試乗レポート

改良で“SPIRIT1.1”へと進化したマツダ「SKYACTIV-X」、従来型と比べ加速特性、乗り味、使い勝手の違いは?

SPIRIT1.1となったSKYACTIV-X(プロトタイプ)にマツダ「美祢自動車試験場」(山口県美祢市)で試乗

「SPCCI:Spark Controlled Compression Ignition(火花点火制御圧縮着火)」という学術名のような燃焼方式のSKYACTIV-X。このたび加えられた制御ソフトウェアの改良によって、コードネーム「SPIRIT1.1」が与えられた。

 SPIRIT1.1となったSKYACTIV-Xについて、Car Watchにはファーストインプレッションを速報レポートとして寄稿しているが、前回のレポート内容はプロトタイプに留まっており、また正式発表前であったことからお伝えできる内容にも制約があった。

 これまでCar Watchでは「MAZDA3」と「CX-30」のSKYACTIV-X搭載車を、標準エンジンとの相違を含め数回に渡りレポートしてきた。筆者のSKYACTIV-Xに対する評価は、「究極のガソリンエンジンを目指した素晴らしい燃焼技術」とした一方で、公道での乗り味についてはもの足りなさを感じ、「この先はユーザーと一緒になって大切に育んで頂きたい」と結んできた。

 今回は11月19日に発表された商品改良を受け、①加速特性、②乗り味、③使い勝手と3つの領域に分けてSPIRIT1.1と従来型の違いを紹介したい。

11月に発表された「MAZDA3」商品改良モデル。2021年1月発売予定の新「SKYACTIV-X」搭載モデルでは、エンジンとトランスミッションを制御するソフトウェアをアップデート。SPCCI(火花点火制御圧縮着火)の燃焼制御を最適化することで、最高出力は従来の132kW(180PS)から140kW(190PS)に、最大トルクは従来の224Nmから240Nmにそれぞれ向上(エンジンの写真はプロトタイプのもの)。また、今回新たにリア部には「e-SKYACTIV X」バッヂを装備した

アクセルペダル操作に対してクルマが素直に反応

 ①加速特性。乗ってスグに体感できる頼もしさは、従来型との大きな違い。好感を抱いたのは、アクセルペダル操作に対してクルマが素直に反応するようになったこと。

 初期型SKYACTIV-Xのうち6速ATモデルは、ペダル操作に対して半拍、筆者の体感値では1秒程度おいてから、じんわり加速力が湧き出てくる特性だった。マツダがこだわりをもって作り込んだ躍度(連続する加速度)にしても加速初期は安定しているものの、加速半ばでその勢いが衰えてしまう。

 SPIRIT1.1では、その“1秒待ち”がなくなり、ペダル操作に対して正確に反応する。ここでの“正確”とは、瞬時に反応するBEV(電気自動車)のような鋭さとは違って、ペダル操作に対してほんの少し、時間にして0.2~0.3秒程度の“遅れ”を伴ってから加速が始まることを示す。

「なんだ、やっぱり遅れるのか……」とがっかりしないでほしい。この遅れはマツダが第6世代商品群(2012年発売の「CX-5」)を導入してきた当初からのこだわりで、人間工学に則った確固たる信念が生み出したもの。

 一般的にドライバーは、踏み込んだアクセルペダル量に対する加速の強さ、つまり速度の変化量を予測しながら頭部を支える首の筋肉に緊張感を与えて、身体が反り返らないよう無意識に身構えている。その身構えにかかる時間はプロドライバーでも初心者でも等しく0.2~0.3秒。

 興味深いことにゆっくり/素早く、どちらのペダル操作に対してもドライバーは同じ時間をかけて身構えるというのだ。改めて資料で確認するとSPIRIT1.1では、その身構えにクルマの動きを呼応させるため、ペダル操作を行なってから0.2~0.3秒に加速度が発生するような設定に改められている。

 さらに、ペダルの踏み込み速度と実際の加速度が重なるように加速度に変化をつけた。つまり、ペダルを浅く踏めば小さな加速度、深く踏めば大きな加速度になるような制御を組み込むで、意図した加速感を意識しやすくした。

 これにより、アクセルと右足が一体となったような感覚が強くなり、ジワッと踏んでもグッと踏み込んでも、その後の速度の変化量が手に取るように分かるため、運転が楽しく、そして快適になり疲れない。ここでは踏み込むペダルの重さも考慮している。

 ちなみに6速ATでは制御ソフトウェアにも加えられた。アクセルペダルの踏み込み量と速度に対する応答性能を向上させつつ、登坂時のキックダウン制御も緻密にして反応を早めている。こうしたドライバーが心地良いと感じる走りは、エンジン/トランスミッションの連携だったわけだ。

