試乗インプレッション

戦略的な価格で導入されたボルボのPHEV「V60 T6 Inscription」。静粛性と滑らかさは特筆もの

 ボルボは伝統的にエステートワゴンが強い。Dセグメントではメルセデス・ベンツ「Cクラス」、BMW「3シリーズ」、アウディ「A4」などがあるが、ボルボとしては「V60」がある。V60には2WD(FF)のT5、4WDで車高を上げたクロスカントリーがラインアップされ、いずれも好調な売れ行きを示している。

 今回投入されたT6はPHEV(プラグインハイブリッド車)で、後輪を電気モーターで駆動する4WDとなる。プロペラシャフトを持つクロスカントリーの4WDとはまったくレイアウトが異なる。さらにT6のパワートレーンは高性能版のT8のデチューン版で、ターボチャージャーとスーパーチャージャーという2つの過給器を組み合わせたエンジンとなり、T8では233kW(318PS)/400Nmの出力を出すが、デチューン版のT6では186kW(253PS)/350Nmになる。

 基本的なコンポーネントに変更はないが、過給圧の設定変更などECUのチューニングだけなので、価格の安いT6はお得感がある。

今回試乗したのはプレミアム・ミッドサイズステーションワゴン「V60」のPHEV(プラグインハイブリッド)モデル「T6 Twin Engine AWD Inscription」(759万円)。プラットフォームは90シリーズでも採用されている中大型車用の新世代プラットフォーム「SPA(スケーラブル・プロダクト・アーキテクチャ)」を用い、ボディサイズは4760×1850×1435mm(全長×全幅×全高)、ホイールべースは2870mm。T6としては上級グレードの「Inscription」、ベースグレードの「Momentum」(659万円)をラインアップ
現行型のV60はダイナミックなデザインとともに実用的なモデルとしてのキャラクターが与えられ、同社では「850」や歴代「V70」の真の後継モデルとして位置付けている。足下は19インチアルミホイールにコンチネンタル「プレミアムコンタクト6」(235/40R19)の組み合わせ

 横置きされた直噴ガソリンの直列4気筒2.0リッターエンジンだが、T6/T8ともにアクセルレスポンスに優れたスーパーチャージャーと、高回転で出力を効率よく出せるターボを組み合せた凝った設計を持つ。また、エンジンと8速ATの間にクランク軸と直結したスタータージェネレーターを置き、エンジン始動に加えて発電機能でバッテリーに充電し、ハイブリッドに必須な減速時のエネルギー回生も行なうことができる。

T6では直列4気筒DOHC 2.0リッター直噴ターボエンジン(スーパーチャージャー付)に電気モーターを組み合わせ、エンジンの最高出力は186kW(253PS)/5500rpm、最大トルクは350Nm(35.7kgfm)/1700-5000rpmを発生。エンジンとモーターの合計出力は340PS

 30Ahを出すリチウムイオンバッテリーは深いセンタートンネル内に置かれているので、ラゲッジルームやキャビンスペースを侵略することはない。前述したように、T6/T8の後輪は独立したモーターで駆動される。同じ4WDと言ってもクロスカントリーのようなプロペラシャフトを持たないので、大きなバッテリーの搭載には好都合だ。

 また、充電時間は200Vの普通充電(急速充電は使えない)で空の状態から満充電にするには約2.5時間~3時間で可能だ。ちなみに試乗したモデルは30Ahの出力だったが、実際にユーザーの手に渡る2020年仕様は34Ahに性能アップしているとのこと。

 試乗車の「T6 Twin Engine AWD Inscription」はコンチネンタルの「プレミアムコンタクト6」を履き、サイズは235/40R19となる。車両重量は2tを超える2050kgと重量級なので、このぐらいのサイズとしっかりした構造は必要だ。タイヤもしなやかでよくマッチングしていた。ちなみにT5の重量は1700kgである。

明るさと上質さが感じられるInscriptionのインテリア。ラゲッジスペースは先代V60が430Lだったところ、新型V60では529Lに容量アップ

積極的にEV走行を行なう

 ドライブモードをHYBRIDにして試乗スタート。ちなみにドライブモードはほかにAWDと、ECOに相当するPURE、それにPOWERが選択できる。

 われわれが慣れているハイブリッド車の場合、スタート直後は電気で走るものの、すぐにエンジンを掛けてその後は電気とエンジンとのコンビネーションで走る。しかし、PHEVでは搭載しているバッテリーが大きいので、モーター走行の距離も長い。T6でもモーターのみの走行距離は走り方にもよるが約45kmほどなので、都市内での走行などは電気だけで走ることも可能だ。

