インタビュー

【インタビュー】日産の新型「キックス」について、チーフデザイナー入江慎一郎氏に聞く

カジュアルでダイナミックなパフォーマンス表現をデザインに反映

新型SUV「キックス」のデザインについて、チーフデザイナーにインタビュー

 日産自動車から久々の新型車であるコンパクトSUV「キックス」が発売された。実はこのベースとなるモデルは2016年に海外でデビューしている。日本に向けてさまざまなデザインの変更がなされたということで、チーフデザイナーを務めた日産自動車 グローバルデザイン本部 プログラムデザインダイレクターの入江慎一郎氏に、どのような思いでデザインしたのかを聞いてみた。

新興国向けのコンパクトSUVがもうすぐ流行ると予測

日産自動車株式会社 グローバルデザイン本部 プログラムデザインダイレクターの入江慎一郎氏

――今回日本で発売された新型キックスですが、デザインはいつごろスタートしたのでしょう。

入江氏:2016年にグローバルで発表したキックスのデザインも担当しました。日本市場に向けて今回発表したキックスは2018年の終わりぐらいからデザイン開発がスタートしていますので、かなりの超特急でした(笑)。

――そうなりますと、元となるキックスは2012年から2013年あたりにデザインがスタートしていると思いますが、その時には会社からどのようなオーダーがあったのでしょうか。

入江氏:ブラジルやメキシコ向けに、小さくて手軽なコンパクトSUVがこれから市場で流行っていくので、それを題材にデザインを開発しようというものでした。現在、本当にコンパクトSUVの波が来ていますし、私自身も海外を皮切りにそういう流れは絶対に来るなと感じていました。同時に自分としてもそういうクルマがほしいと思っていたのです。

2016年にグローバルで登場したキックス

――その時にデザイン面においてこれはやらなければいけない、これを表現しなければいけないと思ったことは何かありましたか。

入江氏:カジュアルかつダイナミックなパフォーマンス表現がそのままデザインに反映されているようなSUVにしたいと考えました。

――それは実際に入江さんがほしいなと思っていたデザインと合致しているイメージだったのでしょうか。

入江氏:はい。ともするとクロスオーバーみたいにどちらかというとハッチバック寄りのデザインになりがちなのですが、そこはあえて本格的なSUVを目指して開発していきました。そして、いかに現地で目立つか、際立つかというところも考えています。

――この時には日本に出すことは考えていたのでしょうか。

入江氏:いえ、正直考えていませんでした。海外で終わるはずだったのです。

――では日本で出すといわれた時にどう思いましたか?

入江氏:通用すると思いました。フロントとリアの改修により、十分日本市場で受けるクルマができると思っていました。

 実は日本向けの企画は、デザインから出たところもあるのです。まだ日本市場への導入が決定する前に、2016年に海外でデビューしたキックスをベースにしたスケッチ案を提案しました。それは、今回のようなフロントをメインに、リアのデザインも変更したもので、それを日産の当時の役員に見せたところ「これは日本でも十分通用する」という判断になったのです。

 そこでの判断のポイントは、日本に出した時に本当に通用するのかどうか、受け入れられるのか、色褪せて見えるのではないか、デザインが4年経っているので古臭く見えたりしないかなどでした。そういったことを含めて、デザインをこのようにすれば日本の市場でも絶対にウケるという絵を描いたことで本決まりになったのです。もしかしたらその絵がなかったら今はないかもしれません。

VモーションからダブルVモーションへ

――それが今回の日本デビューのキックスにつながるわけですが、日本仕様に変更していくにあたって何を重視したのでしょう。

入江氏:日本市場に向けてスニーカーみたいなアシグルマは不向きです。お客さまは実際に買う時に、コンパクトでありながらもプレミアム感を重んじるのではないでしょうか。そこでコンパクトSUV以上の付加価値をデザインで補うことによって、より魅力が増す車型になるのではと考え、開発当初から日本市場に向けては内外装ともそこを重視してデザインしました。

――それらを具体的に表現したところはどこですか?

入江氏:エクステリアではフロント全般なのですが、2016年のキックスは割と口元のグリルが小さくて、どちらかというとおちょぼ口なデザインでした。それは軽快さをダイレクトに表現するとそういうデザインになったのです。

 しかし日本デビューのキックスはもう少しプレミアムにしなければなりませんので、簡単にいうとグリルは立派で、かつよりワイドにも見せたい。そこで顔全体により高級感を出す手法を色々入れていきました。

 例えばグリルの開口も横方向に200mmほど広げていますし、特徴的なシグネチャーとなったダブルVモーションもあります。日産はVモーションがデザインのアスペクトの1つですが、それにもう1本加えてより繊細かつ高級に見えるアクセントとしてメッキのダブルVモーションを採用しました。

――グリルも組み木をイメージしてデザインしたとのことですね。

入江氏:日産は日本のブランドですし、日産のデザインではJAPANESE DNA、日本のモチーフをクルマのデザインに生かせないかという研究をずっとしてきています。それは単純に色々なモチーフをそのまま映し込むのではなく、一度解釈しアジャストして、その上でデザインの要素、テイストとして織り込んでいくものです。そういう思いのもとでグリルのパターンをどこからインスパイアしようかと考えたときに、組み木的な構造物からインスパイアしてデザインしていったのです。

