インプレッション

アストンマーティン「ラピードS」

もっともスタイリッシュな4ドアクーペと評される「ラピード」の進化版

 これまで相当な数のクルマに触れてきた筆者でも、乗ったことのないブランドの1つがアストンマーティンだったところ、今回ようやく縁あって乗ることができた。くしくも創業100周年を迎えた記念すべき年に日本上陸を果たした、既存のラピードの進化版となる「ラピードS」である。

 アストンマーティンというと、モータースポーツや親会社の動向など、何かと話題に事欠かないイメージもあるし、ちょっと大げさかもしれないがどことなく神秘的なイメージもあるように感じている。また、クルマを好きな中高年の方と話をしていると、とかく話題に上がることが多いのもアストンマーティンならでは。きっと彼らの世代にとっては、40代半ばの筆者よりもずっと特別に感じられる何かがあるのだろうと、そのたびに思う。

 スーパーカーブームが到来したころ、小学校高学年だった筆者にとって、アストンマーティン(当時の表記は「アストンマーチン」だった)が2ドアクーペの「V8」とともにラインアップしていた大柄な4ドアセダン「ラゴンダ」は、妙に気になる存在だった。そのラゴンダの後継的な位置づけといえるのがラピードで、車名はさらに古い1960年代にあった「ラゴンダラパイド」の復活となる。

ラピードSのボディーサイズは5019×1929×1360mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2989mm。車両重量は2010kg。トランスミッションは6速AT(タッチトロニックII)を組み合わせ、後輪を駆動。価格は2305万8457円
ラピードの後継モデルにあたるラピードSでは、広い開口部を備えるフロントバンパーを採用するとともに、トランク後端は跳ね上げる形状とし、リアスポイラーとしての役目を果たしている。10本スポークの20インチホイール(フロント8.5J×20、リア11J×20)&ブリヂストン「POTENZA S001」(フロント245/40 ZR20、リア295/35 ZR20)が見た目の迫力を増している

 極めて前衛的で特異な高級セダンだったラゴンダと比べると、ラピードも4つのドアを持つスポーツカーという点ではユニークであるものの、現在のアストンマーティンの他ラインアップとの共通性のあるスタイリングゆえ、ずっと“常識的”に感じられる。

 5mを超える大柄なボディーは、世の中に存在する4ドアクーペの中でもっともスタイリッシュと評されているとおり。あまりに美しく、そして色気を感じさせるスタイリングを持つ。大きく口を開けたフロントグリルのインパクトは強烈。リアエンドがダックテール形状になっているのも標準のラピードからラピードSへの変更点。撮影車にはオプションのカーボンパネルが各部にあしらわれていた。14度上方に斜めに開くようにしてアクセス性を高めたという「スワンウイング」の4枚ドアを開けたときの絵柄も、これまた印象的だ。

14度上方に斜めに開く「スワンウイング」ドア

乗ってみたくなる特別感のあるリアシート

 ドアを開けると、車内には独立した4人分のバケット形状のシートが備えられている。まるでショーモデルのコンセプトカーのような雰囲気だ。インテリアの各部にふんだんに配された、いかにも厚そうなレザーや、太い糸を用いたステッチなども独特で、生産台数の多い高級車にはない造りとなっているのが印象的だ。

 装備はアナログ的で、いまどきよくあるハイテク装備は見られない。イグニッションキーは差し込むタイプで、スマートキーではない。ステアリングポジションを合わせる機構は電動ではなく手動。シートポジションを合わせるためのスイッチはセンタートンネル側面のユニークな場所に設定されている。一方で、シートクーラーのような快適性を高める装備や、バング&オルフセン製の高級オーディオなどは標準で付く。

 ドライバーズシートに収まっての運転環境は、外見から想像するよりもずっと“普通”で意外に感じられたほど。4ドアクーペというと、メルセデス・ベンツ「CLS」クラスやポルシェ「パナメーラ」などもあるが、彼らに比べてもポジション自体が自然で、フロントピラーが目前に迫っておらず、圧迫感もあまりない。

4座独立シートを採用するインテリアでは、赤を基調とした上質感のあるレザーがふんだんに使われる。後席のヘッドルームとニールームをできるだけ広く確保するため、ヘッドライナーやフロントシートバックは大きくえぐられている。リアシートは折りたたむことが可能で、ラゲッジスペースの容量を317Lから886Lに拡大できる

