試乗インプレッション
小さくて軽いMTモデルは正義! ルノー「トゥインゴ S」に乗ると思わず笑顔になる理由
「便利なだけがクルマじゃない」と思わせてくれるモデル
2020年4月15日 00:00
初めてパリを訪れた時に一番驚いたことは、颯爽と街を歩く女性たちの足下がフラットシューズばかりだったことだ。“オシャレ最先端の街だから、誰もがハイヒールでキメているに違いない”とは勝手な妄想でしかなかった。今もデコボコとした石畳の道が多く残り、地下鉄の階段は急で、ハイヒールではとても歩きにくい。それはクルマにとっても同様で、歴史と共存し、世界的な観光都市でもあるパリの街は、ひとたび生活道路に入れば狭い路地や入り組んだ区画が多く、決して走りやすい環境とは言えない。それでも、パリの街を歩く女性たち、駆け抜けるクルマたちが見惚れるほど素敵なのは、高い美意識と磨かれた審美眼で選ばれた本物が愛されているからだろう。
そんなパリが仕立てたコンパクトカーとして、2016年に3代目の現行モデルとなったのがルノー「トゥインゴ」だ。デザインは、今なお愛される初代トゥインゴの面影が残るハッピーなフロントマスクがまず目を惹く。往年の名車「サンク」からインスピレーションを得たという、リアフェンダーが張り出したフォルムに、ガラス1枚仕立てのリアハッチでモダンさもプラスし、見事なまでに愛らしさと本物感を融合させている。
また、パリの街をストレスなく駆け回るためには、小まわり性能とキビキビした走りが不可欠だが、そのためにルノーが選択したのは、エンジンを荷室下に搭載するRRレイアウトだった。空いたフロントを活用してステアリングの切れ角を49度まで広げ、最小回転半径は軽自動車よりも小さい4.3m。先代より8cm短縮した全長とあいまって、驚異的な小まわり性能を実現している。
しかし、そのせいで室内が狭くなるのはパリの美意識に反するとばかり、室内は23cmも広がり、荷室容量は4人フル乗車時で188L、後席を直立させると219Lと、飛行機の機内持ち込みサイズのスーツケースなら4個入る実力を確保。決して大きいとは言えないが、実用性はしっかり備えているところがすごい。後席を倒せばゴルフバッグも積めるというのは、現役トゥインゴユーザーから聞いた生の声である。
デビューからしばらく、0.9リッターターボエンジンのEDCと5速MTをラインアップしていたが、2019年夏にマイナーチェンジが施され、EDCのみとなっていた。キビキビとしたトゥインゴの走りには、「MTの方が楽しい、合っている」という声も大きかったのだが、日本では販売台数が稼げるものではないだけに、やはり廃止となってしまうのか。一時はそう落胆するファンも多かった。それが、マイナーチェンジから遅れること約半年。ついに、5速MTを搭載したトゥインゴ Sが登場した。しかも、EDCに搭載のターボエンジンではなく、1.0リッター自然吸気の新エンジンとの組み合わせとなっている。そう聞けば、いったいどんな乗り味なのか? 途端にワクワクしてくる人も多いはずだ。なんたってルノーは、どんなに小さなクルマでも走りの楽しさをおざなりにしないメーカーだ。今回だって、わざわざ新エンジンにしたのには、きっとこだわりがあるからに違いない。
トゥインゴ Sの外観はEDCモデルと大きな差はないようだが、よく見ればホイールがオプションのアロイホイールになっていて、足下を引き締めている。室内も同様で、異なるのはシフトレバーがMT仕様になっているくらいだ。しっかりとしたサポート形状で身体にフィットするシートに座ると、いつも通り少し高めのアイポイントで、車両感覚が手に取るように分かる視界はこちらをリラックスさせてくれる。
エンジンをかけると、控えめなアイドリング音で振動も最小限。目の前のメーターがオレンジ色に光り、センターパネルにはマイナーチェンジで採用されたマルチメディア「EASY LINK」の画面がタブレットのように表示される。USBポートに自分のスマートフォンを接続すると、GoogleマップやLINE、音楽もそのまま使えて便利だ。
“自分で操っている”満足感が味わえる、ダッシュを繰り返すような加速
冷たい感触のシフトレバーを握り、少し深めのクラッチを踏み込んで1速へ。さて最初の出足はどんなものかと思いつつ左足を戻していくと、予想通り、いやそれ以上の勢いで弾むように飛び出していくトゥインゴ S。「わははは」と笑い出したいのをこらえながら、2速、3速とシフトアップするたびに、ダッシュを繰り返す感覚がとても楽しい。かといって息継ぎが大きくて前のめりになるような感覚はなく、ほどよいタイミングでつないでくれる。速度なんて50km/hくらいしか出していない市街地なのに、こんなにもリズミカルな走りが味わえるとは、早くも類い稀なるバランスのよさを感じさせる。
そして首都高速のゲートを抜け、一気に合流に向かっていく上り坂もパワーは十分で、余裕さえ感じながら本線に滑り込む。そこからさらにアクセルを踏み込んでいけば、軽やかな加速フィールが伸びやかに続き、あっという間に流れにのれる。ガッチリとした剛性感で下半身はビクともせず、直進はもちろん車線変更での安定感も抜群。軽やかなのにしっかりとした接地感があるから、小さくても頼もしい相棒と一緒に走っている感覚だ。
トゥインゴ Sの自然吸気エンジンは、排気量がターボの897ccから100ccアップの997ccになっているものの、最高出力73PS/最大トルク95Nmと少しずつ控えめになり、とくにトルクは135Nmが2500rpmで発生するターボに比べ、自然吸気は95Nmが4000rpmで発生するという違いがある。ただ、車両重量は950kgと70kgほど軽くなっており、その恩恵もあるのか4000rpmに達するのは一瞬に近いもの。だから、何度でもダッシュする爽快な加速が楽しめるし、欲しいところで欲しいだけのパワーが得られて、自分の意思で操っているという満足感も高い。
郊外のヘアピンカーブが頻発する山道を走ってみれば、RRの本領発揮とばかりにクルクルと面白いように向きを変え、まるでオシリを振ってコーナーをかわしていくイメージさえ湧いてくる。次のコーナーはどう切り込んでいこうか。ステアリングを握る手にチカラが走り、意識を道と挙動に集中させ、足の角度をジワリジワリと加減してクリア。こんなことを続けていたら、退屈するヒマもない。気がつけば30分くらい平気で近所を走り、すっかり満たされた気分だ。EDCモデルでもこうしたシーンで相当に楽しいコンパクトなのは間違いないが、マイナーチェンジでやや上質感がアップして大人っぽくなったと感じていた。それが、トゥインゴ Sはまた当初の元気いっぱい・天真爛漫なトゥインゴが帰ってきた! そう思える、手放しで大歓迎したいモデルである。
装備としては、ホイールがアロイホイールではなくホイールカバーになり、助手席のワンタッチリクライニングがダイヤル式になるが、あとはオートエアコンや5:5分割可倒式のリアシートといった室内の使い勝手、EBA(緊急時ブレーキアシスト)などの安全装備もEDCと変わらない。アイドリングストップのストップ&スタート機能、ヒルスタートアシストが5速MTになっても装着されているのは嬉しいところ。そして何より、価格は179万円と、EDCより19万6000円もリーズナブルでもはや軽自動車並みだ。小さくても、オシャレさと実用性と走りの楽しさは絶対に譲らない。そんなパリジャン・パリジェンヌの心意気そのもののようなトゥインゴ Sは、便利なだけのクルマに飽きた人にビビビと鋭く響くことだろう。