インプレッション

アストンマーティン「ラピード S」(2016年モデル)

年々進化するラピード

 規模としては小さいものの、とかく話題に事欠かないのがアストンマーティンである。ここ最近は、とりわけ勢いを感じさせる話題が多かったように思う。

 そんな中、取材のため数日後にアストンマーティンを借りることが決まっていたある日曜日の午後、やはりアストンマーティンのことが普段よりも気になっていたのか、東京駅から世田谷の自宅に帰る15kmあまりの道のりを走った間に、実に5台ものアストンマーティンを見かけたことに驚いた。

 もともとアストンマーティンというのは、平日はあまり見かけないのに休日はよく見かける気がしていたのだが、いくら途中で六本木や渋谷といったセレブの多い場所を通ったとはいえ、2015年度で年間177台の販売にとどまるブランドのクルマが、わずか40分ほどの間に5台である。そしてそのうち3台が「ラピード」であった。

 ラピードが世に現れたのは、2009年秋のフランクフルトモーターショーだ。4枚のドアを持つ大柄でスタイリッシュなボディには、多くの人が「ラゴンダの再来」と色めきだったものだ。その後、2013年春のジュネーブモーターショーでは、現在の「ラピード S」に進化。6.0リッターV12エンジンは、吸排気系のチューニングなどにより最高出力が558PSへと実に81PSもパワーアップを果たし、最大トルクも2.0kgm増しの63.2kgmとなった。余談ながら、筆者が初めてドライブしたアストンマーティンは、このときのラピード Sだ。

 そして2014年秋のパリモーターショーにおいて、ラピード Sの2015年モデルが発表された。排気系の見直しにより、最高出力は2PS向上して560PSへ、最大トルクは1.0kgm向上して64.2kgmとなった。この際、トランスミッションもZFとの共同開発による8速ATの「タッチトロニック3」に換装された。

 コンパクト化と従来の6速AT比で3%の軽量化とともに、シフトチェンジ時間の短縮を実現したタッチトロニック3の採用とエンジン性能の強化により、2015年モデルのラピード Sは動力性能が大きく向上した。0-96km/h加速は4.7秒から4.2秒へと0.5秒も短縮し、最高速は305km/hから322km/h以上へと大幅に高まった。

 さらに、2015年6月にイギリスで開催されたグッドウッドの場で公開された最新の2016年モデルにおける主な変更点は、ボディカラーや内装の新色の設定や、最新のインフォテインメントシステムの導入などが挙げられる。

アストンマーティン史上もっともパワフルな4ドアモデル「ラピード S」。ボディサイズは5020×2140×1360mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2989mm。車両重量は1990kg。トランスミッションはZFと共同開発した8速AT「タッチトロニック3」を組み合わせる。2016年モデルの0-100km/h加速は4.4秒、最高速は327km/hをマークする。価格は2445万円
アルミニウムの塊から削り出されたというフロントグリルが目を引くエクステリア。従来のラピードからボンネット形状などが見直され、全体のエアロダイナミックスが向上したという。前後重量配分は51:49を実現。灯火類はヘッドライトがバイキセノン、テールランプがLED

 アストンマーティンのラインアップに対して、ラピードもけっして新しくはないものの、モデルライフとしてはまだまだ先がある。「DB11」が発売されればまた事情は変わってくるだろうが、執筆時点ではラピード Sが実にアストンマーティン全体の販売の約7割を占めるという。

 人気の要因は4ドアであることによる実用性も大きいが、やはり世の中に存在する4ドアクーペの中でもっとも美しいと評される、このスタイリングにあることに違いない。そしていうまでもなく多くの人を魅了してやまない、神秘的なイメージすらあるブランド力である。

大人4名が乗車できるスペースを確保するインテリアでは、シートやヘッドライナーにダイヤモンド・キルティングのデザインが施され、華やかさを演出。インパネの上部にはカーナビやオーディオ、車両情報などを表示可能なインフォテインメント・システム「AMI III」を装備

大排気量の自然吸気エンジンならではの咆哮

 実車と対面し、アクセス性を高めるため14度斜め上方に開くようにされた「スワンウイング」のドアを開けると、4人分のバケットシートが配されている光景もラピード Sならでは。また、インテリアの各部にふんだんに配された、いかにも厚そうなレザーや、太い糸を用いたステッチなども独特で、生産台数の多い高級車にはないつくりとなっているのも、このクルマならでは。こうした特徴的なインテリアが選べるようになったのも、ラピード Sの2016年モデルにおけるニュースだ。

 エンジンをスタートさせると、目覚めるときのサウンドからして、このクルマは特別感に満ちている。シフトポジションの選択は、センターパネルのボタンで行なう。

 走り出すと、珠玉のV12エンジンが奥ゆかしい響きを奏でながら、ドラマチックに吹け上がっていく。低速トルクを強化したエンジンは扱いやすく、1500rpmも回っていればそこそこ力強い。ATが8速に細分化されたおかげで、エンジンの美味しいところをより引き出すことができるようになっている。シフトダウンは素早く、右まわりのタコメーターが軽々と跳ね上がりブリッピングするのもまた楽しい。スポーツモードを選ぶとシフトスケジュールがエンジン回転数を高めに維持する制御となる。

オールアルミ製のV型12気筒DOHC 6.0リッターエンジンは、最高出力411kW(560PS)/6650rpm、最大トルク630Nm/5500rpmを発生

 アクセルを踏み込めば、いまや貴重な大排気量の自然吸気エンジンならではの乾いた咆哮を轟かせる。ジェントルでありながら刺激的なフィーリングは、「S」の称号への期待に十分に応えるものだ。一方で、8速で100km/h巡行時のエンジン回転数は約1250rpmと低くなっている。

 今回はあいにく雨の中でのドライブとなったが、その洗練された走りに不安はまったくない。これだけ大柄でも重さを感じさせることなく、十分に快適性が保たれた中で俊敏な回頭性を持ち、姿勢変化も小さく抑えられている。トランスアクスルレイアウトの恩恵で前後バランスもよく、トラクションのかかりがよいのでコーナーの立ち上がりではグイグイと前に進んでいく。

 この唯一無二の美しいスタイリングとラグジュアリーさに満ちたインテリアを目で味わえながらも、いざ走らせるとエンジンフィールやハンドリングは、このクルマの根がスポーツカーにあることをうかがわせる。しかもそれを4ドアでやってのけたところにも大きな価値がある。とにかく久々に触れたラピード Sは、やはり全身が特別感のカタマリのようなクルマであった。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:中野英幸