 以前、先代の「プリウス PHV」で一般道を走った時には、電気だけで走れる距離が20kmほどだったので少しもの足りなかった。もうひと息走れたらという感想だ(今のプリウス PHVは65kmほど走行可能)。T6の場合はバッテリーが大きく、モーターでの走行距離が長いので、こまめに充電するユーザーはガソリンを入れる間隔がかなり長くなるだろう。

 HYBRIDモードでも市街地ではエンジンをかけるタイミングはあまりなく、EV走行主体となるが、65km/hを超えるとエンジンをかけてFF走行になる。また、EVのカバーレンジが広いPUREモードではEV優先で走るために125km/hまでEV走行が可能で、この場合は後輪モーターで駆動するFR走行となる。もちろんPUREモードで高速を連続走行すると、バッテリーはすぐになくなってしまう。

センターディスプレイでPOWER HOLDモードとチャージモードの選択が可能

 ボルボのPHEVは積極的にEV走行を行なうため、ガソリンエンジンの出番が少ない。使い方次第でドライバーにECOドライブを再考察させることになる。例を挙げると、センターディスプレイの右側画面を出すと、そこではPOWER HOLDモードとチャージモードを設定できる。前者はバッテリーの使用を停止するモードで、市街地をEV走行で走るときのマージンを残すモードだ。また、チャージモードはバッテリーに充電することで次のEV走行に備えるモードになる。これらを組み合せたEV走行を活用し、自分なりにT6をマネージメントするのも面白い。

 AWDモードは常に後輪モーターを駆動するもので、エンジンを掛けながら充電して走行する。通常は自動的に4WDに切り替わるが、オフロードや雪道などコンスタントに4WDを使いたい時に使用するモードだ。

 一方、走りでは重いバッテリーをセンタートンネルの、しかも低位置に配置できるので、乗り心地はかなり上質になり重厚感が出ている。T5では少しリアが硬めの設定になっており、それなりにバランスが取れつつも時には硬さを感じることがあり、大きな段差を超えるときなどは少しバタつくこともあった。しかし、T6では段差乗り越しも含めてマイルドになっており快適だ。

 走り始めの静かさと滑らかさはEV特有のものだ。ボルボは特に気を配って遮音性とアンチノイズデバイスを用いて静粛性に配慮している。非常に静かでパワートレーンの上げる振動騒音が皆無なのは特筆ものだ。

 加速では、アクセル開度の大きなところではガソリンエンジンを過給するスーパーチャージャーの唸りとともに、レスポンスよくダッシュする。未だ余力が残っているので47KW(65PS)もパワフルなT8ではさぞ圧倒されるに違いない。

 T6でももう少しパワーが欲しい場合は、POWERモードに入れるとエンジン駆動と電気の後輪をフル稼働する。エンジン回転を高くキープし、アクティブサウンドコントロールがエンジン音も聞かせるようになるので、気分的にも実質的にもパワフルに感じる。こんな場面ではメーターの表示もガソリンを使っていることを分かりやすく示すので、すぐにアクセルを緩めてEVモードに戻す。このエコゲージはよくできているのだが、他の表示が分かりにくく、ディスプレイの操作も煩雑なので今後改善の余地があるだろう。

 安全面では強固なボディコンストラクションが有名だが、ツインエンジンではハイブリッドシステムを守るためにガソリン車とは違う構造が採られている。例えば、サイドシルの補強やバッテリーを収納したセンタートンネルの変形が最小限になるように配慮されている。

 さて、価格ではT8の819万円に対してT6は749万円(上級モデルのInscription)となり、同じメカニズムで70万円差は買い得感のある価格設定となる。ちなみに、2WD(FF)のT5 Inscriptionは599万円で、その差は150万円となっているが、T6でもベースグレードのMomentumになると659万円。差は60万円までグンと近づく。

 PHEVはさらにエコカー減税+補助金が45.5万円あるので、差額は14.5万円にまで縮まる。また、東京のように地方自治体からの補助金が付く場合もあり(東京の場合は30万円)、場合によってはT6 MomentumならT5 Inscriptionよりも安くなるという逆転現象も起こりうる。

 PHEVはベース車に対して価格が高くなかなか浸透しないが、戦略的な価格で導入されたT6が市場でどう評価されるか注目される。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