――実物を見てみるととても凝った造形です。

入江氏:かなり手を加えて何回もやり直しました。上の方と下の方で造形を若干変えており、これはグラデーションになっています。一個一個の立体表現が強すぎると違和感のあるグリルになってしまいます。ただでさえ巨大な面積を持っていますから、あまりにも内側の立体表現を強くしすぎると見る人によって抵抗が出てしまうのです。その立体表現の絶妙なバランスに苦労しました。テーマは決まっていますし、やりたいこともあるのですが、そのバランス表現のさじ加減が難しく、何度も何度も繰り返して開発していきました。

――Vモーションの表現自体もかなりこだわっているように見えます。

入江氏:実は最初、内側の線が太くて1本でデザインしていました。いまの外側についているような太さのものが内側に付いていて。2016年のキックスもフードの中から骨がむき出しになってくるというようなイメージでVモーションが存在していたのです。ただ、それではグリルの開口の中にメッキが存在しますので、どうしてもシャイなモチーフになってしまったのです。

 そこでできればグリルの開口の外側に持って行きたい。ただ、そうすると中が真っ黒になってしまうのでそこにもアクセントがほしい。そこでダブルVモーションです。Vモーションをさらに進化した形でプレミアム感も演出できることを狙い、元々あった位置くらいのところに細い繊細なメッキを施して、外側にランプからつながるVモーションの太いメッキを入れたのです。その外側のVモーションの入れ方は先日発表した新型EV(電気自動車)「アリア」や、これから日産が出して行くクルマたちとバランスを取っています。つまり、この後のクルマたちに繋がっていくのです。

スポーティさはサイドのグラフィックとスタンスで

――今お話しいただいた部分はプレミアム感や質感の部分ですが、一方でスポーティ感も表現していくことになると思います。その辺りはサイドのグラフィックで表現しているのでしょうか。

入江氏:はい、サイドのグラフィックとスタンスのよさです。特に今回はリアフェンダーのボリュームを思い切り外に出す形にして、リアのドアハンドルあたりからキャビンをかなり急激に絞り込んでいますし、テールランプの位置も車両の最外側からすると内側に入っています。その結果、フェンダーのボリュームでスタンスのよさを見せているのです。

 しかし中に乗っていただくと分かるのですが、室内は結構広くてヘッドクリアランスとニールームの寸法はかなり確保されています。サイドガラスは若干迫ってくるかもしれませんが、他でカバーしているぶん、広さ感は保ちながらもこういったスポーティな表現、エクステリアデザインで大事なボリューム感を作り込んでいきました。

――ショルダーラインのところに1本強いキャラクターラインが入っており、とてもスポーティに感じられます。また、その下にフロントドアからキックアップしていくラインの間の面が強く影を生んでいて、スポーティかつ面構成として綺麗だなと感じさせていますね。

入江氏:はい、ここは上のショルダーラインとすぐ下のキャラクターラインによって、クルマ全体の動き、特にサイドビューの勢いみたいなものを演出しながら、その間の面の抑揚をコントロールしているのです。そこに1度影を入れてギャップを作ることで、いかようにでも面の角度が変えられます。これがないといきなりショルダーから凸面でキャラクターラインに向かっていくので割と豊かな面構成ができにくいのです。それをキャラクターで補助しているという意味も含まれています。

クルマを1つの塊と捉えてリアにもこだわる

――リアまわりも特徴的ですね。先ほどお話のあったリアフェンダーまわりのスタンスもよさや張り出しによるスポーティさも分かりますし、さらにリアウィンドウまわりの造形がすごく特徴的です。

入江氏:日産車に限らずリアビューは、どのクルマを見ても割とあっさりしています。フロントは結構頑張るのですが、これは“顔が大事”というのもあるでしょうし、ボリューム的に立体表現しやすいということもあるでしょう。一方リアは、色々な要素もあり、わりとあっさりしがちなのですが、今回は相当頑張って立体的な表現、塊感を出そうということにこだわりました。

 リアウィンドウ以外に実は特徴的なのところがもう1つあって、それはテールゲートの形です。リアビューから見てパーティングラインがヘキサゴン、六角形になっているのです。これは遊び心とともに、単純にまっすぐ落としていくパーティングラインだと立体の補助にならないということがあるのです。せっかく3次元的に色々凸凹させているのに、それがパーティングライン1本で相殺されてしまうことを避けているのです。

――なぜそこまでリアまわりのデザインにこだわったのですか? あえてこの2ボックススタイルでこだわりを入れるのは、かなりデザイン面での我儘な部分もあったようにも思います(笑)。

