インタビュー

ダンロップ「ウインター マックス 03」の開発者に聞く「氷上ブレーキ性能22%アップという圧倒的進化の秘密とは?」

2020年8月1日から順次発売

オープンプライス

ダンロップの新製品「WINTER MAXX 03」

 ダンロップ(住友ゴム工業)は8月1日より、新型スタッドレスタイヤ「WINTER MAXX 03(ウインター マックス ゼロスリー)」を発売する。前モデル登場から4年目の新製品となるが、実に氷上ブレーキ性能を22%も向上したという。通常10%程度のアップがスタッドレスタイヤモデルチェンジの相場なので、つまり2世代分の進化である。ここへ来て今までにないほどの大幅な進化を遂げたウインター マックス03はいったい何が変わったのか? 開発者にインタビューをすることができたのでその模様をお届けしたい。

 今回お話を伺ったのは、ウインター マックス 03の商品企画を担当した住友ゴム工業 タイヤ国内リプレイス営業本部 販売企画部 課長代理 北山 眞氏と、初代ウインター マックスから開発に携わっているというタイヤ技術本部 第一技術部 課長代理 中島 翔氏だ。

住友ゴム工業株式会社 タイヤ国内リプレイス営業本部 販売企画部 課長代理 北山 眞氏
住友ゴム工業株式会社 タイヤ技術本部 第一技術部 課長代理 中島 翔氏
ウインター マックス 03
氷上ブレーキ性能22%アップ、氷上コーナリング性能11%アップという実に2世代分の進化を遂げたウインター マックス 03の秘密とは?

レーダーチャートに見えるウインター マックス 03の葛藤

 まずはウインター マックス 03の目指したもの、つまりは02の課題として挙げた点について聞いてみた。

 すると中島氏は予想通り、「1番は氷上性能をいかに上げられるかです。すでにもう上げられないんじゃないかと言われつつも各社毎回氷上性能を上げてきます。安全を確保するためにもそこをどう上げるかというのが課題です。そしてもうひとつは02までの良さをいかに残すか、それが課題です」とコメント。

 下の図は従来モデルの02と新型03の性能を比較したレーダーチャートである。これを見れば、中島氏の言っていることがよく分かる。氷上ブレーキ性能、氷上コーナリング性能が大きく伸びているが、一方でライフ性能が悪化している。他社製品を含め、一般的にはすべての性能で先代同等以上を目指すものであるが、今回のレーダーチャートを見る限り、まさに徹底して氷上性能向上を目指したことが表われている。追って話を伺うが、今回は、コンパウンド、トレッドパターンいずれも氷上性能を上げる方向に振っている。だからこそなし得た22%アップという数字だろうが、その上でどれだけ他を犠牲にしないかという開発の葛藤が想像できる。

ウインター マックス 03と従来モデル02の性能比較チャート

MAXXグリップトリガーとはなにものか?

 今回の進化点のキーワードとなるのは新技術の「ナノ凹凸ゴム」に含まれる「MAXXグリップトリガー」の存在だろう。MAXXグリップトリガーとはコンパウンドの中に混ぜ込まれたもので、トレッド表面に出ると溶けだし、結果的に表面に小さい凹凸を作る。これが氷表面の水膜の除去に貢献し、氷上性能を上げるという理屈だ。

 ではMAXXグリップトリガーとはなんなのか? 単刀直入に聞いてみたが教えてくれなかった。聞けたのは、水溶性のもので、溶けだしても環境に対する負荷のないものだということだけだ。

氷上性能向上のカギとなる「ナノ凹凸ゴム」
コンパウンドの中の「MAXXグリップトリガー」が溶け出すことで凹凸が生まれる

 ここで思い出されるのが初代ウインター マックスのさらに前のモデル、「DSX-2」の存在である。DSX-2には、コンパウンドに「ビッググラスファイバー」や「ハイパーテトラピック」といった氷をひっかく素材を混ぜ込んでいた。それに対してウインター マックス 01では、「ナノフィットゴム」と呼ばれる、マクロレベルでは剛性は上げつつ、表面はナノレベルの柔らかさで氷に密着するゴムを採用することで、そういった混ぜ物をやめる方針に舵をきった。結果的に混ぜ物がなくなったことでタイヤのライフ性能も大幅に進化させることができた。

 にもかかわらずまた混ぜものをするのか? また方針を変えるのか?

