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ルネサス、ADAS向け製品第1弾となる「R-Car V2H」

TSMCの28nmで製造され、1.5W程度の消費電力で4つのカメラ画像を処理

R-Car V2Hを搭載した開発ボード
2014年8月28日開催

 半導体メーカーのルネサス エレクトロニクス(以下ルネサス)は8月28日、記者会見を開催して同社の戦略商品となる先進運転支援システム(ADAS)向けのSoC(System on a Chip)第1弾「R-Car V2H(アールカーヴィーツーエッチ)」を自動車メーカーなどに向けて発売したことを明らかにした。9月からOEMメーカーに向けてサンプル出荷が開始され、サンプルの価格は5000円を予定。

 同社の製造パートナーとなるTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing)の工場で製造されるR-Car V2Hは、28nmプロセスルールに基づいて製造され、CPUはARM Cortex-A15(デュアルコア)、GPUはPowerVR SGX531、画像認識コアに同社のIMP-X4を採用する。車載用イーサネットの規格である「Ethernet AVB」の機能を搭載した強力なSoCで、4つのカメラを利用して画像認識をした場合でも、消費電力はSoC単体で1.5W程度に収まる。

 ルネサスは、ソフトウェアベンダであるGreen Hills Software社のリアルタイムOS「INTEGRITY」とその開発環境をソリューションとしてOEMメーカーに対して提供し、OEMメーカーはOpenCV(オープンソースの画像認識のライブラリ)を利用して対応するアプリケーションソフトウェアの開発に取り組むことができる。

将来的に自動運転を実現するための第一歩となる製品

ルネサス エレクトロニクス 執行役員 大村隆司氏(右)とルネサス エレクトロニクス 第一ソリューション事業本部 車載情報システム事業部 ADASソリューション部長 伊賀直人氏(左)

 ルネサスは、三菱電機と日立製作所の半導体部門が合併してできた半導体メーカーで、その後、NECの半導体部門も合流するなど、日本メーカーの半導体部門が1つになった半導体メーカーと言ってもよい。そうした背景があることから、特に日本の主要産業の1つである自動車向けの半導体には非常に強く、東日本大震災でルネサスの工場が被災したときには、世界各国で自動車の生産が止まったというニュースを覚えている人も少なくないだろう。ルネサスによれば、2013年の車載向けマイコンの出荷数は7億6000万個で、市場シェアでは世界1位となっている。同じように、車載情報システム向けLSIでも累計で1億2千万個を超えており、シェアは7割でやはり世界1位だという。

 同社の車載情報向け製品としては、現行製品として「R-Car H2」というシリーズも展開されており(別記事http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20130325_593054.htmlで紹介)、すでに車載情報システムなどでの採用が実際に進んでいる。今回発表されたR-Car V2Hも、そうしたR-Car H2シリーズ(ルネサスでは第2世代R-Carと呼称)と同じ世代に属する製品で、R-Carファミリーとして提供されることになる。もちろん、単体で採用することも可能だ。

 ルネサス エレクトロニクス 執行役員 大村隆司氏は「交通事故ゼロを目指したクルマの安全性を実現できる技術を提供していきたい。今回のR-Car V2Hはその第一歩となる製品。サラウンドビューだけでなく、制御系に発展させ、将来的には自動運転が実現できるように研究開発を続けていきたい」と述べ、今回のR-Car V2Hが将来的に自動運転を実現するための第一歩であるということを強調した。また、同社が現在開発中の次世代R-Carシリーズ(R-Car Gen.3)にも、今回発売する製品の発展系となる製品が提供される可能性を示唆した。

自動車事故は世界的には増えつつある現状で、ADASのようなシステムへのニーズが高まっている
R-Car V2Hを利用するとサラウンドビュー(クルマの周囲を見渡せる画像)とサラウンドモニタリング(周囲の物体や歩行者などを認識してドライバーに注意喚起する機能)を1チップで実現できる
R-Car V2Hは第2世代のR-Carファミリーの1製品として発表されるが、現在開発中の次世代製品にもV2Hの発展系となるADAS向けのSoCの計画がある

サラウンドモニタリング時に1.5Wの消費電力で動作するR-Car V2H

モデルカーに搭載されたR-Car V2Hの開発ボード

 R-Car V2Hの技術概要については、ルネサス エレクトロニクス 第一ソリューション事業本部 車載情報システム事業部 ADASソリューション部長の伊賀直人氏が解説を担当。

 伊賀氏は「自動車事故を調べてみると、30~40%は駐車場での事故。そこでサラウンドビューを実現し、かつ自動で障害物を発見してドライバーに気づきを与えるサラウンドモニタリングを導入することで、事故を防ぐ可能性が高まる」と述べ、複数のカメラを利用して全周囲を見渡すことができるサラウンドビューだけでなく、そこに写った物体をリアルタイムで画像認識するサラウンドモニタリングを実現できるのがR-Car V2Hの基本的なコンセプトであるとした。その上で、「1つは性能と消費電力のバランスがとれていること。2つめはソフトウェアの開発効率。3つめが新しい伝送規格、例えばEthernetAVBに対応していること」(伊賀氏)と、そうした自動車メーカーが抱える課題をヒアリングした結果、R-Car V2Hの製品を計画したことを解説している。