入江氏:はい(笑)。ここはとてももめまして、何度も(工場などに)説明しにいきました。リアはとても大事です。その理由はこういったコンパクトなクルマはパーツパーツで見るのではなく、全体の塊感で見られます。つまり普通車の場合は前と後ろは同時に見ないのですが、コンパクトであればあるほどクルマを1個の塊として見ますので、フロントもリアも同じような塊感で存在する方がより強いクルマのデザインに見えるのです。

 その結果、クルマの性格も含めて、キャラクターがよりはっきりとお客さまに伝わるのではないかと思い、フロントとリアを切り分けるのではなく、ボディサイドも含めてオールラウンド、同じようなテーマで追求したのがこのキックスのデザインなのです。

――ちなみに、海外モデルと日本仕様で違うところはフロントとリアまわりで、サイドのキャラクターラインなどの大きいところは基本的には共通という認識でよろしいですか。

入江氏:主にはそこです。実は先日ディーラーで、今まさに最新デザインのクルマの横に置かれているキックス見たのですが、そういったクルマたちの中でもマッチしていて古臭くなく見えなかったのでよかったなと思っています。

ひとクラス上のコンパクトSUV

キックスのデザインスケッチ

――キックスのデザインコンセプトはどういうものだったのでしょう。

入江氏:グローバルで出した時の最初のコンセプトは、新興国に出すという意味もあり、名前の由来の通りスニーカー的な、非常にカジュアルで軽快でキビキビ走る。それを形にしたのがデザインのコンセプトでした。

 そこだけですと、日本ではお客さまの満足度が満たされませんので、そこに付加価値としてプレミアム感をつけたのです。つまり1つ上のクラスのコンパクトSUVを目指したというのが日本市場向けのデザインの狙いです。それが至るところにフレーバーとして入れ込んでいます。

 リアまわりでは海外向けはリアバンパーの下側は真っ黒ですが、日本仕様は黒の部分をボディカラーでサンドイッチしています。あえてボディカラーの面積を増やすことでプレミアム感や上質な感じを演出しているのです。

――SUV的なテイストを感じさせようとすると黒にしてもいいという気もしますが、思い切った判断ですね。

入江氏:一度真っ黒のバージョンも作ってみて比較しましたが、やはりここはボディカラーの方が充実感はありました。実際に日本市場ですとそうそう悪路を走ることはありませんよね。もちろんイメージとしてリアルなSUVという造形でデザインはしていきますが、ここがボディカラーの方がより充実感が得られることから判断しました。

最終デザインのCG

――今回のキックスのエクステリアデザインで最もこだわったところはどこですか?

入江氏:ヘッドライトです。2016年に出したモデルの半分くらいで、かなり薄くして見た目はハイテクな感じにしています。もう1つ、これは精悍でハンサムな顔つきにしたかったこともありました。この2つを両立させるためにLEDを採用しています。つまりバルブ仕様を持たないことにこだわってデザインしました。これは企画と相当調整して、こういう目つきが絶対にいいからということで意見を通しました。

 日産のデザインの特徴の1つに眉毛のようなイメージのシグネチャーランプを施しているクルマが多くあるのですが、薄型にすることで点灯していないときはこれが得られなくなってしまいました。ただし、ヘッドライトを全部点灯するとそのシグネチャーのモーションになるのが特徴です。それもLEDを全車標準にしたからこそできるデザインなのです。機能とデザインが一体になっているうまくいった処理の1つといっていいでしょう。

――ヘッドライトをもう少し大きくすると精悍さやハンサムではなく、愛らしさが出てきますね。

入江氏:はい、どちらかというと2016年のキックスはちょっと可愛らしく愛らしい、そういうイメージでした。

 リアコンビランプも、2016年の方はすごく立体的で、少し出っ張っているようなものでした。しかし今回はクルマのグラフィックスが特徴的ですので、まわりの面に溶け込ませて、凹凸感はリアコンビでは出さないようにしています。それもLEDを使って奥行きを薄くすることで成立させたのです。さらに、割とプレミアムのクルマがよくやる手法なのですが、インナーレンズがアクリルの無垢でできていて、キラキラ感みたいなところ、光り方にこだわってデザインしました。リアコンビランプの内側のデザインにもこだわったのが特徴の1つです。

2トーンの塗分けにもこだわりが

――今回2トーンのボディカラーも採用していますが、その塗り分けのポイントもものすごく特徴的ですね。

入江氏:その通りで、工場泣かせなのですが非常にこだわりました。これは軽快感を出したくて、ルーフとボディを分離させてよりスポーティに見せるという手法の1つです。

――特にCピラー部分は特徴的です。

入江氏:まるで刀で切ったようにまっすぐに後ろに行っています。まさに絵に描いたみたいなラインです。これはCピラーからリアに向かって一直線にダイブしていく線で、普通のクルマはどうしても(勢いが)Cピラーで分断されてしまって、なかなかリアに回り込みながらの勢いが出せないのです。しかし、キックスはグラフィックを含めて一発で勢いを出すことによって重さを取りながら軽快さを強調させているのです。

 また、サイドから見るとCピラーの部分で1回蹴り上げた後に下がっていくようにしています。こうすることによって上から押さえ込み、ちゃんと重心が上がりすぎないようにしているのです。