 この点ついて中島氏は、「確かにおっしゃるとおり混ぜものを再びすることになりましたが、方針を変えたのかと言われるとそうではありません」と言う。その意味は「DSX-2ではグラスファイバーやピックによって物理的に氷を“ひっかく”ことでアイスグリップを生むという考えでした。ですがそれだけ大きなものが入っているとライフ性能という部分にも懸念されるものがあった。ウインター マックスではそうした混ぜものをなくしたことでライフ性能をアップしました。一方で氷上性能については、そのアプローチを変え、ウインター マックス 01ではナノフィットゴムによってより柔軟に氷に“密着”することでグリップするという形に切り替えました。そしてウインター マックス 03では、大きくブレークスルーするために、その密着の前段階である除水に着目しました」と語る。

 今回中島氏らが着目したのが時間だ。「今回密着を強化したとお話していますが、なかでも時間軸に注目したのはたぶんタイヤメーカーとして初だと思います」と北山氏。つまり同じタイヤサイズ、同じ速度であれば、タイヤの特定の場所が1回転する間に接地している時間は、どのタイヤでもほぼ同じだ。そして氷上でタイヤが接地したときに何が起きているのかといえば、まずは氷の表面の水が取り除かれ、それではじめて路面とタイヤが密着する。そこでMAXXグリップトリガーによって形成されたナノ凹凸構造が除水を早く終わらせることで、限られた接地時間の中で密着に割ける時間を増やし、その分グリップを上げることができるという理屈だ。

どのタイヤも同じサイズで定速で走れば、接地時間は同じ
同じ接地時間の中で除水の時間を短縮できれば、密着している時間を増やせる

 なるほど確かに理にかなっている。つまり、混ぜ物といってもDSX-2の頃のそれとは違い、MAXXグリップトリガーの役割はウインター マックスならではの密着によるグリップをさらに向上するためのものだということだ。

ライフ性能はどれほどか?

 そこで気になるのはライフ性能である。せっかく混ぜ物をなくしたことでライフ性能が伸びたのに、今回はレーダーチャートでも大きく性能ダウンして見える。

 その点については「たしかにビッググラスファイバーのような大きなものが混ざっているとライフ性能が悪化しますが、MAXXグリップトリガーは正確な数字はお教えできませんが数分の1、数ミクロンというサイズになります。また、中が空洞になっているのではなく、表面に出て溶け出すまではゴムは密の状態ですので、ライフ性能に対する懸念をある程度取り除けます」と中島氏は語る。

 といっても性能チャートを見ればライフ性能はウインター マックス 02に軍配が上がる。では具体的にどれぐらい差があるのかを聞いてみると、「具体的な数字はお答えできませんが、02自体がライフ性能がかなりよく、それこそ夏タイヤに負けないんじゃないかというぐらいでしたので、冬しか使わないという意味ではかなり余裕がありました。そこで一般の人がライフ性能が少ないと感じない程度を確保しています」と中島氏。北山氏も「ライフ性能を犠牲にしたというほどではなく、弊社ではスタッドレスタイヤのロングライフの基準として5000km×4年というのを基準としています。今回の製品もその基準を満たしていますので、普通に使っていてライフ性能が短いと感じられることはないと思います」とのことだ。

 確かに冬の間だけで年間5000km、そして4年持つというのは“過剰ではないが十分”なライフ性能と言えそうだ。

 ちなみにMAXXグリップトリガーを混ぜた以外は02とコンパウンドは同じなのか聞いてみたところ、若干変えているとのこと。コンパウンドの柔らかさはMAXXグリップトリガーを含んでも02より柔らかくして、より氷に密着することを目指したそうだ。

トレッドパターンは?

