試乗レポート

マツダ「CX-30」で約800km試乗、SKYACTIV-Xと標準ガソリンエンジンの違いとは?

 体験は長きにわたり記憶に残る。今回、マツダ「CX-30」と約800km(2日間)に渡って時間を共にした。目的地は信濃地方だ。

 梅雨明け直前の7月末、万全のコロナ対策のもと「マツダCX-30価値体験型取材会」が開催された。メディアを対象とした多くの試乗会では、ある場所を拠点に1台あたり1時間程度を目安に試乗を行ない、都度乗り換えながらグレードごとの違いを体感する。

 対して今回の体験型取材会は、短時間/短距離の試乗だけでは伝わりにくい、長時間/長距離を走らせてこそ分かる真価の体感が目的。言い換えれば、マツダの掲げる人馬一体を軸にした走る歓びを、擬似的なCX-30オーナーとなって味わうために催されたわけだ。

往路のパートナーは20S L Package

往復で異なるCX-30に試乗し、その価値を体感してきた

 早朝、神奈川県横浜市にあるマツダR&Dセンター横浜を出発する。今日の試乗グレードである「20S L Package」(AWD/6速AT)に編集者、カメラマン、筆者の3名が乗車し、それぞれの荷物と撮影機材を積み込んだ。

 1台に成人男性3名だから、乗車する前は多少の圧迫感があるかと思ったが、乗り込んでみればCX-30の車内は思いのほか快適。サイドウィンドウの天地方向がもう少し広ければ、曇り空や夜間での開放感が高まるかもしれないが、このあたりはキャビンを小さく見せるためのデザイン手法との兼ね合いなのだろう。

CX-30は「人生の幅が広がる・世界が広がる」をコンセプトに開発されたクロスオーバーSUV。往路で試乗したのはソウルレッドクリスタルメタリックカラーの「20S L Package」(AWD/6速AT)で、価格は309万6500円。ボディサイズは4395×1795×1540mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2655mm
撮影車の足下は18インチアルミホイールにTOYO TIRE「PROXES R56」(215/55R18)の組み合わせ
直列4気筒DOHC 2.0リッター直噴ガソリン「PE-VPS」型エンジン(SKYACTIV-G 2.0)は最高出力115kW(156PS)/6000rpm、最大トルク199Nm(20.3kgfm)/4000rpmを発生。無鉛レギュラーガソリン仕様で、WLTCモード燃費は14.8km/L
CX-30のコクピットはドライバーを中心に表示機器、操作スイッチなどを左右対称とし、それぞれがドライバーへ向けて正対するようにレイアウト。クルマとドライバーの一体感を強め、心地よい“包まれ感”を表現している
車内スペースはなかなかに快適

 車中では全員がマスクを装着してエアコンは外気導入を基本とし、雨天であったが雨水が入らない程度にウィンドウを開けて換気にも留意する。目指す信濃路へは都市高速を経由して、東名高速道路、圏央道から中央自動車道を走る。地図の標高データでも確認できるように、中央道を西に進むと小淵沢IC(インターチェンジ)と諏訪南ICの間に最高標高地点(1015m)を迎える。つまり往路の大部分は上り勾配だ。

 往路のパートナーである「20S L Package」が搭載する「PE-VPS」型SKYACTIV-Gエンジンは、直列4気筒DOHC 2.0リッターで156PS/20.3kgfmを発生する。AWDモデルなので車両重量は1480kg。上野原ICから談合坂SA(サービスエリア)に向かう下り車線では5%程度の上り勾配が続くが、3名+荷物の実質4名乗車に近い車両負荷なので、80km/h(6速/1800rpm弱)をスムーズに維持するためには5速へのシフトダウンが必要だ。

 しかしわれわれは、アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)である「MRCC」(マツダレーダークルーズコントロール)を80km/hにセットしていたため、車速が大きく落ち込む前にシステムによるシフトダウンが行なわれ、失速は最小限に留まった。また、MRCCを使わずに運転している際でも、シフトパネル右側にある「ドライブセレクション」を上に1回操作してスポーツモードにしていると、アクセルペダルを踏み込んだ際の応答性が向上するので、車速が落ち込む前にシフトダウンが行なわれる。だから走行リズムを保ちやすい。

