に不可欠との考えから開発環境の改革を推し進めており、開発期間短縮の取り組みを「PCS-T(Product Creation System-Transformation)」と名付け、2024年度から活動に着手しているという。この基本的な考え方や具体的な施策などについて、日産自動車 執行職 第一製品開発本部 山口一之氏から説明が行なわれた。

新型「スカイライン」開発からPCS-Tを導入

日産自動車株式会社 執行職 第一製品開発本部 山口一之氏

 山口氏はPCS-Tの取り組みをスタートさせることになったきっかけとして、コロナ禍が落ち着いてきた2023年ごろから中国・上海で開催される「上海国際モーターショー」などの視察が再開されるようになったが、半年程度の短いスパンで新技術をアップデートさせていく中国メーカーの技術開発のスピード感を現地で目撃して、「このままではまずい」という強い危機感が社内で共有されるようになったことが背景となり、2024年度から始まった新型「スカイライン」の開発からパイロットプロジェクトとしてPCS-Tを導入することになったと説明。

 2025年から社長兼CEOに就任したイヴァン・エスピノーサ氏による経営再建計画「Re:Nissan」で本格的に活動が推進されることになり、新型スカイライン以降に登場する新型車も基本的にPCS-Tのプロセスで開発されることになるという。

 開発期間を短縮する意義としては、前出の中国メーカーを含む競合他社との競争に負けないようにすることに加え、ライフサイクルの長期化による競争力の低下を避け、各国市場の規制や補助金などの各種政策、顧客ニーズの変化といった市場環境の急激な変化に対応しやすくして事業リスクの増大を防ぐほか、自動運転やAI、SDV対応など従来はなかった要素が自動車開発にも入り込んで工数が増え、開発期間が長期化すると開発スタッフの人件費などが増えて最終的な車両価格に上乗せせざるを得なくなるといった課題があり、「早く、安く、よいクルマを開発する」ための抜本的な改革としてPCS-Tが生み出されることになった。

ライフサイクルの短縮や市場環境の変化への対応など5つの理由から開発期間の短縮が急務となった
PCS-Tの意義を分かりやすく簡略化したという資料

 日産では新しいプラットフォームやモジュール類を新規開発する「リードプロジェクト」、リードプロジェクトで生み出されたプラットフォームなどを活用して“ファミリーモデル”を開発する「後続プロジェクト」を、どちらもこれまで約50か月で完了してきたが、とくに後続プロジェクトがリードプロジェクトと大差ない開発期間を要していたことも反省しつつ、期間短縮に向けたPCS-Tのタスクフォースで内容を精査。この結果、リードプロジェクトは37か月、後続プロジェクトは30か月で開発が終了できるめどが立ったという。

日産ではもともと「リードプロジェクト」の開発期間は欧州メーカーと比較して短めだったが、「後続プロジェクト」はリードプロジェクト同等の期間がかかっていた。これをPCS-Tでリードプロジェクトは37か月、後続プロジェクトは30か月に短縮

新型スカイラインの開発期間は従来の約50か月から30か月に短縮

日産では車両開発を「デジタルフェーズ」と「フィジカルフェーズ」の2段階で進めている

 日産では車両開発を行なう際、まず、車両企画やアイデア、内外装のデザイン、CAE(Computer Aided Engineering)を活用した仮想空間での設計などを行なう「デジタルフェーズ」で概要をまとめ、続いて試作車を作って性能検証をしたり、品質確認や生産工程のトライアルなどを進める「フィジカルフェーズ」で細部を煮詰める2段階のプロセスを行なっている。

 PCS-Tでは開発期間の短縮に向け、デジタルフェーズで「お客さま視点に立った車両企画・目標値設定」「デザイン決定の前倒しとプロセスのシンプル化」「プロジェクト責任者の明確化」、フィジカルフェーズで「AI/DXを活用した車両実験の効率化」という4つの施策を採用。施策の項目数が多いデジタルフェーズでとくに大幅な期間短縮を実現して、後続プロジェクトに区分される新型スカイラインの開発では従来の約50か月から20か月ほど短縮となる30か月で生産開始のタイミングを迎えることになる。