 後席の居住空間は広くはないが、ヘッドルームとニールームをできるだけ広く確保すべくヘッドライナーやフロントシートバックは大きくえぐられている。リアシートもフロントと同一の素材で造られており、長距離のドライブでも疲れないよう左右独立して最適な形状とされている。トランスアクスルゆえ高く盛り上がったセンタートンネルで左右席が区切られており、フロントシートのヘッドレスト後方にはディスプレイが備わる。

 外から見ると狭そうに見えるのだが、乗り込んでしまえばこれまた意外としっかり座れることに驚いた。身長172cmの筆者が座って、頭頂の髪の毛が少し触れる程度。むろん絶対的な広さを求めるべきクルマではないが、このようにとても特別感のある造りであるがゆえ、後席にも積極的に乗ってみたくなる。

 リアシートの背もたれの後方はそのままトランクにつながっていて、可倒式の仕切りがある。背もたれの部分は左右独立で電動フォールディングが可能で、3人乗車であればゴルフバッグのような荷物も縦向きに積める。フロアには高級そうな傘が置かれている。絶対的な容量は大きくないものの、ある程度はアレンジできるので使い勝手はわるくなさそうだ。

見事に調律されたV12エンジンと優れたコーナリング性能

ラピード Sは新開発のV型12気筒5935cc「AM11」エンジンを搭載。ラピードよりも19mm低い位置に搭載され、低重心化を図っている。最高出力は410kW(558PS)/6750rpm、最大トルクは620Nm/5500rpmを発生。0-100km/h加速は4.9秒、最高速は306km/hとなっている

 ラピードSに与えられたエンジンは、最新世代の「DB9」や「ヴァンキッシュ」にも積まれる第4世代のV型12気筒6.0リッター「AM11」型ユニットだ。このところ高価格帯のハイパフォーマンスモデルにもダウンサイジング過給エンジンの採用例が増えている中で、アストンマーティンが自然吸気のV12エンジンをチューンアップして搭載したことに潔さを感じる。

 最高出力は410kW(558PS)/6750rpm、最大トルクは620Nm/5500rpmとなり、標準のラピードに対して81PS/20Nmのスペックアップを果たした。0-100km/h加速は4.9秒と、0.3秒も短縮している。

組み合わされるトランスミッションは、「タッチトロニック2」と呼ばれる6速ATで、セレクターレバーはなく、シフトポジションを選択するボタンがセンターパネルのエンジンスタートボタンのわきに設定されているのもユニークだ。

 エンジンをスタートさせた瞬間に、いかにもV12らしい咆哮を轟かせるのも、これまたたまらない。加速の鋭さも、刺激的なサウンドも、「S」の称号への期待に十分に応えるものだ。踏み込めば見事なまでに調律されたV12エンジンが、マルチシリンダーサウンドを放ちながら驚くほどスムーズに吹け上がっていく。最高出力はヴァンキッシュより若干抑えられているものの、ラピード Sのほうがより低速トルクが太められているせいか、乗っていて扱いにくく感じることはなかった。

 トランスアクスルレイアウトにより、トランスミッションはリミテッド・スリップ・デフとともにリアに搭載される。これによりエンジンも、よりフロントコンパートメントの奥深くに搭載することができる。前後重量配分は48:52とリアの方が重くなっている。撮影車両の場合、車両重量は2010kg、前軸重980kg、後軸重1030kgと車検証に記載されていた。

 重量級のクルマながらハンドリングは軽快だ。アルミニウム製プラットフォームによる、前から後ろまで1本の筋が通ったような剛性感があり、操舵に対して極めて俊敏に応答する。2tという重さを感じさせない。前後ダブルウィッシュボーンのサスペンションは、ADS(アダプティブ・ダンピング・システム)を持つダンパーが与えられ、3段階から任意に特性を選ぶことができる。剛性の高い車体に支えられたスムーズに動く足まわりが、20インチタイヤをしなやかに路面を捉えさせる。

 また、エンジンがラピードよりも19mm低く搭載されて重心高が下がったことも効いてか、ロール感は小さく、姿勢はいたって安定している。コーナリングパフォーマンスは高性能スポーツカー並みだ。

 初めてのアストンマーティン体験は印象的な出来事の連続だった。この価格ゆえ購入できる人も限られるだろうが、スタイリングもインテリアも、そして走りも、とにかく特別感に満ちたクルマであることをお伝えしておきたい。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