インタビュー

【インタビュー】デビュー直前のホンダ新型EV「Honda e」、特徴的なエクステリアデザインについてデザイナー 佐原健氏に聞く

こだわったのはチャージリット、サイドカメラミラーシステム、17インチホイール

新型EV「HONDA e」のエクステリアデザインについて、株式会社本田技術研究所 デザインセンター オートモビルデザイン開発室 プロダクトデザインスタジオアシスタントチーフエンジニアデザイナーの佐原健氏に聞いた

 東京モーターショー2019で初公開された本田技研工業の新型EV(電気自動車)「HONDA e」がいよいよデビューする。2BOXのシルエットを持つシンプルなエクステリアデザインについて、担当の本田技術研究所 デザインセンター オートモビルデザイン開発室 プロダクトデザインスタジオアシスタントチーフエンジニアデザイナーの佐原健氏に話を聞いた。

ガソリン車とは違うクルマ作り

Honda eではリアアクスルにモーターをレイアウトした後輪駆動を採用するとともに、バッテリーをフロア下に配置することで前後50:50の重量配分を実現

――今回佐原さんはエクステリアデザインを担当したわけですが、最初はどのようなデザインをしてほしいと会社から指示があったのでしょうか。

佐原:情報としてはEVであること。しかも何かのEVバージョンではなく新しくゼロから作るクルマという程度でした。また、欧州を頭出しにしたホンダの2030年ビジョンに則って電動化を推進するための一手であるということでした。

――その時に佐原さんはどう思いましたか。

佐原氏:私はその前にクラリティの3兄弟(EVやFCV、PHEV)を担当していました。普通のガソリンエンジンのクルマとは違う作り方や体験をしていましたので、もっとそういったクルマをやっていきたいなとちょうど思っていたこともあり、いいチャンス、新しいことに挑戦できるということでワクワクしました。

――しかもゼロスタートということですごく貴重な体験が連続したわけですね。

佐原氏:そこは非常にラッキーでした。

豊かな生活に必要なデザインを北欧で学ぶ

高出力型リチウムイオンバッテリーの容量は35.5kWhで、1回の充電で283km(WLTC)の走行を可能にした。30分の急速充電で走行可能なレンジは202kmとのこと

――HONDA eはヨーロッパを走らせることを意識して開発されたとのことです。そうであればボディサイズはもっと小さく、シティコミューターという選択肢もあったようにも思います。しかしヨーロッパのコンパクトカーとほぼ同じサイズになりました。これはどういうことでこのサイズになったのでしょう。

佐原氏:1つはバッテリーの性能です。“街中ベスト”とはいいつつも、50kmや100km程度ではお客さまに毎日使っていただくということはできません。そこでバッテリーサイズと最低限必要な航続距離をまず導き出しました。その結果ホイールベースが決まり、その中でオーバーハングはできる限り短く、しかし人の空間は小さければ小さいほどいいというものではありませんので、許されたホイールベースの中で最大限確保していった結果、このサイズになったのです。

――エクステリアのデザインコンセプトは「Affinity & Modern」ということですが、これはどういうものなのでしょう。

「Affinity & Modern」とは?

佐原氏:デザイン開発をするにあたり、最初にヨーロッパ、北欧3か国に行きました。その理由は、ノルウェーのオスロは世界で一番EVが普及している街で、新車販売の半分以上はEVです。そこでまずはマーケットリサーチ、EVがたくさん街に溢れている状態とはどういうことなのかを勉強しなければいけないと考えたのです。

 そして、フィンランドのヘルシンキとスウェーデンのストックホルムにも行きました。その2つですが、北欧は全体的に幸福度の高い生活をしています。子育てのしやすさや、自然が豊かであるとか福祉が充実しているなど、豊かな暮らしがそこにはあります。またストックホルムはインターナショナルな大都市で、フィンランドのヘルシンキはデザインが先進的で昔からいいものを作っています。それも素材を生かしたいいもので、豪華絢爛なものではありません。そういうところを勉強する必要があると考えたのです。つまり、豊かな生活とEVがたくさん走っている状況が北欧には一緒にあったわけです。

