試乗レポート

日産「キックス」試乗、足まわりの完成度の高さは日産車トップクラス

キックスに街中で試乗した

世界各国でセグメント首位の販売実績

 10年前に比べて3倍近くにまで成長した日本のSUV市場の中でも、とりわけ伸長著しいのがS-SUVのクラスだ。その先駆者である日産自動車「ジューク」の2代目モデルが海外で発売されたのに日本では販売されないことを嘆く声は小さくない。かわりに白羽の矢が立った「キックス」は、2016年のブラジルを皮切りに、メキシコ、中東、中国などに投入され、メキシコ、チリ、UAE、台湾などでセグメント首位の販売実績を上げてきた人気モデル。日本にはジュークよりもキックスをと日産が判断したのは、多人数が乗車できる居住性や荷室の広さが求められながらも全幅は狭いほうが好まれる(※キックスは1760mm、ジュークは1800mm)という市場のニーズに即したクルマを提供するためだ。

 それだけではない。今回、日本に導入するにあたって、e-POWERとプロパイロットという日産が誇る独自技術を搭載するとともに、「自分らしくおしゃれでかっこいいクルマ」であることと「新たな運転の楽しさ」を追求し、デザインや走りの洗練など全面的に大がかりな改良を図った。SUVとして初のe-POWERであり、日産の登録車としてひさびさのニューモデルでもあるので注目度も高く、発売直後の受注も好調のようだ。

 2トーンが4色でモノカラーが9色と多彩に用意されたカラーラインアップの中から、あえてイメージカラーではなくイエローを試乗車に選んだところ、見てのとおりインパクト満点! リフレッシュされたとはいえやや古さも感じるが、各部に配された印象的なラインや前進感を強調したフォルムにより、小さいながらも存在感は大きい。

岡本幸一郎が試乗
試乗したのは「X」グレードでモノカラーの「サンライトイエロー」

 ベーシックグレードとなる「X」で価格が275万円オーバーからと知ったときに、第一印象としては思ったよりもちょっと高いと感じたのだが、インテリアを見て納得した。質感とデザイン性の高さが予想をはるかに超えていたからだ。室内空間は外見から想像するよりも広い。とくに後席がかなりの広さだ。膝前がドーンと広く、前席よりもだいぶ座面が高いのでヒールtoヒップの高さも十分。おかげで横方向もリアウインドウがキックアップしているわりに閉塞感がない。平均+αの身長である筆者が座っても頭上に空間が確保される。さすがはクラストップレベルの広さというだけのことはある。

コンパクトなボディながら広さを感じさせる室内。Xでは内装色がモノトーンとなる
特に後席の広さは特筆もの。ジュークのようにリアを絞り込んだデザインではないためゆとりがある
荷室容量はクラストップレベルで大型のスーツケースなら2つ、9インチのゴルフバッグも3つまで積載できる
後席は分割可倒式。荷室部の床を下げているのでフラットにはならない
上質感のある内装
各種操作が可能な本革巻きステアリング
シフトは電制シフト
アナログのスピードメーターに加えて、パワーメーターやエネルギーフローなどが表示可能な7インチカラーの「アドバンスドドライブアシストディスプレイ」を装備

e-POWERとしてひと皮剥けた

 走り出すと、同じe-POWERのノートにもっと近い乗り味をイメージしていたところ、よい意味でリーフに近いように感じられたというのが第一印象だ。モーターとバッテリーの出力向上に加えて、バッテリーの能力を限界まで引き出しエンジンを極力始動しないよう制御の考え方が変わったことで、ごく普通に市街地を走るような車速域ではなかなかエンジンがかからず、もしかかっても停車時や低速走行時には分かるが、走り出して車速がある程度高まっていればエンジンの存在をあまり感じさせない。

バッテリー残量によるが市街地の速度域ではエンジンはかからず積極的にEVで走るようになった

 さらには、加減速がよりなめらかになり洗練されたように感じられた。むろんノートもモーター駆動ならではのよさは持ち合わせているが、もう少しこうだったらなおよいと感じたいくつかの点が、まさしくキックスでは改善されている。俊敏なアクセルレスポンスと太いトルクはノートでも十分に味わえるが、アクセルのオンオフで感じたカドがキックスではキレイにならされている。中高速域の力強さが増し、より伸びやかでスムーズになった加速フィールは、とにかく走っていて気持ちがよい。「ワクワクするような特性を心がけた」を開発関係者が述べていたとおりだ。

パワーユニットは直列3気筒DOHC 1.2リッター「HR12DE」型エンジンに「EM57」モーターを組み合わせる。同じe-POWERといってもノートのそれとはだいぶ味付けが変えられている

 e-POWER Driveについても、減速度の出方が扱いやすく、ノートの「e-Pedal」で見受けられたアクセルから足を離したときにつんのめるような感覚も、サスペンションとの協調により解消している。全体的にe-POWERとしてのドライバビリティがひと皮かふた皮も剥けたような印象を受けた。

アクセルペダルだけで加減速が可能なe-POWER Driveも扱いやすい

予想を超えるフットワーク

 以前より海外で発売されていたキックスを日本に導入するにあたって、走りに関わることで手が加えられた点として主なものでは、ボディ剛性の向上、大径ダンパーの採用、ノート比30%増のキャスター角、プロパイロット制御を念頭に置いた高度なパワステ制御の導入などが挙げられる。これらによるフットワークの仕上がりも予想を超えていた。

 まず直ぐに実感するのが乗り心地のよさだ。段差を乗り越えたときの衝撃をしなやかに受け流し、床面からの振動を抑えて車体の上下動も瞬時に収束させている。巡行時にはフラットで目線のブレが小さく、コーナリングでのロールも小さめ。フワッとしたやさしい味とシャキッとしまった味がほどよい案配で同居している。この味はそれなりに上等なダンパーを使わないと出せないはずだ。

乗り心地のよさとハンドリングのよさが高いレベルでバランスされている

 ステアリングフィールの作り込みもなかなかのもの。操舵力が軽く操舵感がスッキリとしていて、中立からわずかに切り始めた微細な領域からリニアに応答する。おかげで先で述べたアクセルワークへの反応はもとより、ハンドリングにも気持ちのよい一体感がある。現行の日産車すべての中でも足まわりの完成度はもっとも高いように感じたほどだ。

 日産お得意のカーブでふくらまない「インテリジェントトレースコントロール」も搭載している。今回は都市高速と市街地をごく普通に走るにとどまったが、その恩恵らしきものは感じられた。最小回転半径がクラストップの5.1mというのも立派。運転しやすいサイズに加えて小回りが利くことも実感した。

プロパイロットもさらに進化した様子

 そしてクラストップレベルの運転支援技術といえる「プロパイロット」だ。すでにそのよさは別の車種で何度も体験しているが、今回の短い試乗の間でも、既存のものからより制御の精度が高まったように感じられた。これはあらためてじっくり確認したいと思う。

 全体として予想を超える仕上がりに感心させられた次第。個性的なデザインに優れた実用性というコンパクトアーバンSUVとしての価値と、e-POWERやプロパイロットに象徴される日産ならではの「インテリジェントモビリティ」としての価値を兼ね備えたキックスは、人気のS-SUV界の中でもひときわ異彩を放つ、注目すべき存在である。

ちょうどよいパッケージングと走りに日産の先進技術が加わったキックスは予想を超える仕上がりだった

【お詫びと訂正】記事初出時、「e-POWER Drive」を「e-Pedal」と誤って表記しておりました。お詫びして訂正させていただきます。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一