 コンパウンドで氷上性能の向上を目指したのはここまでの説明で分かるとおり。そこで次にうかがったのがトレッドパターンの進化だ。結論を先に言うと、トレッドパターンでも氷上性能向上を目指している。

トレッドパターンに採用された技術

 その最たるものがランド比のアップだ。ランド比とはトレッドパターンのうち、溝の面積に対する接地面積の割合である。ランド比アップとは、接地面積が増えたということ。逆に言えば溝が減ったという意味でもある。

 ランド比を上げた理由は「氷上性能を上げるため」と中島氏。基本的に氷上性能は接地面積が大きい方が高くなる。加えて、サイプの方向も多方向にすることで、前後だけでなく横方向へのエッジ効果も持たせ、氷上性能を向上している。

 一方でランド比を上げて背反するのは雪上性能だ。雪上性能については、溝が雪をつかむ雪柱せん断力がキモとなるが、北山氏によれば、その点もこれまでと同様に溝に十字路を作ることでより雪をつかみやすくするとともに、「シングルスロープ」と呼ぶ溝の底に段差を持たせることで、雪に刺さって雪上でのトラクションを稼ぐなどして、性能を確保しているとのこと。

溝の底に角を設ける「シングルスロープ」や溝を十字路ができるように配置することで雪上性能を確保。また摩耗エネルギーも均一にすることで偏摩耗を抑制する

 また、コンパウンドが柔らかくなることは、ドライ性能にも影響するが、この点は「部分的に浅溝とすること、またランド比を上げブロック自体を大きくすることで剛性を確保している」と中島氏。

 改めて性能比較のレーダーチャートを見れば、ドライ性能、雪上性能についても若干だが従来モデルの方が上回る。この点についても具体的な数値は明言できないとしつつ、「一般の人が普通に使っていれば気がつかないレベルになっている」と中島氏は語る。

 ちなみにレーダーチャートでは、他に静粛性能と効き持ち性能が向上している。静粛性能についてはトレッドパターンによるもので、従来よりもピッチ数、ブロック数を増やし、溝が狭い方向になると、パターンノイズの騒音エネルギーが低減されるそうだ。加えてそのピッチのパターンを、従来以上に複雑にシミュレーションすることで、音のピークを低減する「新カオスピッチ配列」としたことで、よりノイズが目立たなくなった。新カオスピッチ配列は、同社の「エナセーブ RV505」から採用された技術で、夏タイヤの技術を冬タイヤへと応用したのだそうだ。

ピッチ数を増加し、さらに新カオスピッチ配列とすることでパターンノイズを17%低減した

 効き持ち性能は、もともとファルネセンゴムを採用することで、長期保管してもタイヤの中の油分が抜けにくくなり、従来の02から高いスペックを持っていたが、03でもファルネセンゴムを継続採用することで、経年劣化によるゴムの硬化を防いでいる。今回性能が向上している理由について中島氏に聞くと、「MAXXグリップトリガーによって摩耗してもトレッド表面にナノ凹凸形状が維持され続けるため、氷への密着効果も維持される」とのことだった。

 聞けば聞くほどにウインター マックス 03が氷上性能向上を徹底的に目指して開発されたことがうかがえた。しかし話の節々から感じたのは、氷上性能特化型にしたのではなく、これまでは十分過ぎるとも言えたライフ性能などを氷上性能に振り分けた、つまりは性能の重心の位置を見直した、という表現のほうが正しいようだ。

 最後に今回のウインター マックス 03だが、ロゴを見ると従来のウインター マックス 02よりもMAXXのロゴが大きくなっている。そしてもうひとつ変わった部分があるのだが見つけられるだろうか? 「これまでの製品とは一線を画す」という意味を持たせた変更とのこと。ぜひじっくりと探してもらいたい。

MAXXのロゴが大きくなったウインター マックス 03。ロゴでも一線を画すデザインに
SUV向けサイズも含み13インチから20インチまで全98サイズをラインアップ。「今後も市場に合わせて拡大していきます」と北山氏