インプレッション
トヨタ「プリウス PHV」(公道試乗)
2017年3月16日 00:00
日本での発売遅れが報じられていた「プリウス」の追加モデル「プリウス PHV」が、ようやくローンチされた。
公式発表はされていないものの、発売が遅れた理由は「量販モデルでは世界初採用の、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)製テールゲートの量販体制が整わなかった」というのが“公然の秘密”。
実は、車両重量によって区分される日本の排出ガス測定検査時に課される負荷を、より有利なランクに入れるためには「高価だが、超軽量なこのテールゲートの採用が不可欠だった」とのこと。それでも、達成された重量は前述検査時に適用される1530kgという“しきい値ぎりぎり”で、わずかに重さが増してしまうメーカーオプションの17インチ・シューズを選択すると、カタログ上の燃費値が大幅ダウンをしてしまうのはこれが理由だ。
従来型では「“普通のプリウス”と変わり映えがしない」という指摘を受け、フロントとリアに大幅な手が加えられたエクステリアデザインは、なるほどひと目でその違いが明らか。特に、FCV(燃料電池車)「ミライ」との関連性が感じられるフロントマスクは、不自然に奇をてらった印象の強かったベースのプリウスに比べると「よりスマートでスタイリッシュ」という雰囲気が強い。
リアではオーバーハングが80mm延長されているが、そこには見た目の変更だけではなく、「より後方まで搭載することになった駆動用バッテリーを後突から守る」という目的も含まれている。具体的には、約80km/hという高速で大型のSUVが後方から追突した場合を想定した、アメリカの法規対応がそれにあたるという。
ちなみに、プリウスにはある4WD仕様がこちらには設定されていないのは、「後輪用モーターを置くスペースはあるものの、制御するインバーターの置き場が確保できない」ことが理由であるという。
ところで、「従来型比で約2倍」と謳われるバッテリーの容量は、いかにして決定されたのか?そこにはカタログ値ではなく、現実の使用過程で「どんなシーンでも30km以上のEV航続距離を確保したい」という思いが発端にあったという。
実はモード燃費の試験時には、ステアリングも切らなければエアコンも使用しない。もちろん実走行ではそんなわけにはいかず、特に冬季にヒーターを使用するとエネルギー消費が大きく負担となり、カタログ燃費との乖離が強く指摘されることになっていたのがこれまでの”電動車両”の常でもあった。
そこで新しいプリウス PHVでは、エンジン冷却水を熱源として利用せず、暖房のためにエンジンを始動させる必要のないガスインジェクション機能付きの「ヒートポンプ式エアコン」を、カタログ燃費には貢献しないことを承知の上で採用。その上で、前述のバッテリー容量に決定したという経緯があったという。
もっとも、大気中の熱を回収するヒートポンプの原理を用いるゆえ、極低温下ではやはりエンジンが発する熱に頼らざるを得なくなってしまう。スマホアプリを経由して乗車前に“リモコン暖房”を行なうシステムに「-10℃を下まわると使えなくなる」という制約があるのは、そうした環境下ではエンジンを始動させる必要があるからだ。
バッテリー残量に余裕がある限りは「EVとして走り続ける」
横浜みなとみらい地区を基点としたテストドライブは、フル充電状態からのスタート。デフォルト設定の「EVモード」で走り始めると、そのテイストは当然ながら「100%EVそのもの」だった。
ベースのプリウスにも増して“EV濃度”が高く感じられるのは、プリウス PHVではEV走行時にプリウスを上まわるモーター出力を得ることができるため。その秘密は、プリウスでは発電に専念する2つめのモーター(ジェネレーター)に、出力を発生させる機能も持たせた「デュアルモータードライブシステム」にある。
ただし、メカニズム上「HVモード」のハイブリッド走行時にはこの機能が使えなくなるので、「EV走行時の方が動力性能に優れる」のが走りの特徴でもある。厳密に言えば、こうして両モードで走行特性が異なるため、例えばカーナビで目的地を設定した場合に、あるゾーンはEVモードで走行し、あるゾーンはHVモードで走行、というような両者を混在させた制御は考えていないという。
また、「メカニズム上はそれ以上も可能だが、効率が落ちるのでそこを上限に“エンジン走行”に切り替える」というEV最高速は135km/h。サーキットではなく公道で行なわれた今回のテストドライブでは、当然ながらすべての領域がEV走行のカバー範囲内に収まった。
首都高速道路の走行中など、それなりに高い初速からのアクセル踏み足しに対しても、まずエンジンの始動ポイントまで達することはなくEV走行を継続。とにかく、バッテリー残量に余裕がある限りは「EVとして走り続ける」というのが、今回得られた印象。
一方、こうしてなかなかエンジンが始動しないゆえに、ひとたびそのしきい値を超えた場合にはいきなりエンジンが高い回転数で回り始め、そのノイズの大きさに少々幻滅させられることになったのもまた事実ではある。
ただし、バッテリー残量が底を付いてHVモードでの走行を始めた場面には、より低回転・軽負荷域からエンジンが始動をするので、そこまでの落差は感じない。端的に言えば、こうしたシーンでは“普通のプリウス”としての走行を行なうに過ぎないからだ。