 筆者の中で評価の高かったのが6速MT。こちらは全体的にエンジン性能、とりわけ加速力を決めるトルクの出方がスムーズに、そして力強くなった。従来型の性能を1とすると、筆者には1.2程度まで向上したように感じられる。とくに中間領域、速度にして20~60km/h程度までの力強さはギヤ段を問わず、誰にでも伸び代が体感できるくらい分かりやすい。

 AT/MTで共通するのは、低回転域における滑らかさの向上と、4000rpm以上でのエンジン音変化だ。SPIRIT1.1ではM HYBRIDシステムのISG(Integrated.Starter-Generator/モーター機能付発電)を使って、スーパーチャージャー稼働時に発生していたトルク変動を吸収した。これにより、従来型でゆっくり走らせている際に発生していた、「ガコン」という小さな締結音やそれに伴う微細な振動が消え去った。

 もっとも“振動”とは大げさな表現だが、締結時に発生していた慣性モーメントをISGのモーター機能が打ち消すことで、アクセル操作に対するひっかかりがなくなり、その分、スムーズに回転が伸びていく。

 さらに従来型では高回転域、具体的には4300rpmあたりから金管楽器のような高周波音を伴っていたが、SPIRIT1.1ではそれが変化。ロードスターが奏でる高回転域での力強さを感じる太め音が耳に届く。音の感じ方は人それぞれだが、筆者には馴染みある音色だけにすんなり受け入れられた。

サスペンション変更による違いは?

 ②乗り味。サスペンションのうち、前輪はダンパー減衰力、バンプストッパー特性、スプリングバネレートにそれぞれ変更が加えられ、後輪ではダンパー減衰力のみ特性を変更。こうした変更はMAZDA3全車に行なわれている。

 ゆっくり走らせた際の走りは、大方で従来型と同じ。ただ、路面の凹みや大きめの段差を超えた後の動きは大きく違う。前輪で「ダン!」と大きな衝撃音、後輪でお尻と腹に振動が伝わるようなシーンでは、それらの体感値が半分程度にまで減少している。シート形状、クッション材、表皮の減衰特性に変更はないとのことで、この違いは純粋にサスペンション変更によるもの。

 速度を速めると違いはさらに大きく、カーブでは顕著に。曲率のきついカーブで右に左にステアリングを切り込んでいった際、従来型では前輪がつっぱり、後輪はストローク途中で足の動きが止まっていたのだが、それが一転し、切り込むステア操作に対してしっかりクルマがついてくる。タイヤの摩擦円をしっかり使い、車体全体で向き替えが行なわれ、左右への切り返しでも遅れなく車体がついてくる。

 じつはこの違い、筆者のYouTubeチャンネル「西村直人の乗り物見聞録」では、乗り味の違いを「装着タイヤの違いによる縦バネの違い」として紹介している。撮影時期が10月と正式発表前であり、サスペンション変更への言及が許されていなかったからだ。これから動画をご覧いただく読者には、「タイヤ」を「サスペンション」に変換してご覧いただけると幸いです。

「走る、曲がる、止まる」がさらに連携

 ③使い勝手。①加速特性と②乗り味がもたらしたのは、日常走行領域でのゆとりだと筆者は感じた。これをMAZDA3開発主査である谷本智弘氏は、「存在はしませんが、4人乗りロードスターのような走り」と表現する。

 谷本主査の表現を聞いたのがSPIRIT1.1に試乗する前だったので、どうもしっくりこなかった。単純な話、NDロードスターを愛車とする1人として、「4人乗りロードスター」がどんな走りを示すのか想像できなかった。

 しかし、美祢自動車試験場で日常走行を想定したコースを周回していくうちに徐々に理解が深まってきた。自分がこう運転したいとするイメージに、SPIRIT1.1を搭載したMAZDA3は、ほぼそれに近い形で応えてくれる。「走る、曲がる、止まる」がさらに連携し、同時に奥行きが出た、そんなことも従来型との違いとして実感できた。

 既存SKYACTIV-Xユーザーに対して検討されているSPIRIT1.1への無償アップデートも、新たなSKYACTIV-Xユーザーに対するさらなる期待を持たせるメニューだ。

 2020年12月8日、SKYACTIV-Xは日本燃焼学会「技術賞」を受賞した。乗用車用量産ガソリンエンジンとして世界で初めてSPCCI方式のエンジンを開発し、エンジンの熱効率改善を通じてCO2排出低減に貢献していることが高く評価された。

 マツダ執行役員である中井英二氏は、「SKYACTIV-Xにはまだまだ伸び代があります!」と力強く説明。開発が進む6気筒エンジンではガソリン/ディーゼルと並び、SKYACTIV-Xもラインアップされるという。これからもSKYACTIV-Xの進化に注目していきたい。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。