試乗レポート

トヨタ、新型燃料電池車「ミライ」 フロント駆動からリア駆動へ、そして50:50の重量配分でサーキット走行試乗会

リア駆動、50:50の重量配分と走りの性能が大幅に高められた新型「ミライ」

 2019年の東京モーターショーでプロタイプが展示された新型「MIRAI(ミライ)」の試乗チャンスがやってきた。以前のモーターショーで基本的なレイアウトが展示され、次期レクサス「LS」はFCV(燃料電池車)との噂も流れたこともあったが、ミライの次期モデルとして登場することが決まった。

 2014年にデビューした現行ミライはFFレイアウトで、全高の高いユニークなデザインだが、次期型ミライはFCスタックをフロントに、後輪にモーターを置いた背の低いスリークなデザインとなり、FR用のGA-Lプラットフォームをベースとして全長4975mmのトヨタ上級セダンとしてデビューする予定だ。

 デザインはFCV感を出すのではなく、デザインで選ばれるべく、トヨタのイーグルマスクを基調としながら、フロントからリアまで流れるように面とラインで構成されたスタイリッシュなもので、クルマに興味のない人でもかっこいいと思わせるデザインを目指したと言うだけあって第一印象はよい。

新型ミライ プロトタイプの試乗は富士スピードウェイのショートサーキットにて。最初の試乗会場にサーキットを選ぶほど、走行性能重視で仕上がっている

 パワートレーンのレイアウトは、ボンネント内にはFCスタックを、センタートンネルと後席の下にT字型に水素タンクを置き、さらにその後方に3本目の水素タンクを搭載した効率的なレイアウトだ。駆動モーターは後輪の上に搭載して前後重量配分を50:50にできたことで、ハンドリングにも大きな影響を与えている。

 水素エネルギーの環境へのポテンシャルは高く、菅内閣が掲げた2050年にカーボンニュートラルを目指すという目標に対しても大きな影響を及ぼすことが予想される。これまで多くの自動車メーカーが水素エネルギーに注目し挑戦したが、大きな成果は上がっていない。現行ミライもFCVの道を切り開いた功労者だが、販売台数は限られていた。その中で次期型は一気に普及を目指した意欲作で、航続距離は3割向上した850km。価格も現実的な数字を目指している。

 最近ではドイツでもクリーンエネルギーの水素に改めて注目しており、インフラ整備が進めば水素社会の到来も夢ではない。

 今さらだが、水素は持ち運べ、酸素と化学反応を起こすことで水と電気に分解でき、電気が発生する。電気自動車として動くが、重いバッテリを大量に積む必要がない。また、燃料となる水素の充填も電気のように長時間必要とせず、満タンにしても新型ミライでは3分ほどで可能なので、普及すれば使い勝手はよい。

新型ミライのハンドリングなどについて語るチーフエンジニア 田中義和氏

新型ミライのプロトタイプをサーキット試乗

 正式発表前のプロトタイプなので、試乗はクローズのショートサーキットで行なわれた。20インチの大径タイヤはファルケン「アゼニス」でサイズは245/45 ZR20。ホイールデザインもまるでデザインスケッチから抜け出してきたようだ。

 もう1つのグレードは19インチでサイズは235/55 R19。こちらはダンロップの「スポーツマックス」。19インチイールも大径サイズを強調したデザインで見栄えもよい。

20インチモデルの走行シーン
19インチモデルの走行シーン

 予備知識をあまり持たないで20インチガラスサンルーフ仕様で走り始める。グリーンエリアを大きく取ったキャビンは気持ちも明るくさせてくれる。ドライバーインターフェースでは他車種から上手に転用されているものをミライ用にアレンジしており、トヨタ車に慣れたドライバーならすぐにいろいろな操作ができるはずだ。

 FCVと言っても走らせるのに特別な儀式は必要ない。ダッシュボードの起動スイッチをオンにしてセレクターをDに入れるだけでEVらしく力強く発進する。アクセルペダルのコントロール性もよく、車格に相応しいゆったりとした発進もできるし、EVらしいガツンとしたスタートも可能だ。粛々と走り出しだが、余計なノイズの聞こえない世界はまさに未来を想像させる。EVは余分な振動やノイズをほとんど出さないので、逆にロードノイズなどが目立ってしまうが、遮音性にはかなり配慮されており静かな空間を実現している。現行ミライで聞こえるエアコンプレッサーを回す音もない。

 ステアリングフィールは1950kg(サンルーフ仕様)の重量に相応しく重く、重厚な印象だが、走り込んでいくと意外なほど運動性能がよいことが分かった。当初イメージしていたショーファードリブンのユッタリとした動きとはまったく違い、実はミライはドライバーズカーだったことを知る。ロールを抑えた安定した姿勢でコーナーをクリアしていく。ステアリングを切るだけスーと曲がっていく様はかなりスポーティだ。50:50の前後重量配分がハンドリングに大きな影響を与えているのは間違いない。

