試乗レポート

マツダ「SKYACTIV-X」が改良を受け“SPIRIT1.1”に その進化幅やいかに?

既存のSKYACTIV-Xユーザーに対するSPIRIT1.1への無償アップデートを検討中

改良型SKYACTIV-Xはコードネーム「SPIRIT1.1」

 ガソリンエンジンの究極形として開発された内燃機関「SKYACTIV-X」が登場後、初めて改良(アップデート)を行なった。筆者はSKYACTIV-X誕生の地であり、自身にとってSKYACTIV-X初体験の場であるマツダ「美祢自動車試験場(山口県美祢市)」で改良型を試乗することができた。今回の改良で注目すべき点は3つある。以下順を追って。

2017年に初試乗したSKYACTIV-X搭載車

 第1の注目点は待ち望まれたスペックの向上。最高出力が180PSから190PS、最大トルクは224Nmから240Nmへとそれぞれ高められた。多くの読者と同じく、筆者も大幅な数値アップを期待していたのだが、大きな差は付けられていない。事実、改良型は従来型比で出力5.5%、トルク7.1%の向上に留まっている(改良型の数値はいずれもマツダ測定値)。

 しかし、240Nmの最大トルク発生回転数は従来型の3000rpmから1500rpm以上高められ4500rpmに。さらに改良型では、従来型の最大値である224Nmを約2100rpmで発生させ、同時に最高出力190PSを発生する6000rpmでもほぼ224Nmを保つ。また改良型は、アイドリング回転直上の約1500rpmから従来型を上まわるトルクを発生しているため、発進加速を行なう際の力強さも増している。このあたりは本稿に続くレポートで詳細に報告したい。

 ご存知のとおり、エンジンスペックのうち出力は主に最高速を、トルクは加速力を左右するわけだが、その意味でアップデートされた改良型のSKYACTIV-Xは低回転域から高回転域までお手本のようなきれいな台形のトルクカーブを描いている。そのため、じつに使いやすく、そして加速力を体感しやすい特性へと進化したことが分かる。

 改良型SKYACTIV-Xにはコードネーム「SPIRIT1.1」が付与された。1の位がハードウェアの世代を示し、小数点以下がソフトウェアの世代を示すという。定義解釈からすると、SPIRIT1.1は「エンジン部品などのハードウェアは従来型を踏襲し、燃焼メカニズムやエアサプライ、M-Hybridなどソフトウェアの制御を進化させた」という理解が成り立つ。

改良型SKYACTIV-X“SPIRIT1.1”を搭載するMAZDA3
ボディサイドに「SKYACTIV-X」の、テールゲート右側に「e SKYACTIV-X」のバッヂが付く

 第2の注目点は発売タイミング。マツダ広報部によると、2021年初頭にはSPIRIT1.1としてSKYACTIV-X搭載車の改良を行なっていくという。つまり発売から1年少しでの改良だ。

 そして第3の注目点は既存のSKYACTIV-Xユーザー(MAZDA3&CX-30で約5%)に対するSPIRIT1.1への無償アップデートが検討中であること。検討中とは国の認可待ちの状況を示し、これが実現すればSKYACTIV-Xユーザーばかりでなく、新たなマツダファンが増えるはず。筆者は素直にすばらしいことだと思う。

 前述の通りハードウェアをそのまま踏襲し、ソフトウェアの変更によって施される改良は、これまで国内外の車両で数多くとられてきた手法。また、同一型式エンジンでも、例えばターボチャージャーの過給圧アップによって出力/トルクを向上させたスポーツグレードを有するモデルも少なくない。

 その点では、SPIRIT1.1を名乗る改良型SKYACTIV-Xも同じ方向ながら、過去のそれらと大きな違いがある。それはSKYACTIV-XがSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition/火花点火制御圧縮着火)に始まる、マツダ独自の燃焼方式を採用したパワートレーンであることだ。

 SKYACTIV-Xに関する詳細は、過去にCar Watchで掲載された筆者レポートに詳細があるので確認いただきたい。

いよいよ発売日が決定!! SKYACTIV-Xエンジン搭載「MAZDA3」公道試乗

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/1220385.html

「MAZDA3」のSKYACTIV-X搭載車に試乗。フィーリング、ACCのマナー、燃費はどうか?