 実際にオスロではありとあらゆるEVがいました。日本車もあればドイツ、アメリカ。そういったクルマたちが走っていることとともに、公園などがとても綺麗で、男性も子育てに一生懸命参加しています。その状況、走っているEVのデザインとその生活を一緒に見た時に、果たしてEVのいまのデザインは生活に合っているのか疑問に感じたのです。非常に未来っぽいデザインや、ガソリン車とは違うデザインが今は多いのですが、単純に道具として見た時にその生活に対してどうなのかというと、ちょっとEVEVしすぎ、あえて今のクルマとは違う方向に行き過ぎているのではないかというのが、正直デザイナーとして感じたことでした。“なにか違う”という気持ちで帰国したわけです。

 そこで豊かな生活に必要なデザインというのは何なのかを考えたのです。機能性と親しみやすさ、そして新しい時代に馴染むこと。単純に機能性と親しみやすさだけでいくとレトロという選択肢もありますが、レトロではなく、ちゃんと新しいテクノロジーを使って新しい生活に馴染むもの。未来のデザインというよりはモダン、新しい現代のデザインと親しみやすさを融合したいというところにたどり着いたわけです。Affinityは親しみやすさ、Modernはハイテクなデザインであり、新しい技術を使った新しい現代のデザイン。この2つを掲げたのです。

こだわった3つのパーツ

――佐原さんがエクステリアデザイナーとして一番こだわったのはどういうところでしたか。

佐原氏:大きく3つあります。もちろん全体のプロポーションやシルエット、サーフェイスは他のクルマと同様に当然こだわっています。その上でHONDA eでは、非常に特徴的な部分3つをエクステリアデザインで備えています。

 その1つはチャージリッド、充電ポートの部分です。ここはEVとガソリン車の一番大きな違いで、毎日家で充電プラグを挿すところです。ガソリン車の給油口の中身はそれほど美しくデザインされていませんし、使っていくに連れてどんどん汚れていきますが、誰もそこは気にしていませんよね。それは週に1回開くか開かない程度だからです。そして多くのEVの充電口は、そのままでデザインされていて、ガソリンの給油口が電気のプラグになっただけというものが大半です。そのときの体験そのものを変えていかないと、EVとして次のレベルにいけないのではないかと思い、お金はかかりましたが一等地に置いて、綺麗なガラスのリッドを付けてふわっと開くようにしました。中にはライトも入れています。

 実は一部窓が開いていて、中の照明も外から見えるようにもなっています。新しいチャージリッドを美しくデザインすることによって豊かな気持ちになってほしいのです。充電ポートの内蓋も最後の最後まで自分で一生懸命データを作って、“このようにしてくれ”とメーカーさんにお願いし、設計者にも頑張ってもらいました。本当はいまあるものをポコッと付ける計画だったのですが、その蓋が無粋でした。誰も見ないだろうというエンジニアリング100%だけでできていましたので、もう少ししっかりとデザインして特別な体験にしたいとこだわったのです。

チャージリッドのデザインにもこだわった

 次にサイドカメラミラーシステムです。とかくモーターショーで展示されるクルマは「尖って羽根がついてかっこいいでしょ」というものでしたが、それが果たして本当にそうあるべきなのか。今は実際にどこにも走っていないのでそれが正解かは分かりませんし、モーターショーに置いてあったら格好いいとも思えます。そこで「このクルマとしてあるべき姿とはどういうものなのか」を考えました。そこで、格好いいとかシャープで速そうというよりも、人に優しいとか機能的であるという部分を突き詰めた結果、丸い、あまり世の中のモーターショーに出てこないようなタイプのデザインになりました。このようなコンセプトに沿った新しいもの(サイドカメラミラーシステム)を提案することで、今あるものの常識を変えられるのではないかという象徴にもなると思うのです。このミラーの中にはたくさんの機能部品が入っていますし、しかも全幅をコンマ1mmも超えないようにしながら丸みをつけるなど、非常に苦労しました。

