インプレッション

キャデラック「ATS」「ATS-V」

8速ATとApple CarPlayが与えられた最新モデル

“アメ車”という言葉に固定概念として持つ人も少なくないイメージどおり、まだ多くが大柄だった1970年代の終盤に、いち早くダウンサイジングに着手したのが実はキャデラックであったことをご存知だろうか? そのキャデラックが21世紀を迎えてチャレンジしたのは、さらなるダウンサイジングだ。

 すでに3代目を数えるミドルクラスセダン「CTS」の下に、さらにコンパクトなサイズの「ATS」をラインアップしたのが2012年のことだ。日本には2013年3月より導入されている。その後、2015年3月に「ATS クーペ」が加わり、さらにはキャデラックが力を入れているハイパフォーマンスモデル“Vシリーズ”の一員である「ATS-V」を加えて現在にいたる。

キャデラック ATS セダン プレミアム。価格は570万円

 そのATSファミリーの最新モデルは、メカニズム面では最新の8速ATが与えられたのが大きなニュース。装備面では「CUE(キャデラックユーザーエクスペリエンス)」にApple CarPlayを標準搭載としたのが特徴。これにより、iPhoneをつないで画面上でいろいろな機能にアクセスできるようになった。

 ATSに触れるのは久しぶりのことだが、ほかの誰にも似ていない、キャデラックならではの世界観が見事に表現されていることにあらためて感心するとともに、エントリーモデルでありながらデザインの作り込みにも隙がないことを感じる。

ステアリングヒーター付きの本革巻スポーツステアリングホイールは、プレミアムではチルト&テレスコピックスが電動式となる
メーターパネル中央にカラー液晶表示のDIC(ドライバーインフォメーションセンター)運転情報表示システムを備える。スピードメーターは260km/hスケール
「CUE(キャデラックユーザーエクスペリエンス)」にApple CarPlayを採用
本革シートには3段階調整式のフロントシートヒーターを標準装備

 そんなATSは、「デトロイトで生まれ、ニュルブルクリンクで鍛え上げられたドライバーズカー」とキャデラックが表現するとおり、走りの仕上がりもなかなかのものだ。応答遅れのない俊敏なハンドリングは、アメ車の常識を覆すどころか、ドイツ勢をもしのぐほど。

 いかに走りに力を入れているかは、クラス最軽量となる1600kg(ATS)の車両重量と高剛性を実現したボディ、50:50の前後重量配分にも表れているほか、ブレンボ製フロントブレーキ、このカテゴリーとしては異例のLSDの標準装着、磁性流体を用いたダンパーといった装備にも象徴される。

タイヤはフロントが225/40 RF18、リアが255/35 RF18
足まわりには路面状況に応じて1000分の1秒単位で調整を行なう「マグネティックライドコントロール」やブレンボ製フロントブレーキなどを採用

乗り味もスポーティなATS

 変更が行なわれたパワートレーンについては、新たに組み合わされた8速ATが276PS/400Nmを発生する直列4気筒ターボエンジンのポテンシャルをより巧みに引き出している。従来の6速ATでもとくに不満はなかったが、出足からの加速がよりスムーズになり、不要なエンジン回転の上昇も抑えられている。

 また、ラミネートガラスの採用や、アクティブノイズキャンセレーションを備えたBose製サラウンドサウンドシステムの搭載により、静粛性に非常に優れるのもポイントだ。

 加えて、先進安全装備についてもいち早く充実を図ったことに加えて、危険が迫っている方向を振動させる「セーフティアラート ドライバーシート」や、前進だけでなく後退にも対応した「オートマチックブレーキ」など、独自の考え方による特筆すべき点がいくつもあることは、Car Watchでも何度かお伝えしているとおりである。

直列4気筒DOHC 2.0リッター直噴ターボの「1D」エンジンは最高出力203kW(276PS)/5500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgm)/3000-4600rpmを発生
多段化によってギヤ間のステップを小さくし、最適なエンジン回転数を保って軽快な加速を手に入れる8速ATを採用。「マグネシウム製ステアリングパドルシフトスイッチ」はプレミアムグレードに標準装備
キャデラック ATS クーペ プレミアム。価格は580万円
コナブラウンの本革シートは、クッションの左右に内蔵したバイブレーターが振動してドライバーに危険を知らせる「セーフティアラート ドライバーシート」を採用

 一方、ATS クーペもまた魅力的なクルマだ。セダンだってスタイリッシュなところ、クーペになるとさらにホレボレするようなフォルムの美しさに目を奪われる。パワートレーンは共通ながら、ドライブフィールもクーペに相応しく、セダンよりもワイドトレッドとした足まわりの引き締まった乗り味や、若干大きめに感じられたエキゾーストサウンドなど、いくぶんスポーティに味付けされているようだ。

