インタビュー
【インタビュー】日産の新型クロスオーバーEV「アリア」について、デザイン部トップのアルフォンソ・アルバイサ氏に聞く
アリアに採用された「タイムレス ジャパニーズ フューチャリズム」や、新日産エンブレムの開発秘話を語る
2020年7月18日 10:10
- 2020年7月15日 開催
日産自動車は7月15日、クロスオーバーEV新型「アリア」のワールドプレミア発表会の後、ラウンドテーブルをオンラインで実施。本稿では、デザイン部のトップで専務執行役員のアルフォンソ・アルバイサ氏が対応した第2部の模様をお送りする。
なお、執行役副社長 中畔邦雄氏と常務執行役員 赤石永一氏が対応した第1部の模様は日産、アリアに関するメディア向け意見交換会で執行役員に直撃インタビューを参照いただきたい。
32年前に日産へ入社。今では「侘び」「寂び」「間」を使いこなすデザイナー
――デザインテーマの1つに「タイムレス ジャパニーズ フューチャリズム」がありますが、このテーマを選んだ理由を教えて頂けますか
アルフォンソ氏:日産に入社して32年になります。父が設計技師をしていて毎朝ベッドで目を覚ますと、いつも丹下健三氏が作ったオリンピックスタジアム(国立代々木競技場)の大きなポスターが目に入ったのですが、子供心ながらに「これは凄い。デザインとして他とはまったく異なる。未来を表している。人類の次のステップだ」と感銘を受けました。
その後、父がノグチ・イサム氏(彫刻家・デザイナー)と仕事をする機会があり、ノグチさんは紳士でエレガントな方で、その頃から日本は先進的で洗礼されていて、謙虚で、おもてなしの精神があると感じて、その後日産に入社しました。
1988年の10月に初めて来日しました。ニューヨークのアートスクールを卒業したのですが、ビジュアル的に東京はニューヨークの兄弟都市のようなものだと想像していたのですが、実際に東京に来てみたらまったく異なっていて、整理されていて、綺麗で清潔で、治安がよくて、ハイテクで、あたかも別の世界に来たかのように錯覚しました。その後、日産に入社してデザインを手掛けるわけですが、来日したときに感じた気持ちは今でも忘れていません。
世界中にEVや運転支援技術を搭載したクルマはたくさんありますが、日本は異なる技術を表現していて、日本らしいやり方で作る仕事があると感じています。
タイムレス ジャパニーズ フューチャリズムについて、タイムレスは創立者である鮎川義介氏の「至誠天日を貫く」という言葉は非常に意味深く、これは鮎川氏が最初のロゴを作る際のベースになっている言葉です。社会の進歩という表現がすごく純粋に誠意を持った形で表現するとパワフルなんです。だからこれらをすべて織り込みました。これこそ日産の財産であると考えています。
そして日本のフューチャーリズムといえば、シックでシームレスで、ダイナミック、将来的な、フレンドリーでチャーミングで、そして温かい、みんなが安心できるもの。これがタイムレス ジャパニーズ フューチャリズムの意味です。このテーマなら1年間くらい話を続けられます(笑)。
アリアをひと目見ると、ダイナミックで清潔感溢れるクルマです。でも、これは国際的なミニマリズムではありません。
そもそも3年前にアリアのデザインを検討し始めたとき、自動車の中に「間(ま)」という感覚を織り込みたかったんです。この「間」というのは、日本の美しい表現で、建築や音楽にも「間」はあります。拍手と拍手のあいだにある「間」も、そこは空白地帯ではなく、緊張感があり、次の音の始まりって感じがします。
これは西洋のミニマリズムよりもはるかに美しいのです。当初からアリアのデザインは調和と完成系を想像しながら作っていきました。私たちにとってミニマリズムは二次的な動きからなっていて、アリアのボディを見ても分かると思いますが、シンプルな直線で描き、さらにその下に彫刻的で複雑な部分があることが分かるかと思います。もちろん最終的には「間」を実現していますが、まさに空間を卓越した使い方をしています。
他にも好きなのは「傾く」という表現です。傾くというのは、普通ではないものを表現する。滞在されている特長を把握するということです。傾くという表現力の強いものと「間」を組みわせることが、今後の日産の姿といえるのです。
――アリアのデザインは今後発表される新車のデザインの予兆になっているのでしょうか?