デジタルフェーズの大幅短縮により、開発期間を従来の約50か月から20か月短縮

 施策の具体的な内容も解説され、「お客さま視点に立った車両企画・目標値設定」では、これまで日産では車両企画で目標性能を設定するにあたり、「競合メーカーのライバル車に負けないクルマを造りたい」という意識が強く働いた結果、あれもこれもと追求し続けて車両が大きく、重くなってしまったり、領域ごとの担当者の主張がまとまらなかったり、作業工数の増大につながったりしていた。また、結果的にできあがる車両は優れた能力を持ちつつ、尖った部分のない特徴に欠けるクルマになっていき、これを修正するため開発にストップをかけると、それが開発期間が伸びてしまう要因になっていたと山口氏は述べた。

 この反省を生かすため、PCS-Tではモデルごとに訴求したいポイントをしっかりと定め、項目によっては「最低限クリアしておくべきレベル」を決めて取捨選択を行ない、リソースを集中させて開発のやり直しといったリスクを回避できるようにした。一方で従来行なっていた「ライバル車の研究」を止めるわけではなく、しっかりと観察したうえで自分たちはどうするか意思を持って決定することが重要で、これによって「日産らしいクルマ」を創り出せると強調した。

「ライバル車に負けないクルマ」ではなく「日産らしいクルマ」の開発を目指す

「デザイン決定の前倒しとプロセスのシンプル化」では、従来はグローバルに点在する多くのデザインスタジオでコンセプトに基づく多数のデザインスケッチを用意して、そこから数点に絞り込んでモックアップを作成。それぞれを見比べて決定するというフローで進めていたが、デザイン選定が進んだあともきちんと設計要件を満たしているかのチェックが必要で、最終的に選ばれたデザイン以外の候補に割いた時間や労力が無駄になっていた。

 PCS-Tでは開発プロジェクトが動き始める前の段階で「どういった車型に」「どんなプロポーションで」「どんな特徴を持たせるか」といった大まかな要件をファミリーモデルのデザインルールとして設定。このルールを満たす範囲内でCADやAIを活用してデジタルスケッチを作成すると、その段階から仮想空間内を走れる最終形に近いようなデザインを生み出すことが可能になっており、モックアップなどの実物で確認する必要もなく、1つのデザインにフォーカスして最終形を煮詰める作業に時間と労力を集中できるという。

ファミリーモデルのデザインルールを定め、デジタルツールも活用してデザイン開発を効率化

 また、「プロジェクト責任者の明確化」では、日産は1999年からスタートした「日産リバイバルプラン」以降の新車開発で、プログラム全体の収益やブランドのプレゼンスなどに責任を持つ「PD(プログラムダイレクター)」、個車の魅力や性能、販売台数などに責任を持つ「CPS(商品企画責任者)」、QCT(性能と品質・コスト・スケジュール)に責任を持つ「CVE(開発責任者)」という3人の責任者が話し合いを行なってプロジェクトを進めていく手法を採用してきた。

 これについては「非常に民主主義的で公平な面もあった」と評価しつつ、責任者を務める人材が個性的だったということも相まって、方向性を決めたり要素ごとの合意形成に時間がかかる要因になっていたと内情を明かした。

 この部分でのスピードアップを図るため、PCS-Tでは最初にPDとCPSが「このクルマではどんなところを魅力として、どのようなビジネス展開で販売台数と収益を確保するのか」を定義。この条件がCVEに提示され、CVEが「その条件ではこのようなやり方で一番いいクルマが造れますよ」という手法を提示することで、プログラムの両輪となって進めていくスタイルに変更。意思決定がスマートになり、責任の所在も明確で分かりやすくなっている。

「PD(プログラムダイレクター)」「CPS(商品企画責任者)」「CVE(開発責任者)」という3人の責任者が“三権分立制”だった従来から、PDとCPS、CVEがプログラムの両輪になるスタイルに変更

「開発期間が短くなっても品質は落ちない」と山口氏

AIや自動運転技術の「プロパイロット」も新車開発に利用されている

「AI/DXを活用した車両実験の効率化」についてはフィジカルフェーズでも新たに採用されたほか、以前から利用されているデジタルフェーズでもさらに積極的に活用を推進。さまざまな部分でAIやDXが開発期間の短縮に有用なツールになっていると説明された。