新型ミライの内装

 トレッドはフロント1610mm、リア1605mmで、全幅1885mmのサイズとしては妥当なところ。ハードに走ってもタイヤはよく踏ん張ってくれるし、荷重に対しても十分なキャパシティがある。

 サスペンションはジオメトリの妙でピッチングがよく抑えられており、また重心位置がセンターにあることから物理的にも小さい。ロールもレクサス「LC」譲りのサスペンションが高い剛性を示しており、ロール量が急速に変わることがないために安心してステアリングを握れる。

 その結果、ミライはステアアリング操作に対しての追従性が優れていて、何気なくスーっと曲がっていく。クルマに余分な動きがないが、過敏ではなく安定感と安心感があり不思議な感覚だ。

 タイトコーナーでステアリングを切り増ししたケースでも、シャシーは奥が深くさらに曲がる。さすがに重量が重いクルマなのでライトウェイトスポーツカーのようなヒラリ、ヒラリとコーナーを舞うような感触ではなく、重厚な中にもスポーツカーのDNAを感じさせてくれる。前後重量配分と重心位置の効果も大きい。

優れた直進性も実現した新型ミライ

 高速での直進安定性も1つの魅力だ。ドッシリと走るが、少し速いレーンチェンジのように直進状態からのステアリング応答性もタイムラグが小さく、それでいながら過敏でないのでドライバーはリラックスしてドライブできそうだ。2920mmのロングホイールベースがもたらす安定性、そしてレーンチェンジ性での安定性はなかなか素晴らしい。

 後席はサンルーフ仕様ではルーフが抉ってあり、ヘッドクリアランスを確保している。少し閉塞感があるものの、サンルーフレス仕様ではより自然だ。いずれもリムジンのような解放感はないが、流れるようなルーフを持つセダンとしては必要に十分だ。

 ちなみに乗り心地は上下の細かい振動がカットされがちなサーキット路面では快適だった。また、静粛性も前述のようにパワートレーン系の出す音が小さく、高速でも風切り音がよくカットされて極めて静か。

 19インチと20インチでは基本的な性格は変わらないが、19インチではステアリング応答性の感触が若干異なりわずかに遅れる感触があるものの、スポーティなドライバーズカーであることには変わりがない。グリップについては20インチはべたっと路面を掴んでいる感じだが、19インチではもう少しクルマが軽やかに動く。

 早く公道に連れ出して、このドライバーズカーをいろいろな場面で走らせてみたいと思わせるクルマに仕上がっていた。そして、FCVの性格上公用車としての使い方も考慮したショーファードリブン仕様もあるが、やはり前席の方が楽しそうだ。

850kmを実現した航続距離、そして価格は……

 航続距離はWLTCモードで850km。これだけ走れると行動半径はかなり広がり、東京~大阪間は余裕を持って無充填で行けることになる。現行ミライは630kmだから、220kmの延長は購買をためらっていた人の背中を押す価値ある航続距離延長だ。

 現行ミライでできなかったことを、新型ミライは新技術満載で実現しており感嘆する。例えばモーターの冷却には空気で冷却されたオイルを使う。普通だと冷却ファンを付けるところだが、リアエンド下部に置かれたオイルクーラーの入るエアチャンバーの空力形状を工夫して負圧にし、冷却空気は一見排気口に見えるところから吸い込むという、電気も使わなければ音もしないという優れたシステムだ。

 また、FCVはゼロエミッションだが、さらに吸った空気を特殊フィルターを通すことで化学物質とPM2.5なども除去するマイナスエミッションにもなるという。走れば走るほど空気はきれいになるというわけだ。

 さて、気になる価格は正式発表まで待たなければならないが、水素タンクやFCスタックの進化とあわせて生産性の大幅向上でコストを下げることができ(例えばこれまで十数分かかっていたFCスタックのセル生産工程が一気に数秒になるなど)、いよいよ本格的な量産体制に入ったと認識できた。

 価格も「少なくとも現行ミライよりも高くなることはない」と明言している。補助金を活用すると500万円ぐらいになると予想され、歩行者検知機能のアップなど先進安全技術がフルに装備されているLクラスセダンとしてはかなり現実的な価格になってきた。

 新型ミライのFCスタックは、これをベースにトヨタの燃料電池戦略が始まり、大型商用車などにも活用されるという。商用車など水素の消費量が増えればまだまだ不足している水素ステーションの拡充や営業時間にも好循環をもたらし、FCVにとっても使いやすい環境になるだろう。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:中野英幸