アルフォンソ氏:タイムレス ジャパニーズ フューチャーリズムは一貫して提供されるDNAです。日産インテリジェンスモビリティすべてに関わりますので、単に電動化だけの話ではありません。運転支援技術のプロパイロット2.0も世界に展開していきますし、新しいコネクティビティも同様に、トラック、SUV、セダン、軽自動車にも使われます。
実際のアリアで表現しているのは電気自動車ファミリーです。内田社長が中期経営計画で発言したように、日産としては今後7~8台の電動化車両を投入する予定ですが、これらのクルマもDNAを共有しています。e-POWERはご存じの通り小さなエンジンが発電してモーターで駆動していますが、EVとe-POWERは兄弟車でもあるのです。
近々新しいe-POWER搭載車両を見て頂くことになると思いますが、トラックやSUVもラインアップしていますが、例えばパトロールにも日産インテリジェンスモビリティを搭載するのです。もちろんタイムレス ジャパニーズ フューチャーリズムも適用されます。ただし、パトロールはEVではありませんので、今後一貫した形で出していきますが若干異なります。
――日産のブランドロゴデザインが変わりましたが、その意図は? またミリ波レーダーの感度に影響しているとの噂もありますが本当でしょうか?
アルフォンソ氏:メディア報道で確かにロゴの一部がレーダーだとか、レーダーが後ろにあるとかありましたが、いずれ次世代のクルマからレーダーはなくなりますので、ロゴはロゴしての機能を果たします。カメラは残りますが。もっと今までより自由度があるということです。だから、ロゴを変更した理由はどちらかと言うと「情緒」的なものです。
開発部門から新しいプラットフォームを渡されて、アリアのデザインを始めたのですが、そこで旧ロゴを付けてみたところ、モダンなロゴですが、ちょっと分厚かったんです。ある意味、デジタルの時代ではなく、機械の時代を表現していたので、どう日産のロゴをデジタルで見せられるか? スマホやアプリなど、デジタルの世界でどう見えるのかを検討しました。
また、社内でそもそも「日産」の意味は何だろうと改めて考えてみたところ、創業者の鮎川氏に立ち戻りました。鮎川氏の「至誠天日を貫く」という力強い言葉があることに気が付き、鮎川氏の持っていたダットサンがすべての道を走るという夢。稼ぐことも必要であったとは思いますが、鮎川氏は情熱を持って自動車は自由だと考えていました。つまり自動車によって日本人の生活が変わると信じていたんです。1930年代のことですが。
この鮎川氏の「至誠天日を貫く」という言葉をベースにして、明快な新しいロゴに表現できないか考えてみました。太陽が地球の裏側から上がってくるシーン。これは日没や夜明けとは違い、太陽が宇宙の中でパワフルに地球の裏側から、炎がメラメラと燃えながら上がってくるというのを新しいロゴに表しているんです。
結果、新しいロゴは原点に戻るということでもあり、将来にも向かっているんです。これを役員に見せたところ、「凄いね、美しいね」「文化の一部が反映されている」「将来も反映されている」と言葉をもらい完成しました。もちろん、簡単な仕事ではありません。でも多くの方に気に入って頂いてよかったです。
――アリアはなぜクロスオーバースタイルなのでしょうか? マーケティングや商品開発のほうからの要望でしょうか? また、タイムレス ジャパニーズ フューチャリズムと、力強さが重要になってくるクロスオーバーを、どのようにデザインの中で折り合いをつけたのでしょうか?