 主な事例としては、工場で生産する際の作業性確認をVRで事前に行ない、設計が確定して実際の生産に移る前の試作段階では要所だけのチェックで十分になっているという。デジタルツインについても活用が進んでおり、現在ではCAEデータと実際の衝突実験で得た結果をすり合わせて精度を高めていった結果、ファミリーモデルの開発時にはリードモデルから変化した部分を考慮するだけで済むようになっており、2台目以降の開発期間を大きく短縮できるようになっている。

 AIの活用については、膨大な評価項目のある現代の新車開発で、従来はチェック項目の選定や実施する順番、チェック後の報告書作成などで担当者が忙殺されていたが、PCS-TでAIを導入したことにより、1回の評価テストで効率を最大化する組み合わせを生成したり、評価結果の報告書をデータから自動作成され、担当者は内容に齟齬が無いかチェックするだけで済むようになっているという。新車開発では地味な領域だが、省力化や期間短縮に大きな効果を挙げているだと説明された。

 なお、AIはAIベンダーから提供された製品に開発で必要なデータや要素などを学習させて利用するもののほか、日産が独自開発したAIもあり、目的や領域に合わせて使い分けているとのことだ。

 このほか、日産が自社製品の大きなアピールポイントとしている「プロパイロット」の自動運転技術も新車開発に活用。試作車の走行テストで評価する際にプログラムによる自動制御を行ない、例えば「加速度○%で設定速度まで加速する」といったテストを操作のばらつきなどもなく何時間でも連続して実施。また、耐久実験における連続走行も自動運転の得意領域で、燃料(またはバッテリ残量)さえあれば昼夜を問わず走り続けることが可能となる。

 最後に山口氏はPCS-Tを導入する意義として、開発期間を短縮することも大きな目的だが、それだけでなく開発期間を短くすることで必要となるコストや労力を抑え、魅力的な商品をお手ごろな価格でタイムリーにユーザーに提供。販売台数を増やして日産のさらなる成長を目指していくと定義した。PCS-Tは大きな取り組みであり、仕事のやり方だけではなく企業文化も変える必要があって全社的な取り組みが求められる活動だと語っている。

PCS-Tのまとめ

 このほか、プレゼンテーション後に行なわれた質疑応答で、開発期間を短縮することにメリットがあることは分かったが、その結果として品質などが下がってしまうと本末転倒になるのではないかという質問に対し、山口氏は、「従来は試作車を作って評価を行なう、または自前のリソースでデジタル空間のクルマを模擬して評価するといったことをしていましたが、AWSなどを使ったデジタルツインにあるバーチャル車両を活用して解析を行なうといった点が非常に優れています。それによってバーチャルでどんどん評価を回せるようになって、いろいろな確認を並列して行なえるようになります。効率的に作業を進められるようになり、それまで1回しかできなかったことが同じ期間で5回できるようになる。それによって品質を上げることが可能になります。スカイラインの開発でも小さな単位での評価を並列でグルグルと回していくといった手法に変えているところがあって、品質は逆に高くなっているという事例もかなり出てきています」。

「開発期間を短くしても品質の基準はまったく変えていません。ただ、正確に言うと品質の基準というものは毎年のように変わっています。世の中やマーケットの要求が変わっていくので、例えばグローバルで気温の上昇が続いていて、20年前に作った耐熱基準は現状に合わせて変更する。お客さまが使わなくなったような要素については試験項目から省く。そのような調整を毎年行なっています」。

「ただ、今回の開発期間短縮といった面で品質基準を変えるといったことはゼロです。逆に、そこを変えることなくどうやって実現するかというアプローチをしていて、先ほど言ったようにバーチャルやクラウドを活用して評価の回数を増やす、そうすることで開発期間が短くなっても品質は落ちないという形でやっています」と強調した。

 また、開発期間の短縮はプロセスの最適化や効率化によって実現しており、例えば走行性能を確認するため世界各地にあるさまざまな路面を走って実際に確認するといった、デジタル技術だけでは実現できない領域についてはしっかりと時間をかけていると説明。自身も参加している新型スカイラインの開発では、試作車ができあがるまでの期間にどのような確認をデジタルでクリアしておけるか、項目を細分化して並列作業できないかといった細かな工夫も積み重ねて開発期間の短縮を追求しており、一方で完成してから「時間がなかったからここはできなかったね」といった消化不良は絶対に起こさないよう注意して取り組んでいると説明された。

質疑応答で取材陣からの質問に答える山口氏