サイドカメラミラーは170万画素のカメラを採用

 最後は17インチのホイールです。今のホイールデザインのセオリーを完全に無視して、どういうホイールがこのクルマに合うのかを考えました。このホイールは真ん中に大きなディスクみたいながものがあって、そこからスポークが伸びていくのですが、このディスクはブレーキローターとほぼ同じ径です。このブレーキローターを隠すことによってクルマ特有の走りのギラギラした感じをなくし、全体的に統一感のあるモダンなデザインに見せようしています。それから、シングルペダルの走り方で、回生ブレーキをいっぱい使っていると、ブレーキローターを使わないのでそこが汚れるようなのです。そういう姿もあまり見せたくないので、17インチはそこにこだわってデザインしました。これまでにないタイプを創造しましたのでホイール設計者も苦労しました。剛性に関しても、最初はあるところはすごく強くて、あるところは折れやすいような解析結果になってしまったので、裏側の肉を盛ったり削ったり色々しました。よく作れたなというのが本音です(笑)。

17インチホイール

 ちなみにサイドカメラシステムとドアハンドルは当時、入社したての新人でこのチームに配属された女性デザイナーに全部担当してもらい、私は実際には口だけ出しました。彼女にとっては大きな挑戦だったと思います。

 このHONDA eのエクステリアデザインチームは、当時私が35歳ぐらい、後は27歳と新人の22~23歳という非常に若いメンバーでまとめていますので、今までのセオリーに囚われずにデザインできました。

Cピラーはポイント

「ホンダN360」や初代「シビック」の印象も感じられるHONDA eのデザイン

――このクルマのベース(プラットフォーム)を使えばさまざまなボディ形状が考えられますね。

佐原氏:この車体はサッシュレスですし、あまりルーフに依存しない剛性を持っていますので、(ボディ形状を)変えことはできる気がします。

 実は最初の最初はハッチバックの小さいシティコミューターとして、SUVみたいにしたらどうなんだろうという話もありました。しかし、このサイズでSUVにしてもSUV然とさせられるところまではいかず、ちょっと安い、頑張ってSUVになろうとしたクルマに見えてしまったのです。

初代シビック

――このエクステリアデザインからは、そこはかとなく「ホンダN360」や初代「シビック」の印象が感じられますね。

佐原氏:HONDA eのデザインを進めるうえで、リア駆動であることはかなり初期に決まりました。そこでボンネット側はモノが減らせモノフォルムにもできますし、未来感は簡単に出せますので最初はその方向でデザインを検討していました。しかし、色々考えていくと、ガラスが目の前にわっと広がると広さ感はすごく出せますし、「フィット」などはそういうやり方で広々としたキャビンを演出しています。

 しかし、EVにとって何が正解かというと、キャビンは人が座ることができればガラス面積は小さい方が空調の効率は上がります。そうするとこちらの方が正義になるのです。そこでピラーを室内側に引いてガラスを少なくすると、シルエットは自然と2BOXになっていきます。未来感や先進感といっていると、なかなかオーソドックスな2BOXは怖くてできません。「何だ普通のクルマか」といわれてしまいますから。しかし、そこには機能(空調の効率化)というきちんとした裏付けがありますので、ここは自信を持って2BOXでいこうとこのプロポーションが生まれました。そこが往年の初代シビックに似てくる要因になったのでしょう。しかし、あえて昔のクルマに近づけたということはありません。

――このクルマのCピラーまわりはすごく特徴ですね。このあたりはどういう思いでデザインしたのでしょう。

佐原氏:実はCピラーに関して、そこだけは初代シビックの面影を入れています。その理由は、Cピラーはクルマの中で特徴が出るところです。私は機能も大事ですが、(Cピラーは)クルマの特徴にもなるので他に似ていないものにしなければいけません。そこで初代シビックのショルダーラインが一旦駆け上がってCピラーに登っていくイメージを、そこは“ご先祖さまの威光を借りた”という感じでデザインしました。