 このスポーツモードは下り坂でも有効。山道などで多用するアクセルペダルをOFFにした(踏んでいない)状態ではギヤ段を可能な限り保持してくれるし、カーブ手前のブレーキング操作ではペダルの踏み込み加減によってシフトダウン制御が入るため、速度調節が行ないやすい。

 とはいえ、いくらトランスミッションの制御が優秀でも、156PS/20.3kgfmというスペックから「全般的に力不足なのでは……」との疑念が生まれるだろう。じつは筆者も試乗前は同じ気持ちだった。確かに、アクセルペダルを80~100%と大きく踏み込んだ状況では数値なりの加速力で、およそ5000rpm以上の高回転域ではエンジン透過音も大きくなる。よって6速AT各ギヤ段のステップ比が適正でも、絶対的なエンジン透過音が大きいから、得られる加速力との体感ギャップが広まる。音色がよければそれもアリだが、20Sの標準エンジンが奏でる音は耳に重い。

 しかし、アクセルペダルの踏み込み上限を50%程度で済むように走らせてみると、割とイメージに近い躍度(連続する加速度)を生み出すことができる。今回のような実質4名乗車であってもだ。これは常用域とされる2000-4000rpmあたりまでの出力/トルクの値を相対的に豊かにすることで得られた特性だろう。

そば打ちとバターナイフの製作に挑戦

 諏訪湖を過ぎ塩尻ICで高速道路を降り、一般道路で木曽路に入る。途中、撮影を済ませながら2時間あまり。最初の目的地である「信州木曽ふるさと体験館」に到着。ここは1997年に廃校になった旧黒川小学校の木造校舎をほぼそのままの形で使用する施設で、その名の通りさまざまな体験ができる。今回は豊富なメニューから「そば打ち」と「バターナイフ作り」を行なった。

 日本におけるそば切りは、ふるさと体験館からほど近い本山宿(長野県塩尻市)が発祥の地とされている。自身では人生2度目となるそば切り。本来は前段階のそば打ちから行なうはずだったが、われわれは道中の撮影に時間を費やしたため、そば切りから行なった。

 やはり、見るのとやるのでは大違い。難しい! 幅を揃えて切ろうと意識すればするほど、太さにバラつきがでてしまう。そこで一端、仕切り直し。重さのあるそば切り包丁をまっすぐまな板に押しつけることだけに専念した。すると、ご覧のようになんとか及第点をいただけそうな切り方ができた。

見るのとやるのでは大違い、なそば打ちにチャレンジ。難関を乗り越えたこともあって、実際に自分で打ったそばの味は格別! ちなみに信州木曽ふるさと体験館ではこのそば打ち体験を1450円/人でできる。体験の所要時間は1~2時間、定員は3~60名

 自身で切った三七そば(店舗では二八そば)を食し、その後はバターナイフの製作にとりかかる。とはいえ、こちらの原形はすでにでき上がっていて、細部の形を好みに削ったり、半田ごてを使ったウッドバーニングで文字やロゴなどを入れたりする軽作業が大半で、最後に米ぬかのオイルで仕上げを行なう。

 筆者は、用意された木材のうち堅めのオーク材(ブナ科ナラ)を使って、少しだけ加工してみた。バターをすくう底辺を2mmほど削って平らにし、容器に残るバターが均一面で減るようにしながら、バターナイフを保持する右手の人差し指と親指部分に凹みをつけて作業性と安定性を高めた。また、バターをパンに塗り込む背面では、均一にバターを塗り込むため、上部に行くに従って曲率がなだらかになるよう♯120~360のサンドペーパーで削り加工を施した。後日、使ってみたが、少し背面の削り加工が甘かったので、サンドペーパーで再加工。自作バターナイフといえども、道具は高い精度があってこそ、か。

バターナイフの製作にも挑戦
信州木曽ふるさと体験館(長野県木曽郡木曽町新開6959番地)の営業時間は9時30分~16時30分。ただし、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、8月8日から当面の間、体験予約の受付を休止。再開時期は公式サイトでアナウンスするとのこと