 R-Car V2Hは以下のようなSoCになっている。

・TSMCの28nmプロセスルールで製造されている
・ARM Cortex A15デュアルコアCPU
・Imagination Technologies PowerVR SGX531のGPU
・IMP-X4のリアルタイム画像認識エンジン
・IMRの視点変換エンジン
・H.264/JPEGデコーダー
・Ethernet AVB

 伊賀氏によれば、カメラなどを含めたシステム全体の消費電力は5~6W前後となっているとのことで、デモ機の説明員によればSoC単体では1.5W程度となっているそうで、こうした製品としては省電力になっているのが大きな特徴だ。また、画像認識エンジンとして採用されているIMP-X4は、R-Car H2に搭載されているものと同じエンジンだが、並列化が進みシェーダーコアを搭載していることなどから性能が強化され、従来世代のR-Car H1に搭載されていたIMP-X3に比べて8倍も性能が向上している。これを画像認識に利用することで、物体の検出などをリアルタイムに行うことができる。このほかにも、GPUのPowerVR SGX 531や視点変換エンジンのIMRなどが搭載されており、それらを高速な内部バスで接続させてSoC全体のパフォーマンスを上げているのが特徴となる。

 また、この製品では開発環境と動作OSとして、米Green Hills SoftwareのリアルタイムOS「INTEGRITY」が提供され、それに付随する開発環境(コンパイラーやデバッガー)などがGreen Hills Softwareより提供される。また、ルネサスからリファレンスアプリケーションや画像認識エンジンを利用するのに必要なライブラリが提供され、それらを使って顧客は比較的容易にアプリケーションソフトウェアを開発できる。かつ、ソフトウェア開発には、オープンソースのライブラリである「OpenCV」を利用することも可能で、ほかのプラットフォームで利用していたOpenCVのソフトウェア資産などを活用することも可能になっている。

 Ethernet AVBは、PCの世界で有線LANとして利用されているイーサネットを車載化した規格で、正確にはIEEE802.1 Audio/Video Bridgingという規格名でIEEEによって規定されている業界標準規格だ。伊賀氏は「Ethernet AVBを利用することで、複数のカメラがあってもきちんと時間を同期できるし帯域も保証される。また、ワイヤハーネスの量を減らし低コスト化や軽量化が実現可能だ」と述べ、サラウンドモニタリングを実現するにはEthernet AVBのようなデジタル伝送が必要だとアピールした。

 ルネサスによれば、R-Car V2Hは9月よりサンプル出荷が開始される予定で、大量出荷に関してはOEMメーカー次第だとした。サンプル価格は5000円になるという。記者会見場には4つのカメラを搭載したモデルカーが用意され、カメラの解像度が上がったことでより鮮明な画像になってることに加え、モデルカーの周囲においた人形を画像認識して、ドライバーに注意を促す様子などをデモンストレーションで披露した。

ADASにはさまざまなアプリケーションがあるが、今回のR-Car V2Hはサラウンドビューとサラウンドモニタリングに焦点を当てている
駐車場での事故は実はかなり多い。多くはドライバーの不注意に起因するので、周囲を見渡せるサラウンドビューやサラウンドモニタリングが重要になる
サラウンドモニタリングは複数カメラの映像をリアルタイムに画像認識し、障害物や歩行者がいることをドライバーに注意喚起する仕組み
自動車メーカーには「複数処理の実現」「ソフトウェア開発効率の向上」「新しい規格への対応」といった3つの課題がある
R-Car V2Hで提供されるソリューション。ルネサスはSoCとライブラリなどを、Green Hills SoftwareはOSと開発環境を提供する
Green Hills SoftwareのOS「INTEGRITY」をリアルタイムOSとして提供する
R-Car V2Hを採用するメリット
PowerVR SGX 531というGPU、視点変換エンジンのIMR、画像認識エンジンのIMP-X4などを搭載しており、それらを利用して画像をリアルタイムに処理
ルネサスの画像認識エンジンであるIMP-X4は従来世代に比べて8倍の性能向上が実現されている。OpenCVのソフトウェアと組み合わせることでソフトウェアの開発も容易になっている
ルネサスから提供するライブラリに関してもOpenCV対応を追加
Ethernet AVBに対応することで、動画間での時刻同期や帯域保証などが実現される
赤いモデルカーには従来型のVGAカメラ(640×480ドット、NTSC接続)を搭載。青いモデルカーがR-Car V2HとWXGAカメラを採用する新製品。後方に表示されている画面を見ると、右側の方が明らかに鮮明に写っていると分かる
搭載されているのはWXGA(1280×800ドット)のデジタルHDカメラで、開発ボードとはLVDSで接続されている
クルマを回転させて歩行者を認識できるかチェックするサラウンドモニタリングのデモ。動いている歩行者を検出し、サラウンドビューに反映することが可能になっている

(笠原一輝)