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/1242880.html

マツダ「CX-30」で約800km試乗、SKYACTIV-Xと標準ガソリンエンジンの違いとは?

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/1270384.html

改良前の直列4気筒DOHC 2.0リッター「SKYACTIV X」エンジンは、最高出力132kW(180PS)/6000rpm、最大トルク224Nm(22.8kgfm)/3000rpm。WLTCモード燃費は17.2km/L

 本稿を進めるにあたって概要を改めて説明すると、SKYACTIV-Xとはマツダが独自に開発した燃焼メカニズムであるSPCCIに、24V系マイルドハイブリッドシステムであるM-Hybrid、エアサプライとしてのルーツブロア式スーパーチャージャーなどを組み合わせた未曾有の内燃機関+電動化の新世代パワートレーン、となる。

 つまり、前述のターボチャージャーの過給圧アップに伴う燃料噴射系や温度管理マップなどの分かりやすいソフトウェアの変更とは大きく異なり、さまざまなパラメーターに気を配りながら安定したSPCCI領域の拡大とスペックの向上を両立させるという、相当に困難が伴う作業が不可欠なのだ。

 技術的な話ばかりなってしまうのも恐縮だが、何事も最初が肝心とのことで、あと少しだけ改良ポイントの概要を解説する。

 そもそもSKYACTIV-Xは先のSPCCIを実現するために、空気を積極的に採り入れる必要がある。そのためにルーツブロア式のスーパーチャージャーをエアサプライ部品としてエンジン前方に配置している。単にスーパーチャージャーとしての機能でみれば、ルーツブロア式よりも高効率なリショルム式があるが、基本的にSPCCIではスーパーチャージャーに起因する(=一般的な火花点火[SI]燃焼による出力アップに必要な)追加噴射を必要としないため、過給時に求められる内部圧縮が必要ない。そのため低回転型で制御がしやすく、安定した応答性能が得られるルーツブロア式が採用されていた。

「SPIRIT1.1では、低負荷~通常走行領域ではこれまで同様、エアサプライ部品としてスーパーチャージャーを機能させ、高まる要求加速値に応じて今度はスーパーチャージャー本来の機能として、しっかり過給(大量の空気をシリンダーに導入)しています」。こう語るのは、マツダ執行役員である中井英二氏(パワートレイン開発・統合制御システム開発担当)だ。

 氏は続けて「SPCCI化のさらなる促進にはいくつかの柱があります。それが『空気』(フレッシュエアである新気と、排出ガスの再循環であるEGR)、『燃料』、『シリンダーごとの混合気状態の正確な把握』の3点であり、それぞれの予測モデルにおいて精度向上が必要です。なかでも改良型ではEGRのモデル精度を改善させたことで、新気をより多く導入する条件が整い、それを実現するためにスーパーチャージャーによる過給を行なったことで大幅なトルク向上を実現しています」という。

“鶏が先か、卵が先か”的な話になるが、求める走行性能であるトルクアップと高応答から逆算したSPCCI化のさらなる促進のため、フィードフォワードロジックの精度を高める。これを第1段階と定義。次に第2段階として、筒内圧力波形(CPS出力)を元に熱発生、自着火時期、燃焼限界、騒音指標解析の精度をフィードバックロジックとして精度を高めた。つまり、リッチ燃焼を使わずにSPCCIのまま全域でのトルクアップを果たしたのだ。

 難解なシステム制御話はここまでにして、結果は誰もが体感できるトルクアップと高応答に表われた。また、これらは冒頭に述べた通り最大値はもちろんのこと、従来型以上にトルク発生領域が拡大されたことで、ドライバーが要望した通りの瞬発力アップ/トルクアップ/出力向上が果たせたのだ。