 お腹を満たし、道具を手に入れた後は、安らぎを求めて中山道の奈良井宿へ。中山道69宿の1つであり、木曽にある11の宿の中では一番標高の高いところに位置する奈良井宿は、江戸時代には「奈良井千軒」と呼ばれた。総延長1.1km、面積にして17.6haと決して大きくはないが、当時は大きな賑わいをみせたという。

 現在、重要伝統的建造物群に選定(現・文部科学省文化庁)され、国による保存や保護の対象になっている家屋は230戸を数える。今回は特別に許可をいただき、CX-30を駐車して撮影することができた。

 タイムスリップとはまさにこのこと。古来の美しい木造家屋の街並みと、魂動デザインをまとったCX-30とのコントラストは見事で、400年近い時空の壁を一気に飛び越える。出発時から強く降り続いていた雨も奈良井宿での撮影時には小康状態になるなど、なんとも神がかり的な時間を過ごした。

美しい木造家屋の街並みが望める中山道の奈良井宿。CX-30とのコントラストは見事というほかない

SKYACTIV-Xの最大の特徴とは

 翌日は松本城に近接した宿からスタート。復路は直列4気筒2.0リッターのSKYACTIV-X(180PS/22.8kgfm)を搭載した「X PROACTIVE Touring Selection」(2WD/6速AT/1490kg)がパートナーだ。早朝、国宝である松本城の景観を堪能した後は、CX-30に乗り松本家具として名高い「松本民芸家具」に向かう。ここでは工房を特別に取材させていただいた(一般公開は行なわれていません)。

 300年以上の歴史がある松本家具は、大正時代に日本一の和家具・生産高を誇ったものの、戦後は一時衰退。それが、思想家である柳宗悦氏の提唱する「有名なアーティストによる高価な作品よりも、無名の職人が作る生活用品にこそ美がある」という、民芸運動の1つとして復活し、現在に至るという。

 取材に訪れた松本民芸家具では、カバノキ科の落葉高木で本州、四国、九州の山地に広く分布している「ミズメザクラ」を主要材として使う。堅く、加工が難しいことから、「1人前の技術を身につけるには、最低10年はかかる」(松本民芸家具の代表者談)といわれるほど。現在、工房では関連する作業所を含めて20名程度の職人が活躍されているという。

 松本民芸家具の代表作である「#44型ウインザーチェア」の製作現場を拝見。自身が使いやすいように自作した工具を駆使し、1つひとつが丁寧に作られていく。ふと、完成を待つウインザーチェアの座面裏側を見ると、漢字一文字が彫られている。聞けば、これは職人のイニシャルで、完成まで責任をもって1人の職人が手がけたことの証なのだという。加えて、長年使い込んだのちに依頼される修理も、それを生み出した職人がリペアを担当する。なるほど、見事なまでの徹底ぶりだ。

株式会社松本民芸家具の工房を特別に見学させていただいた。松本民芸家具ではミズメザクラなど日本で育った木を材料として使用するのが特徴で、長年の使用に耐え、使い込むことによって美しさが出るという

 自動車文化にも同じ考え方がある。その代表がAMGの「ワンマン・ワンエンジン」。1人の職人が最後までエンジンを組み上げ、その証としてネーミングプレートがシリンダーヘッドカバーに貼られる。余談だが、商用車にもそうした所作がある。ダイムラートラックAGが手がける直列6気筒DOHC 10.7~15.6リッターディーゼルターボエンジン「OM470系」型がそれで、組み立ての最終工程にワンマン・ワンエンジン手法を採り入れていた。

 取材最後に松本民芸家具の代表者はこう語った。「われわれが皆さまにお届けするのは工業製品ではありません。工芸品です。使われる方のことを第一に考えた、こだわりのある工芸品をこれからも作り続けていきます」。すばらしい矜持だ。語り口調は終始穏やかだが、確かな技術力に裏付けされた自信と誇りを感じることができた。

松本民芸家具の代表者は「こだわりのある工芸品をこれからも作り続けていきます」とコメントしていた
土蔵造りの建家は松本民芸家具のショールーム。チェアや長イス、テーブル、キャビネット、デスクなどさまざまな製品を見ることができる