アルフォンソ氏:当初からアリアは単独ではなく、すでに50万台売れているEVハッチバックセダンのリーフがありました。ただしアリアはリーフの置き換えではありません。航続距離も伸びているし、バッテリーも大きくなっているし、ドライビングポジションも高くなっている。そこでエアロダイナミクスとシームレスをSUVやクロスオーバーにあるイメージ「冒険」と混ぜてみてはどうだろうと考えた結果、このような形にしました。
実際にこのアリアで長距離ドライブを味わって頂きたいのですが、世界でもっとも平和なクルマです。ドアを開けると邪魔になるものが一切ない。これはエンジニアが頑張ってくれたおかげですが、内装で邪魔になるものは見えない場所に隠してくれました。
室内は調和と技術を感じます。コネクティビティも実感できます。まさに人々の日常生活を豊かにしてくれると考えています。これこそが日本的なもので、クロスオーバー以上に特長的な部分だと思います。クロスオーバーはドライビングポジションが高くてとてもいいですが、このタイムレス ジャパニーズ フューチャリズムは、実は少々矛盾をはらんでいます。
タイムレスであるということは快適な表現で、それを認識するということですが、将来は認識できないものです。インスピレーションの源にはなりますが、でも待たなければ将来はやってきません。ですから自然な形で矛盾しているものを組み合わせていると言ってもいいでしょう。そして最終的に、その中に調和を生み出しているのです。
――アリアの中で一番「傾いた」部分があれば教えて下さい
アルフォンソ氏:アリアはどちらかというと「傾く」よりも「間」の表現のほうが強いです。ただし、フロントマスクや卓越した装備の一部に傾いたところがあるかもしれません。またはプロポーションなど全般的なキャラクターで見たら傾いているのかもしれません。今後のラインアップにはもっと傾いた車種が出てくると思います。
個人的に「傾く」は「かたむく」という表現で捉えていて、例えば森に入って真っ直ぐな木がたくさん生えているところに、1本だけかたむいた木があるとしたら、それが森の特長になり、美しくてユニークなものになるのです。アリアは真っ直ぐなSUVではなく、スピリテッドスポーツという日産のDNAと、間のシンプルなところが表現されています。
――コネクテッド機能の進化によりデザインはどう変わっていくのでしょうか?
アルフォンソ氏:10年前は1つのボタンで1つのアクションができればよく、または2つのステップを1つのボタンでできればよかった。世界はもっとシンプルだったです。でも今は違います。これからユーザーは2000個ものアプリにアクセスするようになると考えています。そんな中でどうやって内装をデザインするかがポイントです。非常に複雑なことです。運転している訳ですから、90km/hで走っていれば、街中でまわりを確認しなければなりません。これにはかなりの責任も伴います。
でもユーザーは簡単にアプリにアクセスしたり、簡単に運転支援を使いたいし、簡単にアレクサを使いたいものです。ですから、開発とデザイン部門はものごとを変革しなければならないと一致しました。1つのボタンで1つのアクションというこだわりを捨てて、どう簡略化できるかを考えました。
アリアは純粋にこれを表現していて、ユーザーは情報を左から右に動かせるのです。ボタンもほとんどありません。でもユーザーはこれまでのクルマより遥かに多いことができるのです。私が32年間見てきたクルマの中でも一番いろんなことができるのです。このインスピレーションの源になったのは、ユーザーの生活でした。
開発中の調査で楽しかったことがありました。それはユーザーの視線、眼球の動きです。人間は左右に眼球を動かすよりも、縦に動かすほうが難しいんです。これはすごい発見でした。なので、アリアは1つの横ラインで組み合わせていて、ユーザーとクルマが対話しやすくしました。
――タイムレス ジャパニーズ フューチャリズムを取り入れようと思ったのはいつ頃で、何がきっかけだったのでしょうか?
アルフォンソ氏:個人的な話ですが、自分が最初に来日したときにかなりのインパクトを与えてくれました。東京は生まれ育った社会とはまったく違っていました。そして私にはこれこそ将来の世界だと感じました。まさに過去と今と将来の調和がとれた社会だったわけです。これまでZやGT-Rなどさまざまなクルマのデザインを手掛けてきましたが、アリアのデザインの話がきたとき、ちょうどデザインの統括をやり始めたときでした。初めての統括ですから、これは凄い責任重大だと思い、もっともっと日本のことを知らなきゃと思い集中的に勉強を始めました。
一方でもっとも目覚ましい電動化車両で、新しい技術をふんだんに取り込んだ将来のクルマをデザインしながら、かなり時間をかけて「間」「移ろい」「わび」「さび」「縁側」など日本の文化について学びました。
ですから当時、どうやったらこれは自然なことだよねと、誰もが感じられるか? そして私たち日産は誰なんだろう? 日本の自動車メーカーだよねと。素晴らしいクルマをこれまで作ってきた、これからも新しいプラットフォームで素晴らしいクルマ造りができるんだと考えたわけです。まさにDNAに立ち戻った感じです。そして日産の歴史がさらに100年続くためにと考えていました。で、質問の回答はそうですね、2年半~3年くらい前のです。
――新しい日産のブランドロゴのデザインはどのように作ったのでしょう?