4人乗りのロードスターのような存在

 では、実際に試乗してみるとどう変わったのか? 残念ながら本稿公開時点では、前述した3つの注目点のみしか言及が許されておらず、走行フィール全体を語ることができない。よって、従来型から受け継いだ美点や求められていた改善点、そして改良型ならではのダイナミックな走行特性は次回のレポートで報告となることをご理解いただきたい。

 一方で、開発陣はこの改良型SKYACTIV-Xをどう表現しているのか? 「MAZDA3は改良型のSKYACTIV-Xにより、“自在感と瞬発力”を手に入れました。言い換えれば4人乗りのロードスターのような存在です」。これはMAZDA3の主査である谷本智弘氏(商品本部)の言葉だ。

 今回、美祢自動車試験場ではサーキット路と周回路を改良型と従来型、それぞれのAT/MTに乗り比べながら違いを体感した。とはいえ全開走行は全体の5%もなく、ほとんどが一般道路を模したコース設計。

 こうしたコースの設計はこれまで同様、マツダ実験部の主導により行なわれた。区間ごとの最高速度にはじまり、パイロンでの走行ライン指定、6速MTモデルにおいてはノンスナッチ速度と被るような微速からの発進加速など、われわれユーザーが日常運転するようなシーンに近づけたコースばかりだった。

 詳細は次回のレポートに譲るが、SKYACTIV-X本体の改良に加えて、生み出した駆動力をしっかりとタイヤに伝えるSKYACTIV-DRIVE(6速AT)の改良によって、従来型で感じられていたアクセル操作に対する半拍程度の“加速待ち”が、掛け値なしでまったく感じられなくなった! この加速待ちは、筆者が過去のレポートで訴え続けてきた事象だが、これがキレイに消え去ったことで「4人乗りのロードスター」感は確かに出ている。ND型ロードスターオーナーの筆者が言うのだから間違いない。

 このことを数値で確認してみると、改良型はアクセルペダルを踏み込んだ際の加速応答時間が従来型よりも50ミリ秒(0.05秒)早い。具体的に2.0リッターエンジンを搭載するソフトトップのロードスター(「MX-5」/日本未導入)と比較してみると、アクセルペダルを踏み込んでから約0.2秒間の加速応答(加速度の立ち上がり)は、改良型SKYACTIV-Xを搭載したMAZDA3が若干ながら上回っている。加えて、SKYACTIV-DRIVEのダウンシフトに必要な時間も200ミリ秒(0.2秒)早くなり、結果としてトランスミッションの加速応答もそのまま0.2秒分早くなっている。

 本稿では数値や理屈ばかりを採り上げてしまったが、SKYACTIV-Xにどんな改良を加えられたのか、まずはその報告だと考えていただきたい。その上で、谷本主査が言及する自在感と瞬発力については、次回のレポートでしっかりと報告する。

 鳴り物入りで登場したSKYACTIV-Xは、2019年12月にMAZDA3、2020年1月にはCX-30に搭載された。当初、高い技術力には賞賛の声が集まったが、ベースエンジンとの体感上の性能差や燃費数値の伸び代が少ないという意見も散見された。また、高価であることに対するネガティブな報道も多かった。しかし筆者はこれまで一貫して、将来的な性能向上策が採られることを前提に、新たな内燃機関の誕生を応援し続けてきた。この想いは変わらない。

 その意味で、今回のSKYACTIV-Xに施された改良には好意的だ。また繰り返しなるが、検討中である既存SKYACTIV-Xユーザー対するSPIRIT1.1への無償アップデートが実現するならば、本当に素晴らしいことだと思う。2020年はコロナ禍で足元ばかり見ていたが、ユーザーと一緒にSKYACTIV-Xを育ていくとするマツダの強い決意を多くの開発陣から感じ取り、久しぶりに清々しい気分で取材を終えることができた。

【お詫びと訂正】記事初出時、使用しているスーパーチャージャーの種類「ルーツブロア式」を「ルーツブロー式」と誤って記載しておりました。お詫びして訂正させていただきます。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。