 筆者はこの言葉を聞いて、マツダが渾身の力を込めて世に送り出したSKYACTIV-X(「HF-VPH」型)にも同じ想いを感じた。とはいえ、SKYACTIV-Xは単なる内燃機関で紛れもない工業製品であるから、手に触れたり身体に密着させたりすることはできない。しかし、SKYACTIV-Xを生み出した技術者たちは、それこそ工芸品を生み出すがごとく、使われる方のことを第一に、こだわりをもって具現化されたのではないか。

 SKYACTIV-Xについてのメカニズムやロードインプレッション含め、Car Watchに筆者が寄稿した、「『MAZDA3』のSKYACTIV-X搭載車に試乗。フィーリング、ACCのマナー、燃費はどうか?」に詳しいのでお読みいただきたいのだが、端的に言い表すとすれば「標準エンジンと共通する部分」と、「標準エンジンと大きく異なる部分」があり、この二面性こそ現時点におけるSKYACTIV-X最大の特徴だ。

往路で試乗したのはポリメタルグレーメタリックカラーの「X PROACTIVE Touring Selection」(2WD/6速AT)で、価格は341万5500円
標準ガソリンエンジン車と外観での違いはリアの「SKYACTIV-X」バッヂの有無、マフラーテールエンドの形状程度
直列4気筒DOHC 2.0リッター直噴ガソリン「HF-VPH」型エンジン(SKYACTIV-X)は最高出力132kW(180PS)/6000rpm、最大トルク224Nm(22.8kgfm)/3000rpmを発生。無鉛プレミアムガソリン仕様で、WLTCモード燃費は16.8km/L
ネイビーブルーの内装色にシートはクロス素材のクレージュの組み合わせ

 共通する部分は、アクセルペダルを80%以上踏み込むような状況で、分かりやすく大きく踏み込んだ運転操作ではスペックなりの加速特性に留まる点。SKYACTIV-Xでは4500rpmあたりからエンジン透過音に金管楽器が奏でる心地よいサウンドが少しだけ入りこむものの、やはりドラマチックな展開は期待できない。

 大きく異なる部分は、往路の20S(標準エンジン)と同じように、アクセルペダルの上限開度を50%程度に抑えた際の走行特性に見てとれる。ここでの筆者による体感満足度は20Sの20%増し。細かくみれば、発進直後から40km/hあたりまでのゆとりはさらに大きく30%程度まで増える。加えて、アクセルペダルを踏み込んだ際に体感する、躍度の発生にかかる時間は最大で標準エンジンの半分ほどしかかからない。だから、「ちょっと加速させたいな」とドライバーがアクセルペダルを踏む右足に力を込めたとほぼ同時に躍度が発生する。気になる燃費数値にしても同条件での筆者の実測値で、20%ほどSKYACTIV-Xがいい。

 マツダは人馬一体というフレーズを好むが、筆者も交通コメンテーターとしてここ20年ほど機会があれば乗馬を行なっている。ご存知の通り、馬への意思表示は、ハミにつながる手綱の操作と足の動き、重心移動などを組み合わせて行なう。また、操作を与えた後の戻し方からでも、馬との意思疎通はちゃんと図れる。ただ相手は動物なので愛情をもった接し方が大切。そこを意識して、入力と脱力の塩梅を意識するだけで馬との対話が俄然楽しくなる。

乗馬も行なう筆者

「SKYACTIV-Xは、この戻し操作を受け入れるからこそ乗りやすいのでないか……」。今回の価値体感型取材会には、こうした自身の仮説を検証する場として臨んだわけだが、その予想は大方で的中していた。アクセルペダルをちょっと踏んで保って速度の上昇を待ちながら、じんわり戻す、そしてさらに踏み足して……、日常走行での運転は地味な操作の繰り返しでもある。そんな多くのシーンでSKYACTIV-Xの持ち味を体感することができた。

 間違ってもハイパワーエンジンのようなドラマチックな展開は現在のSKYACTIV-Xには期待できない。これは確かだ。ただ今回、オーナー目線でCX-30とじっくり付き合い、しかも複数の同乗者とともに快適な移動ができるよう、ちょっと丁寧な運転操作を行なってみると、現状のSKYACTIV-Xがもたらす標準エンジンとの性能差は大きかった。

 SKYACTIV-Xは生まれたばかりだ。筆者は今回の体験を、SKYACTIV-Xが最終目標とする真の姿となるまで大切にしてきたいと思う。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。

Photo:安田 剛