アルフォンソ氏:当初ロゴを変えようと決めたとき、ロゴは物理的な世界でもiPhoneやアンドロイドのアプリのようなデジタルの世界でも生きられるものにしたいと思いました。新しいレベルのコネクティビティについては認識していましたから、スマホからアリアが命を吹き込まれるわけです。アリアの中にいながらも。ですから、正直にこの変革を表現したかった。同時に会社のロゴとともに表現するべきだと思ったんです。デジタルの世界でも生きられるようにすることが大事だったのです。
いつも「線」を見せているのですが、これは物理的な部分です。例えば、近づけば見えますが、実はデジタルの部分はフレーミングがかかっていて、それが物理的な世界で生きてきます。そして白い部分が日産の「SUN」の部分がデジタルを表現しています。
これはデジタルマーケティング部門のスタッフが、フルスロットルで実現してくれました。とにかくデジタルなロゴで3Dではないんです。
――アリアのエクステリアデザインは今後のEVのアイコンになるのでしょうか? それともすべての車種のアイコンとなるのでしょうか?
アルフォンソ氏:EVは風と共に生きていかなければなりません。つまり300マイルまで航続距離を確保するためにはボディがなめらかでなければなりません。EVだからこそ、ボディが実際に風切り音を発生することを抑制する必要があります。そのため、次期型パトロールなどとはちょっと違います。ただし、技術の表現といった面では、新しいレベルの運転支援技術やコネクティビティを搭載しますから、ここはどのラインアップでも一貫しています。
EVはなめらかな形状が求められます。風を切って苦労なく走れるというもので、今後出てくるEV6~7車種に関してはアリアのDNAを共有します。内燃機関搭載車やe-POWER搭載車はちょっと違います。e-POWER搭載車もエンジンがある以上グリルは必要です。でもe-POWERはEVの兄弟車ですから、内燃機関搭載車よりは近いデザインとなります。
――インフィニティと日産でデザインするのが難しいのはどちらでしょうか?
アルフォンソ氏:デザイナーであるということはナイーブでありながら、無邪気さも必要です。つまり無理なことも精神に入れ込まなければならないからです。否定はできないんです。否定してしまうと自分たちの人生観やデザイン感が限定されてしまうのです。実はこれが一番難しいところなのです。
というのは、人は人生を通じてどんどん学んでいきますが、アインシュタイン博士は「知識と創造性のどちらを選ぶか?」と聞かれたら「創造性を選ぶ」と答えたそうです。知識はすでに学んでしまった過去形のもので、創造性は今後発見する将来を学ぶことだからだそうです。だから日産であれ、インフィニティであれ、デザイナーにとって難しいのは、新しい表現の仕方を見出すということです。特にプレミアムなブランドのユーザーは要求水準が高いです。また、一定水準の期待も持っています。もちろん期待に応えることはとても難しいです。
しかし、幸いなことに次世代の電動化プラットフォームやe-POWERを持っていますし、ちゃんとしたレシピもあります。実はインフィニティでも「間」や「移ろい」「傾く」などの表現はすでに使っているのです。これらの表現方法は、ブランド固有のものではありません。人の精神や歴史や将来の一部だからです。ではどうやって区別するのか?
例えるなら、京都はロマンチックな歴史のある街で、インフィニティなんです。日産ブランドは、もっと最先端で、江戸時代以降の粋で、シャープで、技術といった感じです。表現するのが難しいですが、クルマを作る設計基準とは別にブランドの精神を表現することもデザイナーの仕事なのです。