――さらにCピラーからリアに回り込むあたりも凝った造形です。

佐原氏:そこは非常に苦労したところです。ヘッドライトのマルとリアコンビのマルの角の部分にフードの稜線とCピラーの稜線が着地しないといけません。例えばヘッドライトの輪郭が動くとボディ全体を調整していかないといけない。そこがすごく時間がかかりました。Cピラーもわずかに動いたら全てが変わってしまいますし、ガラスも半分入ってきているのでガラスの曲率も合わせなければいけません。

 HONDA eは車重が重いのでタイヤは大きいし、バッテリーが入っているのでホイールベースは長い、リア駆動なのでオーバーハングが短い。簡単にいうと、大径タイヤが四隅にあって小さいキャビンが乗っていてオーバーハングが短い。こういった基本中の基本が日本車の平均以上にできていますので、他車と大きく違って見えると思います。デザイナーとしてはやりたい方向ですので当たり前なのですが、なかなかそれができるクルマが特に日本ではありませんでした。

日本らしさは主張せずとも

――ホンダは日本のメーカーですから、日本らしさを主張したくなることはありませんでしたか?

佐原氏:最初のころは航続距離が短いバッテリーをなんとか料理しなければいけないというのが大きな課題でした。そこでデザインとしてはそういったクルマをどうやって売っていくかを考えたときに、欧州では日本押しでいくかと個人的に思ったこともありました。例えば切子細工風にしたり、ホイールの面を南部鉄器の肌のようにしたり、結構色々考えました。しかしそれ以上のものが作れそうだと途中からなりましたので、そういった考えはやめました。全体的にすごく割り切ったイメージを感じると思います。デザインにおいてもこれ以上やる必要があるのかというくらい線をなくすなど、割り切り具合から“禅ぽさ”など日本らしく見えるところもあるのかなと思っています。

――最近ではフロントグリルに切子風なものを入れ、日本を感じさせるクルマもあります。しかしこのクルマは基本的にはブラックアウトで、確かにこれはすごい割り切りですね。あえて何もしないことの美しさは日本的でもありますが、よく最後まで何も入れないで通すことができましたね。

佐原氏:本当ですね(笑)。実はそうしようと思ってもヘッドライトと真ん中のマルチビューカメラ、ホンダのHマーク、下にはレーダーがありますので、何かやろうとするとヘッドライトと真ん中の間の部分しかありません。ここがもし艶黒の塗装ではなく、素材色の黒であったら色々入れたかもしれませんが、“ツルピカ”(ボディ全体の印象をツルピカデザインと開発責任者の一瀬智史氏は呼んでいる)でやり切りました。絵だけで考えているともう少しこうした方がいいんじゃないかなどとなりますが、今回の開発ではかなり絵は少なくて、ひたすらクレイモデルをやり続け、途中で別案の検討はほとんどしませんでした。

――フロントまわりとリアコンビまわりは共通のモチーフを用いていますが、なぜそうしたのでしょう。

佐原氏:逆になぜ変える必要があるのかと思っています。ホンダEVアーバンコンセプト(東京モーターショー2017に出展)はヘッドライトはマルですが、後ろは四角です。それを見た時になんで前は丸いのに後ろは四角なんだろうと個人的に思いました。ぱっと見て何で? と思い始めるとすごく脳ミソが疲れてしまいますし、よく買うものでもなんでこういうデザインなんだろうと思い始めてしまうとすごく気になってしまって……。そういう雑念をなくして、好き嫌いではなく、すっと入ってくるものを考えると、同じにできるのであれば同じ方がモノとしてまとまるのではないかと考えたのです。

――そのほかにこだわったところはありますか?

佐原氏:全部こだわりまくっていますが、1つひとつの部品をちゃんと大切にしています。1つずつバラで置いても美術館に並べられるぐらいのものにしたいとチームのメンバーと話して進めていきました。例えばグリルだけ壁に飾っても美しい。アップで撮ってもすごく映えると思います。

フロントまわりとリアコンビまわりは共通のモチーフを採用する