 ところで余談だが、筆者が2016年の初頭に北米を訪れたとき、街を走るキャデラックをかなり頻繁に見かけたことにも驚いたが、とりわけこのATS クーペの比率が高かったことも印象的だった。むろん、ATS クーペのスタイリングそのものが印象に残るものであることの影響もあるのだろうが。

 ATSがフォーカスしたのは、「デザイン」「パフォーマンス」「テクノロジー」のすべてだというが、まさしくそのとおり。キャデラックの底力を感じさせる仕上がりである。このマーケットであいかわらず勢いを見せるドイツ勢への対抗馬として、筆者はどちらも好きだが、いい勝負を見せてくれることに期待したい。

 ただし、ATSはサイズ的にも日本市場への親和性の高いクルマであることには違いないのだが、左ハンドルのみの設定というのは、販売面でのハンデになるのは言うまでもない。ATSがとても魅力的であるのでなおのこと、あらためて「やっぱり日本も右側通行だったらよかったのに」と思わずにいられない。

3.6リッターV6ツインターボを積むATS-V

 さらに、2016年の初頭に日本導入されたATS-Vも、これまたたいそうなクルマである。上級グレードの「スペックB」にはカーボンファイバーエアロパッケージが与えられ、外観からは見るからに“タダモノではない”雰囲気を放っているが、実際に走らせてみてもインパクトに満ちていた。

 市街地でも扱いやすく、高速巡航も快適にこなしてくれたのだが、箱根から伊豆を繋ぐワインディングで走らせたところ、さらに水を得た魚のごとく活き活きとした走りを楽しませてくれた。

V型6気筒DOHC 3.6リッター直噴ツインターボエンジンは最高出力346kW(470PS)/5850rpm、最大トルク603Nm(61.5kgm)/3500rpmを発生。新開発の8速ATを介して後輪を駆動させる

 470PS/603Nmを発生する3.6リッターV型6気筒ツインターボを心臓部に持つだけあって、0-60mph加速は3.8秒とかなりの俊足だ。どこからアクセルを踏んでもついてくる力強い加速フィールはやみつきになってしまいそう。猛々しく響くエキゾーストサウンドをもATS-Vならでは。最近では演出過多なものも見受けられるが、ATS-Vはけっして派手すぎないところもよい。

 そして、電子制御のLSDが最適にトラクションを引き出す。フロントに6ピストン、リアに4ピストンのキャリパーを備えた、通常のATSとは異なるブレンボ製の高性能ブレーキのキャパシティは極めて高く、強力な動力性能に対してもまったく不安はない。踏み込んでからのコントロール性も非常に優れている。

キャデラック ATS-V スペックB。ボディサイズは4700×1835×1415mm(全長×全幅×全高)でホイールベースは2775mm。車両重量は1750kg。価格は1090万円
スペックBは「カーボンファイバーエアロパッケージ」を標準装備し、カーボンファイバー製のフロントスプリッター(写真)やリアディフューザー、ボディ同色塗装のリアスポイラーなどを標準装備する
フロント255/35 ZR18、リア275/35 ZR18のミシュラン パイロットスーパースポーツを専用装備。フロントにブレンボ製レッドペイント6ピストンキャリパーを装着する
空力性能を高めるカーボンファイバー製のリアディフューザーやボディ同色リアスポイラーなどを装着し、4本出しのクォッドエグゾーストを標準装備

 よりハイグリップな専用タイヤと、それを履きこなす足まわりの完成度も素晴らしい。むろんロールは抑えられており、しっかりと路面を捉え、その状況を的確に伝えてくるステアリングと一体となった操縦性を楽しむことができる。ちょっとペースを上げてみたぐらいではビクともしない。限界ははるかに高いところにある。

全車左ハンドルとなるATS-V スペックBのインパネ。スウェーデッドマイクロファイバー スポーツステアリングホイールにマグネシウム製のパドルシフトを用意する
本革とスウェーデッドマイクロファイバーインサートを組み合わせたライトプラチナム色のレカロ製16ウェイパフォーマンスシート。座面とシートバック双方のサイドサポートの角度まで細かく調整可能

 派手なエクステリアが空力性能に効いているのは言うまでもなく、速度が増すほどにタイヤを路面に押し付けていくように感じられる。さらに、ここで挙げた分かりやすい部分だけでなく、プロペラシャフトをサイズアップして加速中のパワーホップを低減したり、電動パワステの精度や剛性を高めたりするなど、知らされなければ外見からは分からない細かなところにも手が入れられている。ATS-Vの走りには、そうした一連の改良が少なからず効いていることに違いない。

 とにかく、見ても乗っても刺激的なATS-Vは、非常に印象深い、キャデラックらしいハイパフォーマンスセダンであった。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一

Photo:中野英幸