PHVならではの“小技”が可能
バッテリーの大容量化などで重量の増加は少なくないものの、フットワークのテイストなどは基本的にベースであるプリウスと同様の印象。前出のように今回は横浜基点でのテストドライブであったため、強い横Gを受けるようなコーナリング・シーンなどは試せていない。
が、ロサンゼルス近郊のワインディング・ロードを、アメリカ仕様の「プリウス プライム」で走行した経験からすれば、トヨタ自動車の最新骨格「TNGA(Toyota New Global Architecture)」を採用したこのモデルが、低重心感に富んだ好ましい走りのテイストを味わわせてくれることは間違いない事柄だ。
ところで、当サイト上でもその印象をお伝えしたプリウス プライムに比べると、大きく異なる印象を受けたところが1点ある。プリウス プライムはアクセル全開でも数秒間はエンジンが始動せずにEV走行を続けたのに対して、日本向けのプリウス PHVは間髪を入れず即座にエンジンが始動して、出力の上乗せを開始したことがそれだ。
複数回のチェックでそれが記憶違いなどではないことを確認し、テストドライブのあとにそれを担当エンジニア氏に問いただすと、それは仕向け地先で用意されている“PHVならではの税制面などのインセンティブ”を獲得するために設定された、プリウス プライム固有のプログラムが成す技であることが明らかになった。
詳細な規定は省略するが、それはアメリカの“US06”と呼ばれるかなりの急加速までを含めた試験プログラム内を、すべてEV走行するための制御。実はそこでの最高速は約130km/hに達し、プリウス プライム(プリウス PHV)に設定された135km/hというEV走行時の最高速も、当然それを見据えたものと考えられる。
また、同様にヨーロッパ向け仕様のプリウス PHVには、「ゼロエミッション・ゾーン」でエンジンが始動しないよう、出力の上限を絞る“シティ・モード”というスイッチ設定があるという。
こうした設定は、機構の複雑さゆえコストアップが避けられないこのようなモデルの普及には、今でも大きなインセンティブが不可欠という現状を示す半面、内燃機関車では不可能な仕向け地別の“小技”が可能であるという、PHVならではと言える特長も改めて明確にしている。
CHAdeMO対応は明らかに“退歩”
一方、そんなプリウス PHVに対して個人的に大きな疑問を抱くことになったのが、今回から新たに急速充電に対応「してしまった」という事柄。
ケーブルの抜けを防止するために、差し込み口は専用アイテムに交換する必要があるというものの、「約14時間で満充電が可能」という一般家庭でも配線工事が不要の100V 6A充電への新対応は大いに評価に値するポイント。
また、さまざまな規定がまだ確定しておらず、カタログスペック上ではそのメリットが生かされていないというものの、フランスからは「全車に標準化してほしい!」といった声が届いているなど、欧州市場での注目度も高いという「ソーラー充電システム」も、その実効性はともかく、話題づくりとしては面白いポイントだ。
ただし、日本仕様のみに行なわれた「CHAdeMO(チャデモ)」方式の急速充電への新対応は、むしろPHVならではの特長を損ねかねないとも思える残念な決定。なぜならば、敢えてそれに対応しても真のユーザーメリットなど皆無であるばかりか、むしろ今後の電動化車両の普及に水を差しかねない事柄であるからだ。
「満充電のおよそ80%までを約20分で完了」とアピールする急速充電。けれども、JC08モードで68.2kmのEV航続距離を謳うこのモデルの場合、それは55km弱分に過ぎない計算になる。これをベースに単純計算すれば、駆動用バッテリーの電力は、100km/hクルージング時には30分ほどで使い切ってしまうというもの。となれば、「30分走って20分の充電」など、まさに噴飯ものであるのは明らかだろう。
そもそもピュアEVとて、本来は「ユーザーが寝ているか、仕事をしている間に充電した電気だけで走るべきクルマ」というのが個人的な考え。ロードサイドの急速充電器を“レンジエクステンダー代わり”に用いつつ、大電力チャージを繰り返しながら遠くまで行こうという発想そのものが、ピーク電力の上乗せを回避するというエネルギー政策の観点からも「誤った使い方」であるはずなのだ。
実は、日本向けモデルでの急速充電対応は、それを行なっていなかった従来型に対して寄せられた、ユーザーや販売店からの強い要望の声に押された“苦渋の選択”でもあったという。そして残念なことに、同様のコメントは当方の同業のなかからも少なからず聞かれたものだった。
充電時間は短ければ短いほど、またEV航続距離は長ければ長いほどいいというのは、確かについ口にしたくなってしまうフレーズ。けれども急速充電のような大電力チャージの多用は、ピーク電力の上昇による発電所の増設すら招きかねず、また過度の航続距離の要求は無意味なバッテリーの大容量化による、価格や重量の上乗せにつながることを、今一度認識すべきではないだろうか?
そうした観点からすれば、新型プリウス PHVで最も疑問に思えたポイントは「この期に及んでの急速充電への対応」だと、個人的にはそう感じざるを得なかった。商品力は大幅にアップした新型ながら、ここだけは従来型から明らかに“退歩”をした部分と、そう感じずにはいられなかったのである。